ローラさん・チーム
--- ディルバト地区 付近
先頭を行くカーゴの車内には、ローラ、キリヒ、そして操縦を担当するアンドロイド・ブラウニーの三人が乗り込んでいた。
ブラウニーの運転により、旅は順調である。 しかし、後ろからしっかり付いてこられると尾行されているようで、なんだか落ち着かない感じがある。
バックミラー越しに後続車を盗み見ながら、ローラが座席の天井を仰いで盛大に唸った。
「……まさかサナエさんが、あの『ヒルベルト商会』の人間だったなんてねぇ」
「『海賊殺しのヒルベルト』か。宙域に上がったことがない俺に言わせりゃピンと来ねえな。接点もねえし」
ハンドルを握るブラウニーの横で、キリヒが興味なさそうに吐き捨てる。
交通事故による渋滞も僅かであり、事故ポイントでは、物見遊山の低速走行が発生しただけであった。
事故を抜けると帝国道路の脇が、草原から森の中へと移っていく。
「あんた、事の重大さが分かってないの! ウェヌス宙域の連中にとっちゃ天敵中の天敵よ!」
「とは言っても、落とされているのはウェヌスの宇宙海賊だろ? 淘汰されただけの話じゃねえか」
キリヒがバッサリと切り捨てる。
「だけどさー。 なんか気分悪くない? 」
「別に。死んだ奴らは所詮、犯罪者崩れだ。地上にいたってロクなことしか起こさねえ連中が消えたんだから、むしろ良いことだと思うがね」
「相変わらず辛辣ね……」
「力で自分の望む価値を押し通そうとしたんだ、その結果として暴力を跳ね返されて死ぬのは当然だろ。 俺たちが生きているのはそういう世界だ」
「ストイックなことで……」
会話を交わすうちに、帝国道路の脇を彩っていた原生林が徐々に途切れ、急に視界が開けた。
地平線まで広がる豊かな草原の真ん中に、ぽつんと大きな集落が見えてくる。
強制移住させられた難民キャンプと聞いていたため、殺伐とした天幕群を想像していたが、眼前に広がっていたのは予想外の光景だった。
そこには、寸分の狂いもなく整然とグリッド状に配置されたプレハブ住宅街が形成されていたのだ。
乱雑で衛生環境も最悪な他のアウター地区に比べれば、ここはまるで異世界の実験都市のように管理が行き届いている。
「……へえ。案外、まともな場所だな」
キリヒが車窓から外を眺めながら呟く。
「キッチリしていますね。管理の手入れが行き届いている印象です。 ここなら住民の方々も穏やかに暮らしているように見えますね」
「穏やかねーかつて忌み地として名高いディルバト地区がね」
「忌み地? 」
「ああ。 意思を持たないゾンビみたいな人間が現れるって話だ……それ故呪われた土地との噂が立っていた時もあった」
「ちょっと! それって……」
「ああ。 だが、かなり前の話だ。 あのセミラミーデとは時系列が合わない」
「……もっと嫌なことが浮かぶんだけど」
「俺もだ……あの研究を行っていたのは一人じゃない……かもな」
「土地はアーサ・ブカブ社かー。あー。もー。 私の人生どうなっているのよ! 」
「そう悲嘆するな。 忘れれば問題ない」
「さい……あく!」
車輌は進む。 周囲を柵で囲まれ、整えられた区画。それなりに距離が有りそうだ。
『色々ありますが、それでもここに住める人は幸運ですよ』
ブラウニーが、両名の悲壮感を打ち消すように指摘する。
「勝手に誘拐されてコールドスリープさせられてか? それにコールドスリープの件はどうやって住民に説明しているんだ? 」
キリヒの低い声に、苦々しさが滲む。
『彼らには、奇病から救うためにコールドスリープにより対応したとのことになっているとの説明です』
「奇病? でたらめ過ぎるだろう! 」
『例のヤンサ暴動を引き合いに出しているようですよ。 ヤンサ病という、風土病が原因で狂暴化となっているというのが通説です。 その病魔から彼らを救い出した「救世主」こそがアーサ・ブカブ社である……という筋書きですね』
キリヒの眉間に皺がよる
「ふざけるな……あの暴動の元凶だって、裏でアーサ・ブカブ社が噛んでた話だろうが! 」
『真実を彼らに述べても構いませんが、彼らが暴れても治安部隊に鎮圧されるだけです。 それにあの暴動の原因は未だ不明と表向きはなっています。 よって会社側はいかようにもストーリーを捏造でききる状態ですね』
