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作戦当日

チーヌー郊外——放棄された廃工場を目指し、部隊が進んでいる。

作戦ブリーフィングはすでに完了していた。


・例の集団自爆部隊である可能性が高いこと

・それに合わせた特殊な対応が求められること


状況が、かつての“ヤンサ暴動”の悪夢に酷似していると知らされ、隊員たちの表情には露骨な緊張が走っていた。 


未知への恐怖は、どれほど場数を踏んだ兵士であっても変わらない。 だが、「正体不明のナニカ」ではなく「対処法が存在する既知の脅威」だと理解したことで、わずかながら安堵の色も窺(うかが)える。


ローラは、流石に連れて来られないので本部で待機してもらっている。


現在、部隊は6台の車両で移動中。全員、フル装備のコンバットスーツを身に纏っている。

キリヒに通信が入る。


≪隊長。例の自爆部隊ですが本当に記憶を漂白することなんてできるでしょうか? ≫

≪あくまで予想だが、信じるに値する≫


しかし、その通信を確認して、ブラウニーから全員に伝わるように、一斉通知のチャネルにて回答する。


≪隊員の方の仰る通り、記憶の漂白——ある程度の初期化は技術的に可能です。 ただし、完全消去は恐らく不可能です。敵の中には自我の残骸や命乞いから、こちらへ友好的な態度を見せる者も現れるでしょう。 ……ですが、躊躇なく確殺してください≫


≪……≫


オープン回線に流れた容赦のない言葉。兵士たちの返答はない。重苦しい沈黙だけが回線を満たす。


≪記憶漂白を受けた者が、元に戻ることはありません。 一瞬の躊躇を見せてもすぐに立ち直り、直後に攻撃フェーズへ移行します。 敵への甘えは、隣にいる仲間を死に晒すことと同義です≫


言葉のない了解。数名が静かに頷(うなず)くのが見えた。 この部隊にも貧民街出身者は多い。彼らにとって、あまりにも残酷な決断を迫られる作戦だった。


                *


カーゴ車両の一団が、目的地近隣に滑り込む。

廃工場の敷地周辺は、大人の背丈ほどもある雑草が一面に生い茂っていた。


身を隠すには絶好の死角だが、同時に罠を仕掛けるにもこれ以上の場所はない。


≪目的地近隣に到着。各員、展開を開始せよ≫

キリヒの指示のもと、アーサ・ブカブ社の治安隊が静けさの中に散っていく。


こちらの行動は既に読まれているはずだ。向こうもそれを織り込み済みで待ち構えているに違いない。ならば、生き残るのは純粋に「実力が上の者」だけだ。


キリヒが部隊を先導する。ドローンの金属探知に反応はない。地雷の類はなさそうだ。


潜入の最中、ある兵士達の無線をブラウニーが聞いている。


“ヴェスパーの奴らは、俺達を戦闘実験台にする気か? ”

“だろうな。 住民を用いてどこまでの戦果が挙げられるかと言ったところか。 データを取ってるのさ”


“胸糞悪いな。 そんなことして何になる? ”


“住民だろうが、薬を一発打てば兵士並みに動くんだ。 そうなれば俺たちみたいなプロを雇う必要もなくなる”



“マジかよ……それでも戦闘訓練は要るだろ? ”


“どうかな。 プログラムをインストールで一発かもよ。 記憶の漂白化だっけ? 住民……対象者の前の記録をまっさらにして、新しいデータを上書きするんだ”


かなり物騒な会話になる。


一方、キリヒの先発隊は草むらに身を潜めながら確実に行動を起こしていた。

廃工場の入り口へとたどり着く。周囲は錆びついた金網フェンスで固められていた。


正面の門から入る愚は侵さない。ワイヤーカッターで金網を切断し、暗闇の内部へ侵入する。


≪アルファより、ベータへ。 工場入口付近に敵影なし≫


今回の作戦には航空支援がついている。対地攻撃型の航空機——「空の要塞」と称される重支援機だ。


(ローラも随分と破格のバックアップを引き出してくれたものだ。……だが、妙だな。 人の気配がまったくない)


≪熱光学迷彩を使用している可能性がある。警戒を厳にせよ≫

≪了解≫


夜間であるため、ナイトビジョンと熱探知での索敵になるが、全く引っかからないのが気持ち悪い。 


(静かだ。静かすぎる)


