朔の日
ダンスの練習をしたり、マリーのところへ通ったりと相変わらずの生活。
胡桃の紅を握りしめて泣く私にマリーはケラケラと笑う。
「そんなにすぐ忘れようとしなくていいわよ」と。
忘れたいと思う日もあったり、忘れたくない初恋の思い出にしようと思う日もあったりで、結局は毎日クルミを持ち歩いている。
朔の日が近づくにつれて考えてしまう。
どんな顔をして月宗様に会えばいいのだろうか。
桜子は未だカラスの里にいると聞いた。
悠君はもういないというのに。
そんなことばかり考えていたからだろうか、朔の日の前日に、私は高熱をだした。
子供の時ぶりの高熱に、類君はオロオロとし、涼風は不安なのか私の枕の横で丸くなって離れない。
「辛いだろうが、連れて行かなければならないんだ。場所だけ移して、あとは眠っていて構わないから」
おでこの布を取り替えてくれながら恭が言う。
返事すらままならない。
体も心も言う事をきかない。
◇◆◇
ネグリジェの上からガウンをかけられ、恭に横抱きにされた状態で私は境目屋敷に入った。
目が開けられず、あの人がいたのかすら分からないまま以前の部屋に通された。
レレさんとマキノさんの悲鳴が聞こえ、バタバタと看病の為の用意をしてくれている音だけが聞こえる。
「………………2人とも、ごめんなさい」
「「っお嬢様!謝らないで下さいまし!」」
2人が悲痛な声で叫ぶ。
——こんな風にまた迷惑をかけるつもりは無かったのに。
——考えて考えて、あの人の元気な顔が見られたらそれでいいと、区切りにしようと思っていたのに。
彼から申し込まれていた昼食の予定は流れ、私はベッドから動けないでいる。
うとうとと短い睡眠を繰り返し、気がつくと外はもう夕暮れだった。
窓から流れ込む夕焼けが、白い壁を淡く染めている。
腕の中にレモン色のモコモコつなぎ涼風がいる。
レレさんにきせてもらったのかな。
つなぎを着る気持ちになってくれたのは嬉しいな。
「似合うよ、涼風」
声が掠れて上手く言葉にならない。
布面があるから起きたのかよく分からないけれど、涼風はスリとおでこをくっつけてきて、そのまま大人しい。
熱が全然下がっていない。
暑いのか寒いのかすらよく分からないのに悪寒がする。
サイドテーブルの水差しに手を伸ばしたけれど、重くて持ち上げられず断念した。
「………………お嬢様、お目覚めですか?紫波殿が待機しております……部屋にお通ししてもよろしいでしょうか」
マキノさんが遠慮がちに言うのにうなずいて見せると、白衣を着たおじ様とヨダカ君が入室して来た。
涼風がヨダカ君に飛びついて行く。
白衣と言っても詰襟の変わった白い着物に、下は白い袴。
聴診器の様な器具を下げているのでちゃんとお医者さんっぽい。
「姫ちゃん…………おいちゃんが見るから、すぐ良くなるよ。ちょっと我慢な?」
起き上がろうとしたけれど、重い体は言う事を聞かない。
マキノさんが手伝ってくれてようやく上体を起こせた。
「声は…………上手く出ないか」
ガラスでできたキラキラする聴診器を当てられて、目の腫れを見る様に下瞼を引き下げる。
「ヨダカ、チビガラスを呼んでこい」
「はっ!」
ぴょんとまた涼風が私のもとに戻る。この子も私を心配している。
おじ様は黙って私の脈をみて、また横になるのを手伝ってくれた。
「参りました紫波殿!」
「狛犬の里では姫ちゃんの食事はちゃんと出されていたか?」
「?はい」
「姫ちゃんは残さず食べていたか?」
「……………………それは、あまり……食欲が無いと仰って……」
「あちらで姫ちゃんは楽しく過ごしていたか?」
「……………………」
「………………分かった。下がっていい」
「はい………………」
しょんぼりした類君が退室して行き、おじ様がヨダカ君に何か指示をする声がボソボソと聞こえる。
薬を作る音なのか、ガリガリとすりつぶす様な音がする。
おじ様ともお話ししたいのに、息をするのも億劫でままならない。




