市街戦
テロリストの勢力を押し戻すため、31部隊の二人――キリヒとセレンを加えた混成部隊による大規模反撃が幕を開けた。
当初は電撃的な奇襲で防衛線を切り崩していたテロリストたちだったが、百戦錬磨の31部隊から与えられるリアルタイムの戦術指示と的確な陣地転換によって、その苛烈な進軍スピードは確実に削がれつつあった。
戦闘のプロの能力は、やはり街の治安隊レベルを大きく凌駕しているのが分かる。
中でも異彩を放っていたのはセレンだ。
ドローンを周囲に即座に展開し、常時エリア全域の動態を把握する「全領域索敵モード」へ移行した狙撃は、冷酷なまでに正確だった。
高所に陣取り、一切の迷いなく放たれる大口径の弾頭が、テロリストの指揮官や重火器持ちを次々と沈めていく。
≪1時方向――敵3――排除≫
無機質な無線の声とともに、遠くで短い乾いた破砕音が響く。
≪10時方向――敵2――排除≫
スポッターすら置かず、ドローンデータのみを頼りに単機で敵を正確に狩っていくトークンのスペック。
味方でよかったと心の底から安堵する瞬間だった。
≪各位。このエリアにおける敵の侵攻は完全に途絶しました。周辺に潜伏中の残存敵戦力20名を検知。バイザーメットの戦術情報を更新します≫
≪了解! 31部隊、感謝する! こちら都市防衛隊――これより突撃を敢行する! 各隊長は提示された作戦案に基づき対応せよ! 5番区画治安隊は後方の防衛および伏兵の警戒を頼む。背中は任せたぞ!≫
≪了解。 かましてやってくれ≫
無線の合図とともに、都市防衛隊が一斉に遮蔽物を蹴って突撃を開始した。
鬼気迫る連続射撃がテロリストの陣地をなぎ払い、防衛線を押し込んでいく。逃げ場を失った敵勢力は瞬く間に半数近くまで減殺されていった。
激しい銃撃音が市街地に木霊する。
圧倒的な物資と弾薬量を誇るアーサ・ブカブ治安隊の優勢は揺るがないはずだった。しかし、テロリストたちも死力を尽くし、容易には崩れてくれない。
その泥沼の粘り強さに、キリヒの胸中に確かな違和感が芽生えていた。
(妙だな……この圧倒的な火力差なら、撤退に舵を切るのが戦術の常道だ。生きて戻る気がない特攻なら話は別だが、奴らの身のこなしは死にたがり屋のそれじゃない。何かを……何を待っている?)
「……セレン、この近辺に地下道へ繋がる巨大マンホールはあるか?」
『――はい。複数存在します』
セレンの返答が終わるか終わらないかの、その刹那だった。
前衛の都市防衛隊と後衛の治安隊を寸断するように、路面の直下で激しい爆発が弾けた。
粉砕されたアスファルトの破片が舞い散る中、地下の暗闇から跳ね上がってきたのは――黒鉄の異形。第二世代型ジャガーノートだった。
「な……何だ、ありゃあ!?」
「あんな型、見たことがないぞ!」
周囲の兵士が、新兵器の姿に動揺する。
センサー光学眼の数、フレームの関節構造、そして固定武装の配置――すべてが洗練されている。 街中を徘徊している第二世代型ジャガーノートとも異なっている。
キリヒの脳裏に、かつて戦った凶悪な自律兵器「番犬」の影が過った。
しかし、以前目撃した初期試作型とは明らかにシルエットが異なっていた。 目の前の鉄塊はそれよりも遥かにスマートで、三腕ではなく、両腕である。
視覚センサーの数は同じであり「洗練された無駄のない殺戮デザイン」へと変貌を遂げていた。
キリヒの直感が告げていた
(……あいつは、初期型より数段強い……!)
