狂気の牙城
--- メトナ医療法人 建物内
♪“ふんふんふん”鼻歌を歌いながら、ハーブティーを入れているのはこの部屋いや、この組織の長たる、セミラミーデになる。
機嫌は相当良い。
前回のサハリ候へのプレゼンも完了し、満足してもらっている。
加えて、戦闘データも豊富にそろえ、軍事関係者への説明資料も十分になってきている。
特にメナ倉庫街の戦いは、リジェネレイターの潜在的な有用性を裏付け格好のネタになる。
おそらく軍上層部へのプレゼンも当分詳細なデータを作ることで問題なく進むだろう。
(あの一撃で個体を崩壊させた“謎の弾丸”だけは不確定要素だけど……まあ、そんなものは誤差の範囲ね)
とにかく実戦で利用できたことが強い。
撃たれても、ちぎれても再生する体。まさに化け物と呼ぶに相応しい。
それに 二時の経戦時間さえあれば、局地戦の戦局もひっくり返せる。
「私って天才ねー」
自画自賛の独り言を言いながら、ハーブティーが入ったカップをローテーブルに置き、ソファーに腰かける。
「といっても。 だいたいの試作品は使っちゃったからねー。 あれを作るのは結構時間が掛かるんだけどー金をかければ何とかなる代物じゃないのが厄介よね。 次の課題は、製作時間の短縮化かしら」
タブレットを弄り状況を確認する。
記憶の漂白から仮記憶のインストールその後の強制成長進化。
「それなりに改善の余地はありそうねー。ああ! 在庫はどのくらいかしらん」
画面を切り替える。表示された数値は——
<生体検体・大型個体:残り2体>
「あら、大型系がたったの2体? もう、あのデカいのは作るのが面倒なのよねぇ。でも……メナでボスとして登場させた演出は、我ながら最高に格好良かったわ。 私って、映画監督の才能もあるのかしら?」
完全にリラックスモードである。
それにもうすぐ、アーサ・ブカブ社のナンバー案件のデータが届く手はずになっている。
メナの事件が発生した倉庫中は、もぬけの殻。
ガンシップも囮に向かったため恐らく、例の記憶媒体は発見できずじまいだろう。
ヴェスパー社に怒鳴り込んでも実際に動かしているのはメトナ運輸。
惑星間貿易商にケンカを売ることなんてできないはず。
万事計画通りに進んでいる。 完全にこちらの勝利である。
「それにしても、こうも上手くいくとつまらないわね~、もう少し刺激が欲しかったかも」
タブレットから最新のデータを一通り確認し終えると、ハーブティーに口をつける。
熱いハーブティーにそっと唇を寄せる。清涼感のある香りが鼻腔を抜け、彼女の冷酷な思考をいっそう研ぎ澄ませていく。
(……でも、メナでの治安部の立ち回りは見事だったわね。私のファンでもいるのかしら? リジェネレイターを前にパニックを起こさず対応したということは、私の思考パターンを完璧に読んでいた証拠……)
「……」
(かつての私の実験ログから、あの即死弾の解に辿り着ける存在……本社人事部のデータベースにアクセスできる人間か、あるいはナンバー案件筆頭……)
数秒の沈黙の後、彼女は心底つまらなさそうに息を吐いた。
「まっ。誰でも構わないわ。所詮凡人でしょう。サナエが対峙してくるのならもっと策を練ってくるはず。 それにこのゲームもデータが届いた時点で完了だしね 」
近くの通信機の呼び出し音がなる。
「へーあいつ。 やったんだー。 面白いことが立て続けね! 」
--- ヤンサ 郊外のとある場所
一体のトークンが、遠方の高台から目的地を確認している。
隣には、ヤンサの治安部の隊員がいる。
「あそこか? 」
『はい。 車両の運転。 どうもありがとうございます』
「仕事だからな。 メナでリジェネレイターと交戦との報告があったが? 」
『ええ。 後でデータの共有が図られるでしょう』
「ここでも、その戦闘が起きるのか? 」
『恐らくは』
「難儀だな」
『ええ。 しかし対策もありますから』
ブラウニーは、目的地の周囲を確認し、記憶を取っている。 目的地は住宅地内部に存在し、いざ戦闘になれば周囲への被害が発生する状況だ。
『まったく。 クソみたいな状況ですね』
小さな声が洩れる。
「どうした? 」
隊員が、ブラウニーに注意を向ける。
『いえ。 やっかいな場所に目的地があるんだと』
「確かに――あそこで戦闘になったらで周囲への被害は確定だからな」
『ええ』
「まったく。 ただのデータの奪還だと思ったら、とんでもないものが出てきているし、困ったもんだ」
『仰る通りです。メナの支長さんも同じことを言っていましたね』
「クリエヴァ西部方面大隊指揮官殿か――」
隊員は懐かしそうに目を細めた。
『ええ』
「元気にしているか? 」
