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新規開発計画

サナエさんは、休まず業務を続けている。 


かつての研究室にいたころの癖なのかもしれない。 結果、業務の進捗も早くなる。


一見するとブラックみたいな働き方だが、彼女自身、プレッシャーを感じていない為、ストレスはない。

彼女にとってみれば家でゴロゴロしている方が、よっぽどストレスになるらしい。


それに片手間の新規開発品のアウトラインができたため、それを構築するのが面白くて仕方がないようだ。 ワーカーホリックなのか、開発が好きなのかは、当人の決めることだろう。


設計図を書き上げ、配線図・系統図・外観図を仕上げ、材料の洗い出しも終わっている。

制御機構はアルプAIOSを用いて、キャミャエル型有機AIを使う想定でいる。


セレンも設計データを確認する。


『これは、従来のトークンの枠組みから外れているスペックです』

「凄いでしょ」


『凄いですが、何に使うんですか? 』

「うーん。 考えていなかった。 できそうだなーと思って。 極限状況下での力仕事とかじゃない? 」


『……』

おそらく、このような狂人によって、戦火が大きくなっていたったことはなんとなく想像できる。


「さてと、計画書も作ったし、偉い人へのプレゼンね。資金を引っ張ってこないと」

『プロジェクト名は、“極限環境下可動トークン構想”ですか』


「そうよ。命名はシンプルかつ伝わりやすくよね」


『いくらもらう気ですか? 』

「そうねー4000億(4000億円)ヴィールかしら」


『随分と高額ですね』

「アルプAIOSの利用料や製造方法への使用料金が掛からないのよ。お得過ぎるわよ。でなければ5000億は、いくんだから」


『素体でこの値段ですか? 』

「そうよ。 この出来上がった資料は、誰に送ればいいのかしら? 」


『社外研究員がサナエの立場ですよね。 例の人事部の女性に相談したらどうでしょうか? 』


「えー。 (だま)されたのよ? 」


(だま)してはいないでしょう。 契約書通りですよ。 おかしな使われ方もしていません』

「そうなの? 」


『サナエがよく行く、5番区マーケットのチラシでは普段着バージョンが、今の格好は雑誌の広告で使われているようです』


「随分とニッチな場所から大掛かり場所での利用ね」

『扱い易いのでしょう』


(なーんか引っ掛かる言い方なんだけど)


「まぁいいわ。 取り敢えず呼んで」

『了解です』


                   *


暫くすると彼女が来きたようだ。ドアがノックされる。

(早いんだけど)


『早いですね』

「どうぞー」


「ハァハァハァ。キャミャエル様。ただいま到着しました。何かご用命でしょうか? 」

顔は紅潮しており、息を切らしている。

お……おぅ。何この娘。


「えーと。新規開発品の提案資料が出来たから、資料をどうしたものかと思って」

「おお。流石ですね。 分かりました。 私が責任をもって然るべき者に渡します」


「大丈夫なの? 」

「大丈夫です。それでは!! 」


資料を受け取り、走ってオフィスを出て行ってしまった。

『あの資料。 盗まれませんかね? 』


「大丈夫よ。 そもそもアウトラインしか示していないのよ。あれだけで完成する代物ではないわ。それに実施にもかなりの資金が必要よ」




--数日後

サナエさんのオフィスに重役が、総出て押しかけて来た。 是非とも説明を聞きたいとの理由である。 概略を説明して、必要予算と提示した。


開発金額もさることながら、スペックは従来のトークンを遥かに超える性能になる。 その性能に誰しもが黙ってしまっている。


実現が可能なのか? 本当に仕様書通りの性能がでるのか? 

検討したい内容、質問したい内容は、山のようにある。


しかし、あり過ぎて直ぐにはまとまらないが、これほど興味を引く内容は久しぶりである。


確実にいえるのは、完成させれば次世代の名に恥じない性能であるのは間違いない。

失敗してもコンセプトは残る。


開発棟の外まで役員達を見送るサナエさん。

彼らは帰り際に言葉を残す。“社長を説得してみる”


