恭の人気 1
————「やはりここにいたか」
紺色の軍服を着た恭が本棚によりかかって棚をコンコンとノックする。
泣いてなくてよかった。
涙の跡は隠しようもないけれど。
「恭、お仕事は?」
「抜けてきた。ここに来れば会えると思った」
煌やかな金の 飾緒が揺れ、ニカッと笑う恭は眩しいぐらいだ。
私の頭をぐしゃぐしゃ撫でて、共に過ごしてかまわないかと聞く。
「結衣、頑張ってね」
マリーが耳元で小さく言ってお母様を連れて退がっていく。
「俺もゆい、と呼びたい。いいだろうか」
狛犬族は耳がいい。
恭の栗色の耳を見ながらぼんやり思う。
「はい」
フサフサの尻尾がゆっくり揺れている。
機嫌がいい、とすぐわかる。
窓枠に浅く腰を下ろし、長い足を組む。
「ダンスを、習ってみないか」
「え?」
「ゆいの歓迎のパーティーで、一緒に踊りたい」
歓迎パーティーなるものはここに来た次の日に一度あったのに、もっと規模の大きな物を開催するんだそうだ。
「……………………私に、できるでしょうか……」
「簡単だ。一番いい教師を付ける」
恭が来たからか、涼風が私の膝によじ登ってきた。足元に獅子丸と、類君もいる。
「似合うじゃないか、第一天衛」
今日の涼風は小さな軍服を着ている。恭達と同じ、紺色で金の装飾が煌やかな軍服。小さくて、可愛いかっこいい。
くしゃくしゃと涼風の柔らかい髪を撫でて褒めてくれる恭は本当に優しいお兄さんという感じ。
涼風も嫌がらずに頭を撫でさせている。
「気分転換にもなるはずだ」
恭は優しい。
月宗様を引きずった私の気持ちに寄り添ってくれる。
「はい……」
「それと……もう一つ。」
「兄上がカラスの里に入ったぞ。」
ガバッと顔を上げて恭を見る。私をじっと見る目は優しいまま。
「伝えない方が良いかとも思ったが…………知らないままでいるのも思い悩むだろうと思った」
にこりと笑い、また私の前髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「誰もゆいがここにいる事を事前に伝えなかったからな。狛犬の里に連れて行けと激怒したそうだ。」
言葉より先に喉からひゅっと音がこぼれた。悠君が怒った?きっとここに来る。
「心配しなくて良い。ここには来られない」
「で、でも…………」
悠君は頭もいいし、口も上手い。
彼に出来ないことなんてない。
ソファーの手すりに置かれた私の手に恭の手が重なる。
思いの外暖かく、大きな手。
「狛犬の里に来るには潔斎と禊を2ヶ月行う必要がある。5日ごときで来れると思うなど烏滸がましい」
珍しくニヤリと笑い、私の手をとんと優しく叩く。
「朔の日を待った方が早い。そんな無駄な事、する男じゃないだろう?」
「2ヶ月……」
「ああ。妖狐の里へは3ヶ月という所か。龍の里など何年かかっても無理だと思う」
ここには来ないと聞いて一気に力が抜けた。
「朔の日も、遠ざける様努力しよう。家族の来訪を断る事はできないんでな。」
「………………はい、ありがとうございます」
「だからここは安全だ。俺との事も、少しずつで良い」
「………………………………はい」
恭は自分を利用しろとよく言う。
恭を利用して辛かった事を忘れたらいいと。
「まだ二週間だ。焦る必要はない」
また涼風の頭を撫でてから退出して行く彼を見送る。
待ってもらっていると思う。
このまま時間が解決してくれたらいい。
◇◆◇
「う~~~~~~足が筋肉痛だ」
次の日から私の日課にダンスのレッスンが追加された。
主筋の方のマナー教師と紹介されたエルシアさんは穏やかな淑女だ。
「結衣様、そのように足を見せてはいけません。恭様に嫌われてしまいますわ?」
「はい……」
別にスパルタだとか、いじめられるとかいうわけじゃない。
とても良い人だ。
私が恭の事を好きだと思い込んでいる事以外は。
こういう人が大半なので慣れてきた。
それだけ恭の人気は凄まじいものがある。
「天衛様はもうステップを覚えられたようですわね、お可愛らしい」
「ええ!?」
見ると人化した類君と組んで涼風がワルツを踊ってる。
類君まで上手に男役をこなしている。
「天衛様、結衣様ばかり見ておられたのでしょう?女役になってしまっております。天衛様は殿方ですから私の真似をなさいませ」
きょとんと止まった涼風がこくんとうなずく。
「一度見て覚えたって事!?る、類君は!?」
「私も初めて拝見いたしました!涼風様、踊るのは楽しいですね!」
「えぇ…………」
「さあさ、結衣様はもう一度」
運動神経は悪い方じゃないのにお子様2人に負けた…………。




