何気ない日常は瞬く間に豹変する
オープニング曲「トキメキってください」
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それは突然だった。
ヂリリリリリリリ…
「何だっ⁈」
「火災報知器の音です!」
午前の競技を終え、生徒たちは校舎内に引き上げ昼の穏やかなひと時を過ごしていた時。その平和を切り裂くけたたましい音が鳴り響く。
「火元はっ⁈」
「女子更衣棟! いえっ! 本館、中館、北館、すべて点灯してますっ!」
「そんなバカなっ⁈」
職員室は突如沸き起こった事態に騒然となった。
「原因についてはあとで! まずは生徒の避難を最優先に! 村岡先生は放送で全生徒へ呼びかけを! 各先生方は生徒の避難誘導で教室へ向かってください!」
教頭の指示のもと、職員室で待機していた教職員はそれぞれ受け持ちのクラスへと駆け出した。もちろんさくらもその一人である。
(どこが燃えているんだ…?)
廊下を走るさくらは不思議に思った。
(本館の報知器のセンサーも反応しているということはどこかが燃えてなければおかしい。でも焦げ臭いニオイもないし…どういうことだ?)
「胡桃沢先生っ!」
後ろから駆けてきた森野が追いついた。
「森野先生!」
「おかしいと思いませんか?」
「私も今それを考えていて!」
「炎や煙は見えない! でもこの暑さはどういうことでしょう⁈」
「…暑さ…?」
言われて思えば確かに暑い。てっきり今日の陽気のせいと思っていたが。
ゴ… …ゴ …ゴ…
(何の音だ?)
何かがパイプの中を急速に流れ、しかし流速が高すぎてパイプが共鳴している、そんな音。しかし考える間もなかった。
バシューッ
「何ィッ⁈」
突然廊下天井のスプリンクラーから炎が噴き出した。
「何だこれはッ⁈」
炎はシャワーのようだが炎だけに途中まで伸びると上へと上がり、天井を焦がす。幸い、床までは届いておらず、さくらたちがそれを浴びることはなかったが。
「これはマズい! 急ぎましょう!」
「了解です!」
森野の声にさくらは応え、二人は受け持ちの教室へ急ぐ。
◆
その時文弥は校長室にいた。
「校長先生! 早く避難を!」
職員室隣の校長室へ井村が飛び込んできて、体育教師らしく大声で叫ぶ。
「分かっている。まずは生徒の避難が最優先だ。ケガ人を一人たりとも出してはいかん。消防と警察への連絡は?」
「教頭がすでに!」
「よろしい。用を済ませたら私が指揮を執る。それまでは頼んだよ」
「分かりました! お早く!」
職員室との通用ドアが閉まった。
「ああ。まずは…」
文弥は携帯電話を取り出し画面をスクロール。『魔導管理局』を選ぶと電話を掛ける。
「…霧島だ。 …もう聞いていたか。 …うん、やられたよ。向こうの動きが早かったな。魔導一課にはもう動いてもらってる。 …ああ、分かった。すまんが、私も避難しなければならない立場になってしまっていてね。 …ありがとう、ひと段落したらまた連絡する。 …ああ、よろしく頼む。では」
ひとしきり話を済ませると電話を切った。
「さて…『ネズミ』が齧ったか、『虫』が湧いたか。そこは彼らに任せるとして」
文弥は慌てることもなく校長室のドアを出る。
「私も丸焼けになる前に行かないとね」
ドアは静かに閉まり、文弥はポケットに手を突っ込んだまま歩き去った。そのあとを追うように天井から炎が舞い降りる。まもなく校長室のあるフロアに炎が満ちた。
◆
「みんなっ! 無事か! あ…」
教室の戸を開けたさくらはその光景に言葉を失った。
「さくら先生!」
「大佐!」
「いきなり天井から火が!」
教室中央のスプリンクラーから、先ほど見たものと同じように炎が噴き出し、生徒たちの頭上を舐めるように踊っている。
(ここも第1水路から…)
望陵学園は消防法の改正に併せスプリンクラーを増設してある。ただ最初に引いたものとは別系統の水路で新設した。仮にどちらかが作動しなくてももう片方が、というシステムなのだが、どうしたことが第2水路のスプリンクラーは沈黙したままだ。
「全員壁側へ退避! 身を低くして煙を吸わないよう注意! 水要素の得意な者は炎を魔導で防ぐ! 原田! 朝比奈! 九条! 岡部! 頼むぞ!」
「はい!」
「了解だよ、さくらちゃん! 九条ちゃん! やるよ!」
「おっけー紗々羅! 2-Bのみんなを守るよ! 凍てつけ、収束しろ――【フロスト・バインド】!」
「潤え、流れ、包み込め―― 全力で行っくよー! 【アクア・ヴェール】!」
辺り一帯に氷の壁が、水の膜が、炎からクラスメイトを守る。
「でもさくらちゃん! あんまし長持ちしないかもー!」
「分かっているが堪えてくれ! みんな! 落ち着いてドアから退避するぞ! 羽川! 誘導!」
「みんな落ち着け! 俺達は絶対に助かる! 2-Bは全員助かるんだ! 慌てずに一列に!」
いざというときには頼れる男・羽川が声を掛け、クラスメイトもまた彼を信じて氷と水の防御に守られながら列を作っていく。
「私はしんがりで出る! 頭を低くして! 先頭から行くぞ!」
さくらがドアを開け、先頭の生徒が廊下へ一歩踏み出すが。
「さくらちゃんっ! これムリっ!」
「え…何ぃ⁉」
さくらが開口部から顔を出せば、その先は真っ赤な世界。教室へは熱風が吹き込む。わずか数十秒の間に廊下には炎が蔓延し、階段へのアクセスルートを遮断していた。
「一時撤退! 中へ!」
(これはマズい。窓からか…? しかしそれでは落下の危険が…迷っている時間はないぞ。どうする…?)
