追跡劇
副帝都チーヌーのアーサ・ブカブ社の治安隊本部の一室で関係者が集まって協議中である。
「サンプルの調査は? 」
『順調です。途中経過になりますが、あのサンプルの活動継続時間は48時間程度になります。 我がアーサ・ブカブ社治安隊で調査したヤンサ動乱時のサンプルでは、崩壊時間が24時間でしたので、ちょうど倍。明らかな技術革新が見られます』
ブラウニーが壁に投影されたスライドを説明している。
投影画面には、先日取得したサンプルの生体データ、活動時間のグラフ、そして歪なレントゲン写真が次々と映し出される。
キリヒは腕を組み、吐息をついた。
(技術革新ね……いいことなんだか、悪いことなんだか。――まあ、ろくでもない事だ)
ブラウニーはそのまま話を続ける。
『サンプルの肉体には、高濃度の増筋剤および成長促進剤が投与され、強制的な巨大化が図られています。 特筆すべきは心臓が二つ並列化されている点です。 血流量は一般人の約二倍。これが稼働時間の長時間化を可能にした要因でしょう』
「……」
キリヒとその周囲も黙ってブラウニーの報告を聞いている。
『ただし』
と、ブラウニーは冷淡に続けた。
『肉体への負荷を考慮すれば、48時間が物理的な限界です。文字通り――使い捨ての兵士ですね』
「……禁忌技術の見本市だな」
治安部の部長が、心底嫌そうに吐き捨てた。
『仰る通りです』
透過表示された体内の三次元映像が前に躍り出る。確かに、不自然な位置にもう一つの鼓動の跡があった。
解剖はここの場所で行われた。もし、爆発物があった場合、チーヌーの西部支店に持っていくのは厳禁とのことで、チーヌー郊外のこのアーサ・ブカブ社治安部での対応になる。
会議に同席していた西部方面統括部長が、顔をしかめて身を乗り出す。
「それにしても、これはマズいんじゃないのか? 奴隷禁止法令の重罪指定に抵触するぞ」
「恐らくそれはないかと」
ローラから即座の回答がある。
「どういうことだ?」
「このバックに“帝国”がついていたら、どうでしょう? 」
西部統括は、“帝国”の名前を聞き一瞬たじろぐ姿がみえたが、直ぐに落ち着き質問する。
「……証拠はあるのか? 」
「いいえ。 しかし、以前軍上層部で“恐怖や痛みを感じない部隊”の創設の意向がありました。 もし、これがその実験の一部であれば……」
「帝国軍かー厄介だな 」
「ええ。ただし、軍が直接手を下しているとは限りません。アイデアと資金だけを裏で出資し、発明者に『実験』として運用させている……そう考えるのが妥当でしょう」
「……実践での運用。 法律すれすれ……いや完全な黒の所業。 それも他者にやらせればしっぽ切りが可能というわけか……さすが本社人事部、情報の質が違うな」
「恐縮です。もっとも、これが本当に帝国の実験であるとの証拠は全くありません。 そして、我々のような下々が知ることも無いでしょう。 そして知ろうとしたら――」
「碌なことにはならなそうだな」
統括部長の呟きに、ローラは深々と頷いた。
「記憶状況に関してはどうなっている? 」
キリヒがブラウニーに振る。
『ほぼ、漂白化ができています。この検体を仮称として“人形1号”としましょうか? 入力されていた命令は一文だけです――“地対空ミサイルで空を飛んでいるものを撃破せよ。遂行後は突撃を敢行せよ”』
「周囲からの攻撃を無視してそれのみに対応する訳か。究極の装置だな」
『ええ。それと先ほどほぼ漂白化といいましたが、残滓データが認められました。ご覧になりますか? 』
「頼む」
投影された画面が切り替わり、ブラウニーが指定のスクリプトを走らせると、色彩を帯びたノイズ混じりの映像に切り替わる。
「いつか見ていた光景だな」
キリヒが呟く。
映し出されたのは、チーヌーの下町にあるような荒んだバラック小屋の並び。視線がふっと下に向くと、そこには粗末な服を着た小さな子供が両手を広げて立っていた。
視点の主は、その子をあやすように抱き上げ、上下させている。 子供を持ち上げた先の青い空と子供の屈託のない笑顔。
記憶の底にあったのは、ささやかで、あまりにも平穏な日常の風景だった。
プツリ、と映像が途切れる。
『“人形1号”に残った潜在的な記憶の断片になります』
「……」
会議室に、重苦しい沈黙が落ちた。
セミラミーデの悪趣味らしい人間兵器と言ったところだろう。
「……なるほど」
その様な光景も西部方面統括部長には余り届いていない様だ。
(このサンプルをどう使って立ち回るかだな。 社長と敵対するか忠誠心を見せるか?
