企業都市
--- アーサ・ブカブ社
自動車は、ティエンフー中心の都市部から離れてハイウェイを用いて郊外に向かっている。
「随分と走るのね? 」
「会社は郊外にありますので。ご覧になったかと思いますが、以前は<帝国統一広場>
の一部に会社があったんですが、立ち退き命令で」
「へー。 不満とかなかったの? 」
「帝国政府に逆らうと色々と。それに弊社も帝国からの業務受けている関係もありますから」
帝国の国内事情ねー。タツマが言っていた政府との繋がり。 ここでいざこざを起こすなってことね。
ハイウェイから広大な街が見えてくる。 都市部ほど高層ビルはないが、それでも周囲に緑もあり、住み易そうな都市に見える。
“郊外の住居を持つならこんな町に住みたい”を地で行く環境に見える。
「いい都市じゃない。まぁあそこに移ったのであれば、まぁそれなりにいい条件だったのね 」
「ええ。 あの街一つとの交換でしたので、我々としては過不足なくといったところでしょうか? 」
「……」
街のように思っていたのが、全てアーサ・ブカブ社のようだ。 街一つが一企業のものとは……一歩間違えればディストピアのように思える。
「もちろん。 関連企業も入っていますし、そこで働く住民、家族もいる感じですかね。 土地こそアーサ・ブカブ社ですが、その上の生活は、ある程度自由なんですよ」
そう言われても中々、ぶっ飛んでいる。
「行政は? 」
「統治は、アーサ・ブカブ社です。 あそこにいる人達は、職に就いている人が、ほとんどですので、治安は万全です。 それに企業が行政を担っていますからね。 帝国も統治コストを抑えられると言うものです」
ウェヌスのイシュタル帝国の思い切りが凄い。
「ここであれば社員も満員電車に乗らず出社できますし、治安も確保されています。 帝都中心部ほどでないにしろ、店舗も充実しておりますので、社員の満足も好調ですね」
企業城下町の故の強み。 ウェヌス人は、巨大なものを作るのが好きなのだろうか? 会社の規模といい。 コロニーの建物と言い。 帝都の建築物も全て大型になっている。
*
ハイウェイを降りると入場ゲートまでは意外と近い。 ゲートでの入場手続きはヤールにやってもらう。
敷地内に入ると街自体は、いたって普通。 建物も高くて10階建て程度である。 高すぎる建物がないため、空が広く圧迫感がない。
「中に入ると改めて街って感じがするでしょう」
「確かに」
サナエさんが周囲に視線を向ける。 工場だろうか? 巨大な倉庫のような長い建物もある。 工場があると企業城下町の認識が強くなる。
しかし、工場や開発機関だけでなく、これが全て企業により管理されていると思うと、言い知れぬ気味悪さがある。
「これからどこに? 」
「まずは役員への挨拶と、それが終われば期間内で使用される住宅にお送りします」
「役員への挨拶ねー」
「キャミャエル様と会ってみたいという方が多くて。お願いします」
「私なんかと会ったって、御利益はないわよ」
「そう思っているのは、ご本人だけですよ」
彼女がほほ笑む。 そんな会話をしている内に、多数ある建物の一棟の前に停車する。
「到着です」
随分と自動車に揺れたものだ。
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挨拶が終わり、社宅前に到着する。 社宅と言っても一軒家である。
「こんな大きな場所要らないんだけど」
「外部研究員は、セキュリティ上一軒家が規則になりますので」
「セキュリティねー」
サナエさんが、ヤールを見ている。 ヤールの彼女は、たじろぎながら追加を話していく。
「そのキャミャエル様がその気になれば、男性研究員は容易に情報を漏らすとの判断もありまして、なるべく隔離した方が良いとの判断もありました。ハイ」
「そんなことだと思ったわよ。 私は小悪魔か何かなの? 挨拶中の役員達もデレデレしていたけど」
「小悪魔ですね」
ヤールがきっぱりと言い切る。
(ストレートな言い方じゃない)
「……もういいわ。 従いますよ」
「室内にパンフレットがあります。 ここでの生活ルールや職場への通勤の経路を記載してありますので一読を。もし不明点があれば、人事部の“ローラ・ヤール”までご連絡を」
「分かったわー。今日はありがとう」
サナエさん車両から降りて、セレンと共に社宅に入っていく。
ここからサナエさんの帝都での新生活が始まる。
*
ここから少し時間が飛ぶ。 帝都について、半月が過ぎた。 その間はいたって普通の業務と日常が続いていた。サナエさんも帝都新生活に慣れて初め、お気に入りのスーパーマーケットを見つけたりしながら過ごすことになる。
といってもマールスの時と違って、ここでの業務は、デスクワーク。 そのため、家と会社とスーパーを行ったり来たりの日々である。
