ディルバト地区への車窓から
--- サナエさん宅のリビングルーム
「ただいまー……っと」
重い買い物袋をテーブルに放り出し、サナエはそのままソファーへ崩れ落ちた。
本日、帰り際に足を延ばした“2番区マーケット”の戦利品を改め、盛大なため息をつく。 品揃えは過去最低の部類だった。
あそこは治安隊の詰め所が近いため、棚に並ぶのは保存食と缶詰ばかり。 酒類もやたらと度数が高いガテン系の銘柄か、雑な味付けの揚げ物惣菜しか置いていなかったのだ。
「せっかく足を延ばしたのに、戦利品がしょぼすぎる……」
『仕方ありませんよ。全体的に茶色ばかりですね。揚げ物と塩分が濃そうな品ばかりです』
「なにこれ、完全に独身オッサンの晩酌セットじゃない」
『実態として、今のサナエは、単身赴任。 事実上の独身と近いと思いますが? 』
「うるさいわね」
文句を言いながらも、お気に入りのBGMを室内に流す。
スピーカーから軽快なメロディが溢れ出す中、セレンが静かな声で問いかけてきた。
『しかし、我々がヒルベルト商会であると、あの場で明かしてしまって、本当によろしかったのですか?』
「別に隠してなんていなかったわよ。明かされるタイミングが今日だった、それだけよ」
『ローラさんは、あまりいい感情を抱いていないご様子でしたが』
「まぁね。 といっても犯罪をしているのは、ウェヌス側でしょ? こっちが、卑屈になる必要はないはずよ」
『ヒルベルト商会によるウェヌス宙域宇宙海賊を撃破は、こちらでは有名ですからね。 現地から見れば、あまりよくは思われないでしょう』
セレンと他愛もない議論を交わしながら、サナエさんは、端末を手にとり、研究開発の進捗データをスクロールした。
・人工筋 軽量型パワードスーツ 80%
・006案件 “過酷環境下 可動トークン構想” 70%
・高度光学センサーの開発 80%
高度光学センサーの進捗は順調だが、肝心のパワードスーツとトークン構想の数値が前回からぴたりと止まっている。
「ここに来て人工筋の開発が停滞してるわね。原因は何?」
『伸縮性と瞬発力の要求数値はクリアしていますが、最終強度において問題が生じています』
「強度?」
『ええ。 強度です』
サナエは缶の封をパチンと開け、度数低めのフルーティなカクテルをグラスに注いだ。ほろ酔い気分を長く味わいたい彼女は、強い酒を滅多に口にしない。
「強度ねぇ……具体的には?」
『過酷環境下での連続運用を想定した場合、金属疲労による破損リスクが許容値を上回ります。人工筋そのものを補強する何かがが不可欠です』
「強度を上げる、柔軟な金属ね……ねえ、例の『蘇生装甲』に使った記憶形状金属素材はどうなの?」
『電流の負荷によって剛性を変える合金ですか。……筋としては悪くありませんが、継続的な消費電力の増大という新たな課題が残ります』
「そうね……じゃあ、金属繊維の織り込み割合を調整して、負荷の分散率を再計算させましょう。繊維にかかる直接の応力を逃がすのはどう? 」
『……なるほど。試す価値のある修正案です。直ちに人工筋の開発工程を書き換えます。 なお、“過酷環境下 可動トークン”ですが、開発現場では仮称として“新第二世代ジャガーノート”と呼ばれ始めています』
「ふーん。 ジャガーノートねぇーまぁいいんじゃない」
『それと、例のロボテクス部門の仮製造ラインがほぼ完成しました。 初期ロットがロールアウトし、006案件の開発チームが汎用型への修正設計に入っています』
画面にCADの立体図面が浮かび上がる。試作型の高度光学センサーが武骨なフレームに収まっていた。
「へえ、現場主導でここまで進めてるの。これ、すぐ実戦で使えるレベル?」
『稼働時間に若干の課題を残しますが、ほぼ機能します。 今後のフィールドテストは、その欠陥を炙り出すための試作品として運用を開始します』
「なるほどねー。やっぱりうちの連中は優秀だわ。引き続きよろしく」
『了解いたしました』
惣菜の根菜揚げをひとつ口に放り込む。案の定、衣の味が濃い。ガツンと強い酒には合いそうだが、サナエの手にある甘いカクテルとは壊滅的に合わない。