異形のジャガーノートは躍り出ると同時に両腕の機関砲を乱射、都市防衛隊の後頭部へ熾烈な弾幕を浴びせると、そのまま目にも留まらぬ速度で横断歩道を滑るように離脱した。
ただ押すだけの無骨な兵器ではない。 戦術的な「引き撃ち」をこなす機動性。
不意を突かれた都市防衛隊の1小隊が、一瞬で20%以上の死傷者を出す惨事に陥る。
≪新造兵器だと!? 正体は何だ!!≫
≪速度が異常だ。 対応できない! なんなんだあれは! ≫
≪固まれ! 防衛線を突破させるな! ≫
通信が乱れ飛ぶ。
≪データ照合完了。アーサ・ブカブ社の内部仕様書にアクセス成功。スペックを抽出しました≫
セレンが素早く通信へ割り込む。
≪該当機体は『試作第二世代型戦術モデルⅡ型:高機動奇襲仕様』。人工筋機構を限界までオーバードライブさせた最新の試作ラインナップです≫
≪いらねえよそんな凶悪な新製品! 弱点は!?≫
≪高機動力を獲得した代償として、装甲厚が削減されています。密度の高い弾幕による連続打撃での力押しが有効です≫
≪了解だ! 各員、射撃を集中させろ!≫
だが、言うは易しだった。
限界まで強化された人工筋の瞬発力は凄まじく、全高3メートルの巨躯でありながら、その動きは、驚くほど滑らかだった。狙いを定めようにも、標的がブレて弾丸が空を切る。
「あの火星の天才ねーちゃん……マジでクソみたいな兵器を作ってくれたぜ!」
思わずキリヒの口から悪態が漏れた。
逆に、ジャガーノートの両肩に増設された13ミリ自動追尾型機関砲が、精密な機械演算のもとでこちら側へ容赦ない返礼を撒き散らす。
無線機からは途切れなく負傷兵の悲鳴と救助要請が上がり始めた。
≪なんなんだよコイツは! 硬すぎるだろ!!≫
各員からの銃火器での集中砲火の音が周囲に響く。 しかし、装甲が低下しているように
は見えない。
ジャガーノートの速度や瞬発力により、的が大きくても命中率が格段に落ちているようだ。
防衛線の一角から打ち込まれた重ロケット弾がジャガーノートの脚部で爆発し、巨躯が大きく体勢を崩した。
だが、その機体はよろめきながらも即座に火砲の発射元を特定、肩部砲塔を旋回させて反撃のロケットを叩き返した。
直後、味方の防衛拠点が激しい火柱とともに吹き飛ぶ。
≪防衛線が食い破られるぞ! 絶対に通すな!!≫
治安隊の防衛線は応戦しながらズルズルと後退を余儀なくされ、全滅の危機に瀕していた。
キリヒも大口径マグナムライフルを構え、関節の隙間を狙って精密射撃を重ねるが、新開発の対弾人工筋に弾頭を弾き返されてしまう。
「くそっ……このままだと全滅する……!」
焦燥の中、キリヒは転がるテロリストの死体に目を留めた。
質素な防護服に身を包んだ先住民の遺体。手にはアサルトライフル、そして脇には無誘導ロケットランチャー。
装備のアンバランスさが痛々しい。
(ロケット弾を撃ち込む前に殺られたか……)
一瞬掠めた哀愁を振り払い、キリヒはそのロケットランチャーの弾頭に目が釘付けになった。 明らかに標準装備とは異なる、怪しげなシリアルナンバーと型番。
――『ELE-3000-HOT』。
「エレクトロン弾……!」
≪セレン! 転がってる敵の装備からエレクトロン弾頭を見つけた!≫
『……また随分と邪悪な兵器を拾いましたね。どう運用しますか?』
≪標的の周りから治安隊を退避させろ。俺が奴に一矢報いる≫
『狂気の沙汰です。現在の武装で全開のジャガーノートに接近するなど――』
≪無茶は承知だ! 通常弾じゃ拉致があかない。あいつを『焼き払う』!≫
『……了解。全回線へ緊急通達を発令します』
直後、都市防衛隊の隊長から一斉通信が入った。
≪31部隊の案に乗る! 各員、持っている無誘導ロケットをあのバケモノへ一斉斉射せよ! 爆圧で空中に回避させろ!