「……チッ」
キリヒが舌打ちをする。
ブラウニーは、続ける。
『腹立たしいお気持ちは分かりますが、命を繋ぎ止めただけでもマシと言わざるを得ません。他のアウター地区の惨状に比べれば、ここは破格の環境です』
「真実を知らない方が、幸せってことね。 見据える先は、過去ではなく未来よ。 心苦しいけど」
ローラが、達観したように回答する。続けて、ため息の様に愚痴を吐く
「こっちも006案件に配属されてからと言うもの、うちの会社の闇に直面してばかり。変に昇進しなければよかったかもとの後悔だらけよ。 給金と共にストレスも増えていく始末なわけだし」
『知ってしまった以上、諦めるしかありませんね。それが組織で生きるということです』
ブラウニーから指摘が入る。
「何かとしんどい事ばかり。 大手に入れば、人生安泰って聞いたのになー世知辛い」
『それも人生です』
カーゴは目的地に向かっている。
*
近づくにつれて、居住区の整備具合が際立って見えた。
プレハブ構造とはいえ、建物は頑丈で埃っぽさもなく、ウェヌスの外気から身を守るには十分な性能を備えている。
そして地区の入り口には、嫌み真新しいサナエさんの広告看板がドカンと聳え立っていた。
<ようこそ。女神の安息地――アーサ・ブカブ街 ディルバト地区>
敷地はネットフェンスで区切られているが、無用な圧迫感を与える警備兵や監視塔の姿はない。
敷地内へ入るとすぐ、二階建ての大きなプレハブ建設が見えてきた。
「あそこが管理棟ですかね?」
「だろうな。ブラウニー、あそこに止めろ」
『承知いたしました』
ブラウニーはベテランのトラック運転手並みの鮮やかなステアリングでカーゴを滑り込ませた。
「お前、運転が上手いな」
『高性能モデルですので』
車が止まり、ローラが外へ出て大きく背伸びをした。
「んんんぐっ……それにしても、ここまでアーサ・ブカブの社有地に含まれてるなんて、無駄に広大な土地ですね」
「これだけの広さを使って、上層部は一体何を企んでたんだか……」
後ろに続いて停車した2号車から、サナエがひらりと降りてくる。
「意外とあっさり着いたわね」
サナエがキリヒに声をかける。
「そのようだな。これなら俺が護衛についてくる必要すらなかった。安全そのものだ」
「それは結果論よ。来てくれて助かったわ」
サナエにあっさりと感謝され、キリヒは追及の二の句が継げずに口をつぐんだ。
その時、管理棟のドアが開き、一人の現地男性が慌てた様子で飛び出してきた。
男性はこちらに向かって身振り手振りを交え、現地語で何かを熱心に叫んでいる。
ローラとサナエは顔を見合わせ、首を傾げた。さっぱり分からない。
見かねたキリヒが二人の前に割り込み、現地語で滑らかに受け答えを始めた。
数言言葉を交わすと、男性は納得したように頷き、建物の中へと戻っていった。
「……何だって?」
サナエが目を丸くして尋ねる。
「『何の用だ』ってさ。アーサ・ブカブ社の人間で、新しい農耕器具の実証実験に来たと伝えた。上の責任者を呼んでくるそうだ」
「やっぱり、あなたを連れてきて正解だったわね」
サナエが感心したように頷く。
「ですです! さすがキリヒさん!」
ちゃっかり便乗するローラ。
「……おい、俺は翻訳係で雇われたわけじゃないぞ。 そいつはトークンの役割だろう! 」
「いーや。 だーめだね! 機関の翻訳AIを通すより、人間の感情が伝わる生身の通訳の方が絶対いいに決まってるじゃない!」
ローラが言い張る。
(後でトークンと一緒に自分だけ現地へ置き去りにされるのを防ぐための布石だな……)
ローラの魂胆を察したキリヒは、盛大な呆れ顔を浮かべた。
まもなく、建物から統一言語を話せる男性職員が出てきた。
「ああ、お噂は伺っております! アーサ・ブカブ本社の皆様ですね。お待ちしておりました!」
見たところキリヒより少し年上の職員だ。
「初めまして、ローラ・ヤールと申します。人事担当として、こちらの生産性と生活水準の向上のために参りました」
「本当ですか! いやあ、アーサ・ブカブ社様には何から何まで感謝してもしきれませんよ!」
(うぐぐ……心苦しい! こんな目に遭わせておいて救世主面とか、どんなマッチポンプよ……!)
