さよなら
部屋を出るとリーーンという澄んだ鐘の音が何度も響く。
いつも鳴るのは一度だけだったのに。
四つ守さん達が驚愕の顔で駆け付けてくるけれど、屋敷中に鳴り響く澄んだ鐘の音にたじろいでいる。
皆何か言おうとして、私の顔を見て言葉を飲み込んでいく。止まらない涙のまま涼風を抱きしめて前だけを見る。涼風も腕の中でおとなしい。
流れる涙をそのままに、涼風を抱いて歩く。
玄関に着くと、震える手でレレさんが草履を下ろしてくれた。
外にはもう既に恭さんがいて、私にエスコートの手を差し出す。背後にはずらっと紺色の軍服を着た狛犬さん達がいる。
「俺を思い出してくれて、嬉しい」
ニカっと眩しい様な顔で恭さんが笑う。
「迎えに来て下さって、ありがとうございます」
震える声でお礼を言い後ろを振り返ると、皆がいる。
泣いているマキノさんとレレさん。唖然とした顔を隠せない四つ守さん達、真剣な顔をしたじいや。だんだんと顔見知りになりつつあった使用人や八咫烏の剣士達。
「皆さん、お世話になりました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
涼風を抱いたまま深く頭を下げる。涙がボタボタと地面に落ちて石畳に染みを作る。
最後にあの人に会わずに済んだのは良かったのかもしれない。気持ちが揺らがずにすむ。
外門の前には馬車がいて、ここにもたくさんの軍人さん達が手を後ろ手に組んで、直立不動で待っていた。
恭さんのエスコートで馬車のステップを上るその時、大好きなあの人の声がした。
————「結衣っっっっ!!!」
ビクッと硬直したのが置かれた手から恭さんに伝わったんだと思う。
フワリと横抱きに抱かれ、次の瞬間にはふかふかの馬車の中だった。
「出せ」
隣に座った恭さんが言う。
馬車の扉が閉まる瞬間、焦った顔の月宗様と目が合う。
「結衣っ!!結衣!!」
————「月宗さま…………げんきでね」
「っ………………!」
◇◆◇
「気にしなくていい、悪足掻きなど当主としてみっともない」
みっともないんだろうか。月宗様の気持ちはとても嬉しいはずなのに、私の気持ちのもっていきようがない。
きっと彼は私からの気持ちをカケラも欲していない。
大切にするくせに、それだけ。
————手に入れるつもりがないから。
ひどく残酷な気がする。
「恭さんも、桜子の方が良いのでは?私で申し訳ないですが、家に帰れない以上置いて下されば嬉しいです」
「構わない。花嫁に優劣は無い」
皆そう言う。本音は違うと分かっているけれど。
「そう言っていただけるのは、嬉しいです」
当主は皆落ち着いた雰囲気を持っているけれど、この人は他の2人とはまた違ったオーラがある。
脚を開いてどかっと座ってはいるけれど、どこか気品があるというか。
無骨なのに育ちの良さが滲み出ている。
「狛犬一族は結衣殿を歓迎する」
「お世話に、なります」
「俺個人としても、だ」
「それは、どうも……」
それきり恭さんは黙ってしまう。
「ええと……恭さんは……」
何か話していないと泣き崩れてしまいそうでなんとか言葉を紡ぐと、ふわっと笑って私を見る。
「恭でいい。何だ」
「恭、は…………おいくつですか?」
「28」
「大人……ですね」
「歳上は嫌か」
「皆さん歳上じゃないですか」
月宗様と笹音さんは25。
恭さんは28。あともうお一人は知らないけど。
「歳が離れているのはどうしようもないが…………結衣殿の事は頑張らせてほしい。まずは里でゆっくり休もう、頑張ったんだろう?」
腫れた目元に溜まった涙を拭われて、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でて笑う。
もう頑張れず、堰を切ったかの様に涙が溢れたけれど、何も言わずにただ頭を撫でてくれた。
足元の獅子丸がふわふわと暖かい。
涼風は獅子丸に会えたのが嬉しいのか積み木やポシェットを一つ一つみせて遊んで?いる。
類くんは涼風の頭の上で大人しい。
「2度移転の術を使う。気分が悪くなったらちゃんと言ってくれ」
「は……い」




