優しい嘘
「祓えなかったんですって?もっと努力したら?」
月宗様にエスコートされて私のそばに来た桜子が言う。
何のことだろうと一瞬迷い、すぐに 禍ツ魂の事だと分かった。
不思議な力はどうやったら使える様になるのだろうか、とぼんやり考えて、月宗様の手に乗せられた桜子の細い指を見やる。
「花嫁に優劣はない。関係ない」
月宗様の、低い声。
私の目線はエスコートの手から動かない。
彼がどんな顔をしているのか見るのが怖い。
「建前上はね。誰もそんな事思ってないわ?」
————「花嫁なの!?まぁ若様おめでとうございます、淡雪は何も知らずに……夜臣ったら何で教えてくれないのかしら!可愛い方ね!ご宗主様と耀様には今からご挨拶なの!?」
————「母上を驚かせようと思ったんだよ。さあ今日はもう帰ろう」
いつのまにかそばに来た夜臣さんが促すけれどイヤイヤと首を振る。
「こちらは私のお友達なの。小さいくまさんと、そのお母様」
「結衣と、申します、奥様」
砂を噛んだように喉が引きつり上手く声が出ない。
「結衣さん、こちらは青幽家ご次男の月宗様と、その奥様」
「…………おくさま……」
「っ……結衣!!」
「本当に可愛らしい奥様ね。月宗様は面食いだったのね。ね?とてもお似合いだと思わない?」
淡雪さんが嬉しそうに話す。
「……………………はい…………」
「お二人に祝福を。本当におめでとうございます。ほら、あなたも」
「………………おめ、でとう…………ございます………………」
「姫様!もうよいのです!!申し訳!申し訳ありませぬ!」
(何なの……)何かを察したらしい桜子がつぶやき、類君が叫ぶ。
「失礼……します、また、ご挨拶にうかがいますね」
下を向いたまま淡雪さんに告げ、くるりと踵を返して走り出す。
早くここからいなくなりたい。
「っ結衣!?光久っ!!!」
「承知」
後ろで月宗様が叫ぶ声が聞こえた気がする。
——『四つ守筆頭を遣わしたぞ』
——『いや、ご宗主様本人が動かれない。やはり本命はこちらか』
——『どちらにしても僥倖よ。まさかお二人も嫁渡りがあるとは。月宗様のお力のおかげか』
ざわざわとした観衆が、口々に声を上げる。
足がもつれて上手く走れない。ただでさえ着物で動きにくいのに。
ボロボロ涙を流す私を見て涼風が術を使い、「姫様!!!」という焦った光久さんの声を残して私達は移転した。
◇◆◇
私と涼風二人きり。
私の嫁渡りの時に通った黒い千本鳥居のある湖。
コバルトブルーに輝く水面は貼り付けたように凪いでいて、ここだけ時が止まったように感じた。
「涼風、ありがとう」
ふんす!と黒い棒を地面にトンと打つ涼風はちょっと得意げで可愛い。
「ふふ、一緒にいてくれてありがとうね。ここは、安全かな?」
コクンと涼風が頷く。
この子が安全と判断したのなら間違いはないだろう。
少しの間頭を冷やすのに丁度いい。
水の上を滑るように歩いて遊ぶ涼風を湖の縁に座って眺める。
柔らかな日差しのおかげで今日はとても暖かい。
私が触るとやはり水で、涼風のように上に乗る事はできなそうだ。
コバルトブルーの水は蒼い色がついていてなお透き通っていて、美しい宝石を溶かした様だった。
風のない、しんとした空間に2人だけ。涼風が出すヒタヒタという音だけが微かに聞こえる。
◇◆◇
どのくらいそうしていただろう。
あたりはまだ明るいけれど日は傾きかけている。
————「お探し申し上げました」
「光久さん……」
「ご心痛をおかけしました事、深くお詫びいたします」
「光久さんのせいじゃ……」
「屋敷に、帰りましょう」
光久さんの片方の肩に涼風が担がれて、バタバタと手足を動かして楽しそう。
「この場所だったから良かったものの……必ず四つ守を一緒に連れていきなさい」
ちょっとお説教をされてる涼風は分かってないのか、はーいと嬉しそうに手を挙げていた。