ローラの顔がひきつるが、対外交渉の窓口として必死に営業スマイルを維持する。
サナエさんが、後部のカーゴを操作し、金属製の幌をスライドさせて開放した。
1号車には試作型の「第二世代ジャガーノート」が5体。
2号車には最新型コンバットスーツの廉価モデルが10体。
武骨な鋼鉄の巨躯が、太陽の光を浴びて鈍い光沢を放つ。
「これよ! まだ試作段階の運用だけど、ここでのデータをもとに完成版へ仕上げるつもりなの」
圧倒的な存在感を放つ大型トークンに、男性職員は目を丸くした。
「こ、これは……よろしいのですか? このような未開の地で、これほど高価な機材を使用していただけるなんて……」
「構わないわ! その代わりしっかりデータを採りたいから、観測用の部屋を用意してもらえると助かるんだけど」
「もちろんです! ……あ、ではまず農場へご案内しますね。すぐに移動用の車両を出してきます!」
職員が奥へと走っていく。
その背中を見送りながら、キリヒがサナエの持ち込んだコンバットスーツを見上げた。
「……多腕型じゃないんだな」
「あんたが使ってる多腕型のAIは高価なのよ。さすがにこの地域にそこまでの初期投資はできないわ」
「このスーツで耕作をするのか? パワードスーツで十分な気がするが」
「耕作? それだけで終わるわけないでしょう。生活には水もインフラも必要なの。道路を敷いて、下水道を掘って、建造物を建てるのよ」
「……街でも作る気か?」
農作業の補助具程度に思っていたキリヒは、急激にスケールが広がった計画に思わず眉をひそめた。
「最初からそのつもりよ。これから続々と工作機械や建設業者を送り込むわ。その工事の現場でこの子たちを使い倒して、作業効率を上げるの。最新モデルをベースに現場に合わせた廉価版を作り、外へ売り出して利益を出す……完璧なビジネスモデルでしょう?」
サナエの瞳には、この地を本気で一大事業拠点へと変貌させる野心と確信が宿っていた。
「……」
「……」
ローラとキリヒは絶句した。
この突拍子もないスケールの発想と実行力。やはり火星人の天才の頭脳構造は理解不能だ。
静寂を破ったのは、遠くから近づいてくるボロボロのエンジン音だった。
先ほどの男性職員が、埃まみれの小型幌トラックに乗って戻ってきた。
「準備ができました! 後をついてきてください!」
「さあ、行くわよー! どんな場所か楽しみね!」
ウキウキとした様子で愛車へ乗り込むサナエ。
キリヒが管理人に尋ねる。
「おい、俺たちは大型カーゴ2台だが、この先の道は大丈夫なのか?」
「できれば1台でお願いします……その、先は舗装されていなくて地盤が緩いので」
「……だとさ。どうする、ボス?」
キリヒがサナエへ視線を向けると、サナエはカーゴの運転席から顔を出して笑顔で言い放った。
「ジャガーノートを連れて行く必要はあるんだから、あなたたちはカーゴの荷台にしがみついて来なさい!」
「嘘でしょ!?」
「まったく……分かったよ」
舗装の途切れた悪路へ、2台の車両が走り出す。
カーゴの外枠に必死でしがみつくローラ、キリヒ、ブラウニーの三人。
「ちょっと待って! 揺れる! 揺れるってばぁぁーッ!」
「手を離すなよローラ! 振り落とされるぞ!」
「どうして私ばっかりこんな目に遭うのよーッ!?」
豪快な悲鳴を響かせながら、一行は未開のディルバト農耕地区へと突き進んでいった。




