ティータイム
翌日の午後、例によって006部隊の面々がサナエの執務室へと集まっていた。
サナエ、ローラ、キリヒ、ブラウニー、そしてセレン。
ローテーブルの中央に置かれたソフトクッキーを囲み、一同は優雅な午後のティータイムを決め込んでいる。
ウェヌスの太陽の光が、東の窓越しから柔らかく室内を照らしていた。
「で? 今回の招集は、どんな思い付きだ? 」
キリヒが、呆れ顔で紅茶のカップを置く。
「思い付きとは失敬ね! 以前助けた住民たちが、今どう暮らしているか気になっただけよ!」
サナエさんが、むーとしながら反論してくる。
「その場所を物見遊山と? 」
「社長がちゃんと約束守っているかの視察よ 」
「大差ないな。……だが、現地確認くらい自分たちだけで車を動かして行って来ればいいだろう。 そう遠い場所でもないだろう?」
「ですが……行先はアウター地区ですし……安全は確保したいところなんですよ」
ローラが引きつった笑顔で割り込んだ。 少なくとも前回の都市アウター遠征では、死ぬような目を含めて散々な体験をしているのだ。
好き好んで行きたくはない。
「ああ、護衛か……まぁそれなら必要か――」
キリヒは納得したように頷くと、テーブルの中央からソフトクッキーを一枚つまみ、口へと運んだ。
一口かじると、柔らかくそして、バニラの香りが口の中に広がる。 後からチョコレートの甘みとほのかの渋みが、絶妙なバランスで口の中で溶け合う。
「美味いな。 これ」
キリヒから思わず漏れ出た本音に、サナエが得意げに胸を張る。
「3番区のマーケットで見つけたのよ。あそこの菓子に外れはないわ」
サナエさんは紅茶を口にして喉を潤し続ける。
「……それにね、彼らの今の暮らしそのものにも興味があるの」
「アウターの生活も中々悲惨ですからねー」
ローラは紅茶でクッキーを喉へと流し込み、間髪入れずに二枚目――甘酸っぱいベリー風味のクッキーへと手を伸ばした。どうやら相当気に入ったらしい。
「先日の件で興味を持って、イシュタルの開発の歴史を調べたんだけど、アウターの状況が悲惨なのは、初期を放置させたのが原因だと思うの」
「どういうことだ? 」
キリヒが眉をひそめて問いかける。サナエは待っていましたとばかりに指を立てた。
それに呼応するかのように、サナエさんが語り出す。
「土地の開発ってね、最初にリソースを注ぎ込んで治安と秩序をガチガチに固めるべきなの。 それを等閑にしたから、行き場のない無法者たちが出来たての郊外になだれ込んで、暴力で既得権益を分捕る構造ができあがったのよ」
「……確かに、一理あるな」
キリヒが納得している。
「その結果、コミュニティ内の経済の偏りが発生し、それに反抗する組織、外部からの干渉で混沌となっていく。 これがこの地域のコミュニティの定石になっているように思うの」
「なるほどですねー」
ローラもベリーの甘酸っぱさを味わいながら頷く。
「要するに、今の荒れ果てたアウター地区は、無秩序な空間に無法者が居ついて違法取引の巣窟になっているわけでしょう? 新しいコミュニティが荒れる原因の九割はこれよ。逆に、住民同士が結束している歴史ある集落は、ちゃんと秩序を保って運営できているわ」
「言われてみれば、そうかもしれんな」
過去の記憶を反芻し、キリヒが合点したかのように呟いた。
「だからこそ、最初から一定以上の生活環境を用意して、無法者が介入できない土壌を作っておく。そうすれば、本当の意味で有効な土地開発ができるはずなのよ」
「新しい入植地で、その実験をやるつもりか……」
キリヒが、サナエさんに視線を向ける。
「そうよ! 住民は安心して暮らせて生産性が上がる。開発者側も安定した利益が得られる。まさにウィンウィンでしょ?」
「理論上はそうですけど……そんな上手くいきますかね?」
物騒なアウターの惨状しか知らないローラは、眉に唾を塗るような半信半疑の表情を浮かべる。
「そこで! ローラの出番なわけよ!」
サナエがビシッと嬉々とした笑顔でローラを指さした。
かつての経験から培われたローラの危機管理センサーが、激しい警報を鳴らす。
「あー……っ! そういう調整なら、キリヒさんの方が適任じゃないですかねー!?」
さりげなく、そして素早く責任の舵をキリヒへと切るローラ。
「キリヒじゃダメなのよー」
だが、サナエにそんな小手先の押し付け合いが通用するはずもなかった。あっさりと一蹴される。
「だとさ。残念だったな」
キリヒが口元を歪め、煽るような意地悪な笑みを向けてきた。
(こっ……こいつー!)