トークン! 奴の着地予測地点を弾き出せ! 落下点にいる隊員は死に物狂いで逃げろ! 巻き込まれたら骨まで黒焦げだぞ!!≫
≪カウント開始!≫
合図とともに、残存するすべてのロケット砲が一斉に火を噴いた。
迫り来る弾幕を察知したジャガーノートのAIは、即座に脚部スラスターを全開にし、空高く跳躍して爆風を回避した。
セレンからの通信が入る。
≪3時方向! 着地予測地点を戦術データリンクにマーキング! 落下までのカウントダウン開始――3、2、1、ゼロ!≫
「喰らいやがれッ!!」
着地の瞬間を狙い、キリヒが肩に担いだランチャーの引き金を絞った。
放たれたエレクトロン弾頭が、落下してきたジャガーノートの胸甲へ直撃する。
――刹那。
周囲が真っ白な閃光に呑み込まれる。
黄昏に染まりつつあった街が、一瞬にして昼間以上の苛烈な光に包まれる。直後、超高熱のプラズマと白熱の爆風が周囲十数メートルを狂乱の渦に巻き込んだ。
コンバットスーツの耐熱コーティング越しですら、肌が焦げるような恐ろしい熱波が押し寄せてくる。
3,000度を超える灼熱の地獄。
いくら最新型の対弾人工筋といえど、超高熱下での急激な酸化と超高温プラズマの破壊力からは逃れられない。
ジャガーノートの装甲が赤く爛れ、関節部の人工筋が黒く炭化して煙を上げた。
高機動を誇った巨体が、片膝をついて大きく崩れ落ちる。腕部の火砲も熔解し、完全に動く腕を失っていた。
≪全員、斉射ァァッ!!≫
動きを止めた無残な鉄塊に向かって、生き残った兵士たちのありったけの弾丸が叩き込まれた。数分間に及ぶ猛射の末――。
『完全な機能停止を確認。 沈黙しました』
セレンの平坦な通信が届いた。
≪……ふぅ。バックアップの起動とかはねえだろうな?≫
防衛隊長が荒い息をつきながら問う。
『試作モデルのため、自動バックアップ機能は未実装です。ただし、内部炉心の異常過熱による爆発の危険があります。近づく際はご注意を』
キリヒと兵士たちが慎重に近づき、完全に物言わぬガラクタとなったジャガーノートを見下ろす。
エレクトロン弾が残した熱気によって、周囲のアスファルトは溶融し 、立ち入るだけでも皮膚が焼け焦げそうな余熱が漂っていた。
≪停止を確認。作戦終了だ≫
≪ 残存するテロリストたちが散開して逃走を開始しました! 追撃しますか!?≫
治安隊からの情報が届く。 しかし、都市防衛隊も治安維持隊もかなり疲弊している。
≪追いたいが、こちらの手数が足りん。 それに第三区画の防衛線が突破されかかっているという報が入った。 これより都市防衛隊は第三区画へ転進する! 5番区画治安隊、後始末を引き受けられるか!?≫
都市防衛隊の隊長からの無線が飛ぶ。
≪応よ! 安心して行け!≫
≪よし、都市防衛隊は集合地点へ移動! 支援に回るぞ!≫
激闘の去った路上で、兵士たちが慌ただしく撤収作業を始める。
5番区画治安隊の上官が、コンバットスーツの装甲を焦がしたキリヒの肩をポンと叩いた。
「よくやってくれた、31部隊。お前さんたちとあのトークンがいなけりゃ、今頃俺たちは全滅して街も落ちてたよ」
「なに、仕事をしただけさ」
「謙遜するな。おい、あそこに防弾仕様じゃないが、パトロール用の乗用車が残ってる。移動に使ってくれ。怪我人の搬送は別のトラックを使うから構わん」
「いいのか? 助かる」
≪セレン、こちらへ合流しろ。乗用車を確保した≫
『了解。サナエとローラを連れて合流します』
死線を潜り抜けた治安隊員たちから、口々に感謝の言葉がかけられる。
「命拾いしたぜ、感謝する!」
「あの化け物を止めてくれてありがとうな!」
滅多に向けられることのない純粋な謝意に、キリヒは照れくさそうにぶっきらぼうに応じる。
「……俺一人の成果じゃない」
やがて、分署の奥からサナエとローラがセレンに付き添われて姿を現した。周囲の銃撃音が止み、最低限の安全が確保されたことを悟ると、サナエが胸を撫で下ろす。
「無事だったのね……二人とも、本当にありがとう」
「まあな」
『“生きて戻れ”との命令でしたので』
無愛想な二人のやり取りに、ローラがクスリと笑みをこぼした。
「まったく、素直じゃないんだから……! さ、行きましょう!」