戸の隙間からは焼け焦げた臭いが忍び込み教室内を漂い始めた。その時。
「胡桃沢先生ーッ! 無事ですかーッ!」
戸の向こうから森野の叫び声。
「こちらは無事だが炎に囲まれ身動きが取れんッ!」
「承知しました! 今退路を作ります! 下がって! ――【エアロ・インテグラル】!」
ドオッ
空気の塊が廊下を駆け抜けた。ビリビリと戸を窓を震わせながら、廊下を支配していた赤い炎を押し潰していく。
「今のうちにッ! 早くッ!」
森野の声に戸を開けると、階段へ向かう炎のトンネルとでもいうべきものができあがっていた。そのトンネルの先には両掌を前に構えた森野の姿。
「さあ! 急ぎましょう!」
「森野先生…よし、みんな! ここを出るぞッ!」
さくらの合図で列は一人ずつ外へ流れ始める。
「さくらちゃんも早くね!」
最後まで水の膜で守っていた紗々羅を見送るとさくらも外へ。森野は依然構えを解かずさくらを待っていた。
「ありがとう、森野先生。いい魔導をお持ちですね。ウチの隊に来ませんか?」
「ご冗談を。お話はのち程。まずはここを出ましょう。さあ!」
さくらは頷き階段方向へ駆け出した。その後ろ姿を確認してから森野は構えを解き、追って駆け出す。炎を押しとどめていた主がいなくなるとそれは再び降り立ち、廊下に満ちて空間すべてを支配した。
◆
「みんな無事か!」
グラウンドにはクラスごとに生徒がまとまり、それぞれ点呼をおこなっているところだった。後から来る者がいないことからさくらと森野が避難した最後だったようだ。
さくらは2-Bの集まる場所へ駆け寄る。
「さくらちゃん! 澪がいない!」
「何だと?」
「澪は風紀の仕事があるって途中で抜けて」
「それでっ⁈ 白鷺はどこへっ⁈」
「女子更衣室へ行くって」
「大佐! 神代もいねぇぞ!」
「松尾と安倍もいねぇ! ってか、アイツらずっといねぇ!」
「待って!」
生徒たちの言葉を聞くや駆け出したさくらの腕を森野が掴んで引き寄せた。
「どこへ行く気ですっ!」
「更衣棟へ!」
「落ち着いて! あなたひとり行ってどうにかなるわけじゃない!」
「でもっ! 生徒がっ! 私の子供たちがぁっ!」
「分かっていますっ! 分かっていますがっ!」
森野はさくらの両肩をしっかり掴んで目を見据える。
「今動くのは危険過ぎる! 今は消防と警察に任せましょう!」
「う、うう、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
さくらは森野に抱えられ、人目も憚らず大声をあげて泣き崩れていく。2-B、そして2-Cの生徒たちは何が言えるわけでもなく、ただそれを眺めているしかできなかった。
サイレンと鐘を鳴らしながら大型の消防車、そしてパトカーが何台も何台も校門をくぐり抜け、校舎の前へ横付けされ放水が始まる。それと時を同じくして校舎内の炎が突然消えた。同時に、沈黙していた第2水路のスプリンクラーが水をまき始め屋内から水蒸気がもうもうと立ちこめる。誰もが言葉を失ったまま、昨日まで、いや先ほどまで青春を謳歌していた学び舎が代わり果てた姿を目の当たりにし、呆然と立ち尽くすしかなかった。
◆
エンディング曲「厚底サンダル」
https://x.com/HanashioKikei/status/2050184791463743534?s=20




