それは近すぎると気が付かないモノ
オープニング曲「トキメキってください」
https://x.com/HanashioKikei/status/2040632557730193424?s=20
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挿絵はAI生成のモノ(場合により手直しアリ)
絵は描けませんので…
「うはぁ、疲れたぁ…」
澪の他にもお疲れの溜息を漏らす者が一人。さくらである。大樹がノビてる間しばらく様子を見ていたが大樹の体に特に異常はないとのことで、あとは保健医の杉崎に任せ職員室へ戻ってきた。すでに4時間目は終わって昼休み、しかも残り時間僅か。
「やれやれ…」
と自分の席へ身を投げるとやにわに引き出しを開け、中にびっしり詰まった黄色い小箱の一つを摘まみ上げ、もこもこと齧りつつ杉崎から預かったタブレットに目を通しはじめた。
「お疲れ様です。胡桃沢先生」
声を掛けてきたのは隣の席の森野。食後のコーヒーを
「おひとつどうぞ」
「ああ…ありがとうございます」
2つ持っていた。
「先生のクラスの転校生、なかなか大変なようですね」
「大変ですよー。しかも最近あの問題児二人とつるむようになったようで、今もその件でやっと戻って来たところですよ」
一度は机に置かれたコーヒーカップへ行ったさくらの視線は再びタブレットへと戻った。
「ははは。昼食の休憩を取る間もないじゃないですか。それで今日もそれ、ですか?」
「野戦食に比べればマシですよ。アレ、カロリー高いんです。野戦訓練に比べれば学校だとカロリー消費が少ないですからね。気を付けないとお腹周りにきちゃう年頃なんですよ」
「ああ、はは、なるほど。 …先生はまだご結婚なさらないので?」
「そうですねぇ…まだまだ先って思ってましたけど、もう魔力も伸びなくなってきてますし、結婚して子供を産んでも隊の方は続けられるかな、という気もしてます。魔力伸び盛りの若い子たちが羨ましいですよ。誰か良い人がいればいいんですけどね」
さくらは相変わらずタブレットを見ながら黄色い箱から3本目を取り出し、もこもこと齧りつく。
「ははは。 …それは誰のデータですか?」
「白鷺澪です。杉崎さんからの依頼で、白鷺の魔力が不安定とのことで私にも見ておいてくれって。不安定というか、急に魔力が伸びるんですよね、彼女。最近表情も良くなってきたし、まぁいい傾向でしょう」
さくらは素っ気なく答えた。タブレットから視線を外す気配もなく、3本目の残りを口へと放りコーヒーで流し込む。
「白鷺さんの魔導って、なんというか、鋭い、と思いませんか?」
「鋭い?」
ずっとタブレットに落ちていたさくらの視線が森野へ向いた。
「ちょっと例えが難しいですが、カミソリのようなというか千枚通しのようなというか。彼女は構文の扱いが上手ですからね、そう高くない魔力を上手く使って瞬間的には高い能力の魔導を駆使できる。ただ、あまり太くないというか、持続力がないというか」
「ああ、分かります。白鷺は魔導実技の後、いつもよれよれになってますからね」
「ははは。でも彼女はまだ伸びるでしょう。魔力って魂の震えですからね。魂が奮える限り、どこまでも伸びていく」
思いの外森野の顔が真剣みを帯びていたのを、さくらは不思議に眺めた。
(魂の震え、か)
キーンコーンカーンコーン…
「お、いけない、5時間目が始まってしまう。あああああ、何も準備できていないー! あ、森野先生、次2-Bの数学でしたよね。白鷺は神代の付き添いでまだ保健室にいるので遅刻か欠席になりますのでよろしくお願いします。それでは!」
さくらは4本目を口に押し込むと机の上にあった世界史の教科書とチョーク入れをむんずと掴み、森野の返事も聞かず猛ダッシュで職員室を出る。森野はそれを何も言わずに見送った。
「青い鳥というのは身近にいるものなんですけどね。さくら先生」
◆
こちらは同じ頃の保健室。大樹がノビて運び込まれ、澪もそれに同行した。本来なら早々に授業へと戻らなければならないのだが、せめて彼が目を覚ますまでと懇願し、保健室で待機していた。とはいえただ保健室にいるだけではと、魔力測定装置のログをダウンロードし解析したもの、つまりは先ほどさくらがタブレットで見ていたデータを杉崎と見ているところだ。
「やっぱり。前回と同じね。学校へ来ると魔力値が上がってる。今縦軸を縮小表示してるからそれほどでもないように見えるけど、数値的には前回の記録と同じね。それで…これなんだけど」
画面のグラフは1か所だけ突き出た針のように高い値を示している。もっとも時間軸で見れば一瞬ではあるのだが。
「これ。もう4に届きそうなんだけど。何かあったの? 昨日の2時間目と3時間目の休み時間のあたり」
「昨日の2時間目のあと…」
昨日のできごとを思い返してみる。といっても思い出すのは大樹に胸を触られたことだけなのだが…
