獅子丸
「やけに静かだと思ったら寝てやがる」
涼風の首根っこを掴んで持ち上げた彼が言う。
「涼風、月宗様に会えて嬉しそうだった」
「顔見えねぇのにか?」
怪訝な顔で彼が言う。
——そうだよ。
——嬉しそうに飛びついていったんだよ。
私の腕の中に戻された涼風を抱きしめた所で遠くの方で声が聞こえた。
「わおーーーん!わおーーーん!あおぉぉぉぉーーーん!」
その声に覚醒した涼風はキョロキョロと辺りを探し、声の主を見つけられず焦った仕草をする。
「何だよ」
ぐいぐいと月宗様の手を彼の口に持っていく。
「あぁ?」
はむっと自分の指を咥えるけれど、月宗様に通じずに困っている。
「指笛、吹いて欲しいって」
私が言うと涼風がぴょこぴょこと嬉しそうにするので、怪訝そうにしながらもピィィィィィーと指笛を吹いてくれた。
「ワンワンワンワンッ!!!!!!!」
茂みから飛び出して来た獅子丸を転がる様に受け止めて、大きな首に抱きつく涼風に笑ってしまう。
「使役獣か。涼風、連れて行きたいならお前が主人になればいい。手伝ってやるから、やってみろ」
キョトンとした涼風に苦笑した月宗様は、涼風と獅子丸の前まで行って刀を鞘ごと横に持った。
「青幽の名において命ずる。汝の主人、涼風に従え。その魂に彼の名を刻み、その本能を鎖に繋ぐ。縁は解けぬ、理を書き換えよ」
「ワンっ!!!!!」
涼風はキョトンとし、獅子丸は元気に返事をする。
「げ。あいつの使役獣かよ。ま……なんとかなるだろ」
ボワっと獅子丸と涼風の下に青い大きな魔法陣が描かれたのを認め、涼風が六尺棒を出す。
「全力の神力を込めろ」
タンっと棒の底を地面につけた涼風が六尺棒を通して魔法陣に神力を注いでいく。
「なかなかやるな。だが書き換えはもうちょっと差がないと無理か」
月宗様はそう言って、自分の刀を魔法陣にダンッッと鞘ごと立て、涼風の頭を撫でた。
ぶわっと空気が揺れたのを感じた。
空気の圧力というか、重さというか。
ビリビリとした力を目を閉じてやり過ごし、おそるおそる目を開けると、魔法陣はもう消えていた。
いつも通り獅子丸タクシーに乗った涼風が満足そうにふわふわの毛に抱きついている。
「おぅ、便利そうじゃねーか涼風」
ふんす!と得意そうにする涼風が可愛い。
「帰るぞ。どうせ馬鹿犬は話してねぇだろ。あの女はもういねぇから安心していい」
「桜子……?いないの?」
「帰りながら話してやる。じゃないとお前、境目屋敷の方に帰るとかぬかしそうだからな」
仲直りがしたかっただけで、自分の進退を決めていたわけじゃなかった。
「……………………」
「俺を呼んだろ。八咫烏の里は皆お前を待ってるよ」
「……うん」
◇◆◇
お屋敷中の人に平伏してお迎えされて、なんだか逆に申し訳なくなってくる。
私を抱いた月宗様は全く何にも気にせずにズカズカと上がって行く。
獅子丸タクシーからぴょこんとおりた涼風が、廊下を歩きながら軍服を雑に脱ぎ捨てていく。
後ろについて行くじいやがにっこにこで捨てられた抜け殻を拾い集めている。
勢い余って肌着まで脱いですっぽんぽんになった頃に私のお部屋に着いた。
以前と全く同じ。大正ロマン風のアンティーク家具とシャンデリア、落ち着いた天蓋付きのベッド。
「紫波を呼んでこい」
長椅子に私を下ろしながら月宗様が言う。
「「 お嬢様っっ!! 」」
私の腕を見たレレさんとマキノさんが悲鳴を上げ、飛び出していく。
どす黒い紫が皮膚の内側から滲んでいる。
両腕とも触れるたびに鈍い痛みが奥で脈打って、掴まれた瞬間の圧がまだ皮膚の内側に残っているような気がするほど。
「こっちは冷える、先に風呂に入れてやりたいけど、怪我の治療が先だ」
「あ、……うん」
恭は始終優しかった。
花嫁として大切に扱われている、といつも感じていた。
怒った恭からその気遣いが剥がれてしまった印象があった。
花嫁とはやはり残酷だ。
心のうちはどうであれ、とにかく花嫁の奪い合いをしなければいけないのだから。
「姫ちゃん!?これ何があったの!!!!」
「これは皮膚を掴んだのではない!!骨ごと握り潰されかけた跡です!!」
八雲おじさまとハクさんが、私の右手と左手をそれぞれもって驚愕の声を上げる。
「くそっ…………」
後ろから私を抱く月宗様が低くうめき、ギリっと奥歯を噛む音が部屋に響く。
「見た目ほど……痛みはなくて……」
「恐怖と緊張で感じづらかっただけ!現に今どんどん痛くなってるでしょ!!?ハク!溜まった血を抜くのが先だ!どんどん腫れてきてる!」
「姫様、何箇所からか血を抜きます。我らの針は人間界のそれよりも細くしなやか。痛みもほとんど無いのでご心配めされますな。父は貴方を娘の様に思っているので取り乱しているだけ、私にお任せ下さい」
「だって姫ちゃんが!!!」
「はぁ~、医者が取り乱すと患者が不安になると、一切の感情を捨てろと教えたのは父上ですのに……姫様、申し訳ありません。本当に大丈夫ですので。父上はもうそこで見ていてください」
テキパキとハクさんが私の腕から溜まった血を抜いていく。
「ハク……狛犬…………薬代倍にする」
「治療費は5倍に致しましょう」
「ぶっ殺してやる……」
3人がそれぞれに怖い事を言う。
何か言おうと口を開きかけた時、お風呂に入れられて綺麗にされたレモン色の涼風が私の膝に丸くなっておさまった。
「涼風、似合うよ」
涼風の好きなレモン色のもこもこつなぎ。両手に藍染の積み木を持ってる。
猫の様に丸くなってスリッと私に額をつけ、獅子丸まで私の足元で横になる。
背後から月宗様。両手をおじ様とハクさん、膝に涼風で足元に獅子丸。
「何だこれ……」




