即死魔弾
--- ベータ3 チーム
“弾丸がのこり僅かです! ”
“こっちはもう、5名しか動けねえ!”
“打ち込んでも、打ち込んでも、一瞬で傷が塞がりやがる!”
“突進! きます! ”
戦況は破滅的だった。
敵の弾薬も尽きかけてはいるものの、生体そのものが圧倒的な質量兵器と化している。メナ治安部の精鋭たちは、ただ摩耗し、じり貧へと追い詰められていた。
弾除けにしていた大型コンテナが、異形の一撃によって金属音を立てて粉砕される。 隊員たちが瓦礫の影へ逃げ込もうとしたその瞬間、側面から突如現れたもう一体の人間兵器が、隊員の退路を断った。
完全に孤立した二人の隊員。目の前には、血とオイルに塗れた凶悪な巨躯。
ハンドガンを相手に叩き込むが、分厚い肉の壁を打ち抜くことはできず、傷口は瞬時に気泡を立てて塞がっていく。
“クッソ”
隊員が死を覚悟し、目を瞑りかけた——その瞬間。 一発の銃声が夜気を引き裂き敵の躯体が大きくのけ反る。 しかし、倒れない。
「諦めるのはまだ早いぞ! 無様に逃げ回って、命からがら逃げて、それでも諦めず交戦するのが、我々だろ! 」
背部スラスターの青い噴炎を撒き散らし、夜空にキリヒが浮遊している。
「……」
隊員は、キリヒを見た後に、敵を見つめる。
弾丸を一発受けた程度で倒れる相手ではない。のけ反った異形はすぐさま体勢を立て直すと、喉の奥から地響きのような威嚇音を絞り出した。
友軍が一人来たところで、この絶望的な戦況が覆るはずもない——隊員たちがそう思いかけた、次の瞬間だった。
異形の様子が、あきらかにおかしくなった。 襲いかかってくるはずの敵がぴたりと止まる。
ヘルメットの隙間から覗く皮膚が赤黒く膨張し、異形は自らの首元を狂ったように爪でかきむしり始めた。 喉を掻き切り、皮ふを破り、肉を削ぎ落とす凄惨な動作。
「な……なんだ……何が起きてるんだ!?」
その後、重い音を立てて、異形は泡を吹いて転倒し、二度と動かなくなった。
(よし……狙い通り! 効果は抜群だな!)
「何をしたんだ! 」
隊員からキリヒに疑問が投げかけられる。しかし、ここは戦場。 キリヒは隊員たちの問いに答える時間すら惜しみ、すぐさま次の獲物へと跳んだ。
分断され、コンテナの陰で押し潰されかけていた残りの3名の元へ滑り込む。
敵から猛攻を受けている3名が、コンテナを盾に交戦している。 人間兵器は攻撃に夢中でキリヒの存在に気付けていない様だ。
キリヒは、コンバットスーツの装甲が割れ、生肉が剥き出しになっている右脇腹へ焦準を固定すると、躊躇なく引き金を引いた。
鈍い発射音。特注弾が肉を穿つ。
一瞬、異形が怯み、怒りに満ちた眼光でキリヒへ銃口を向けようとした——だが、銃身を持ち上げるより早く、先ほどの個体と同じ劇薬が体内を駆け巡った。
細胞が暴走し、凄まじい悲鳴とともに肉体が内側から崩壊していく。異形は膝から崩れ落ち、沈黙した。
キリヒが、スラスターを弱め地面に降り立つ。 交戦していた、部隊が物陰から出てくる。
「助かった。お前、本部の人間だったな。何をした」
「あまり時間がないが、“劣化ウラン弾”になる」
カートリッジの中身を見せる。
「劣化ウラン弾? 何故そんな危険な代物を持ち出したんだ」
「奴らは、急激な再生力を実現する代わり無理な細胞分裂を行っている。 対応策は、その分裂にエラーを起こすこと。 高濃度の放射線と重金属毒を叩き込んでやれば、再生の設計図にエラーが発生、一気に再生工程が破綻させる寸法だ」
「……放射能障害による全身の細胞壊死か」
「ご名答。 この劣化ウラン弾を引っ張り出すまでに時間が掛かった。あまり使わない弾丸だからな」
「たしかに」
「俺はベータ2 部隊の支援に行く。動ける奴はデルタへの支援だ。 それと負傷者の撤退支援を頼む! 」
