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闘争と逃走

ヴェスパー側の人間が、次々と頭部や胸部を穿たれ倒れていく。

“てめー裏切ったのか! ”

“逆だろ! お前ら、最初から足の付きやすい手先だったんじゃねえのか! ”


血煙の中で不毛な擦り付け合いが始まる。

“くっそ……もしかしてアーサ・ブカブ社の奴らか!?”

“こいつは、アーサの持ち物だったってのかよ! ”


怒号と悲鳴が錯乱するが、訓練された軍事部隊の精巧な殺戮の前では、14名程度のチンピラなど歩く標的に過ぎない。


銃撃戦は瞬く間に一方的な処刑へと変わり、取引者たちを殲滅するのに数分もかからなかった。


≪ヴェスパー側残り3名。取引相手は1名と、トークンが残存 確認≫

アルプからの通信が入る。 状況の趨勢(すうせい)がある程度決まると、キリヒが叫ぶ。


「貴様らの持っている四角い箱をこちらに渡せ! 」

キリヒの叫びに相手は沈黙で答える。 暗視ゴーグルの緑色の視界の中で、敵側に動きは見えない。

キリヒ率いるアルファ部隊が、じりじりと間合いを詰めていく――その時だった。


暗闇を切り裂き、ヘビー級の装甲車がエンジン音を爆発させて突進してきた。 事前に工場内の目隠しに隠されていた。


「——っ!」


瞬時のできごとであった。 視界一杯にキリヒに迫る鉄の塊。 死を予感した瞬間、コンバットスーツの回避プログラムが、強制的にキリヒの筋繊維を駆動させ、間一髪で側方へ跳躍させた。 視界の端で、装甲車がコンクリートの壁を破砕しながら走り去っていく。


≪ベータ(支援隊)・ガンマ(後方隊)! 装甲車がそちらに向かった! 迎撃だ。 各員戦闘態勢! ≫


キリヒが無線で叫ぶ。


≪了解≫


しかし次の瞬間、返信が入ってくる。

≪こちらベータ(支援隊)。 目標の装甲が硬すぎる! 携帯兵器では歯が立たない! ≫


≪了解! デルタ! 航空支援だ! 携帯兵器では、あの装甲車は破壊が難しい! ≫


キリヒが指示を出す。


≪了解。 装甲車。 確認≫


航空支援を開始しようとした矢先、航空機内に警告音が鳴る。


“地対空ミサイルです”

“回避行動! 発射位置を特定しろ! ”


フレアをまき散らしながら旋回する。夜の為、フレアがよく見える。

遠目でも航空機に何かあったことが判明する。


先ずは初撃が回避できているが、第二波の攻撃でエンジンに被弾がしているのが確認できた。 上空の火柱を見上げ、地上部隊の緊張が一気に跳ね上がる。


飛行エンジンを強制パージし暫くすると、地面で爆発炎上する。


≪こちらデルタ! すまない。地対空ミサイルでエンジンをやられた。 一旦帰投する。 攻撃は地中からだ! 注意されたし≫


航空支援がなくなり、地上の方も一気に緊張が走る。

≪こちらガンマ(後方隊)!  地中より敵の出現確認! 交戦≫


(まさかの地中か! )


≪各員。相手には近寄るな! 距離をとり攻撃、工場側に退却して来い。 各員の位置取りを正確に把握しろ! 敵を集めろ! 作戦コードA による態勢を作り反撃だ≫


≪了解≫


≪銃撃効果小なり! ヤンサと似た状況です!≫ 


≪デカい! なんだこいつら、動きが異常に速いぞ!! ≫

無線には悲鳴と怒号が乱れ飛ぶ。 爆発音も聞こえ始めている。


≪了解。 各員落ち着け! 作戦コードAに従い行動しろ! 今回は対処法もある≫


怒涛の発砲音が闇を埋め尽くす。コンバットスーツの精密射撃が敵の膝関節を打ち抜き、敵の進行速度を殺していく。


だが、地表を破って這い出てくる異形の群れは、事前に想定していた人数の倍以上に膨れ上がっていた。


≪近づかせるな! 捕まったら自爆の餌食だぞ! ≫

≪膝だ! 脚部を集中破壊しろ! ≫


現れた“それ”らは武器すら持っていない。 いや自爆用の爆弾を抱えての突進である。 ただ泥と血に塗れ、狂人じみた眼光で突き進んでくる肉体の特攻部隊。


押し寄せる肉の波に、ベータ(支援部隊)が前線となり、徐々にこちらが、数的圧力で追い詰められている。 加えて爆発音も響いている。


ベータ(支援部隊)からの映像が送られ、キリヒのバイザーメットに映される光景に息をのんだ。

(……住民の肉体改造か?)


一般市民の皮をかぶったソレは、骨格が異常に肥大化し、皮膚が鬱血した紫色に変色していた。


7.62mmの徹甲弾を体に叩き込んでも、筋肉の層に弾丸が埋まり、死意を感じることなく突進してくる。


普通なら狂気に呑まれる光景だが、高度に訓練され、事前のブリーフィングで対策を周知しているため、部隊はパニックは最小限に留まっている。


交戦規範に従って冷徹に弾丸を送り込み続けた。


≪ガンマ(後方部隊)。 規定ポジション到着! 援護開始します! ≫

一斉の銃撃音が聞こえてくる。


≪ベータ(支援部隊)! 状況! ≫


≪こちらベータ(支援部隊)……呼気荒し、規定ポジションへ敵を誘導中!≫

キリヒは、バイザーメットに映る戦術マップ上の敵マーカーを睨みつける。


誘導された異形の群れが、ガンマ(後方部隊)の側面攻撃と囮のベータ(支援部隊)との連携により敵が密集し始める。


キリヒは、敵のマーカーを見ながら敵の行動を見ながら反撃のタイミングを見計らう。


≪キリヒ。焦らないでください。まだです≫

ブラウニーから指示。


状況は悪化し、差し込まれている状況が続く。

(まだか! )