(…まさか…)
むしろ思い当たるのは『それ』しかない。
「…何も…ないです…」
真っ赤になって俯き、小声で応える
「これがアレかしら。PM2.5ってヤツ」
「PM? なんですかそれ」
「澪ちゃんが胸を触られたのが2時間目と3時間目の間の休み時間だったことからそんな名前が付いてるらしいわよ。男子生徒の間ではそう呼ばれてるって。PM2.5事件、って」
澪は愕然とした。
「いつの間にそんな名前が…」
(まるで有害物質みたいじゃないのよ! 恥ずかしいぃぃぃぃ…)
澪はまた真っ赤っかになって俯いた。
カサ…
カーテン越しに衣擦れの音。
「ふわぁぁぁ…良く寝た…あれ? 何だここ? どこだここ?」
「!? 神代君っ!?」
普段の澪からは想像できない俊敏さで立ち上がると、ベッドへ駆け寄り天蓋のカーテンをシャッと引き広げた。蹴り飛ばされたスツールは机の引き出しにドカンと音を立ててぶつかったが彼女は気が付かなかったようだ。
「ん? …ああ、白鷺か。ここってどこだ?」
「ここは保健室! 神代君! あの、あの、あの、あの、あのあのあのあのごめんなさいっ!」
杉崎からは澪が頭を下げた際にカーテンからひょっこりはみ出したお尻が見えるだけだった。
(かわいいわねぇ。さて、おじゃま虫は退散するとしますかね)
「澪ちゃん。神代君が気が付いたって校長先生に報告してくるから。ちょっとの間、保健室をお願いね」
「あの、あ、はいっ! よろしくお願いします!」
何をよろしくなのかは分からないものの、それを問い詰めることもなく杉崎はそっと保健室を出ていった。
◆
「あの、ホントにごめんなさい。私、おでこをピンっとしただけであんなことになるなんて思わなくて」
ベッドサイドのスツールに腰を掛けた澪は深々と頭を下げた。
「いや、オレもデコピンで吹っ飛ぶとは思わなかった。お前、怪力なんだな」
「そんなわけないじゃないっ! あ、ごめん、私非力なんだけどなぁ」
「それもアレなの? 魔導ってヤツ?」
「違う違う。そんな構文があるならぜひとも使いたいくらいよ。 …はぁ、なんであんなことになっちゃったんだろう…」
溜息と同時に肩もがっくりと落ちる。
「別に死んだわけじゃねぇからいいんじゃねぇか?」
「そう、なのかな…」
澪の言葉を最後に二人の間を沈黙が流れる。時折校庭からリレーで盛り上がる生徒の声が聞こえるものの、物音一つない保健室で大樹は窓の外を眺め澪は俯いたまま。
最初に口を開いたのは大樹の方だった。
「なぁ、白鷺。オレってキモチワルイか?」
「…え?」
「オレのこと変なヤツだと思ってんだろ?」
「あの…率直に言っていい?」
「構わねぇよ」
「変な人だなとは思うけど、気持ち悪いとは思わない。全然。でも、なんで?」
「お前さ、学校の初日、問題起こして転校したんじゃねぇか、って言ってたろ? あれ、半分アタリなんだ」
「そうなんだ。もう半分は?」
「オレが学校を嫌になった」
「どうして? 何かあったの?」
澪は顔を上げ大樹を見るが、大樹はまだ窓の外を眺めたままだった。
「オレさ、なんか知らねぇけど気付いたときには何かが起こってるんだ。例えば…今日みたいにかけっことかすんだろ? やっぱり一番でゴールしてぇじゃねぇか。そう思うとさ、ゴールに立ってんだよ、オレ」
「ん? どういうこと?」
「よーいドンでスタートすんだろ? 次にはゴールにいんだ。ひどいときにはゴールテープの向こう側に立っててな。散々言われたよ。なんかズルしたんじゃねぇか、って。みんなからも。教師からも」
「…先生まで…」
「オレはズルなんかしちゃいねぇ。でも周りが信じてくれねぇ。いくら説明しても分かってくれねぇ。だからいつもケンカになっちまう。言って分かってくれねぇなら殴って分からせるしかねぇからな」
「それは…!?」
『暴力で解決しちゃダメよ』と続けるつもりだった。だが大樹の話を聞いた今、自分の価値観で測ることが正しいのか疑問に思った澪は、その言葉を飲み込んだ。
「うん、ごめん。続けて」
「そんなんで問題ばっか起こすもんだからさ、施設の方からもいろいろ言われちゃってよ。そんなんで、小学校の時から転校ばっかだったよ」
「施設?」
「オレ、ちいせぇ時に親が死んじまってな。二人とも。事故で。親戚とかいなかったから、保護施設に預けられんようになったんだ」
「あ…」
澪は失念していた。校長から大樹には親がいないことはすでに聞いていたのに。ここのところのドタバタがそれを忘れさせてしまっていた。
「…ごめん。なんか立ち入ったこと聞いちゃった…」
「構わねぇよ。別に隠すことでもねぇし。それから普通に高校へ入ったんだけどよ…やっぱり同じでな。おかしなことばかり起こんから、周りからはキモチワルイって言われて。腹が立つから殴って。そんで停学、終いにゃ退学させるぞって脅されて。そんなとき、ここの校長から声が掛かって。うちに来てみねぇかって。学費とか諸々免除すんからって」
