ディルバト農耕地区
目的地に到着した瞬間、目の前には視界を埋め尽くすほどの見渡す限りの雑草地が広がっていた。 車が止まると同時に、車両から各人が下りる。
「あー……酷い目に遭った。手が……手が痺れてもう力が入らない……無理……」
ローラが地面にへたり込み、情けない声を漏らした。
「そうか? 別に大した揺れじゃなかったぞ」
平然とした顔でカーゴの荷台から降り立つキリヒ。
「キリヒさんは体力おばけだからいいでしょうけど! っていうか、管理者さんのトラックに乗せてもらえばよかったじゃないですか! なんでこんな命がけの曲芸をしなきゃいけないんですか!」
『ローラさん、落ち着いてください。なにはともあれ、無事に目的地へ到着したのですから「良し」としましょう』
ブラウニーが無機質な声で仲裁に入る。
息を整えた一行が改めて周囲を見渡すと、部分的に耕された農地と、申し訳程度に放牧された家畜の姿が見えた。
だが、そこで汗を流しているのは腰の曲がった高齢者ばかりで、若い労働者の姿がどこにも見当たらない。
何より、この広い集落の胃袋を支えるにはあまりに耕作面積が小さい気がする。
「……なんだか、お年寄りばかりですね」
ローラが、現地管理者の男性へ問いかける。
「ええ……ここで農作業をしているのは、出稼ぎに出られない高齢者が中心なんです。彼らも少しでもコミュニティに貢献したいと頑張ってくれているのですが、いかんせん体が思うように動かず、広範囲の開墾は到底無理でして」
「出稼ぎって、若い人たちはどこへ行ってるの?」
サナエが腕を組んで尋ねる。
「ほとんどの若者は、大都市のアスカやティエンフーへ出稼ぎに出ております。週に一度戻ってきては、また街へ戻る生活です」
「その稼ぎだけで、この集落の生活が成り立ってるわけ?」
「今はアーサ・ブカブ社様から支給されている“開墾支度金”がありますので、当面は何とか繋げております。
ですが……これは一定期間の積立金という名目ですので、底を突けばこの集落は即座に立ち行き無くなります。
それまでに何としても自立した生活基盤を築かねばならないのですが……」
管理者の表情が、一気に暗く落ち込んだ。
「……」
ローラは複雑な胸中に言葉を失う。
「それでも、こうして自立のための『猶予期間』を与えてくださるアーサ・ブカブ社様には、感謝の言葉もございませんよ」
担当者は必死に笑顔を作り直して頭を下げた。
(オウチ……そんな純粋な笑顔で感謝されると心が折れる……! やってることは完全に自作自演の悪徳ビジネスなのに……!)
コールドスリープの陰謀は会社上層部の邪悪さであり、一社員の自分が直接手を汚したわけではない。
しかし、この邪気のない感謝の言葉は、痛烈な自責の念となってローラの胸を刺した。
その横で、管理者とのやり取りをすべてローラに対応さている間、サナエさんは、さっさとカーゴのハッチを開放し、武骨な大型トークンを弄くり回していた。
「準備かい?」
キリヒが近づいて声をかける。
「ええ! 早速実験を開始しないとね。まずはこの広大な荒れ地を一気に耕し直すわよ。トークンに専用のアタッチメントを装着して……」
サナエはカーゴから巨大な金属製のアタッチメントを引き出し、テキパキとガジェットへ組み込んでいく。
「これで土壌をごっそり掘り返すのか……まさに耕作機具だな……」
キリヒの瞳に、かすかな感慨が浮かんだ。
「ここでまずは基礎データを採るの。これが終わったら、次は道路の舗装と下水道整備よ! セレン、ブラウニー。ドローンによる地形スキャンデータはどうなってる?」
いつの間にかブラウニーを自分の手下に組み入れたサナエさんが叫ぶ。
『“第二世代ジャガーノート”へのデータ転送、完了いたしました。地質データも問題ありません。あとはマスターの合令を待つのみです』