「うわ、お酒と全く合わない……まあ、こんな日もあるか。ねえセレン、何か面白いショープログラムでも流して」
『ウェヌスのアフロディア大陸における自然ドキュメンタリーはいかがでしょうか? 海洋生物と陸上生物の四季の営みを追った貴重な映像になります』
「やだー。もっと頭を使わない俗っぽいのがいいー」
『では……ティエンフーの飲食店メニューをひたすら食べ尽くすグルメ番組などは?』
「それ最高! それにして!」
『提案しておいて何ですが、何が面白いのですか? 恰幅の良い男性が、テキトーに店に入り、食事する様子を映しているだけですよ』
「それがいいんじゃない。何も考えずに脳を休ませる時間って、人間には絶対に重要なの」
『理解に苦しみますが……了解いたしました』
画面の中で巨漢の男が大盛りの料理をかき込む映像を見ながら、サナエさんの夜はゆっくりと更けていった。
*
そこから数日経過する。 一行はディルバト地区に向かって※1帝国道路を進んでいる。 ハイウェイのような感じで広くて走りやすい。
積み荷が多い為、2台のカーゴには“過酷環境下可動トークンの試作機”と“次世代高機動装甲”が積み込まれている。
サナエさんは、セレンと乗り合わせている。 いつもの顔ぶれで、あまり面白くなさそうだが、座席数の兼ね合いもあり仕方がない。
因みに、ローラさん側には、ローラ・キリヒ・ブラウニーの3名が乗り合わせている。 帝国道路は、整備されておりアスカからティエンフーに向かってくる車両がかなり多い。
片側3車線、6車線道路になる。道路わきの樹木や草木が無造作に茂っており荒野ではないため、それなりに土地は豊かなのかもしれない。
かつてベレギニアの入口と呼ばれた港湾都市“アスカ”にも通じる道であるため、カーゴのなど業務用社が多い気もする。
車内には、いつものようにラジオによる音楽が流れている。
『本当にその土地の音楽を聴きますねー』
「当然でしょうー。 文化よ! 文化」
『文化ですか』
「タツマから言わせるとマールスは、独特なリズム過ぎるって言っていたけれども! 決してマールス人の音感は悪くないはず」
『そうなのですね……それでどうです? ウェヌスの音楽は? 』
「最高じゃない。私にピッタリよ」
テンポがちょくちょく変わる、いまいち乗り難い音楽である。
『……主観の域を出ませんが、本人が満足なら何よりです』
センスに関しては、個人の自由であり心境の自由。 第三者がとやかく言えない。 おそらく変拍子の曲が、彼女のセンスに響くのだろう。
「ところでさ、アスカってどんな街なの? 港湾都市ってことくらいしか予習してないんだけど。ディルバト地区も社報以上のデータは見てないし」
『まだ帝国が、ベレギニア共和国だった時代。 国家の主要港として莫大な富を生み出し、発展を支えた歴史的都市です。
状況が変わったのは、共和国が帝国へと体制変革した際、その黄金期は終わりを告げました。 それまでの、港湾特権のほとんどを皇帝権力により解除され、港の完全な自由化の実現により、徐々に力を落とし一地方都市へとなっていったようです」
「へー」
『といっても、かつてより取扱量は減ってはいるものの、アフロディア大陸からも物品の集積地としても、今もその役割は変わりません。 また西部地域“メナ”への航路としても重要な港になっています』
「へえ。でも昔取った杵柄っていうか、インフラの基礎体力はあるんでしょ? そんなに一気におちるものなの? 」
『人口の壁が厚かったようです。 ティエンフー周辺には億単位の消費人口が存在します。
直接そこへ横付けできるティエンフー港の方が、輸送コスト面で圧倒的に有利でした。 アスカ経由では、陸送の時間と費用が二重のボトルネックになりますから』
「ああー、確かに大都市に直接降ろした方が早いわね」
『ええ。ですがティエンフー港だけでは処理しきれない物流の受け皿として、一地方としながらも今も重要なポジションを保っています』
「なるほどねー」