彼女の立場は、外部研究員であり、彼女に与えられた……いや、彼女が持ち込んだ研究課題を粛々と進めている。
人工筋の強化、持続性の確保、軽量化など問題点の洗い出しをし、スタッフが問題点を解決に向けて動く体制になっている。
スタッフも優秀でウェヌス屈指の大企業であることが、伺える。
一方でサナエさんは、仕事が全て外に出てしまっているので手持ち無沙汰になる。
「いつもは一人でやっていたんだけどね」
サナエさんが呟く。
『逆に異常です。これだけの業務をよく一人でやっていましたね』
セレンが、応答する。
天才故に可能な芸当。 しかし本人がよくわかっていないのが恐ろしい。
「開発工程は順調ねー」
工程表を見ながら回転する椅子をくるくる回して、自分も回っている。
子供っぽい。 広い個人オフィスであるが物は、ほとんどない。
『そのようです』
回っている椅子がぴたりと止まる。
「……人工筋をふんだんに使ったトークンの開発計画に入りましょう!! 」
『我々にも使われていますが? 』
彼女は人差し指を立てて、左右にリズムよく振る。
「わかってないなー。確かにセレンのも最新型だけど、部分的な人工筋の搭載でしょう。それでも機動性も著しい向上が見込めているけど。これを全体に施すの」
『ボディー全体ですか? 』
「そっ」
『防弾性はどうします? それに人工筋と装甲のセットでは、重量がかさみますよ』
「そこでタツマのスーツに施した防弾性の加工よ。人工筋に直に施すの」
『価格が……』
「試作機体だからいいの! 金ならある会社っぽいし」
早速端末を弄りだしている。
過去のデータを引っ張り出して、設計計画の準備を開始しているようだ。 彼女のタイピングの音が室内に響いている。
「セレン。 お茶持ってきて? 」
『了解です』
奥の給湯室に向かう。 何もない個人オフィスと思いつつ、コンバットスーツが納められているケースが、異質を放っている。 タツマ曰く、幾ら安全であってもウェヌスの土地とのこと。
護身用の設備として、タツマが彼女に選んだものになる。
『タツマらしい設備です。 あれを使うことが無い事を祈りましょう』
*
日々が過ぎていく。 新製品開発と新しい案件を作りつつ、充実した帝都生活を送っているサナエさん。 ゆえに気分もいい。 そんな気分のいい中でも何かしらが起きるのが、世の常になる。
オフィスのドアがノックされる。
「どうぞー」
サナエさんが返事をする。
人事部のローラが現れる
「お久しぶりです。 キャミャエル様」
礼儀の中にも親しみやすさを出してくる。
「久しぶりね。どうしたの? 急に」
「ええ。近くまで来たもので」
セレンがお茶の用意を開始している。
手前の応接セットに誘導する
彼女は座り、セレンからのお茶を貰う。
「でっ何用かしら? 」
「最初のお会いした時の提案に関して、実施の日程をお聞きしたくて」
「提案? 」
「ポスターの件ですよ! 」
「ああ――あれね……別に今でもいいわよ。 ちょうど手すきだし写真2,3枚でしょ?」
「おお、決断が早いですね」
「ここで写せばいいの? 」
「あーそうですね。一時ほど待ってもらえますか? ランチ後にまた来ます! 」
「いいわよ」
彼女は出されたお茶を一気に飲み干し、駆け足で出ていった。
『よろしいのですか? 』
「別に証明写真程度でしょう? そんなに構えることもないでしょう。新規案件も申請する予定だから、多少は会社に貢献しないとね」
『それで終わればいいのですが』
セレンも一抹の不安が過ったものの、会社内で如何わしい撮影もないだろうと思い、それ以上は発言しなかった。
ランチが終わってしばらくたったころ、再びドアがノックされる。
「どうぞー」
サナエさんは端末を弄りながら返答する。 扉が開き、ぞろぞろと人が入ってくる。 彼女もその人数の多さに目が大きく見開く。予想より何か大掛かりなものに思える。
「何事よ」
「いやー撮影を承諾してくれたといったら、ぜひ撮影をみたいと多くの人がおりまして」
サナエさんの顔が引きつる。
「写真は、まぁ数枚程度ですが、衣装違いでお願いしますね」
「衣装? え? 衣装。 これ毎に撮るの?」
「もちろんです」
ローラから当然ともいうべき返事が返って来る。
ワンピースと普段着やら学生らしき少女が着ているような衣類が並ぶ。
「いや。ちょっとこれは」
躊躇していると、ヤールが近寄ってくる
「お願いします。これだけの人が集まっちゃっています。 これで撮影なしになったら私の査定が……」
縋るような眼で見つめてくる。
「うっ……」
セレンは思う。
(上手いですね。サナエより人生経験豊富そうです。 まぁ、害するものではないので、見物といたしましょう)
「わ……わかったわよ。やればいいんでしょう。やれば」
彼女は、サナエさんの言葉を聞きコロリと態度を変える。