『上手く資金を引っ張れますかね? 』


「まーダメなら。通常業務の続きね。それにルヴェリエ工機(火星の重工業会社)にあの案を持って行ってもいいし。 やるもやらないも、商売は即時即断よ」




---ある日の社長室

そのまま、俳優でもやれそうな男性が、重厚な机に例のプレゼン資料を広げ内容を確認している。 外見は、年齢より若く見える。


冊子上では、全体が見えないとの考えだろうか? 資料をばらして椅子には座らず、立って確認している。


「でっ? この新規案件“極限環境下可動トークン構想”に4000億ヴィールか? 」

アーサ・ブカブ社の現最高責任者 クァドラット・パイク。その顔立ちから貴公子などと呼ばれもしている。


「はい。CTOを含め技術関連の役員を連れて、彼女のプレゼンを確認しましたが、コンセプトに現実との乖離(かいり)はありませんでした。 絵空事ではなさそうです」

技術役員が経緯を説明している。


彼の目からしても色々ブラックボックスな箇所が多々あるが、確かに実現は不可能ではなさそうだ。 そしてこのブラックボックスの箇所も意図的に隠しているように思える。


「なるほど。ところで誰だ? このキ……キャラメル? 」

「こちらが、キャミャエル・サナエ 殿になります」


役員は一枚のチラシをクァドラット(アーサブカブ社長)に渡す。

「……本日特売。 魚介系惣菜30%引きか……いいね。 お得じゃないか? 」


「その映っている女性が、“キャミャエル”殿になります」

「……」


小さく咳払いする。


笑顔で写っている女性が、価格に驚いているようなポーズである。

この社長から見てもなかなか魅力的な女性に思える。


「彼女が……発案者になるのか? 」

「はい」


なぜ、“五番区マーケット”の看板娘みたいなことをしているのかなどの疑問はあるが、資料を見る限りコンセプトといい、計画といい、並みの科学者でないことはわかる。


「因みに彼女は何者だ? 一介のローカルマーケットの看板娘に、こんな資料は作れないだろう」


「以前お話ししましたルヴェリエ工機との資本提携により、協同技術開発案件でマールス(火星)からの科学者になります」


なるほど、ウェヌス(金星)人にはない、魅力的な姿はそこからか。

「ルヴェリエ工機よりの人材交流として弊社に社外研究員として現在業務に当たっております」


「ほう。 仕事ぶりは」

「業務は順調に推移しており、開発工程も前倒しで進捗しております」


優秀なのは間違いなさそうだ。


「わかった。 私も直接聞きたいことがある。 内容がまとまり次第、会合の場を設ける。こちらからの指示を待て」


「承知しました」


「それと彼女の履歴を教えて欲しい」

「ただちに手配したします」


役員が出ていく。

それにしても、なかなか、いやかなり魅力的な女性になる。


                  ・

                  ・

                  ・


その日の内に人事から彼女の資料が、社長の手元に届く。

送られてきた履歴書を確認していく。


10歳(地球年齢20歳)でエリス自治科学大学の博士号、11歳(地球年齢22歳)でマルス科学賞ね。12歳(地球年齢24歳)でキャミャエル型有機AIの開発……。あのAIを開発した本人とは」


もっと狂気じみた爺さんかと思ったが、こんなうら若き女性がね。


「エリス自治科学大学の研究室を辞めて、商社プロメンテの運輸課に所属……運輸課?」

科学者が運輸課? 


「そのまま、ギャップ・リバートランスポートに所属……」

ギャップ・リバートランスポートの注釈には、ラストワンマイルの配達会社と書いてある。


「配達員……? 副業? 商社プロメンテを辞めたとの記述はないが」


「その後は、ルヴェリエ工機に臨時職員となり現在にいたるか」


臨時と言うのも気になる。あれだけの能力をもってして臨時か?

この資料を見る限り、フェローに迎い入れてもいいぐらいの能力だろうに。


「変わったというべきか、奇妙奇天烈な履歴書だな。それにしても商社プロメンテね」


あのマールス(火星)屈指の食料資源会社の黎明期に関わっていて、そこを簡単に辞めるか?


黎明期から関わっていたならば、役員や管理クラスには、たちまちになれただろうに。

しかし、そうはなっていない。


それに黎明期にあって、運輸課というのも非常に気になる。 会社を軌道に乗せるために、その頭脳をもって動き回っていた。 そこまでは容易に想像がつく。


しばらく、考え込むクァドラットであるが、直ぐにある仮説を思いつく。

その行動を周囲に悟られないように隠れ蓑として運輸課に所属していたのであれば辻褄が合うな。


なるほど、優秀な上にしたたかさもあるか――それに今ここにいるということは、会社が軌道にのったから辞めたか……とも考えられる。


そうなると、彼女は地位・名声・金に興味がないタイプか……一番厄介なタイプだな。


***

因みにヒルベルト商会の名は、ウェヌス(金星)の海賊間では有名なため、安全を考慮して履歴書から意図的に消してある。 そのため、アーサ・ブカブへの提出した履歴書には以下の項目が抜けている。


<現ヒルベルト商会役員>

***


相手の性格は分かった。素性もつかんだ。 案件への質問内容も集約できそうだ。

「いいだろう。会ってみるか」


既に夜もかなり深くなっている。彼はメッセージを秘書に送り家路につく。


<明後日にキャミャエル・サナエに対して資料一式をもって、会議室に呼んでくれ。 関連役員も全員招集だ>




---翌日

眠い目を擦りながら、自室のオフィスに入ってくるサナエさん。

「ねむーい」

『サナエが、コメディームービーに夢中になるとは珍しい』


「たまにはねー。 やっぱ宇宙系よね。 セレンも出てきたアンドロイドのように表情を付ける? 」


『多くのトークンは、表情変化が不気味との理由でモノアイカメラ仕様になっていると聞きます。 それに可動部が多くなる割に、それ以上のメリットもないらしいです』


「たしかにねー……いや改良型人工筋が出来たら表情豊かかつ、自然に表現できるはずよ。 完成したら試そうかしら? 」


『妙なものばかり作らないでください』


あくびをしながら端末の電源を入れる。

「さーて。 何か来ているかしら? 」


端末に届いたメッセージを確認する。

<社長よりの伝言です。明後日の……資料一式をもって会議室へ>


「明後日と言って昨日の夜に送られているのこれ? 会議の日付も明日じゃない」

『せっかちさん ですね』


「別に構わないけど。資料一式ねー」

『準備できるんですか? 』


「できるけど……凄い量よ……まっいいか」

サナエさんはそう言って周囲をぐるりと見回す。 


「まぁ置けそうね。 セレン。指定のファイルから資料の印刷を開始して、ついでに運送業者、ケース、ファイルの注文も実施しておいて。 印刷用紙もね」


『了解です。 印刷開始します。 事務用品も手配完了しました……運送業者には、直接指定箇所に送るのでよろしいですね』


「それでいいわー それと資料のファイリング。 お願いねー」

『了解です。 少し室内が騒がしくなりますが、その間、如何しますか? 』


「うーん。 久々の休暇と思って街をぶらついて来るわ。 まぁ安全なエリアだから大丈夫でしょう」


『では、お気をつけて』

サナエさんはそう言って、セレンにオフィスを任せて外出する。


これから事務用品の業者の出入りや、セレンの資料ファイリング作業になるため、サナエさんが居ても邪魔なだけになる。


さーて。 今日はアーサ・ブカブ街を散策しますか! 



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