激突直前
ローラ一行がメナの街に到着して二日が経過した。 通常の出張であれば、水路の入り組んだ美しい街並みを観光することもできただろう。
しかし、未知の兵器との一戦を控えた今、リラックスモードには程遠い。 基地全体に、肌を刺すような異様な緊張感が漂っている。
いつ来るか不明な敵を待っているのはそれなりに神経を使う。
そして、本日例のトークン一行がメナ近郊で目撃した情報が入る。
支部内の緊張が一気に高まることになる。
作戦ルームには、キリヒ、ブラウニー、そして支長のクリエヴァが集まっていた。なお、ローラは別室で人事データの処理と情報収集にあたっている。
「来たな――向こうから仕掛けてくる可能性は? 」
クリエヴァがサイボーグ化した左腕を組みながら尋ねる。
『それはないでしょう』
ブラウニーが即答する。
『あのセミラミーデは、こちらを完全に実験の対象として見ている。 運び屋を餌としておびき寄せるつもりと推測されます』
「餌? 」
「両者とも万全で戦えるって意味だな。やつは実験体を準備して俺達も万全な体勢で挑む。そんなところだろう」
キリヒが会話に加わる。
「なるほどな」
ドアがノックされ、副支長が入って来る。
「クリエヴァ様――」
例の副支長が現れる。
「どうした? 」
「彼らのアジトが判明しました」
「……タイミングが良いというかなんというか」
「明らかに誘っているのでしょう。加えて場所も最悪です」
副支長が室内モニターにデータを転送する。表示されたのは、住宅街に隣接する巨大な物流倉庫区画だった。
下手に広域兵器や神経ガスを使えば、周囲の民間人に甚大な被害が出るのは必至。こちらの手足を完全に縛る、完璧なお膳立てだった。
「奴ら、盗み出したデータは要らないのか? 」
クリエヴァが毒づく。
「ローラからの情報だと、セミラミーデは、自分に絶対の自信があるタイプだ。 データを餌にこちらの部隊を実験に引きずりこんでも問題ないと考えている可能性が高い」
キリヒが応じる。
「高慢ちきな。 私が一番嫌いなタイプだな」
室内モニターに彼女の貌と経歴がプロジェクターで投影されている。 クリエヴァが、その投影を睨みつける。
マールス人だけあって、テラのエルフのような整っている貌。 クリエヴァから見ても美人と言わざるを得ない。
もし彼女が言いよって来れば、多くの男性、いや同性ですら、陥落する程度の美貌を持っている。
しかし、その美貌の下には、底知れない狂気と冷血さが隠されている。
「同感だ」
キリヒが短く同意した。
クリエヴァはモニターから目を背けると、獰猛な笑みを浮かべた。
「お前の要望通り、現在の予備兵力で可能な限りの重装備を準備させたぞ。 地上掃討用固定翼機ではないが、回転翼機タイプのガンシップもある」
「ほー」
「それと動員数は50名になる。 装甲車も準備してある。それと神経弾は――却下だな」
「随分と奮発したな」
クリエヴァの目が、鋭くなる。
「準備は整った。“ヤンサ暴動”の復讐と行こうじゃないか。 各員に戦闘準備態勢で待機させておけ!! 」
「承知いたしました」
副支長が静かに一礼し、部屋を辞していく。
「支長……引き際だけは間違えるなよ」
キリヒが念を押すと、クリエヴァは鼻で笑った。
「ふん。余計なお世話だ」
打ち合わせを終え、両名が立ち上がる。 キリヒとブラウニーは戦闘準備のため自室へ向かった。
無機質な廊下を歩きながら、キリヒが呟く。
「どう思う、ブラウニー?」
『想定通りですね。 しかし、相手の戦力や手が読めないのが怖いところです』
「だよなー。 何を出してくる気なんだ? 」
その様な雑談をしながら、自室に戻っていく。
といっても戦闘態勢での待機になるため、リラックスした状況ではないだろう。
部屋の近くまで来て自室に入ろうとした際に声をかけられる。
「キリヒさん!」
