ドアのない部屋
「まだ震え、止まらないか」
「う、うん、ごめ、ごめんなさい」
慌ててこすって止めようとするけれどカタカタとした震えは止まらない。
「いい。謝るな」
ドアのないレンガの壁の部屋。
パチパチと暖炉に火が入っていて暖かい。
誰が用意したのか、お絵描き帳や折り紙、車のオモチャが床に置いてあり、興味深そうにツンツンと触る涼風に少し気が抜けた。
「悪かった」
「な、んで、月宗様が謝るの……?」
「涼風を一瞬でもお前から離したのは間違いだった」
涼風のお稽古の事だろう。
「チッ………………」
急に舌打ちをした月宗様は私の肩にかかった笹音さんのジャケットを取って、手のひらから出した炎で燃やした。
前と同じ様にソファーを背もたれにして床に座った月宗様の羽根の中に入る。
「怖かったな」
月宗様の羽根の中で安心したのかボロボロと涙が溢れ、子供のようにしゃくりあげてしまって止まらない。
——あんな恐ろしいもの初めて見た
——あれは一体なんなの
——桜子は祓ったと言ってた
——月宗様も幻滅したかもしれない
何かを言いたいのに、何を言ったらいいのかわからない。
「涼風が心配してるぞ」
床からうっすら灯りが入り、見ると羽根の隙間から車のおもちゃが押し込まれてきていた。
小さな手をスリっと撫でると、車を離してトテトテとまた暖炉の前に戻ったようだった。
「あ、あれはなんだったの?」
「………… 禍ツ魂。落ちた魂が寄せ集まって出来てる」
幽霊みたいなものだろうか。
幽霊というより、化け物寄りだった。
人の形ですらなかった。
「人も、俺たちも、神の魂を頂いて生まれた者には必ず負の思いがある。殺人、自殺、呪い、暴力……まぁ色々だな。ほっとくとああなる。俺達は神が産んだこの土地を 禍ツ魂から守る役目を担っている」
「わた、わたしはっ、あんなの祓うなんてっ!スペアでっ、それでっ!」
子どもみたいにしゃくりあげてしまってうまく伝えられない。
「結衣、お前はスペアじゃない」
そんなわけない。
「結衣の髪は濡羽色だな」
私の髪を撫でながら月宗様が突然言う。
「ぬれ……?」
「水に濡れて一層黒く艶の出たカラスの羽の色」
「カラス…………」
貴方と同じ、カラスの色なら嬉しいな。
私の気持ちを落ち着かせようと話題を変えてくれたのが分かり、より一層彼に惹かれていく。
変えられた話題までも、愛おしいほどに。
「八咫烏のお里に行きたい」
「やっと言ったな。変更不可だ。もう聞いた」
グリグリとおでこを月宗様のスーツに押し付けると、頭に顎を乗せられる。
「結衣は甘い匂いがするな」
甘い?シャンプーかな。普通のやつだけど…………。
月宗様は甘党だから、今のシャンプーが好きなら変えないでいよう。
「れれ」
羽根の外から涼風の声がして、月宗様が羽根を片方だけ背中に戻した。
小さな体にそぐわない大きなトレイの上にマグカップが2つとクッキーが乗ってる。
「涼風お前、レレとどうやって連絡取ってんだ」
私にマグカップを渡しながら月宗様が涼風に聞く。
あたたかいココア。
レレさんも、きっと私を心配してくれたんだ。
キョトンと首を傾げたままトレイを持つ涼風に月宗様がなおも質問をする。
「レレが呼ぶと分かるのか?」
コクンと頷く。
「要件もか?」
またコクンと頷く。
「声に出す必要があるか?」
3回目に頷いて、月宗様にトレイを渡すと暖炉の前に帰っていった。積み木もしっかり出してあった。
「お前の天衛は出鱈目だな」
甘いココアにマシュマロがのってる。
雪だるまの形で、可愛いチョコの顔がココアの熱で溶けていく。
いつの間にか震えがおさまっていて、 月宗様の腕の中から楽しそうに一人遊びをする涼風を見る、愛おしい時間。
「レレさんがね、月宗様にピアス、開けてもらえって。上手にできるからって。本当?」
「……………………………………嫌だ」
思ってなかった答えが返ってきたな。
いつも余裕そうに何でもやってくれちゃう人なのに。
「??出来ない??じゃあ自分でやろうかな?」
「……………………………………駄目だ」
「だめ??二十歳の記念にあけたいなっておもって」
「傷をつけるな」
「傷?傷じゃないよ?穴だよ」
眉間に皺がよってる。本当にいやそう。自分は開いてるくせに。
「月宗様のしてるピアスが欲しい」
「~~~~~~っ!」
片手で顔を覆ってしまった月宗様は何か葛藤している風で、何も言ってくれない。
よくわからないまま、抱きしめる腕の力だけが強くなる。
「週末のパーティー、いやだったか?」
何分かののちに、気を取り直したらしい月宗様が仕切り直す様に言う。
話題変えられた。そんなに嫌なのかな。別にいいけど。
「ん………………誘う様な人がいないなって思って辛くなっただけ。けど、涼風もいてくれるから、大丈夫だよ。誰が来るの?」
「桜子の友人が何人かと……お前達の父兄だな」
「悠くん…………来るの?」
月宗様がじっと私を見る。
私の気持ちを読み取ろうとしてる。
「不安か?お前が八咫烏の里を選んでくれたからな、俺がエスコートできる。ずっとそばにいる」
「う、うん…………あれ?耳や尻尾はどうするの!?花柳院だけならまだしも、桜子のお友達は普通の子だよ!?大騒動になっちゃうよ!」
「は!俺達を誰だと思ってる。笹音が屋敷全体に妖術をかける。気づける奴なんていない」
そうなのか。妖術、万能だな。




