復讐
--- メトナ医療法人 敷地
命からがら2名が、敷地内に転がり込む。
「助かった。お前何したんだ? 」
犯人の男が相棒のトークンに尋ねる。
『交渉ですよ』
「トークン相手にか? 」
『ええ。トークンには、トークン専用の会話があるんです』
そんな会話をしていると建物から、厳ついバウンサーのような人間が数名出て来る。
「お待ちしておりました。 セミラミーデ様がお待ちです」
「本当だぜ。報酬は弾んでくれるんだろうな! 」
「我々にはその権限がない。まずは武器のチェックをさせてもらう」
男を立ち上がらせ、ハンドガンを没収し、ボディーチェックをかける。
「問題ない。付いてこい」
男は厳つい奴らの後ろに付いていく。
建物内は、医療機関とあるだけあって清潔そのものである。
白い壁に白い天井と白い床。見回しても大して面白くもない。
バウンサー達は、周囲を見回している男を咎めることなく進んでいく。
「ここだ」
あるドアの間に止まり、ノックをする。
「どーぞー」
甘い声から女性と分かる。
男が部屋の中に入ると、見たことがない程の美人な女性がいた。
「……」
「あら声も出ないの? 」
彼の人生でこれ程の美人は、映画や創作物の中でしか見たことがなかった。
「あ……いや」
「まー私。綺麗だから、外見で威圧しちゃうのよねー」
「ああ。 あんたみたいな女性。見たことがない」
ようやく声が出せた。
「うふふ。 嬉しいこと言ってくれるわね。 私の美を貶すのもいるけど、やっぱりそうでしょ? 」
「女優か何かか? 」
「そんなことはないわよ。 さてとまずはビジネスから行きましょ? 部下に聞いたわ。報酬の割り増しでしょう? この箱の中身が本物であれば、もちろん倍は支払うわよ」
彼女がいつ部下から報酬割り増しの情報を聞いたのか、その疑問すら飛び越える程に目の前の女性は美しかった。
「さっそくだけど、起動させてみて」
セミラミーデが歓喜に瞳を輝かせる。
男は、トークンが持っている箱に携帯端末をかざすと、箱に彫られているラインが緑色に光る。
「うふふふ。 本物ね。 契約は成立! 」
歓喜の声をあげるセミラミーデの前へ、箱を持ったトークンがスッと歩み寄る。
「あら親切なトークンなのね」
『……よう。久しぶりだな、セミラミーデ』
トークンの音声が、急に低いトーンに変わる。
空間の時が止まる。 現実が彼女の理解を超えて進んでいく。
トークンは箱をその場で手放す。箱が床に落ちるが、絨毯であるため衝撃がすくない。
空いた手で彼女の左腕を掴む。
『ようやくだ――ようやくこの瞬間だ。待ちわびたぞ。プロジェクトミミアグラフ。 覚えているか、101423番目の被検体。最初の成功者。名前は“1”だったか? 』
彼女の顔に恐怖が、現れ始めている。
『以前の体では、色々弄り廻してくれたな。本日はそのお礼に来たって訳だ』
恐怖の中でも絞り出す知的好奇心
「どうやってトークンに――」
『簡単だよ。 お前さんもやっていただろう? 魂のデジタル化。意識の量子化だったか? この体では、自分の名前、生い立ち、過去の記憶や自分が何者か、全てが思い出せない。 ただし、お前を苦しめろとの自我だけが残っている』
外の人間が異変に気付きドアが叩かれるが、開くことがない。
電子ロックで施錠している。 加えて、扉は防犯のため中途半端な火器では破壊できない代物になっている。
「やめろー」
男がタックルをかますが、トークン相手に生身で勝てるはずがない。
トークンの蹴りの一発で部屋の隅まで弾き飛ばされる。
『さぁ、地獄へのランデブーといこうか! 』
遠隔操作でドアのロックを開けると、一斉にバウンサーが入って来る。
運び屋の男が倒れており、トークンがボスの腕を掴んでいる。
バウンサーが銃を向けた瞬間、腕のパーツが飛び散る。円筒形の筒が飛び上がり、暫くしてカチリと信管が作動する。
瞬間、強い光が、室内を襲う。
強烈で裸眼で見れば失明するほどの光と強烈な熱が室内にまき散らされる。
白リン弾。
そう呼ばれている代物になる。 生身であれば火傷必須の悪魔の兵器。
室内の人間は、ただでは済まない状況になっている。
暫くして室内に火の手が上がる。
消火設備により火を消そうとするが、白リン弾の火は水では消えない。
トークンはおもむろに、セミラミーデと箱を持ち上げ警報が鳴り響く廊下に出る。 バウンサー達は既に伸びているか行動不能状況に陥っている。