「了解だ」
再びスラスターを噴射して飛び去っていく。
バイザーメットからの表示では、ベータ1部隊は、制圧が完了したようだ。
≪キリヒ! そちらの状況は! ≫
≪ベータ3は開放。 いまベータ2の支援に向かっている≫
≪弾丸の効果はあったのか! ≫
≪ああ。てき面だな≫
≪了解。こちらもベータ2の支援に向かう! ≫
≪アルファからデルタへ倉庫裏手から運び屋のカーゴの逃亡を確認! ≫
≪デルタからガンマ、アルファ。 追跡に移れ! ≫
≪了解≫
≪了解≫
ガンシップの飛行音が現場から離れていく。カーゴの追跡を開始したようだ。
キリヒが、ベータ2部隊の場所に到着したときには、既に、ガンマ部隊により、1体の制圧は完了している。
キリヒは空中でカービン銃を構え、残る1体の装甲の隙間へ正確にウラン弾を撃ち込む。数秒後、異形は絶叫とともにその巨躯を折り曲げ、自壊した。
ベータ2部隊も半数は脱落しているが全滅だけは免れた格好になる。
スラスターの出力を緩め、着地したキリヒの元へ、クリエヴァが近寄って来る。
「リジェネレイターか。 想像以上だったぞ。 お前たちの情報がなければ、パニックで部隊は全滅だった」
「ベータ3は退避が済んでいる。ベータ2も退避だな。 動けるものが後程、こちらに合流することになっている。 まずは、ベータ(前線部隊)1とデルタ(司令部)で倉庫内を調査か? 」
キリヒが尋ねる。
「だな」
≪|デルタ(司令部)とベータ1両部隊の各員。 残党に注意し、倉庫方向に微速前進! ≫
無線からの指示で目標に向かう。 周辺の住宅街からは甲高い警報音が鳴り響いていた。これだけの爆発と重火器の乱射だ。公共治安隊がいつ到着してもおかしくない。
≪公共治安隊が来るんじゃないか? ≫
≪化け物退治の跡片付けだ、文句は言わせん。それに政治屋どもへの揉み消し工作は副支長に任せてある。裏方に徹しているが、あの男は恐ろしいほど有能だよ≫
一定の距離に近づき、ドローンでの索敵に入る。高周波の音を立ててドローンが、半壊した倉庫内に入っていく。
後方、側面 入口手前にはバリゲートがあり、ミサイルで半壊している。内部はそれなりに荒れている。 最初に確認したカーゴ車両が、2台確かにある。
(2台……2台の中に9体か――大きすぎる気がする)
ドローンがカーゴの周囲をホバリングしたその時——20フィール(1フィール=30cm:6m)のカーゴの荷台が割れる。
「おい」
「……冗談だろ」
カメラ映像に映し出されたものを見て、全員が息をのんだ。
突如、カーゴの内部に眩い照明が点灯し、音声メッセージが、ドローンのスピーカーから、そして街中の通信回線へと割り込んできた。
映像に映ったのは、今前までの人間兵器の大きさをうわ回るになる。
カーゴの中には、生体維持用の機器類が多数ある。
ドローンは、ホバリングにより状況を監視している。
急にカーゴ全体に電灯が灯され周囲が明るくなる。
やはり遠隔でこちらを監視しているようだ。
ドローンにメッセージが送られてくる。
<9体の魔人を倒せし勇者達よ。 その戦闘力、有猛さを讃え、最高傑作が相手を差し上げましょう! >
「なんだ。これは! 」
クリエヴァが怒りに満ちた声をあげる。
「セミラミーデの奴の悪趣味な演出だ」
キリヒが苦々しく吐き捨てた。
「どこまでも人を愚弄しやがって……!」
カーゴの荷台の屋根を押しのけ、巨大な“何か”が起き上がってくる。
それは、これまで交戦してきた個体を遥かに凌駕する、全長16フィールにおよぶ超大型人間兵器だった。
背中には巨大な生体維持装置のチューブが何本も蠢き、全身を試作装甲で覆っている。
巨人の目が開く。
(あれの対応をさせない為、ガンシップを外させたか! )