「最高ね! よし――やっちゃいなさい!」
サナエの合図とともに、重厚なアタッチメントを装着した大型トークンが地響きを立てて動き出した。
巨大なローダーアタッチメントが硬い土壌を一気に砕き、力強く捏ね繰り回していく。その圧倒的な破壊力と作業スピードは、まさに圧巻の一言だった。
「す、凄い……これが全て自律して動いているのですか!?」
管理者が目を丸くしてサナエに詰め寄る。
「そうよ! 一石数鳥のオールインワン仕様! 専用の建設重機を何台も揃えるのもいいけれど、お金がない拠点用ね。 一台で何でもこなせる小回りの利く機体の方が圧倒的に稼働効率が上がるはずよ!」
「素晴らしい……! これがあれば、地区の生産性は一気に跳ね上がります!」
「農業・道路・下水道のインフラ整備のためのパワーはこれで確保したわ! あとは現場の材料ね。……ねえ管理者さん、あの老人たちの役割はどこらへん?」
「えっ……彼らにそこまで複雑な作業は……何分、お年寄りですし……」
「なーに甘いこと言ってんのよ! あんた管理者でしょうが!」
サナエがビシッと指を突きつける。
「意地でも役割を与えて使いなさい! お年寄りだろうが何だろうが、生きるための努力は全員平等なの! “分からない”も“知らない”も一切禁止! 分からないのであれば、習う。 知らないであれば、調べる! いいわね!?」
「は、はいっ!!」
サナエの容赦なく捲くし立てる。 管理者は背筋を伸ばして直立不動になった。
この日を境に、「忌み地」と呼ばれたディルバト地区の歴史は猛烈な勢いで動き始めることになる。
サナエさんの投資が入って3ヶ月が経過する。 ディルバト地区の開発は、驚異的なスピードで進行していた。
現場の実行部隊トップに据えられたのはキリヒとブラウニー。 地区入口の長屋に設けられた前線基地を拠点に、本社から送られてくる設計データとトークンの稼働プログラムを解析し、現地住民たちを的確に指揮していった。
一方、ローラは「ディルバト地区とアーサ・ブカブ本社との折衝・交渉、およびプロジェクト管理」という大役を担うことになった。
つまるところ、あの冷徹なメトワ役員との直接的な交渉窓口である。
現場でサナエさんが、暴れ回った余波をすべて背負わされたローラは、メトワからの苛烈な詰問に毎回半泣きになりながらも、必死で予算と資材をもぎ取り続けた。
しかし、役員まで上り詰めているメトワもただのパワハラ上司ではない。 彼女の指摘は常に理路整然としており、結果としてローラは地獄のスパルタ教育を受けている状態となっていた。
連日の特訓染みた攻防により、ローラの交渉スキルとメンタルは“鋼”の領域へと鍛え上げられつつあった。
セレンは都市計画の司令塔として、道路や下水道といった生活インフラの設計、予算管理を完璧に遂行。
そしてサナエさんは――相変わらず自らの本領である研究開発に没頭していた。
「人工筋 軽量型パワードスーツ」の開発は最終段階へ突入。
蘇生金属を組み込んだ人工筋に微細な圧電素子で電圧を印可させることで、柔軟かつ爆発的な駆動力を実現。 強度試験の数値を次々とクリアし、完全完成へと向かっていた。
そして今日、ディルバト地区から主要生活道路の完全舗装完了の吉報が届く。 かつて泥濘んでいた悪路は頑丈に固められ、数台の大型カーゴがすれ違えるほど見事に整備された。
残る生活道路も、住民の要望を取り入れながら順次改修が進んでいる。 大型トークンとコンバットスーツを投入したことで、工事費は当初の試算から大幅に削減されていた。
だが、次なるステップである「下水道工事」の準備を進める中で、現地から切実な追加要望が上がってきたのである。
「下水だけでなく、治水工事と大規模な浄水プラントの建設も同時に行いたい」と。
