優先
光久さんに部屋まで送ってもらうと、扉の前に類君が立っていた。
「姫様………………」
「急にいなくなってごめんね。大人なのに、恥ずかしいね」
「その様な事…………!」
カラス姿の類君が悲痛な声で叫ぶ。
「結衣様、お部屋から出られる際は必ず四つ守をお呼びください」
「はい………………」
一礼して去っていく光久さんを見送りながら、ため息をつく。
お屋敷に花嫁が2人。
広いお屋敷だけれど私と桜子が出会わない様にする配慮かもしれない。昨日まで屋敷の中の移動は、自由だったもの。
お茶とお菓子を運んできたレレさんに少し休みますと言って横になったけれど、不安ばかりが膨らんで落ち着かない。
ベッドに置いてあったスマホを確認すると、着信が数件とメッセージが一つ。
月宗様からだと分かるのに、見るのが怖くて開けられない。
未読を示す1という赤いマークが脅迫のように感じる。
メッセージ1つで終わりにされるかもしれないのが怖い
何ごとも無かったかの様なメッセージでも辛い。
かけ直そうとするけれど指が震える。
「はぁ………………」
落ち着かなくて立ち上がり、部屋をウロウロとしてしまう。月宗様に会いたいのに、物々しく護衛を付けなければ会えないんだろうか。
ドアを開けて廊下を見ても誰もいない。
今なら誰にもわからずに出られるかもしれない。
「姫様…………外に出られても、四つ守には気配で分かります……」
「そっか…………」
「わわっ!涼風様?」
涼風がクマのフードを外し、その中に類君を入れ込み私の腕にピョンと飛び込んできた。
同時に私達を包む透明なシャボン玉ができてパチンと弾けた。
「じょ、上級神術…………膜なしの気配遮断なんて…………初めて見ました……」
「これで、大丈夫かな?」
「発覚が遅れる程度ですが…………外では誰と会っても気づかれませんね」
涼風は、すごい。私と違って何でもできる。そんな子がいつも私を思い遣ってくれる。
小さな体を類君ごと抱きしめて廊下に出た。
月宗様のお部屋かなと思ったけれど、涼風は別の方を指差す。
何度も角を曲がり、幾つもの中庭を横目に通り過ぎた頃、奥の部屋から光久さんの声がした。
ドアが閉まっているので何を言っているのかまではわからない。私がノックしようと手を伸ばすと涼風がドアにそっと触れた。
少しだけドアが勝手に開くけれど、誰もこちらを見ない。月宗様と、光久さん、夜臣さんの3人。
涼風は、隠れんぼのつもりなのかもしれない。
応接室なのか洋風な内装で、ソファーセットがおいてある。3人とも難しい顔をして立っていてお仕事中なのかと思い踵を返そうとしたその時、また光久さんの声がした。
「今から現世にお連れになるのですか」
「とにかく着替えろと部屋に押し込んできた。デートしろだとよ。八咫烏に興味なんかないくせに、うちなら現世に行き放題だと勘違いしやがって」
「桜子ちゃんがあの兄貴を慕ってるなら現世に近いうちが有利だ。彼女を優先するしかないだろ!民の心は完全に桜子ちゃんに傾いてる!桜子ちゃんは八咫烏の民意だ!!」
「……………………」
夜臣さんの怒鳴り声に月宗様は答えない。
「月宗!おまえは宗主なんだぞ!!」
「分かっている」
そう言ってドサっとソファーに腰掛け、片手で顔を覆う月宗様はそれ以上もう何も言わない。
聞きたくない。けれど縫い付けられたみたいに足がすくんで動けない。
「ここまで一族の為に生きて来たおまえが!何故急に放り出す様な真似をする!!」
「結衣は俺の全てだ。何があってもそれは変わらん。だが…………分かった、桜子に了承の返答を」
またデートの話だ。
私にした様に、同じ事を桜子ともするんだろうか。
自分との思い出が、脳内で全て桜子にすり替わり、ドロドロとした痛みが胸を支配する。
「結衣様を無理に手に入れるおつもりは無いのでしょう?」
光久さんが冷静に月宗様に聞いた。
「……………………ああ」
喉が塞がった様にうまく息が吸えない。
手に入れるつもりがない?
今まで月宗様から優しくしてもらったのは嘘だった?
————そんな事ないはず。
————けれどいつだって言葉にしてもらった事はない。好きだとか、愛してるとか。
「それでも、我ら四つ守は結衣様にお付けになりますか?」
「結衣に四つ守全員を付けるのは変わらない」
「桜子ちゃんの天衛は闘えないんだぞ!」
「しかしある程度ご自分で祓うことができましょう」
「二兎を追っても仕損じる!我が一族にはその様な賭けに出ている余裕はないんだぞ!力のある嫁御を娶らなければ!!お前は民の希望なんだぞ!!!」
「分かってる!!」
月宗様の怒鳴り声がして、ガクガクと体が震える。
「とにかく、桜子ちゃんには俺が付く。月宗お前、頭冷やせ」
誰か出てくる気配がしたので慌てて廊下の突き当たりにしゃがみ込むと、夜臣さんが怒った顔で出て行った。
「夜臣殿も、お心は別にあるのだと思います。幼い頃から貴方の側にいたのですから」
「………………ああ」
月宗様達も廊下に出て来て去って行く。
去る時に一度だけ月宗様が怪訝な顔で振り返りこちらを見、私と目が合った気がした。
涼風が手を前にかざし何か術をかけると、ふいと前を向いて去って行った。
「………………さすが月宗様ですね……完璧な気配遮断でしたのに……姫様、もう戻りましょう。光久殿も相当な使い手です。お部屋に気配が無いことに気付かれてしまいます」
「うん…………」
◇◆◇
鉛の様に体が重い。
頭がぐちゃぐちゃでぼんやりとする。
目の奥が痛くて目を閉じてやりすごすと、溜まった涙が両頬に伝った。
「姫様…………申し訳ありませぬ……楽しくお過ごし頂こうと、レレやじいと何度も打ち合わせましたのに……私の責任です……」
「類君のせいじゃないよ。私の力が足りないせい」
「そんな!!違います!!」
涼風が腕の中でうつらうつらとし始める。この子は最近よく眠る様になった。
「姫様、急ぎましょう。涼風様が眠ってしまわれたら術が解けてしまいます」
「もう、いいの」
「姫様?」
「もう、いいの。桜子と居合わせてもいい。変な気を遣われる方が辛いから。隠れたり、コソコソするのは嫌。類君も、気配が分かるのでしょう?別に、言わなくてもいいの」
「姫様………………」
ズンズンと歩く。大体の方角はわかるし平屋だから大丈夫だろう。
類君も何も言わない。
いつか通った車寄せがある玄関が見えて来て、背の高い彼が見えた。すぐ側に、桜子も。
ぼんやりとした頭で、理解できない現実を見る。
————桜子が彼の首に手を回す
————キスをする二人
月宗様と目が合う。
切長の目が見開かれて私を捉える。
「結衣、どうした」
低い声。怒っているのかもしれない。
「また姉さんなの?覗きなんて悪趣味。私達これから出かけるの。邪魔しないで」
「あ…………ごめ……」
踵を返して元来た廊下を走り、角を曲がった所で光久さんが頭を下げたまま待っていた。
◇◆◇




