婚約
「よぉ、やっと起きたか」
「月宗さま?あれ?月宗様のお部屋…………?」
疲れた私はあのまま眠ってしまっていたらしい。
あたりはまっくらで屋敷はすっかり寝静まり、もう深夜を過ぎているようだった。
「あれ?私着替えてる……?何だろうこの格好?」
「………………」
レレさんがお風呂に入れてくれた間も爆睡していたらしく全く覚えがないのに、やけにスケスケの着物を着てる。
桜柄で、絹織物なのか肌馴染みのいい、ガウンみたいな薄ピンクの着物。
「ここまで耐えた俺凄い……」
「??涼風がいないね??」
「今日は紫波親子が邸にいるから紫波の部屋で寝てたぞ?落としそうで怖いとか言って紐でおぶってた」
「ふふ、見たかった」
バードキスの嵐が降って来て、長い指がゆっくりと体の輪郭をなぞる。
「??月宗様……?」
「今日の……天女かと思った」
「ん、…………神楽舞?月宗様の為に踊ったから、見ていてもらえたなら嬉しい…………」
ゆっくり顔が近づいて、キスされる。
舌をなぞられビリビリと甘く痺れていく。
「は…………ん…………」
「俺もう我慢しねーからな!?」
「?いいよって言ってるのに」
「おまえずりぃだろ!!絶対分かってねえ!!良心が…………」
帯をほどいてするりと腕まで落とした浴衣に目が釘付けになってる月宗様が可愛い。
「分かってないけど、いいよ」
あなたなら、何をされても。
がばっと押し倒されて、上から見下ろされる。
初めて見た。月宗様の余裕ない顔。
「止まってやれない」
「いいよ」
「これ俺優しく出来ないかも」
「ん」
頷いた瞬間、月宗様の息が止まったみたいに静かになる。
「お前そーゆー顔でいいよとか言うな!余計歯止めきかなくなるだろ!」
それでも手は強くは来ない。
押さえ込んでいるはずなのに、どこか大事に扱われているのが分かる。
「こっちはずっと我慢してんだよ」
低くて掠れた声。
そのまま顔を伏せて、額が肩口に落ちた。
浴衣がするりと開いたところに、熱い息がかかる。
腕を掴む手がさっきより強くなり、喉が鳴る音がすぐ近くで聞こえた。
「……くそ」
小さく悪態をついて顔を上げた月宗様は本当に余裕がない顔。
いつも堂々としてるのに。
「愛してる」
それでも、ほんの一瞬だけ迷うみたいに目を細めて。
「わり、もう余裕ねぇ」
「ん……あ……」
とろとろに溶かされて熱いのに、黒い羽根が私を包んで離さない。
一つになったその時、余裕のない月宗様の瞳が金色から赤くなって、猛禽類みたいだと思った。
歯を食い縛る彼の赤い眼が私を見下ろす。
両手でホールドする様に抱きしめられたままお互いの身体が溶けて行く。
何とか優しくしようと焦る彼が可愛いなと、変な事を思ってしまう。
彼の身体に縋り付くと、溢れる涙を吸われて行く。
本当に私は分かっていなかったけれど、幸せだなとただひたすらに思った。
◇◆◇
小鳥の鳴き声が耳をくすぐり、柔らかい風が頬を掠める。
「ん…………朝……?ウグイス??」
まだ寒い季節なのに早いなと思って身体を起こすと、襖の向こうからレレさんの声がかかった。
月宗様がいないな、と思いながら返事をすると着替えを持ってレレさんが入室して来た。
「お嬢様!若が無理させたと思います!お部屋でお風呂に入って今日はゆっくりしましょう。お辛ければ紫波殿にも見て頂きましょう!」
「…………まさかその為におじ様をここに泊めたの……!?」
恥ずか死ねる!!!しかも診察って!?
「はい!体格差ヤバいですし、お嬢様とは力の差もエグいんで!!ってうわぁぁあ……キスマークが…………執着がえげつないっ!」
身体中にキスの跡が花びらみたいにまっている。
「痛くは……ないみたい。これ消えるのかな?」
「消えますが……次からあんまりやるようならぶん殴りましょう!!」
私の部屋まで移動する為に薄桃色の着物を着せながらレレさんがプリプリ怒る。
「月宗様、お仕事?」
「部屋前の庭におりますよ。お着替えが済んだら縁側に行きましょう!」
髪を優しく梳かして、片側に流してもらう。
こんな時でも私のリボンボックスを持って来てくれるのが嬉しくて口角が上がる。
ゆったり片側で三つ編みに編んでもらい、赤とピンクのリボンで結んでもらう。
八咫烏の刺繍が入った、私の宝物。
「た、立てます?なんならもう涼風にぶん殴って貰いましょう!」
「ガクガクするけど立てそう…………こんなになるんだね……責任とってお部屋まで運んでもらおうかな」
「それがいいです!一発殴った後に!!」
どうしても殴りたいのか。
なんとか立ち上がり縁側に出ると、庭中の桜が満開に咲き誇り、その真ん中に袴姿の月宗様が立っていた。
柔らかな風が桜の花弁を舞い上げて、桜吹雪を起こす。
「なに…………?狂い咲いてる…………」
今は冬のはずなのに。
「結衣、大事ないか」
一華祭で頂いた刀をさげて振り向く彼は、纏う空気がいつもと違う。
見えない力が身体を刺すような。
ただ立っているだけで、場を支配するほどの妖気。
その妖気であたり一帯の桜が狂い咲いてるのだと気づく。
人間の私に妖気はわからないはずなのに、空気の圧が違いすぎて私にも分かってしまう。
周囲に跪く四つ守さん達が、放たれた妖気に息を呑んでいる。
「恙なくお運びになったとのこと、心よりお喜び申し上げます」
光久さんが言う。
「ひっ…………何でみんな知って…………」
「そりゃ~ね~最強の妖が生まれたのは気配で分かるから、全妖が気付いたよ~」
涼さんが楽しそうに笑う。
「しかし、すごいもんどすなぁ……こんな妖気、信じられへんわ」
「怖さ増し増しですね!!俺ピンチ!!」
口々に喋る四つ守さん達を無視してスタスタと私の元に来る彼に手を伸ばす。
「結衣、お前がくれた力だ」
「…………そんなのどうでもいいからちゃんとそばに居て」
「……スイマセンデシタ」
殴るとこちらが痛そうなので、このぐらいにしてあげよう。
「お部屋に、運んでくれる?」
「ああ、まかせろ」
ふわりと笑う彼が愛しい。
貴方の婚約者になれて嬉しい。