「ありがとうございます。では、 通常の仕事版、普段着版、学生版、デート版でお願いしますね」
(デート用って。デート何てしてないわよ。いつも、いつもあいつは、 本当になんか普段着か作業服ばかりじゃない! )
「どうしました? 」
女性が顔を覗き込んでくる。
「最初はこの格好でいいでしょ! 撮影よ! 準備しなさい」
「はーい」
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撮影が終わる。
当初は2~3枚と言ったが、いつの間にか十数枚になっておりバージョンもかなり増えているように思う。
「疲れたー」
色々なポーズを取らされたサナエさんもグッタリしている。
「お疲れ様でした。では私たちはこれでー」
ヤール達は、撮影が終わるとさっさと出て行ってしまった。
「……何なのよ。一体」
『人事部なのに広報のような活動ですね』
「確かに」
『撮影お疲れ様でした』
セレンが、冷えたお茶を持って来る。
サナエさんは、出されたコップを手に取り一気に飲み干す。 かなり喉が渇いていたようだ。
「プゥハー今日は止め、止め! マーケットによって美味しいモノでも購入して帰るわよ」
『アルコールは控えてください』
「わかっているわよ。 だいたい、セレン。あなたも少しは止めようとは思わないの? かなり悪のノリの気もしたわよ」
『それは主観的かと。 見ている限り、別にサナエの評判を落としたり、汚したりする行為では、なかったです』
その後もサナエさんが愚痴を言いながら執務室を出ることになる。
.
---数日後
あれから業務は進捗している。
休日も特にやることがないため、会社に来て仕事をしているため、業務が進む、進む。
それに片手間で行っている新規開発品の設計も進んでいる。
『仕事一筋のようになっていますが? 』
「……なんか研究室生活に逆戻りしているんだけど」
マールスにいた時は、各地を回っていたため、気にならなかったが、こうして職を持つと如何にあの生活が異常か?それとも自由さが身に染みて分かる。
『あの生活は特殊ですよ? それにサナエを貨物車両の運転手として雇うのは、少し違う気もします』
「そう? 楽しかったけど? 」
職業のミスマッチはどこでも起こる。
実際ここ1ヵ月、アーサ・ブカブ社の敷地を出ていない。
大概の店舗が揃っているため、出る必要がない。 また関係者しかいないため、治安は非常に安定している。 おそらく、真夜中で道路に寝ていても襲われることはないだろう。
実際、酔っぱらって道端で寝る社員もいるらしいが、治安隊の隊員が駆けつけて、自宅まで送ってくれるようだ。 もっとも後日請求書が届くようであるが。
社会インフラの不適切な利用は、お金がかかるらしい。 ともあれ。完全に管理された社会が実現されている。
社員のほとんどが、通称:アーサ・ブカブ街 に住んでいる。特に不満も聞かない。 監視社会と聞くと息苦しさがあるが、ここではそれらを感じないのは、全員慣れてしまっているのだろう。
実際に休日に帝都心に行く社員も少ない。 距離があるのとやはり環境だろう。 聞いて返答してくる言葉といえば、空気、騒音、治安である。
こっちで自然の中でリラックスして過ごした方が有益だろうとの声がほとんどである。
サナエさんもその意見に賛成する一人である。
セレンがメッセージを受けとったようである。
『サナエ。例のポスターができたようです』
「ああ。あれ? あんなので人寄せパンダになるのかしらね? 」
セレンが執務室の壁にポスター画像を投影する。
海辺で水遊びをしているようなワンピース姿の笑顔のサナエさんが映し出される。
海辺と水しぶきは、合成だろうか? よくできている。
<優秀な人材よ。来たれ! アーサ・ブカブ社>
そんな標語が記載されている。人材採用のポスターである。
開いた口が塞がらない状況になる。そして顔が赤くなっていく。
「何よ。この恥ずかしいポスターは! 今すぐ撤去よ! 撤去! 」
『なかなか。素敵なポスターですね。因みに写真は、写真家に権利がありますので取り返すことはできませんよ』
「うそでしょぉぉぉ! 」
『如何わしい写真でもないですし。健康的だと思いますよ』
「はぁぁぁ! 」
『いいと思いますよ。それと雇用契約書にも“イメージ写真の提供をお願いすることもあります”との記載があります。 広告に使うとは書いていないですが、企業のイメージアップ用と考えれば、問題ない利用方法です』
嵌められた。こんなのってありなの?
『物は考え用です。これの交換条件に新規開発の予算の交渉のネタになります』
「……そうね。その考えで行きましょう。恥を忍んで、利益を取りましょう」
もんもんとして午後の業務に取り掛かるサナエさんがいる。
その夜は、ある家の寝室から度々叫び声が聞こえたという。
「うにゃーーーーーーーーーーーーーーー」