ヴェスパー社に持ち込んで、アーサ・ブカブ社とヤンサ暴動の責任を追及することも可能だろう。 しかし、禁忌染みた実験であるがゆえに扱い一つで破滅か)
葛藤する統括部長の視線を見抜き、ローラが静かに足元を掬うように囁いた。
「統括部長。差し出口を叩くようですが、この成果は素直に本社へ報告されるのが吉かと」
「……」
「ヤンサ暴動の現場では、半壊したサンプルしか回収できなかったはず。完全な状態の『人形』を確保した功績は、本社にとっても計り知れません。何より、社長への絶好のアピールになりましょう」
「……ふん。ヴェスパー社に流すことも可能だよな」
悪態と煽りを加えローラさんの出方を見る。
「ええ。ヤンサ暴動の原因は、アーサ・ブカブ社であるとメディアを用いて糾弾することも可能でしょう。 しかし、ヴェスパー社がそれによってどれほどの利益を得るかを考えると所詮は、相手を口撃する内容を得た程度です」
「……」
「どちらの会社に、どれだけ貢献できるかを考えて行動すればおのずと回答は得られましょう。 私共の案件は、例のブラックボックスを奪還することです。 なので、この人形には、これ以上関与いたしません。統括部長がお決めになってください」
(くそっ、さすが本社の人事部だ。決断の責任だけをこちらに押し付けてきたか。 だが……下手に裏切れば消されるという暗黙の脅迫でもあるわけか)
ローラさんは考えている。
(もう! 明らかに権力闘争じゃん! こっちは失敗すれば年収の6割が飛ぶ案件の真っ最中なの! これ以上私を面倒くさいことに巻き込ませないでよ! )
目を細めて努めて笑顔を作る。
ローラさんの笑顔を見て、支店長は考える。
(自分達は言う気がないが、裏切ればバレるとの事前の警告か。 確かに、ここは忠誠心を示しておいた方が何かと有利か)
「わかった。この件はこちらで引き取ろう」
まずサンプルの扱いは、まとまったようだ。
それを感じ取って、治安部の部長が言葉を継ぐ。
「さてと、人形の件はまとまったとのことなので、今度はこっちだな」
「ブラウニー殿。 私のデータを投影してくれ」
『承知』
壁面スクリーンにチーヌー周辺の広域マップが展開される。
「例の奪われた装甲車だが、チーヌー平原の真っ只中で乗り捨てられていた。 当時の目撃者の特定は難航している」
「見渡す限りの荒野だからな」
キリヒが合いの手を入れる。
「ただ、近隣の集落で妙なトークン連れの一団が西に向かったと報告が、上がっている。 もちろん、奴らかどうかは不明だ」
「西……」
「各ポイントからの調査で、対象集団は“メナ”に向けて移動していると思われる」
「※1“メナ”? 」
聞き覚えのない地名にローラが首をかしげる。
「メナねー。そこが目的地か? 」
キリヒはピンと来たようだ。
「真意は不明だ。 しかし、西に向かってブラックボックスとやらを取り戻すのが先決だろうな」
「了解した。現地での支援は……」
キリヒが、統括部長に視線を移す。
「メナの現地治安部へ連絡を入れておく。こちらの権限で部隊を動かせ」
「助かる」
「ただし、戦闘データは全支部へリアルタイム共有させてもらう。……それと追加だ。市内戦での神経系兵器の使用は固く禁ずる。実弾のみで対応しろ」
「了解」
キリヒは肩をすくめた。治安部長が不安そうにキリヒを見る。
「敵もこちらの動きを読んでいるはずだ。キリヒ、次はどう来ると思う?」
「間違いなく、こちらの想定を超える仕込みをしてくるだろうな。殺傷能力の高い兵器の準備を頼む」
「……わかった。手配しよう」
ローラの胸に、何とも言えない不安が広がる。 前回の作戦では住民同士を戦わせ、それを高みの見物決め込んでいた連中だ。今回の「自爆突撃」だって、ただのテストに過ぎない。
今後もそんな単純な攻撃が繰り替えされるはずもない。
自分たちは完全に敵――セミラミーデの手の上で踊らされている。
「大丈夫でしょうか? 今回のミッション」
思わず弱音が漏れる。
『マールスの英知に造られた私がおりますのでご安心を』
ブラウニーが回答する。
「奴らは不死身じゃない。死に難いだけだ。撃破は十分にできる」
キリヒもつい彼女の頭に手を乗せる。
「……セクハラですよ」
「ああ。すまんな。 ちび達相手の気になっていた。 許せ」
「……でどうするの?」
「まずは、メナに向かう」
「カーゴも一緒に運ぶとなると、キャリアクラフトか……」
治安部長がタブレットを叩き、配備状況を確認する。だが、すぐに眉間にしわが寄った。
「あーすまんな。別の作戦で使用中だ。列車でもいいか? 」
私企業の一部門であるため、大量の輸送機体を保持しているということでもなさそうさだ。
「空からのダイビングが無いなら、むしろ歓迎です!」
ローラが心底ほっとしたように胸を撫でおろす。キリヒも苦笑した。
「仕方ない。奴らより先回りしてメナに付ければそれでいいさ」
キリヒが回答する。
「了解だ。少しでも早く着くようにバレット・トレインを用意しよう」
「それにしても、大型クラフトを全部出払わせるなんて、何に使ってるんだ?」
「ああ、何でも運輸部門から貸してくれってとのことらしいな」
「なんだよ? 責任者なのに知らないのか? 」
ニヤ付きながら煽ってみる。
「俺のところにどのくらいの書類が回ってくると思っているんだよ。 えーと何々。 ローシェンへの配達かー。 こりゃ当分掛かるな」
愚痴を言いながら、ブツブツ言っている。
「移動手段があればいい。 とにかく、我々もさっそく準備する。 引き続きの支援を頼む」
「ああ。 安心しろ」
「頼んだぞ! 人事部」
去り際、統括部長が発破をかけるように声を張った。 恐らく自分の査定と出世が掛かっている大一番と読んでいるのだろう。
「ええ。我々もこの案件失敗する気はありませんので」
ローラは引きつりそうな頬を無理やり持ち上げ、極上の営業スマイルを返した。
(失敗したら年収6割カットなのよ! 失敗なんてするわけないでしょ!!)
内心で執念の炎を燃やすローラを連れ、一行はチーヌーを後にし、次なる目的地・メナへと歩をすすめることになる。
※1:チーヌーとヤンサの中継都市であり、大型の港もある、そこそこ栄えている都市