振り向くと、書類を抱えたローラが、こちらに近づいて来る。
「おう。どうした? 」
「戦闘態勢での待機になったって聞いて……」
「相変わらず耳が早いな」
彼からの回答に反応せず、ローラさんは自分の要件を伝えていく。
「あの後……人事部の権限でアクセスできる範囲で、セミラミーデの過去の研究ログを片端から漁っていたんです」
「それで? 」
「詳細な設計図まではプロテクトがかかっていて無理でした。でも、関連項目のログを照合していたら、ひとつだけ気になる実験データを見つけました」
キリヒは黙って彼女の言葉を促す。
ローラは抱えていた数枚のレポート用紙を差し出した。
「これ……“強制・成長進化促進”の実験記録です」
「……」
「この実験は、投薬と遺伝子操作によって細胞の成長を不可逆的に促進させる技術です。
成長を強制的に促進させると共に、筋力などの運動能力、持久力強化の向上、反射神経、感覚の鋭敏化、場合によっては、マールス人のような第7感の強化を実現するらしいのですが――」
「……」
「短時間稼働仕様の兵士になると、※1リジェネレイターが、実現できるんです」
キリヒの目が細められた。
「……冗談だろ」
「破損した部位を異常な速度で細胞分裂させて修復するため、膨大なエネルギー消費とテロメアの暴走を伴います。
通常の人間なら数分で肉体が崩壊……でも、最初から『使い捨て』と割り切るなら話は別です。
先日の肉体強化、痛覚、不安の除去を施したのであれば、それらの肉体の反動にも十分耐えられるはずです。
頭部を吹き飛ばされない限り絶対に死なない短時間の不死身の兵士が完成します」
『私の推測が、当たったと言ったところですか』
ブラウニーが会話に加わって来る。
「……なるほどな。今回の戦闘は、その再生能力の耐久実験ってところか」
キリヒが応じる。
「ただ、当時の実験データでは失敗に終わっています。 再生時の細胞分裂速度が速すぎて悪性腫瘍(がん細胞)が即座に発生し、1〜2回の再生で対象が機能停止したとあります。……でも、もし彼女がその欠陥を克服していたら……」
「リジェネレイターね。 回復時の悪性細胞の発現か――了解した。 助かった。 ローラ、最高の情報だ」
キリヒはレポートを受け取ると、ローラの肩をポンと叩いた。
「ローラ、お前は絶対にこの基地から出るなよ。 街が火の海になっても、ここは最強の砦だ。 ヤンサ暴動でも治安部の建物は破られなかったからな」
「……」
「それに上司を危険に晒したら、部下の立つ瀬がないからな」
「生きて帰って来なさいよ! 給料削られたくないんだから!」
「ああ。給金も必要だしな」
キリヒは不敵に微笑むと、自室に入りドアを閉め、そのまま戦闘準備を整える。
ブラウニーがキリヒに尋ねてくる。
『リジェネレイターですか? おとぎ話のようですが』
「いいや。 可能だな。 特に使い捨てであれば身体への負荷を考慮しない運用も実現できる。痛みも不安も先日の実験を見れば、大方完了済みだろうな」
『脅威ですね。 銃弾を叩き込んでも立ち止まらない敵となると、通常の制圧ロジックが破綻します』
「だからこそ――クリエヴァにこのデータを転送してくれ」
キリヒは自身の端末を操作し、ブラウニーへ特殊な弾薬仕様のデータを送信した。
「それと、追加でこの弾丸を手配するよう支長に要請しろ。戦闘開始までに間に合う分だけでいい」
データを受信したブラウニーのセンサーが、微かに明滅した。
『……こんな特殊弾、基地の既存兵装データベースには存在しませんが 』
「無ければかき集めてもらうか、今すぐ治安部の工房でプレスカスタムで作らせる。それを可能にするのが『支長』って権力だろ」
話しながらも支度が整えていく。ミリタリースペックのアンダーウェアの上にコンバットスーツを装着し、装備の点検を終える。
「さてとカーゴに行くぞ、最終準備だ! 」
※1:急速再生機能