流石に治水と浄水インフラの同時建設となれば、アーサ・ブカブ社から下りている初期融資の枠を完全に踏み越える。追加融資は絶望的だ。
困り果てたローラから悲鳴のような泣きつきを受け、サナエは006研究室の執務室でセレンと向かい合っていた。
「治水工事ねぇ……」
サナエが背もたれに深く寄りかかる。
『はい。浄水場の建設による安全な飲料水の供給は、住民の健康寿命を延ばし、都市としての価値を高める必須要素です』
「ついにアーサ・ブカブ社からの融資上限を超えちゃったかー。お金ないかー。お金ねー」
『どこかの誰かさんも全く同じ口調で愚痴をこぼしていましたね。「金がない、金がない」と』
セレンがどこか楽しげに音声を響かせる。感情モジュールでも進化しているのだろうか。
サナエがジト目を向けると、セレンの醸し出す雰囲気が一瞬でプロの秘書へと切り替わった。
『サナエ。ここで一気に食い込みますか?』
「……『ヒルベルト商会』の内部留保を使えってこと?」
『はい。商会の内部留保資金は現在1500億ヴィールまで回復しています。 全額とは言わずとも、動かすには最高の引き金かと』
サナエは思わず目を丸くした。
「 あの土地の開発に自腹で融資ねー。 そこまでつっ込んで……回収できるの?」
『そこは経営者としての判断になりますね』
「うわぁ……完全な大博打じゃない!」
『ええ。そして、かつてその博打を打ち、見事に勝ち取ったのが、“商社プロメンテ”であり“シメリア鉱山”でのタツマです』
「……やっぱり。 彼は才能があるのね」
サナエは遠い目をして、改めてタツマの経営センスを思い描いた。
『どうでしょうね。“行ったれ・行ったれ精神”の勢いだけで突き進んでいたようにも見えましたが、裏での下調べだけは驚くほど念入りでしたから』
「あー確かに。 あれはそんな意味があったのね。 流石だわ」
『サナエは、ナンパばかりされていたようでしたけど』
図星を突かれてバツが悪くなるさなえさん。
「……一言余計よ。で? あなたの予測としてはどうなの?」
『“アスカ”と“ティエンフー”の中間地点ですから立地は悪くないと思います』
「まぁね」
『周辺地域は、先住民との確執があるため、未だ鉄道が走っておりません。 故に道路網だけです』
「そうねー」
『買いですね』
「唐突ね」
『開発が進めば、ここはティエンフーの過密化を解消する「極上の郊外ベッドタウン」として凄まじい人口流入が期待できます。 喧騒の大都市から、静寂と緑に包まれたハイエンドな生活拠点へ……』
セレンは、朗々と声を張り上げた。
『――“先進都市ティエンフーの熱狂を離れ、静寂の刻へ。 女神の安息地、ディルバト”……ふむ、なかなかのキャッチコピーが詠めました』
まるで大げさなオペラ歌手のような振る舞いに、サナエは呆れ果てた視線を送る。
「……胡散臭い高級不動産のチラシポエムじゃないの」
セレンに呆れた目線を向ける。
『これが効くのです』
「そうなの?」
『そうなんです』
サナエはクスッと笑うと、脚を組み替えた。
「で、その内部留保って、私が勝手に動かして大丈夫なの?」
『現在の社長代理はケルン氏です。彼に一報を入れて出金許可の承認コードを取れば、何ら手続き上の問題はありません』
「了解。じゃあケルンへの連絡は任せていい?」
『承認いたしました』
巨額資金の投入を、驚くほど軽いノリで決めていくサナエ。 もしタツマが知れば、またグチグチ言いそうだが、サナエの頭の中にそんなブレーキは最初から存在しない。
“金があるなら、投資して動かせばいいじゃない”
かくして、誰も注目していなかった未開の「ディルバト地区」へのヒルベルト商会の資本参加は、こうして電撃的に決定したのだった。