意識を失いかけているセミラミーデの視界に、金属が溶け落ちたトークンの顔が映る。
『俺は、お前を殺さない』
耳元で、死神のような声が囁かれた。
『死ぬまで苦しめ。 それがお前を助ける理由だ。 そして毎朝、鏡を見るたびに、その火傷を見るたびに、今日という日を思い出すだろう。 俺はあんたにとって忘れなれない存在になったんだ』
重傷のセミラミーデを廊下に投げ捨てると、トークンは記憶媒体の箱を抱えて走り出した。
次のミッション——この箱を本当の所有者へ返すこと。
この千載一遇のチャンスを与えてくれた、あのトークンの恩義に報いるために。
恐らくこの箱が返却されなければあいつは、主人を裏切ったことで自爆させられるかもしれない。 それだけは絶対に阻止しなければ。
医療法人の警備隊からの凄惨な集中砲火。 自爆のダメージで片腕と脚部のアクチュエータはすでに限界を迎えている。モノアイの警告表示が真っ赤に点滅する。
銃撃をかいくぐり、トークンは走り続けた。
建物の出口。巨大な防護柵が立ちふさがる。回り込む猶予はない。
防衛機能の起動の方が速かったようだ。
ここで全力跳躍したら間違いなく脚部はダメになる。
しかし、このトークンにとっては、何の躊躇もなく壁を飛び越える。
着地の瞬間、両脚のフレームが完全に粉砕し、トークンは地面の上を激しく転がった。二度と立ち上がることはできない。
残った片腕だけで前に箱を引きずりながら前へ這う。
やがて、頭上を覆う陰。
見上げると、そこには——自分に道を譲ってくれたブラウニーとその横にコンバットスーツの男の姿が、モニターに映る。
『よくご無事で』
「無事とは思えないぞ。これは修理だな」
『こいつを返す。 ありがとう。 心から恩に着る。 俺の修理は無用だ。 もう十分に生きた』
途切れ途切れの電子音とともに、トークンは重厚な箱をキリヒの手へと押し付けた。
その時、病院の敷地から怒号とともにメトナ医療法人の武装警備隊が、道路に雪崩れ込んできた。
「クリエヴァ! 防御陣形だ! 」
キリヒが叫ぶ。
≪人使いが荒いぞ! 巨人との戦闘のあとだろう! ≫
そう言いつつも密集体系の射撃陣地が作られる。部隊の優秀さがうかがえる。
こちらはコンバットスーツ・アサルトライフルかつ巨人との戦いでいきり立っており、向こうはハンドガンの生身。
両者がにらみ合うが、メトナ医療法人側の部隊は、圧倒的な不利を感じたのか後退する。
ブラウニーが、トークンを抱きかかえる。
両脚部は完全に折れており、片腕も機能していないのは、はた目からも分かる。
加えて、トークンの機能が徐々に止まっていく。
『最悪の人生だったが、最後は看取ってもらって死ねるなら、多少は報われたな――』
『……』
『本当に、本当にありがとう。これで……思い残すことも……無い……』
小さな音を立てて、モノアイの起動ランプが消灯した。
『機能停止です』
「こいつは、一体何者だ? 」
怪訝そうな顔でブラウニーに尋ねるキリヒ。
『……データベースに該当なし。不明です』
「そうか」
「けが人ばかり出た任務だったな」
クリエヴァが悪態をついて近づいて来る。
「死人が出ていないのは幸運だろ? 」
キリヒがそれとなく返答する。
「まったく。後でキッチリ詰問してやるからな。おまえら! 勝ち鬨だ! 」
大きな発声と共に“ナンバー案件”奪還の案件は幕を閉じることなる。
--- アーサブカブ地域 本社 社長室
モニターには、ブラウニーを通しての映像が流れている。
「まったく……人の所有物に軽々しく手を出すから、こういう目にあうんだよ。セミラミーデ」
憐れむような目でモニターを見つめているクァドラットがいる。
「こうしてトークンを通して見る映像も大したものだ。 臨場感が違う。 それに優先権一つで、こうも行動を操れるとは……といってもその内彼女に気づかれそうだな」
机の上には、006部隊に頼んだ事件の経過報告書が全て開かれた状態で存在している。
ローラさんの仕事も何気に早い。
「あのミミアグラフの人造人間実験をここまで実用レベルに昇華させるとはね。 性格は破綻していたが、研究者としては実に優秀だよ」
彼女の過去の報告書を眺めている。
デスクの通信機が鳴る。
「私だ」
≪……≫
「ほぅ。完成率は? 」
≪……≫
「了解だ……ロボティクス製造部門に伝えてくれ。 仮設の製造ラインを作ってみたい」
≪……≫
通信機の受話器を置き、背もたれに寄りかかる。
「順調だな」