「ガンシップを呼び戻すか!?」
クリエヴァが、キリヒに作戦変更の確認をしてくる。
「いや、記憶媒体の回収と運び屋の確保が先だ! こいつは俺たちで止めるしかない!」
「……こいつも、リジェネレイターなのか?」
「どうだろうな……迎撃の作戦は?」
「出てくるのを待つ。起き上がりを奇襲したいが、内部での戦闘になった場合、押し潰される危険性の方が高い。 お前の劣化ウラン弾2発とロケット砲が頼みだ」
≪各員。映像が見えているな。映像の巨大個体を外へ引きずり出す! 最大火力を準備せよ! セントリーガンの再装填は!≫
≪完了しています≫
≪各員。 最悪は逃げろ! あれだけの体の維持と運動では、エネルギー消費が莫大のはず。敵の稼働時間は短い! 短期決戦だ≫
≪了解≫
重音とともに、巨躯が倉庫のボロボロになった壁を破って外の空き地へと躍り出る。 しかし、それは二足歩行ではなく、前脚(腕)を地面につけた「四足歩行」の態勢をとっていた。
まるで、飢えた巨大な狼か巨大な猿のような凶悪なフォルムだ。 低重心ゆえに、姿勢が恐ろしいほど安定している。
≪斉射!! ≫
セントリーガンとロケット砲の飽和攻撃が加えられる。
鈍足と思われた巨人。 であれば、全弾命中により肉片すら残らないとの想定であった。
「なっ……!?」
巨体からは想像もつかない凶悪な機動力。
四肢を躍動させ、地面を蹴り飛ばしながら、巨人は左右へ不規則な移動する。 ロケット弾の直撃をことごとく回避していく。
そして次の瞬間、カエルのように空高く跳躍した。
着地点は——セントリーガンの陣地。
自重と重装甲の質量をそのまま叩きつけ、最大火力であった自動機関砲陣地を一瞬で鉄くずへと押し潰した。
≪セントリーガン大破! 傷口の修復確認! リジェネレイターです! ≫
ベータ1部隊から通信が入って来る。
「ちっ……例外はなしかよ!」
巨人は、地摺りのような低い姿勢から、ベータ1の隊員たちへ向けて巨大な腕を薙ぎ払った。
大木のような腕が一振りされ、3名の隊員が吹っ飛ばされ、建物の壁へ叩きつけられる。
大型人間兵器の銃器による遠距離攻撃はない。だが、純粋な重さと硬さの暴力が、そこにあった。
一通り周囲をなぎ払うと、巨人はぎちぎちと不気味な音を立てて首を捻り、背後に位置していたキリヒとクリエヴァを捕らえた。
赤く発光するバイザーの奥の視線。
「来るぞ! 構えろ! 」
クリエヴァからの檄が飛ぶ。
「接近戦で決めろよ 」
「了解だ」
キリヒが応じる。
巨人が地面を爆破するように蹴り、二人の頭上へと跳躍し、頭上から超大型人間兵器が登場する。
着地点による衝撃とその威圧で一瞬部隊が硬直する。
超大型人間兵器は、即座に腕を叩きつけ直後に叩きつけられた拳が、アスファルトを爆破されたクレーターのように破砕する。
一礫の嵐で部隊の2名が、巻き込まれる。 こちらを確実に削ってくる。
キリヒは高機動スラスターを噴射させながら、多腕式アームのカービン銃を構えた。
巨人が体勢を立て直そうと前脚を突いた一瞬の隙——コンバットスーツの装甲が途切れている上腕部の関節へ向けて、劣化ウラン弾を発砲する!
重厚な衝撃音が響き、弾丸は正確に巨人の上腕部へ深々と突き刺さった。
「やったか!?」
クリエヴァが叫ぶ。
だが——巨人は怯む素振りすら見せず、そのまま左腕を丸太のように振り回して追撃の薙ぎ払いを繰り出してきた。
スラスターを用いた高機動により、攻撃の第二波も回避する。
≪こいつには効かないのか! ≫
クリエヴァからの無線が入る。
≪巨体故の効き目が、薄い可能性がある≫
その矢先だった。
巨人の動作が不自然に硬直する。撃ち込まれた左腕が、不気味に痙攣を起こし、刺すような高周波の悲鳴が巨人の体内から響き渡った。
(効いたか!)