セレンは、ダッシュボードのモニターに地図を浮かべ、これから向かうディルバト地区を赤い光で示した。
『そして、これから向かうディルバト地区ですが……元々は先住民を強制移住させるために指定された地域でした』
「でした……ってことは?」
『実際“アスカ”では、先住民への忌避感もなく周辺地域にも住める環境がありました。 それにアスカは港湾都市。 多くの人手をティエンフーに引っ張られていたため、人手不足。
結果、ラクシュミ捕囚やアーサ・ブカブ地域で追い出された人は、アスカに渡って言った感じですね』
「働き手を求めていたアスカと住処を失った先住民の要望がマッチしたのね」
『はい。 色々軋轢はあったものの、アスカが著しく力を落さなかったも先住民の労働力のおかげであったとの側面もあります』
「へーそして空白の土地はそのままと? 」
『転機が訪れたのは、アーサ・ブカブ社が、ティエンフー郊外に土地を移転したことです。その際に追加で付いてきた土地になります』
「帝国も太っ腹……と思わせて、厄介払い? 」
『その通りです。広大なエリアの管理費や自警コストを、企業側に丸投げした格好ですね。公共サービスの手が届かないアウターの荒れ地ですから』
「――なに治安隊とか自治とか面倒臭いってこと? 」
『実際に、人が少ないのであれば放置と言ったところでしょう。 それにアウターでもあり、帝国道路から反れれば、荒れ地です。
このような場所に公共サービスは行えないと考えたのでしょう。 といってもアスカとの中間ポイント、完全に無視も出来ない。
そこでアーサ・ブカブ社に土地を与え、対応を任せる方法をとったのでしょう』
「面倒事の丸投げね。 ところで、公共治安部って機能しているの? 賄賂には弱いし、貴族にも弱いし」
『彼らがまともに機能しているのは都市部の中心街のみです。アウター地域は各共同体の自警団か、企業の私設治安隊が頼りです。
行政が真面目にインフラを通せば国家財政が破綻しますから』
「国土が広いと管理費用が上がるのは、自明の理よねー」
『ゆえに、企業が私設治安隊をもち、街を管理する体制になっているのではないでしょうか。 事実アーサ・ブカブ街の治安は最高ですし。 治安が良ければ、良い人材が集まるとの算段と考えます』
(確かに、あの街から出る気はしないわね)
「なるほどねー」
前方の車列が急ブレーキをかけ、赤いテールランプの列が伸びた。
遠くから甲高いサイレンの音が近づき、救急車両が路肩を猛スピードで駆け抜けていく。
「事故ね。 どの星に行っても事故は、あるものね……」
サナエさんは、救急車の行先を眺めながら呟いた。
「ねえ、この星って医療費とかどうなってんの? やっぱり高額で破産しちゃったりするわけ?」
『いえ。驚くべきことに、帝国は医療に関してきわめて手厚い社会福祉制度を整えています。高額なサイバネティクス手術や遺伝子治療が、国民保険によって驚くほどの低価格で提供されています』
「へえ、意外。あの強欲な帝国が?」
『当然……そう思われますよね。もちろん裏があります』
「裏?」
『このウェヌスが、他惑星を凌駕するサイバネティクス先進国である理由――なぜ手厚い医療が安価で提供されているのか。……お分かりですね?』
サナエの眉がピクリと跳ねた。
「……まさか、患者全員がそのまま“データ採取用モルモット”ってわけ?」
『その「まさか」です。医療制度を普及させることで、国家は合法的に膨大な生体データと被検体を回収しているのです。治療中の「不可抗力による事故」は完全に黙認。国民は自ら進んで実験台になり、国家は先進技術を手に入れて他惑星へ売り捌く……』
「総モルモット化社会ね……恐れ入ったわ」
純粋な善意や福祉など、この帝国の土壌には存在しない。
医療という名の巨大な実験場。 常に何かを求めて動く。それがこのイシュタル帝国である。
「……ますます気に入らないわね」
カーゴのエンジンが低い重音を響かせ、ディルバト地区へと続く直線道路を駆け抜けていく。
※1:アウトバーンみたいな感じの道路