時期を待たねば反撃の効果が薄くなるのは、分かっている。 しかし、負傷者も発生している。

≪ブラウニー! まだか!≫


≪……反撃……開始してください! ≫

ブラウニーから開始のサインが来る。


≪反撃開始! ≫

キリヒの合図が響く。


数個の丸いプラスチック製ボムが、敵の群れの渦中へと放り込まれた。


着弾と同時に、爆発音ではなく破裂音が響く。 そして不気味な高圧噴射音が響く。 ボムから噴出したのは、第二世代揮発性G型神経剤。


ガスを浴びた瞬間、さっきまで狂暴に暴れていた改造人間たちがピタリと動きを止めた。直後、全身の筋肉が激しく痙攣を始め、白目を剥いて吐血する。


G型剤は神経伝達物質を異常活性化させ、脳の制御を完全に狂わせる。 外的ダメージにタフな肉体であろうと、内側の神経系を焼き切られれば死に至る。


やがて横隔膜と気管支が麻痺し、自らの体内で呼吸困難に陥った敵が、次々と倒れ重なっていった。


敵は集団で動く傾向があるため、まとまったところで一撃による殲滅する作戦になる。 集団殲滅用の為、化学兵器G型剤も希釈により広範囲に影響しないように対応はしている。


しかし、どんなに希釈しても化学兵器用の使用は、コンバットスーツの機密性がなければ、一息吸うだけで即死する地獄絵図だろう。


事実、逃げ場を失った敵群は内側から崩壊し、泡を吹いて転がり一部は抱えた爆弾が破裂している。


戦闘が終結し、結果は生き残った。 勝負には負け戦に勝った。 そんな出来である。


≪被害は? ≫

≪負傷者数名を確認。 死者は……いません。……敵部隊、完全に沈黙しました≫


≪装甲車はどうなった? ≫

≪完全に視界からロスト。見失いました≫


(これは仕方ないことか)


≪隊長。一体の生け捕りが出来きました! ≫


後方1000フィール(300m:1フィール=30cm)先のガンマ(後方部隊)の一部からの報告が上がってくる。 ガンシップのエンジンを撃ち落とした奴らを捉えたのだろう。 生け捕りとはG型ガスの範囲外だったことも幸いした。


広範囲に潜伏させておいて正解だったな。


≪了解。 内部に爆発物が組み込まれている可能性もある。 敵との距離には注意、拘束だ! ≫

≪了解≫


≪ブラウニー。 ローラに通達。 作戦は失敗だ。 ただし、サンプルを手に入れた≫

≪承知≫


十数分後、重低音を響かせて3機の大型ヘリが廃工場の瓦礫の広場へ着陸した。 降りてきたのは治安隊部長、そして西部統括である支店長。さらには人事部のローラだ。


化学兵器が残留する現場のため、全員コンバットスーツを着用している。



≪キリヒ。失敗したというのは本当か? ≫

ヘリのローター音を突き破り、治安隊部長の低い声が通信に乗る。


≪申し訳ありません。ターゲットの追跡は継続します。 代わりと言ってはなんですが……例の生体サンプルを入手しました≫


≪ヤンサ暴動を起こした、あの“生きたサンプル”か≫

治安隊部長の声に僅かな緊張が走る。


≪おい、貴様!  これからどうするんだ!≫


耐えかねたようにチーヌー支店長が怒鳴り散らしてきた。 航空機のエンジンを1基ダメにして、作戦の失敗となれば自分の責任問題にもなりかねない。 


責任先を作戦指揮者と治安隊部長に決め詰問する気でいる。


≪落ち着いてください。西部統括 ≫

しかし、そこに静かに割って入ったのはローラだった。


≪人事部か! 貴様、どう説明するつもりだ! この凄惨な惨状と顛末は! ≫


この程度で狼狽えるとは、器はそれほどでもないのか? とローラは冷ややかに思うが、彼の力なくして先には進めない。


≪それほど頭を抱える問題でしょうか? ≫

≪なに? ≫


≪ヤンサ暴動の根本原因たるサンプルの取得。 確かに作戦は失敗しましたが、我が社が得たこの研究サンプルの価値は、測り知れぬものと思いますが? ≫


≪……≫


≪セミラミーデの起こした事件の一端が出てきた。 彼女の実験は、ナンバー案件。 そしてサンプルは我が社には残っていなかった……≫

≪……≫


≪もちろん。これをどう使うかは、西部統括。 あなた次第ですよ。 立ち回りはいくらでもできます。 そうだと思いませんか? 良い方にも悪い方にも≫


ローラは、コンバットスーツの中で一体どんな顔をしているのだろう。


コンバットスーツ同士での無線での会話が続く。


≪……相変わらず、口が上手い女だ≫

西部統括の毒気が抜け、声に冷徹な計算が戻ってくる。



≪事実を申し上げたまでです ≫

≪ふん……確かに、な。怪我の功名というヤツだ≫


≪では西部統括、まずはサンプルの迅速な回収、ガスの完全中和、そしてパージしたエンジンの回収作業へと移行していただけますか?≫


ローラの人事部モードは、いつものお気楽でだれている感じは一切ない。


≪なるほどな、これだけの輸送ヘリでこれだけの人数を必要としたのは、そのためか……各員、指示に従い直ちに除染および回収作業を開始せよ≫


西部統括の命令が飛ぶと同時に、重装備の作業部隊が整然と動き出し、煙と薬品の匂いが充満する廃工場を埋め尽くしていった。



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