「お父様が…」
「そう、おと… え? ここの校長ってお前の親父なのっ?」
「うん。普段は名字が違うけど。お父様は婿入りしたんで、仕事の時には前の名字使ってる」
「そうなんだ…知らんかった。それじゃなに? 母ちゃんがここの先生とか?」
「ううん、違うよ。お母様はもう…私が7歳の時に死んじゃってる」
「…ワリィ、余計なこと聞いちまった」
大樹の顔にしまったという様子がありありと浮かぶ。
「いいよ。昔のことだもん」
だが澪は遠い目で微かに微笑んだだけだった。
再び二人の間に沈黙が訪れる。しかし今度は口を開いたのは澪の方からだった。
「神代君は普段どうしてるの? 一人暮らし?」
「まぁな。施設にいられんのは中学までで、高校行ったらそこ出なきゃなんねぇから、今はボロアパートに住んでんだよ。ボロでも家賃は要るから、ちょこちょこバイトして」
「ウチの学校はそういう生徒のための支援金制度があるよ? 申請してみたら? 私、手伝おっか?」
「うーん、なんかそういうの…他人の世話にはなりなくねぇっていうか。学費が免除されてんだけでもアレなのに、生活費までってのはなぁ」
「ふぅん、そっか。神代君って自立心が高いんだね」
「そういうことじゃねぇと思うんだけどなぁ」
「ふふ。いいよ、謙遜しなくても。でもうちの学校は優秀な生徒だったら大歓迎だから。多分お父様もそれで神代君を選んだんじゃないかなって思うけどな」
「でもオレ、優秀な生徒なんかじゃねぇよ。なんとかーって数字が0なんだろ? ここって魔導だかなんだかの学校で、いいのか? オレみたいなのがいちゃっても」
「それは…分からない。お父様が決めたことだからね。でも何かあるんじゃないかな、神代君に。そうだ。ねぇ、さっきリレーで走ってたじゃない? 普通に。いきなりゴールじゃなかったよね?」
「ああ…いきなりゴールしちゃマズいから、なんていうか、ゆっくり走ってるっていうか…こう、ゴールをすぐ目の前に設定して、そこへ向けて移動してるっていうか。でも走る格好はしなきゃならねぇから、結構大変なんだよ、アレ」
「へぇ…」
返事をしたものの、澪には意味が分からなかった。目の前のゴールへ向けて移動する? どういうことだ? しかし澪が見た、あのカクカクした動作はそれが原因なんだろうと、それだけは理解できた。
「神代君って何かの特異体質なのかな? 街で会ったときもそうだし、天城先輩の魔導を受けたときも、全然効かなかったでしょ? あれはどういうことなの?」
「さあなぁ…ケンカでそういうの使ってくんヤツもいたけど、なんともなかったなぁ。天城ってヤツのはちょっとピリッとしたな。静電気かと思ったけどな」
「あの魔導が静電気…」
天城は付属中の頃からの先輩で、魔導についてアドバイスを受けたこともある。だから天城の魔導を目の前で見たことがあるわけで、それをこの程度の話で片づける大樹が澪にはよく理解できない。ただ、それが大樹の心を蝕み、彼を孤独にしてしまっていることはよく分かった。
「でもね、神代君。ここは魔導の学校だから。むしろ特異体質な人ってウェルカムなんだよ。お父様も言ってた。人には解明されていない不思議な力がまだまだあるかもしれないって。もしかしたら神代君にそういうのがあるかもよ? だから安心して。望陵学園は、あなたを追い出したりしないって!」
いつになくキレのいい、力強い言い回し。
(あれ? なんか今私、紗々羅っぽかった)
「そっか…オレにも居場所があるってことか…」
大樹の視線が自分に向いた。目が合ったのは今日は初めてかもしれない。
(いつも紗々羅に励まされてばかりだったけど、私もこうして誰かを励ましてあげられるんだ…紗々羅ならこういうとき、何て言うかな…そうだ!)
「そういうこと! ねぇ、神代君に魔導って効かないんでしょ? 試してみていい?」
「ああ。構わねぇよ」
大樹の声にも元気が戻って来たようだ。いつもの、生意気そうな高校生男子の声。
「それじゃ…ちょっとだけビリっとするの、やってみるね」
と、澪は大樹の左手を取る。大きくてゴツい手を、白くて細い指がやさしく包み込んだ。
「雷を要素に。罪なき咎人へ――目覚めの電流を。【帯電のピチカート】!」
それは、ドアノブを触ったときにパチっとくる静電気程度のもの――――なハズだった。
「のアッ!?」
しかし大樹は白目を剥いてベッドに倒れ伏せてしまった。
「…え? なんで? なんで? ちょっと!? 神代君っ!? 神代君っ!? ああん、もうっ! 杉崎先生ーっ!」
澪は杉崎を探しに保健室を飛び出す。
ちなみに大樹は少々気を失っただけで、数分後には無事目を覚ました。
◆
エンディング曲「厚底サンダル」
https://x.com/HanashioKikei/status/2050184791463743534?s=20