『元気も元気ですね。 今回のリジェネレイター討伐戦にも参加していますからね』
「ハハッ! 相変わらずだなあの方も」
『そうなのですか? 』
「まぁな。 さてと! 敵さんの根城も掴んだ。 犯人の顔も分かっている。 後は経路だが、陸路か列車だが」
『陸路でしょう。 改札を通れば顔が分かる。 既に面が割れていますからね』
「確かに――」
『捜査線をお願いします。今度こそとっちめます』
「了解だ」
車両は現場から離れていく。
--- メナ治安部 特別室
メナ治安部の特別室になる。治療もそこそこでキリヒも出席している。
いつまでもゆっくりできない。
室内では、クリエヴァ、ローラ、キリヒの3名での打ち合わせになる。
「まずメトナ医療法人のバックボーンから説明する」
クリエヴァがモニターに情報を映す。
「元々は地域密着型の医療法人として長らく存在していたらしいが、理事長が急遽変更になり、その際に、“メトナ運輸”に医療法人が買い取られ、今のメトナ医療法人と名前を変えたようだ」
ローラとキリヒは黙って聞いている。
「ヤンサ暴動の2年ほど前だな。その辺りから住民の失踪が始まり出している。特に先住民からの失踪届が多かったが、住民の失踪届も激増していたよ」
「そのころから、実験に手を染めていたってことか」
「だろうな。全医療法人の理事長も失踪一覧に入っている。 恐らくこの時点で完全に乗っ取られていたんだろうな」
「現在の医療法人の理事長は――セミラミーデ・アク 本名でのご登場だ」
「隠れる気もないのね」
「表向きは、引き続き地域医療を担っているからな。ヤンサ暴動でも医療ボランティアとして、その地位と名声を上げている」
「マッチポンプね。 信頼は絶大ってことか」
「美人で有能な理事長ってことらしい。 裏の顔は知られていないようだ」
「医療法人であれば、生体実験もお手者。例の磁気共鳴機を用いて強磁界を印加に自由にできってわけか」
「ああ。ただし問題はここが“メトナ運輸”の持ち物ってことだ」
「惑星間貿易商ね」
「そうだ。直接の持ち物故に準外交官特権が及ぶ範囲になっている」
「どういうことなんだ? 」
キリヒが質問してくる。
「簡単に侵入して制圧が出来ないってこと。 犯罪者が銀行強盗程度なら個人の問題になるけど、組織として乗り込んだ場合、乗り込んだ組織側が後に不利になるってこと」
ローラが、キリヒに指摘する。
「馬鹿な! 」
「その馬鹿なが、まかり通るのが惑星間貿易商の特権“不干渉の財産権”。 財産に対しての税金はかかるけど、破壊行動や強制移動を惑星間貿易商の免許を与えている者以外が行った際に、如何に正統性があってもペナルティが課されるの」
ローラが回答する。
「じゃぁその免許を与えているのは――」
「イシュタル帝国中央政府。つまり、国家の庇護下にあるのよ。 あの病院は」
「……」
「つまり、敷地内に入る前に犯人を取り押さえる必要があるという訳だ」
クリエヴァが両者の会話に入る。
しばらくの沈黙が訪れる。
場所が分かれば乗り込めばよいと考えていたが、その前に取り押さえないとまずい訳だ。
「タイムリミット付きの強奪作戦……痺れるね」
キリヒが軽口を叩く。
クリエヴァから再び状況の説明が行われる。
「ブラウニーは、既にヤンサに入ってもらって現地の部隊との合流済みだ。 捜査線を張って敵さんを待ち構えている」
西方地区の治安部の手際の良さは、流石だな。
「一方、敵さんはメナからだと陸路で3~4日は掛かる。 そしてまだこちらの動きに気づいていない。 十分につけ入る隙がある」
「丁度いい頃合いか。 到着すればまた戦闘だな」
「それとキリヒ……体に無理を強いるのは百も承知だが、最後の一働きを頼みたい」
「かまわんさ。 いずれにせよデータ奪還がこちらの目的だ。 それにこの高級個室の費用程度は、働かないとな」
窓からは雲が眼下に広がっている。
「久々の遊覧飛行だな」
「今のお前はVIP待遇だからな。 感謝しろよ」
クリエヴァが、ニヤ付きながら言葉を返す。
「へいへい。 感謝しているよ」
「ホント。航空機ってこうゆうものでしょう。なんで夜間にスカイダイビングなんですか! 」
ローラがぼやく。
「俺には、そっちが普通なんだがね」
「さて。 目的地も決まっている。 装備はメンテナンス済みだ。 例の弾丸も手に入った。 といっても放射線汚染があるから安易に撃てる代物ではないがな。 それとヤンサの部隊の支援も取り付けている」
「それは良かった」
「文字通り最終決戦。 媒体が敷地内に入れば終了。 その前に奪還できれば成功だ。 いずれにせよ、お前たちの過酷な追跡劇も、これで終わりだ」
「成功させるさ」




