迎え 3
月宗様は何も喋らずに私を抱いて歩く。
涼風はいつの間にか肩車に移動させられていて、今度はうしろから頭にペタっとくっついている。
木がまばらになって、ぽっかり開けた場所に出た時、やっと私を抱いたまま座った。
何を言ったらいいんだろう。
扇の事も、お礼を言いたいのに言葉が出ない。
月宗様も何も言わない。
マリーに教えてもらった事も納得したはずなのに、背負う物が多すぎる彼を前にすると何も言えなくなってしまう。
黒い羽根が私を覆っていく。
またこの場所にいられる事が信じられなくて、涙が出る。
泣いている事がバレない様に息を潜めるけれど、しゃくりあげてしまってうまくいかない。
————「結衣」
この人の声で呼ばれる私の名前が好きだ。
低い、甘い声。
「泣くな、結衣」
「ゔ~~~~~~」
「俺はお前を愛している」
「っ、月宗様は!…………っ、私を手に入れる、つもりはっ、な、無いって……!」
優しく髪を撫でられる。
黒い袴姿の彼の胸に縋り付いてしまう。
「やはりあの場にいたのはお前達だったか」
「……………………」
あの時本音を聞いてしまった。
初めての恋で、焦がれる程好きだった彼の気持ちを。
「お前は俺の全てだと言っただろ」
「っそれは、そうだけどっ」
「結衣を、八咫烏の事情に縛れないと思った。お前が大切すぎて」
私を抱きしめる腕に力が入る。
「桜子っ、は……?」
「あの女を娶るつもりはない。里がどうであれ、俺はしばらく預かって返すつもりでいた。俺が何のために宗主になったと思ってる。お前に会うためなんだぞ」
「でも…………!」
「会えて嬉しかった。それだけで良かった。八咫烏に嫁いで欲しいなど、烏滸がましいとさえ思っていた」
「…………月宗様は、わ、私を、欲しがってはくれない!」
愛を返してもらおうと思っていない。
ただただ私をしあわせにしたいと思っているだけ。
「……好きが、足りないからだとっ!」
「…………んなわけねぇだろ。欲しくて欲しくてたまらない、手の届かない宝だよ、結衣は」
「じゃあ、ちゃんと欲しがって」
「……………………」
「月宗様は、最初から私を花嫁として見てない」
「それは…………そうだな。花嫁からは降りられないが時間を稼ぐことはできる。俺の里で、自由に生きる結衣が見られたら幸せだと、思っていた」
あぁ、この人は突き抜けて私が大切なのだ。
少しでも嫌な思いをしない様に、私が自由である様に行動する。
カラスのお嫁にならなくとも、他族に嫁いだとしても、私の自由を守ろうとしてくれている。
全身全霊で私を大切にしてくれるくせに、私からの愛を求めない。
腕を首に回して涼風ごと抱きしめる。
「本当のことしか言わないって誓って」
「?ああ」
「私のこと、好き?」
「…………………………………………」
沈黙されてチクリと胸が痛むけれど、月宗様の方がもっと傷ついた顔をしているのを見て苦笑する。
「私は好き、大好き」
「……………………………………」
「いいよ、振っても」
「そんなわけないの、分かってるだろうが」
「ふふふ、うん。私のこと大好きでしょ」
「ああそうだな。カラスの当主のクソでか感情向けられて耐えられんのか、お前」
私はずっとそれが欲しかったのに。
この人は私にとってそれが重荷になると思っている。
———「あのね、家出したら迎えにきて」
「……?分かった」
「花束も」
「…………花は嫌いなんじゃねぇのかよ」
「月宗様からなら、貰いたい。長く楽しめるように頑張るし、押し花にする」
「……………………わかった」
ちょっとずつ、ちょっとずつでもいいから、求めてもらいたい。初めは私のお願いからだったとしても。
「喧嘩したら、ちゃんと慰めて。わたしが嫌いって言っても諦めないで」
「……分かった」
「あなたの体を他の人に触らせないで」
「…………?」
「ああいうのは嫌。私のためだったとしてもやめて」
月宗様は心底分からないというようなお顔をする。
自分の体は自分のものじゃないと思ってる。
一族のため、私のための、道具
「?わかった」
「分かってないでしょ……私が月宗様へのプレゼントを手に入れる為に笹音さんにキスしたらどう思う?」
切長の目を目一杯広げて動揺を隠さない月宗様に苦笑する。
「っ…………そんな事は……させない」
「やっぱり分かってない」
どうしたら分かってもらえるのだろう。
一族の為に生きてきて、自分自身すら目的の道具にしてきたこの人に。
「私も同じ事するから。他の子にキスさせたらわたしも他の人とキスする」
「!?っ駄目だ!!」
「ほらね?月宗様だって嫌でしょう?私だって嫌だよ」
こんな当たり前のことが、この人にとっては当たり前じゃない。
「男と女は違うだろ」
この人、まだ分かってないだろうな。
悲しい人。いつもいつも分け与えるばかりで。
「ふぅん?じゃあ手始めに、私は誰にキスしてこようかな?」
「…………………………もうしない」
いつも堂々としている彼がしょんぼりしている姿がおかしくて、上書きする様にキスをした。




