裏側 月宗SIDE
「連れて行ってはやる。その代わり結衣の母御の形見を返せ」
「ふふ、デートしてくれたら、返してあげる」
ニコニコしながら髪をくるくるといじる。
「なぜ簡単に返す物を、わざわざ取り上げたりした」
「あら、じゃあキスもしてもらおうかしら」
退屈凌ぎに。とボソリと続ける。
「は?」
「どうするの?私のおねだりは、八咫烏は聞けない?」
「必ず返すんだろうな」
「ええ、ありかを教えてあげる」
俺の肩にまわされた腕に、結衣を抱きしめた時のような満たされた感情は何も感じない。
当主としての仮面を必要な時に出せる自分にホッとする。
桜子の唇が掠めるのを醒めた目でみやり、ふと視線を感じて目線を前に戻すと、蒼白な顔の結衣と目が合った。
まずいとも、しまったとも思えない自分がいた。目的に対する方法は、いつも俺の意思とは関係ないのだから。
「結衣、どうした」
思ったより低い声が出て結衣が怯むのがわかった。
「姉さん、いたの?覗きなんて趣味悪。私達、これから出かけるの。なんか用?」
「あ…………ごめ……」
パタパタと去っていく結衣の後ろ姿から目が離せない。
手に入らない宝と、本能が拒否する宝の間で宗主の俺と、生身の俺がせめぎ合う。
どちらが強かろうと、いつも残るのは宗主の俺という選択肢しか与えられていない。
どす黒い感情がぐるぐると巡る気がした。それにあえて気づかないふりをする事など簡単な事だ。生まれてからずっとやってきた事なのだから。
◇◆◇
「不機嫌を、隠そうともしないのね」
小さなラインストーンがついた長い爪をいじりながら桜子が言う。
ホテルラウンジを嫌がった桜子が無理やり俺を連れてきたところは、どこにでもあるコーヒーカフェだった。
若者でごった返す店内は、席を求める人々がたえずウロウロとしていて落ち着かない。
「何を企んでる。八咫烏に嫁ぐ気か?」
「まぁ貴方なら顔も財力も申し分ないわね。けれどそれは他の一族も同じよ。貴方の強みは人間界に住んでいるということかしら。いつでもお買い物できるもの」
「最下位だから地上にいるだけだ。何が嫁御の心に響くのかさっぱりわからん。お前はあの兄貴の近くにいたいだけだろ」
俺の指摘にニッコリと笑う。
好意という言葉では表せないほどにあの兄貴への執着が強い。
兄貴のほうは結衣しか見えていないようだが。
「兄様だって私が欲しいはず。お優しいから、姉さんがほっておけないだけで」
「何故結衣にきつく当たる。兄貴が取られたからか」
「何でも持ってるくせに、何にも持ってませんって顔するからよ。あんた達には、一生わからないでしょうけど」
不可解な言い回しに眉間に皺が寄る。
結衣から何もかもを取り上げてきた女がよく言う。
————「これでよかったかな?」
夜臣がテーブルに飲み物を2つ置く。どちらも桜子のものだ。
「ありがと~!いつものチョコのやつも捨てがたいけど新作のベリーフラペチーノも飲んでみたかったの!」
何故か俺の方に一つ置いてから写真をとり、2つの位置を交換してまた写真を撮った。
「何だ?」
「別に~~~!飲みたかったら飲んでもいいわよ?」
「いらん。好きに飲め」
「月宗、くれぐれも失礼のないように!」
夜臣が俺を睨み、一礼して下がった。
はぁ、この女が八咫烏に嫁ぐ気なんてさらさらない事はわかりきってるというのに。
うちに来たのもあの兄貴に会うためだろう。
花嫁から降りることはできないというのに。
それでも、俺の行動は八咫烏一族の未来に直結する。本心を押し込めるなど簡単なはずなのに、結衣が絡むと途端にうまくできなくなる自分に歯噛みする。
幸せでいてほしい。安心して暮らせる場所を与えてやりたい。
手に入るなどと思っていない。あの、柔らかな可愛い生き物。
俺のものにならなくてもいい。結衣が笑っていられるのなら。
「お買い物したいわ?いきましょ。ヒールが高いの、エスコートして下さる?」
内心でため息をつきながら、当主としての仮面を貼り付ける。
何が楽しいのかパシャパシャと写真を撮りながら歩く桜子に辟易する。
「自分で見て選べるってのはやっぱりいいわよね。笹音に頼んでも、何でも部屋に届いてしまうのだもの」
「狐だからな」
「?どういう意味よ。あ、あのお店!欲しかったピアスがあるの!」
いつのまにか俺のエスコートから手を離し、ずんずんと歩く桜子に、2人のドアマンが両側からドアを開ける。
「ふふふ、早くいきましょ!」
特大のため息をつく俺を夜臣が睨む。
「はぁ、わかってるよ」
◇◆◇