風の音すら不自然に思えるほどだ。

キリヒの経験が、警報を出しているが、準備は可能な限りされている。 とにかく前進する。


部隊は「先発隊」と「背後護衛」の二手に分かれて深度を増していく。


≪ブラウニー。敵ドローンの存在は?≫

≪……皆無です≫


≪監視すら置かれていない、ということか? ≫


≪固定設置で動いていないか、指向性の短距離光通信を用いている可能性もありますが、現時点では、監視そのものが存在しないという見解になります≫


≪了解。引き続き警戒を頼む≫

≪承知≫


上空では、静音型の味方ドローンが絶え間なく監視の目を光らせている。


その瞬間、キリヒが動く熱源を確認する。


≪ブラウニー! 3時方向! ≫

≪車両を確認≫


≪了解! アルファよりベータへ、こちらに向かってくる車両を確認。ライトは灯っていない≫


≪了解。こちらも確認した≫


≪ブラウニー。 奴らは襲撃を予想していない? ≫


≪今の状況では不明です。 引き続き警戒を厳とすべきです。≫


≪了解だ! こちらアルファ! 周囲の状況! ≫

≪ベータ 異常なし≫

≪デルタ 異常なし≫

≪ガンマ(航空戦力) 異常なし≫

               ・

               ・

               ・

一通りの確認が終わる。


≪了解。 アルファ 先行する≫

キリヒ率いる5名が、工場の敷地奥深くへと足を踏み入れる。


巨大な工場跡地だ。暗視ゴーグル(NVG)越しの緑の世界に、朽ち果てたプラント群が浮かび上がる。


長年放置された大型タンク、割られた窓ガラス、穴の開いた外壁、無機質な死骸のような構造物が、そこに佇(たたず)んでいる。



≪車両を発見! ≫

先ほど向かってきた車両だ。部下から囁くような報告が入る。


≪敵影、4名≫

部下から報告が上がって来る。


≪了解。奥の物影に10名を視認。ブラウニー、敵のマーキングは可能か? ≫

≪……敵マーカーの生成完了。 各員のバイザーへ転送します≫


視界に被せたバイザーメットに、赤く光る敵の位置情報がマッピングされた。

——全員、一箇所に固まっている。


周囲を警戒している素振りすら見せない。あまりにも無防備だ。


隊の1人から通信が入る。

≪隊長。あいつら、こちらの行動に気づいていないのでは、ないでしょうか? ≫


隊のもう1人からも通信が入る。


≪もしくは、あいつらも囮ですか?≫

部下たちの疑問に、キリヒは思案する。


もし奴らが囮だとすれば、相手は間違いなく“ヤンサの亡霊”を俺たちにぶつけることが目的だ。 


だからこそ、現場の末端には襲撃の情報すら知らされていない。


≪了解。ベータ、デルタ。どうやらこの取引自体、俺たちを誘い出すための実験場の可能性が高い。いつ『奴ら』が動くか分からない。 周囲の警戒を怠るな ≫


≪了解 ≫


キリヒ達は、コンバットスーツを集音モードに切り替えて取引の内容を聞いている。


“尾行はないだろうな”

“この工場まで一本道。着けて来たら直ぐわかるさ”


“確かに”

“これがご要望の代物だ”


男が合図すると、彼の部下のようなトークンが、自身で持っていた大きめの四角い物体を相手に手渡す。


相手の男が四角い箱のような物を受け取る

“デカいな…‥そして意外に重いな? ”

“ああ”


“これが本物である証拠は? ”


“ここにロック解除のデータがある。これを認識させると”

男が端末を四角い箱にかざすと緑色のラインが光る。


“なるほど”

もう一度かざすと緑色のライン発光はすっと消える。


“代金を受け取ったらこのデータを渡す。俺を殺したところで、このロック解除情報は自動消去される仕組みだ”

“まったく……薬のように力づくで奪えないってわけか”


“ああ、残念だがね”

“お前がそれを寄越す根拠は? ”


“おいおい。そこまで言っていたらこの取引自体不成立になる”

“まぁいい。こっちはヴェスパー社だ。下手なことは考えないことだな”


“考えてねーよ。信頼第一の商売なんでね”

“ふん。わかった。取引成立だ! ”


取引が成立し、双方の男たちの身体から一瞬、ピンと張り詰めていた気が抜けた。

——その死角を、キリヒたちが見逃すはずもない。


≪狙撃 ≫


キリヒの冷徹な合図とともに、消音器(サプレッサー)を装着したライフルから、静かな死の弾丸が放たれた。




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