内心で激怒しつつも、顔に出てしまうのがローラの素直なところだ。しっかりキリヒに遊ばれている。
サナエは何事もなかったかのように話を続けた。
「役員の中に『アスタート』っているでしょう?」
提示されたキーマンの名に、ローラの眉間がぎゅっと寄った。
アル・アスタート――イシュタル帝国東側、ベレギニア地域の不動産部門を牛耳るトップ役員だ。西側を牛耳っていたのが先日排除されたメトワなら、東の支配者が彼である。
(うわ……マジで厄介事の臭いしかしない。不動産系の役員なんて、動かす金がデカすぎて裏社会や違法組織との黒い噂が絶えない連中じゃないの……!)
平たく言えば、ローラが人生で最も関わりたくない人種の筆頭であった。
「彼からディルバト地区開発の情報と、新規投資の確約を取り付けてきてほしいの」
「私が、ですか!? 冗談でしょう! 手なんて貸してくれるはずありませんよ! あの手の役員は損得勘定だけで動く怪物です。私的で動かすなら、それこそ賄賂でも使用しないと!」
すかさずキリヒも助け舟を出した。
「話は分かったが、さすがにローラには重すぎるだろ。俺だってあの手の狸を引っ張り出すには、相当デカい餌がないと無理だと思うぞ」
「新開拓地域は、それなりの事業でしょう? 土地が発展すれば上がる利益も莫大。社長に己の存在感をアピールする絶好の機会よ――って、この件がアスタートにとってどれほど有利かを説得し、丸め込んできちなさい」
「無茶苦茶ですよー! サナエさんも手伝ってください! 役員相手に一課長級の私が挑むなんて、荷が勝ちすぎます!」
ローラの必死の抗議と困惑しきった表情に、サナエもさすがに一考せざるを得なかったようだ。
「ふーむ……確かにそうね。いいわ、筆頭役員たる私も出向きましょう!」
意外に早く、そしてあまり考えていない様な決断。
「あんた、本当に物怖じしない性格だな」
呆れるキリヒを余所に、サナエは胸を張る。
「戦場に飛び込むよりはずっと安全でしょう? 命までは取られないんだから」
「で……まずはその役員相手に面会のアポイントを取り付けるところからですか?」
観念したローラが深いため息とともに尋ねる。
「そうよ、人事部経由でよろしくね」
「あー……もう! また人事の上司から説教される時間だぁ……」
頭を抱え、半泣きで執務室を出ていくローラ。
残されたキリヒが、サナエへ視線を投げかけた。
「……不動産の連中は喰わせ物しかいないぞ」
「知っているわよ。でもね、たまには部下の未来のためにも、この私の頭脳を使っていかなきゃと思ってね」
サナエがまっすぐキリヒを見つめ返す。
「……」
「キリヒ、あなた個人の稼ぎだけじゃ、そろそろ限界が見えてきているでしょう?」
キリヒの鋭い瞳が、さらに険しさを増した。
「……情けか? それとも憐れみか?」
自分は憐れな物乞いではない――醸し出された殺気がそう語っていた。
「どう体感するかは任せるわ。 ただ、あの高出力トークンの一般利用を本気で考えているのは事実よ。開墾の実験場はどうしても必要だし……それに、あなたのマルチアーム・コンバットスーツの平和利用だって模索しなきゃいけないわ」
「兵器開発者がよく言うぜ」
平和利用を口にするサナエに、キリヒが毒づく。
「ふふふ。 別に私はマッドサイエンティストではないのよ。 惑星間人類に役立つ発明こそが、優れた発明だろうと 説教されたことがあってね。 それを思い出したの」
「あんたに説教できる人間が、この世にいるのか?」
「いるのよ。たった一人だけね」
サナエの遠い目を見て、キリヒはふっと息を漏らした。
「ふん……まあいい。くれるなら貰うだけだ」
「素直なのは良いことよ」
キリヒはソファーから立ち上がると、無言で待機していたブラウニーを引き連れて部屋を後にした。
再び静まり返った執務室には、サナエとセレンの二人だけが残された。
『……異国の地の不動産関連に首を突っ込むのは、あまり感心しませんね』
セレンの冷静な指摘が飛ぶ。
「こう見えても私、ヒルベルト商会の役員なのよ? たまには会社にまとまった売上を落とすことも必要でしょ? 」
『アーサ・ブカブ社と本格的な取引を行うおつもりですか? 止めておくべきだと判断します』
「裏で黒いこともやっているし?」
『はい』
「ねえセレン。今、タツマたちがアフロディア大陸南部地域の平定を進めているのは、知っているわね?」
『はい。 タツマのあの行動力は……正気の沙汰ではありません。 狂気すら感じます』
「その狂気を、バルティスの後押しで本当に実現させそうなのよ。 そして、そのバルティスから私にメッセージが届いていてね」
『……いい情報ですか?』
「夢のある話よ。“南部地域を平定した暁には、商業権の一切をヒルベルト商会に任せたい”って」
