妖狐の当主 2
サンルームは冬の柔らかい日差しを集めて本当に暖かく快適で、上着なんていらないほどだった。
妖狐のメイドらしき人が甲斐甲斐しく給仕をする。
当たり障りのない話を負担にならない程度に振ってくれて、思ったほど会話に困らなかった。
「色々、疑問がおありのお顔ですね?」
「え…………と」
「答えられる事は何でも答えてさしあげますよ」
食後の紅茶を綺麗な所作で飲みながら笹音さんが言う。
彼の前にはデザートはないのに私の前には数種類のドルチェが置かれていく。
この人は周りをよく見ている。
甘い物が苦手だという桜子の嘘を訂正した事はない。
境目屋敷に来てから数度食事を共にしただけで、出されたものを我慢して食べているのかそうでないのかも含めて見ていたんだろう。
「笹音さんも、お強いんですか?」
私の質問に意外そうな顔をした笹音さんはしばしの後にふわっと笑う。
「何をもって強いとするかにもよりますが……妖術を使った戦いでは負ける事は少ないかと」
「妖術…………」
「魔力、のようなものです。妖狐一族は妖術に長けていますし、狛犬一族は剣と軍事統率力に長けている」
「八咫烏は……?」
「青幽殿が気になりますか?」
なんだかうまく話が噛み合わず、笹音さんのレールに乗せられている気がする。
「冗談ですよ、そんなお顔をしないでください。八咫烏は刀と妖術を組み合わせた戦法に長けておりますね」
「何と、戦うんですか?」
「ご覧になりますか?」
「え?」
にっこり笑った笹音さんが立ち上がり、私にエスコートの手を差し出す。
手を重ねた途端に周りの景色が変わり、冷たい外気が肌を刺す。
「これを」
ジャケットを脱ぎ私の肩にかけた笹音さんは周りをうかがっている。
ここはどこだろう。
荒れ果てたお寺の境内。昼間なのに薄暗く、不気味なお化け屋敷みたいな。
「来ましたよ」
朽ちて崩れた瓦屋根の下から出てきたのは
————無数の黒い手。
「ひっ……!」
恐怖でうまく息ができない。ヒュ、ヒュと短い呼吸とバクバクとうるさい心臓が、目の前のものが本物だと伝えてくる。
無数の腕のお化けかと思ったそれは、瓦礫の中から出ると一つの塊だった。数メートルはある黒いモヤの様な塊の中から出る、たくさんの黒い手。
子供の手も、大人の手もある。中には足もあって、そのどれもが病的に細い。
突き出た手脚が傷つき赤黒い血が流れるのも構わずに、それらを使ってすごい速さでこちらに向かってくる。
「ご安心を。あれはまだ雑魚の部類です」
カヒュッとのどからよくわからない音がして、息を吸っているのか吐いているのかすらわからなくなる。恐怖がのど元から迫り上がってきて吐き気すらする。
笹音さんが掌に青い炎を出し黒い塊を見やるけれど、なぜか攻撃はしない。
「い、嫌、嫌っ!」
腰が抜けてその場にへたり込みそうになったとき、大きな腕に後ろから抱き止められた。
————「ふざけるのもたいがいにしろ霧森。殺すぞ」
月宗様の低い声。あの人のにおい。
「結衣、もう大丈夫だ」
「————っ…………!」
「涼風!静止陣!」
いつのまにか塊の斜め上の空中にいる涼風が六角の鉄の棒の先を向けると、棒の周りに神代文字で描かれた薄青く発光する魔法陣がブワッと現れ塊がガクンと止まった。
「立てるか?」
落ち着き払った月宗様の声で安心したはずなのに、足はガクガクと言うことをきかない。
ひょいと片腕に抱かれて目線が上がる。
「目を閉じていろ」
言われた通りに目をギュッとつむり月宗様に抱きつくと、ヒュンと音がした後、すぐにカチャンと音が続いた。刀の、音?
「結衣、もう終わったから、大丈夫だ」
そっと目を開けると小さなクマさんが地面についた黒いシミをペシペシと棒で叩いていた。
「す、涼風っ!」
呼ぶとこっちにまっすぐ走ってくる。ピョンと飛んで私の腕の中におさまった。
「なぜこんなことをした」
「桜子様はすぐに祓われました故」
「結衣を試したのか」
「何故その様にお怒りに?必要なことでしたので」
私と涼風を抱いたまま笹音さんと話す月宗様の声がどんどん低くなる。
「結衣が怪我をしていたら、今頃お前は生きていない」
「それはどうでしょうか」
にこりとわらった笹音さんの背後に狩衣を着た妖狐の集団が現れ、彼らの周りに沢山の青い炎が揺らめいていた。
不穏にこちらを睨む妖狐の集団に知らぬ間に四方を囲まれている。
————「雑魚キャラようさん集めはって、選ぶんが楽しかったんやろなぁ、いうのはよう伝わってきますわ」
「ひぃ!雲雀さん!!もうちょっとオブラート!!!!」
「あはは、ほんとにねぇ!小四郎程度が並んでる。お兄さんそんなじゃ燃えないぞっ!」
ヒュンヒュンヒュンと空を切る様な音がして、笹音さんの臣下達がざわざわとし始めたと思ったら月宗様の前で跪く光久さんがいた。
「ご下命とあらば、ただちに殲滅いたします」
「いい。帰るぞ」
何?光久さんは何をしたの?
ざわざわとする妖狐の男の人達の周りから青い炎が消えている。
炎を、切ってきた?
「結衣様、誤解なき様。悪意はありません、貴方をお守りするのは私だったはずですのに」
踵をかえした月宗様の背中越しに笹音さんの声がしたけれど、私が何か言う前に月宗様の移転の妖術で境目屋敷に戻っていた。