次の瞬間、全員が己の目を疑う光景が起きた。
巨人は、放射能と重金属毒によって壊死し始めた自らの左腕に、右手の巨大な爪を立てると——メキメキと音を立てて、自らの腕を根元から力任せに引きちぎったのだ。
黒く濁った体液が豪雨のように周囲へぶち撒けられる。 毒に侵された部位を、即座に肉体ごと切除する判断。そして切断面からは、すでに凄まじい勢いで新たな肉芽が泡立ち、骨が伸び始めていた。
「嘘だろ! 」
キリヒの口から呆然とした声が漏れた。
腕を引きちぎり、毒を克服した巨人は、狂乱の咆哮をあげながら右腕を振り抜いた。
≪化け物か! ≫
クリエヴァから狼狽している、声が聞こえる。
右払い、左払いと攻撃が続く。部隊は攻撃を加えているが、損傷は軽微。
攻撃と回避をしつつ腕以外の箇所を狙う必要がある。
狙いは胴体。しかし、四足歩行にかつその速度が速い為、狙いが定まらない。
加えて頭部はバイザーメットを被っている。
狙っている最中、キリヒの一瞬の隙。 巨人の丸太のような右腕が、キリヒのコンバットスーツの胴体を側面から直撃した。
金属が歪む不快な断末魔。 コンバットスーツの回避プログラムが起動する。
しかし、相手からの攻撃の威力は絶大である。 普通なら即死の威力である。
肺の空気がすべて叩き出され、視界が真っ赤に染まる。意識が急速に遠のいていく。
普通なら即死するレベルの質量攻撃。スーツのフレームが崩壊し、肋骨が折れる嫌な感触が伝わってきた。
しかし、朦朧とするなかで手にしていたカービン銃を、駆け寄ってくるクリエヴァへ向けて力任せに放り投げた。
≪た……の≫
≪了解だ! ≫
キリヒはそのまま、退避プログラムのスラスターが稼働し後方に待機していく。
空中でカービン銃をキャッチしたクリエヴァは、キリヒには目もくれず、背部スラスターを逆噴射させて制動をかけた。
腕を引きちぎり、再生に全エネルギーを注ぎ込んでいるため、巨人の胴体——胸部の装甲が一瞬だけ大きく開いている。
複数の心臓が存在する胸部中央。そこだけは、引きちぎって分離することなど不可能な絶対の急所!
「これで……仕舞いだぁぁぁッ!!」
巨人の胸元の肉の隙間へ向けて、残された最後の一発——劣化ウラン弾の引き金を引いた。
至近距離からの徹甲弾が、胸部の肉を穿ち、心臓の奥深くで炸裂する。
≪全員目標から退避! ≫
クリエヴァの絶叫とともに、全員が後方へ跳躍した。
直後——巨人が天を仰ぎ、これまでとは比べものにならない凄惨な絶叫をあげて転倒した。
胸部を中心に、全身の肉がまるで腐った果実のようにドロドロに溶け落ちていく。 胸の奥から侵入したウラン弾の放射線障害が、過剰再生を起こしていた全ての細胞を同時に破壊し、内側から崩壊させていくのだ。
巨体は地面をのたうち回り、暴れ、やがてその動きが徐々に鈍くなっていく。
粘濁した悲鳴の混じり合いの中に、異様の喉から、ヘルメットのスピーカーを通じて「声」が漏れ出た。
『な……ぜ……私……だ……何をしたという……痛い……痛いよ……』
幼いようであり、老人格のようでもある、剥ぎ取られた人間の「記憶の残滓」。
生きながら実験体にされ、化け物に仕立て上げられた人間の悲痛な叫びだったのだろうか。
「……記憶の残滓か」
クリエヴァが握りしめたカービン銃を低く下ろす。
やがて、巨躯は肉の塊となり、ぴくりとも動かなくなった。
完全に、沈黙する。
≪キリヒ。生きているか? ≫
クリエヴァからキリヒに無線を入れるが、返答はない。
≪おい! 聞こえるか ≫
クリエヴァの多少焦るが、バイザーメットに映るキリヒのバイタル数値は、骨折と重度の打撲、意識不明——だが、心拍は力強く脈打っている。
「……タフな男だ」
クリエヴァは深く息を吐き出すと、安堵の混じった笑みを漏らした。
通信チャンネルを全体広報へ切り替える。
個人通信から広報無線に切り替える。
≪こちらクリエヴァ! 敵大型個体、撃破完了! 医療班、直ちに負傷者の回収と救助を開始せよ!≫
≪了解≫
≪各員、後始末ののち撤収! 副支長、至急調査班と工作部隊を寄越せ! 現場を綺麗に掃除するぞ!≫
夜のメナ倉庫街に、近づいてくる治安隊のサイレン音が響き渡っていた。