『平定、ですか……あの混沌の極みのような土地を……。ですが、今の彼らの勢いを見る限り、本当にやり遂げてしまいそうですね』
「もしある程度の目途が立ったら、イシュタル帝国側にも会社を立ち上げたいの」
『なるほど……ヒルベルト商会の植民地でも作るおつもりですか?』
「まさか! でもね、ある程度私たちの融通が利くエリアで商売がしたいじゃない。ティエンフーの中心部じゃ帝国の権力が強すぎるわ。お上の鶴の一声でせっかく建てたビルを壊されたんじゃ、たまらないもの」
『そのための足がかり、ですか』
「そっ。それにね、あの兵器紛いのプロダクトを一般利用したいって気持ちは本当よ。耕作、建築、土木……インフラを整えるのに、あのパワーは間違いなく人類の役に立つわ」
『了解いたしました。その目標……最後までお付き合いいたしましょう』
--- アーサ・ブカブ社 第二地区
三番区からかなり離れた地域になる。順番が低いほど高位になり、中心部に近くなるのが、この地域の特徴になる。
壁から離れれば、安全になるとの考えが出発点になるが、ここ二番区だけは、境界壁近く存在する。 周囲もフェンスや治安部隊の詰め所があり、さながら刑務所のような雰囲気がある。
ここに集められているのは、アーサ・ブカブ社の誇る高度な技術部門ではない。不動産開発、そして武力行使を担う部門――平たく言えば、絶え間なく黒い噂が蠢く暗部である。
当然、そこから生み出される利益も巨額だ。その危険極まりない性質上、常にテロの標的とされるリスクを孕んでいるため、治安上の観点から都市の最果てへと追いやられた……言わば自業自得の要塞区画であった。
その重厚な鉄のゲートを、ローラ、セレン、サナエを乗せた車両が潜り抜けていく。大型カーゴのステアリングを握るのはセレンだ。
守衛の隊員たちは、普段なら人相の悪い男ばかりが往来するゲートに、浮いたほど美しい女性たちが現れたことで、一瞬素の動揺を見せた。
そして提示されたサナエさんのIDカードを確認した守衛は、さらに目を丸くしたものの、すぐに表情を殺して通過許可のシグナルを出す。
ここでは外部の民間車両は、単独走行は許されず、常に武装した治安部の先導カートが前方を固める厳重な誘導体制が敷かれていた。
「随分と物々しいのねぇ」
座席からサナエが呑気に呟く。
「だからここには来たくなかったんですよー……辛気臭いし、暗いし、物騒だし、面倒くさいし! アポイントが無ければ入れやしない」
ローラはシートに深く沈み込み、心底嫌そうに愚痴をこぼした。
『社長のいる1番区画の棟に入るよりも厳重ですね。 社員もこんな感じなんですか? 』
セレンが運転しながら周囲を確認している。
「こんな感じですよ。 もっとも先導車は来客などの外部者に付きますが、手荷物検査とIDと網膜スキャンです。そして……」
ローラは窓の外へ視線を向けた。
無数のカメラレンズが、こちらを追うようにじっと動いている。
「――あの視線です」
ふと見ると、サナエが監視カメラに向かって笑顔で手を振っていた。
「……サナエさん、何やってるんですか?」
「だって、見られているなら応えてあげるのがマナーでしょう?」
(火星出身者の、この『何を考えているのか分からない感』は共通規格なんだろうか……)
ローラが遠い目をする中、車窓の景色が変わる。 分厚い漆喰塗りの壁が連なるエリアの奥に、さらに巨大なゲートを構えた建造物が見えてきた。
「あれが第二地区の核心部です」
「へぇ……建物自体は、案外普通の白い低層オフィスって感じね。周りのロケーションを除けば」
『二重の防護ゲートですか』
セレンが車速を落としながら分析する。
「アーサ・ブカブ社の歴史になるのですが、ここが出来た当時、不動産関連の護衛として治安部が組織されました。
当時は今ほどの防衛機構がありませんでしたからね。 土地問題に対して先住民からのテロの対象となり、何度か攻撃を受けて、その度に警備を強化したようです。
加えてその危険性から中心部から部署を完全に切り離し、郊外の外れたこの場所になったわけです」
かなり強引なことをしてきたのはおおよそ検討が付く。それ故のテロでの応報。
「華々しい経歴がある建物なのね」
『火力と言う意味の華であれば、お洒落な比喩ですね』
「お洒落じゃありませんよ! まったく。ここに飛び込みでアポイント取るのも大変なんですからね! ナンバー案件の筆頭の名前があって、ようやくですよ」
「流石。 優秀な秘書ね。ありがとう」
笑顔で労をねぎらうサナエさん。
「……ホントにもー」
サナエさんの笑顔の前に、ローラはそれ以上文句を重ねる気力を失った。
重厚な鉄柵のゲートが、低い重低音を響かせてゆっくりと開いていく。
一行を乗せたカーゴは、冷たい緊張感が漂う異形の要塞へと静かに吸い込まれていった。




