白い天井
—— 目を開ける。
最初に飛び込んできたのは、無機質で清潔な白一色の天井だった。
「……簡易病棟の天井……とりあえず、生き残ったか」
周囲は清潔に保たれている。 マットレスは、ホテル程でないが、上等なものだろう。
(俺がここに転がされているってことは……あの化け物どもは、何とかなったわけだ)
かすれた声で呟く。体を包むシーツは上質な肌触りで、マットレスも手入れが行き届いている。治安部基地の簡易病棟としては上出来すぎる環境だ。
ふと視線を横に滑らせると、パイプ椅子に座りベッドに情安心を預け丸くなり、浅い眠りについている女性の姿があった。ローラだ。
「……」
言葉をかけずにしばらく眺めていると、気配を察したのか、彼女がハッと跳ね起きるように瞼を開けた。
「……あ」
彼女と目が合う。
「……どのくらい眠っていた?」
キリヒの第一声に、ローラは数秒フリーズしたあと、一気に顔を真っ赤にして立ち上がった。
「2日よ! 丸2日! どれだけ心配したと思ってるの!? 途中で心拍数が下がって、本気で死んだかと思ったじゃない!!」
開口一番の大音量。本気で怒っている。
「すまない」
「ブラウニーの奴はどうしたのよ! あいつ何処にいったの! 」
心配による八つ当たりだろうが、病人への当たりが強い。
「奴は別件だ」
「別件? 」
「ああ。アルファ部隊として、敵の追跡班だ。 恐らく遠隔のカメラがどこかにあるはずだ。それをたどって本当の黒幕を炙り出す役割だ。」
ローラは怒りを収め、黙ってキリヒの言葉に耳を傾ける。
「無線通信を追っていくからな、暗号ログをリアルタイムで逆認知しなきゃならん。 高精度の追跡が可能な人材は、ここメナの治安隊にはいないからな。
現場でそれができるのは、ハイスペックの処理能力を持つブラウニーだけだ。だから任せた」
「アンタが、こんな危険な目にあっても? 」
「討伐部隊には、50名もの精鋭がいたからな。 あいつがいなくても問題ないと踏んだ」
「……その50人のうち、あんたも含めて半分くらいが病院送りになってるんだけど?」
「死者は? 」
「幸いゼロよ。 パニックにならず対応できたことが良かったみたい。それに必殺の弾丸で命拾いした感じね」
「そうか。……で、奪われた記憶媒体は奪還できたのか?」
「いいえ」
ローラは悔しそうに首を振った。
「ガンシップが追跡したカーゴに乗っていたのは、ただの捨て駒のチンピラだったわ。あの倉庫、事後調査でヴェスパー社のフロント企業名義だって判明したの。
地下に隠し通路があって、本命はそこから逃げたみたい。あのカーゴはただの囮よ」
「だろうな。ナンバー案件に関わるような天才が、一本道で逃げるはずがない。 どうしても奴を追い詰めるには、ガンシップの追跡をあえて見せる二重の追跡体制が、必要だったのさ。
まあ……こちらの被害を考えれば、かなりの無理をした賭けだったがな」
少ししんみりした雰囲気になる。 室内は個室であり、このような場所で
個室が割り当てられるところを見ると、彼らの待遇がよくわかる。
その時——病室の重厚なドアが、景気よく叩き開けられた。
「よう! メナの最高級ベッドの寝心地はどうだい!?」
入ってきたのは、左腕のサイボーグパーツを鈍く光らせたクリエヴァだった。
「……宮殿かと思ったよ。あんたが騒々しく入ってくるまではな」
「そうか! それはなによりだ!」
ハハハ、と豪快に笑う。相変わらず自分に都合のいい意味にしか解釈しない女だ。
「まずは、我々の勝利だ! キリヒ感謝する」
クリエヴァが誇らしげに胸を張る。
「記憶媒体は奪還できていない。ミッションとしては負けだ 」
「敵の最精鋭を完膚なきまでに叩き潰した! 戦術的には我々の完全勝利だ! 」
満面の笑みで親指を立ててみせるクリエヴァ。だが、すぐにその表情を少しだけ引き締めた。
「調子はどうだ? 」
「まあまあだ」
「そうか。ならしばらく大人しく休んでいろ。今はアルファ隊からの朗報を待つしかない。
……それにしても、ガンシップの追跡を裏目にとった『二重追跡』には驚かされたよ。 無駄な保険だと思っていたが、航空隊がまんまと撒かれるとはな」
「相手は元・ナンバーズ案件の開発主任だぞ。ちょっとやそっとの追跡じゃ警戒されるだけだ。 だが“治安部の航空隊を撒いた”となれば、向こうにも一瞬の隙が生じる。突くとしたらそこしかない」
「で、相棒のブラウニーとかいうトークンは、無事に辿り着けそうなのか?」
「ああ。 とにかくケガを代償にしただけの吉報は欲しいものだ。ところで、人間兵器の死体は、どうだった? 」
「ああ、急速冷凍して厳重に保管中だ。医療班が解剖を進めているが……お前が言っていた通り、まさに禁忌技術の博物館だったよ。
特にあの高速再生には、信じられない量の強力な抗がん剤が同時に投与されるシステムが組み込まれていた。例の実験報告通りだ」
「……狂気の沙汰だな」
「お前が劣化ウラン弾を叩き込んだことで、体内で強烈な放射線障害が起き、抗がん剤の抑止力を上回るスピードで悪性腫瘍が爆発的に発生した。 結果、再生機能そのものが己を喰い荒らして崩壊したわけだ」
クリエヴァは腕を組み、冷ややかな吐息を漏らす。
「正直。あの状態になると抗がん剤投与状態で2時、なければ半時も持たずに自壊するらしい。 デカい奴は、更に稼働時間が短い。
ただし、再生力は見た通りだ。腕を引きち ぎっても再生するぐらいの力だ。考えた奴は天才か狂人だと。うちの医療班が言っていた」
「あの人は狂人ですよ」
ローラさんが下を向きながら呟く。
「だろうな」
クリエヴァも短く同調する。
「それにしても、今回の件、厄介尽くめだな」
「ああ」
「お前の体もあと数日もすれば問題ないだろう」
そう言われて、キリヒが「いたたた……」と痛みに顔を歪めながらベッドから起き上がろうとする。
「ちょっと! まだ寝ていなささいってば!」
すかさずローラが、キリヒの肩を強引にベッドへ押し戻した。
「そうは言っても、少しは動かしておかないと体が固まるんだよ。無茶な運動をするつもりはない、安心しろ」
束の間の、穏やかな空気。
だが——その静寂を切り裂くように、キリヒの枕元に置かれた携帯端末が、電子的な着信通知音を鳴らした。
ブラウニーからの連絡だ。 キリヒが端末を確認すると眉間に皺がよる。
「どうした? 」
「場所が、分かったんですか? 」
「ああ。納得の場所だよ」
キリヒは無言で端末の画面を二人に見せた。
「……」
ローラさんは唖然とし、沈黙する。
一方で、クリエヴァの瞳には、野獣のようなギラついた光が戻っていた。
「なるほどな――突拍子もない所が示されたらどうしようかと思ったが、納得できる目的地だな。 心情的にも、道理的にも」
<通信ログ逆認知完了>
<発信元:ヤンサ “メトナ医療法人”>
ここが最終目的地。 ヤンサ。
かつて無数の血が流れ、クリエヴァの腕を奪い、そしてすべての元凶が眠る場所になる。




