狛犬の里
狛犬の里で、私は思ったより穏やかな生活を送っている。
あの日馬車ごと嫁渡りのパレードをして入国したみたいだけれど、私は涼風を抱いて眠っていたので気が付かなかった。
「わざと起こさなかった」とのちに恭が笑って言っていた。
里、と皆言うけれど、狛犬の里はもう国、って感じだった。
高い所にそびえるシンデレラ城みたいな大きなお城、美しい緑があって、奥には麦畑が広がる。
城下町もオレンジと白で統一された海外風の街並みで、日本っぽさはどこにもない。
「姫様!朝食をお持ちしました!」
獅子丸にワゴンを引かせた類君が言う。
侍女を断ったので私の部屋にはメイドさんしか来ない。
ご飯もメイドさんが運んでくれたのを類君が初日にキッパリ断った。
「姫様のお食事は私が取りに参ります!それだけは譲れません。
大事な御身、口にされるものを他の者に任せる事はできません!!」
そう言って私達の食事は類君が獅子丸と共に運ぶのだ。
私の部屋は王城の4階にある。
天蓋のついたベッドと淡い花柄の壁、アーチのデザイン窓にはシンプルな鉄の装飾が施され、猫足の家具が並ぶ。
「ありがとう類君。ご飯にしようか。」
ドレスの袖に気をつけながらお皿を並べていく。
ここは貴族制度のようで、王城で見かける貴族の女性はみなドレスだ。
けれどわりと着やすい現代風だと思う。コルセットもパニエもないし、前ボタンや紐の物が多い。ちょっと豪華なワンピースって感じ。
「今日はお約束がございますか?」
類君が聞く。
恭からは負担にならない程度にお誘いがある。
部屋にメッセージが届けられ、お茶やディナーをご一緒する。
「今日はまだなかったはずだよ」
「では、今日も図書室に参りますか?」
「ん?そうだね、そのつもり」
ナイフとフォークの使い方が分からない類君はカラス姿のままご飯を食べ、食べ終わると私の手元をじっと見る。
見て学んでるんだな、と気付き「おしえてあげるよ?」と言うとフルフルと首を振る。
「一日に一度の変化は姫様をお守りする為に使いたいのです!」
「ふふふ、ありがとう」
悲しみのまま勢いでこの子を連れてきてしまった事を少し後悔している。
毎日淡雪さんに会いに行っていたと言っていた。その時間を奪ったのだから。
一月に一度ある境目屋敷の集まりで、帰してあげたいと思っている。
◇◆◇
今は冬だったはずだけれどここは暖かい。
四季はないらしく、いつも春のような温暖な気候。
私にはドレス、子供達には着物を手配してくれていて、困る事は無い。
ここに来て二週間がたつけれど、涼風は初日に着てきたくまさん着ぐるみを着なくなった。
用意された狩衣か、小さな小さな軍服を着る。
涼風が選んで、類君が面倒を見てくれる。
「お気に入りだったヒヨコや蜜蜂のお洋服を取り出さないのは、なぜなのでしょうか…………」
「…………ほんとだね……」
涼風は空間から何でも取り寄せていたのに、八咫烏の里からは何も取り出さない。
特に悲しそうとか、狩衣を嫌がるということもない。
積み木も、ポシェットに入っていた2つだけ。あんなに毎日触っていたのに、それも無くなった。
それが、八咫烏の里を思い出さない為の私への配慮だと気がついた時、堪えきれず号泣してしまった。
声を上げて泣く私を見て、類君はどうしていいかわからない様子で背を撫でてくれ、
涼風は腕の中でぐりぐりと顔を押し付けるようにして私を励ましてくれた。
あの人のくれた世界が、どんなに温かくて幸せだったのか実感する。
失くしたものは戻らないけれど、彼と八咫烏の一族が幸せであれば良いと思う。
不思議と怒りの感情がないのは、もともとおままごとの様な恋だったからかもしれない。
付き合ってくださいも、愛の言葉も無かった。ただただ深く大切にされただけ。
今にして思えば、始まってすらなかったのだろう。
小さな時の、彼氏という言葉に浮かれて。




