それぞれの思い 2 月宗SIDE
「桜子は八咫烏の里に。そうすればいつでもあえるからね」
「はい!はい兄様!」
こいつのこの余計な一言で桜子は舞い上がり、八咫烏の里は浮き足立つ。
「それで、結衣ちゃんのことなんだけど。
彼女は大学生だ。卒業したいと思っているはずだし僕もそうさせたいと考えてる」
「それは我らで何とかしましょう」
笹音が静かに言う。
「現実問題八咫烏の里でなければ毎日通うのは難しいよね?」
「そうだな」
俺が返事をした事に悠貴が意外そうな顔をする。
「妖術で出席を装う事はできる」
腕を組んで難しい顔をした天道寺が悠貴への嫌悪を隠さずに答える。
「それは意味がないよね?彼女はちゃんと自分の力で卒業したいはずだよ?ここから通うのはどうなの?」
「ここは狭間。嫁渡りを済ませた者は我らと同じ神籍に移ります。数日数週間なら良いですが、狭間に長くはとどまれません。存在が、あやふやになっていく」
笹音が目を細めて言う。
「そっかぁ。まぁそんなことだろうとは思ったんだよね。過去にここに一生涯留まった女性はいない。嫌がった女性だっていたはずなのに。一度でも嫁渡りをしたらそうなるなんて、聞いてなかったなぁ。まさか騙したの?」
「いえ?早まるというだけで、花嫁は徐々に神籍に移りますので」
笹音が言い、場の空気が剣呑なものになっていく。
「まぁいいけど。で、状況を整理したいんだよねぇ」
ニコニコとする顔は幼い印象なのに目の奥が笑っていない。結衣が無意識にこいつの視線から外れようと俺に隠れていたのを思い出してチクリと胸が痛んだ。
「結婚式をするか、無理やりでなく花嫁を抱けばその子は花嫁になるんだよね?」
笹音が1番冷静に答えると分かってか、笹音に向き合い質問を重ねていく。
「正確に言えば、花嫁を抱いた者が婚約者となり、神前式をする事で花嫁と認められます。花嫁となるのは式をする必要がある。けれど婚約者となれば他の者はもう手出しができないということです」
「その権利は眷属の当主と次期当主のみにある?」
「はい。他の者が抱いても意味はありません。愛し子の相手として選ばれているのは眷属の当主のみです。勘違いして馬鹿な夢を見るものは多いですが」
「処女性は大切?ってわけでもなさそうだね。前回の人は恋人がいたそうだから」
「聞き回ったのか」
思わず低い声が出る。
花嫁の事は記録に残す事は禁止されている。こいつは元花嫁の家族を調べつくしたのだろう。
「まぁね、人の口に戸は立てられないから。なんと前回の花嫁本人の嫁ぐまでの日記があったんだよね」
「お祖母様の…………」
天道寺が驚いた顔をする。
そういえば、前回の嫁取りは狛犬のところだったか。
「1人の当主に2人いっぺんには花嫁は得られない。そうだよね?」
「それは数少ない決まりとして下されております。花嫁自体が二人選ばれた事例はありませんでしたが」
ここで悠貴は考え込み、場にしんとした空気が流れた。
————「ならさ、二人が同じ当主に抱かれたらどう?」
「「「 は? 」」」
「抱くだけ抱いて、一人は返せばいい。
花嫁を二人いっぺんに取るのは禁止って、花嫁との重婚を禁止してるだけで抱くのはダメって決まりはないんでしょ?花嫁は一人しか迎えられない。余った一人はもうそいつに抱かれてる。結衣ちゃんは帰って来れるんじゃない?」
「は!?なんで!?なんでよ!!兄様!!」
ガタンと立ち上がった桜子が叫ぶ。
「何が?」
「何でいつも結衣結衣って!何で私を見てくれないの!!」
「見てるじゃない?カラスの里にいれば約束通り僕は桜子に会いに行くよ?」
「……………………姉さんを、花柳院に囲うために?」
「ん?合理的だよね、僕は結衣ちゃんが欲しいし、桜子は僕と会いたい。結衣ちゃんは大学を卒業したい。みんなの希望がかなうじゃないか」
三当主を無視した言い合いに反吐が出る。
「そんな提案、俺たちが飲むとでも思ったのか。妹ですらこの有様なものを」
こいつの考え方は人の範疇を超えている。
「まぁね、気持ち悪い提案なのは分かってるよ?僕は平気だけど。これで結衣ちゃんが戻ってくるのも僥倖。それに桜子が君の所にいるからね。同じ空間にいたらこの案を通されるのが怖いだろう?君の所に結衣ちゃんは帰らない。どちらに転んでもいい。他二人は平気なんだけど、僕、君の所に結衣ちゃんがいるの、やなんだよね」
「あ、二人いっぺんに抱いて、結衣ちゃんを返してくれるならべつだけど。
八咫烏は立場的にも桜子を選ぶしか無いんでしょう?大変だね」
「………………兄様……」
「結衣ちゃんの幸せを思うなら現世に返すのが一番だよ」
「兄様…………!!兄様!!私を見てよ!!」
桜子の悲鳴に近い懇願にも一切耳を貸さず俺を見たままニコニコとする。
こいつのぶっ飛んだ頭にはネジは一つもはまっていないのか。
「っ……………………笹音っっ!!!!!」
「はい、桜子様」
「妖狐の里に行くわ!今すぐに!!」
「承知しました。妖狐の里は桜子様を歓迎致しますよ」
「いいの?桜子。僕とは会えなくなっちゃうよ?」
「…………………………」
「わがままだなぁ。いい子でカラスの里にいればご褒美があったのに」
全員の思惑や思いから結衣を護りたい。こいつらの手の出せない場所に連れて行ってやりたい。
それは八咫烏の問題からも、だ。それは俺からも離すということにずっと気づかないふりをしていた。
手に入れたい願望と、幸せを与えてやりたい願望なら後者が勝つ。
俺は結衣に何をしてやれるだろうか。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
あな楽しや
人の世とは、かくも 玩ぶに足るものか。
眷属らは振り回されて声を上げ、
泣きては笑ひ、笑ひてはまた泣く。
まこと、見飽くることなし。




