事件後の日常
--- 006部隊支援部 ガレージ
大破した試作一号機の残骸が、サナエさんの目の前にある。
「……何……これ? 」
説教をされる寸前なのは、支援部のギーク達である。
「そのー……えーと……貸してほしいって言われて……」
曖昧な返答にサナエさんがキレる。
「誰に! 」
ビックとするギーク達。 大のおっさん達の反応であるため、あまり可愛くはない。
「知らない人に……」
あまりの対人能力の低さにサナエさんも顔が引きつる。 とはいえ、研究開発にはとんでもない才能を発揮するため、無下にはできない。
(知らない人にハイパワーのトークン貸し出したら、ガラクタになって返って来ましたって。どう説明すればいいのよ! それに壊れているトークンには、変な改造してあるし!)
サナエさんは、頭を抱えている。上に説明する算段がまるでないのだ。
その様な中、ローラさんが支援部に到着する。
「どうもー。 おひさー。 そんなに集まってどうしたんだいギークども! 」
ローラさんが、びっしっと決めて登場する。
いらだつサナエさんが、ギロリとローラさんを睨みつける。
(オウチ。 その表情は心臓にわるいですよ。 サナエさん)
ローラさんの狼狽える様子に、自身がいら立っていることを確認する。
一拍置き、サナエさんは、少し落ち着き、話を続ける。
「これよ。 試作モデルを彼らが知らない人に貸し出したら、スクラップになって返ってきているの。どう上に説明しようかと思ってね 」
「あーその件ですか。 社長案件の実験でやらかしたらしいですよ」
「はぁー? 私に一言もないんだけど! 」
「“やっちゃった。めんご”って私宛に連絡が来ていました」
ローラさんの軽い発言に、サナエさんの表情がきつくなる。
少し慣れたのか、それを無視してローラさんは続ける。
「予算は、引き続き付けるとのことです。バッテリー周りに要改修との報告が上がっていました。 後程、報告書が社長室秘書課から出て来るそうですよ」
「はぁー。 まぁ、社長が知っていればいいか。 分かったわ。ゼロから組み立てね」
(ギーク達も少し安心した様子でいる。社長案件で、上層部からの指示で、知らない人に貸し出した……ね)
正直、サナエさんでも上に言われれば貸し出したかもしれないと少し冷静になる。
「まぁ仕方ないか」
そんな声が洩れる。
スクラップの原因が、こちらにないのであれば問題ない。 センサーの高性能化に更なる改良が出来ると思えば問題ないだろう。
サナエさんが、そんなことを考えていると、キリヒも支援部に入ってくる。
「ああ。 やっぱりこっちにいたのか……ちょっといいか、このアームについて聞きたいんだが――」
先の戦いの結果、蘇生装甲で改良したコンバットスーツが、完全に破損しているため、新造コンバットスーツを運用の準備に入っているようだ。
何気に入った支援室に、先日撃破した|番犬《三腕ジャガーノートタイプ》の成れの果てがある。 彼自身も緊張する。
「これは? 」
眉間に皺が寄ったキリヒが、サナエさんに話しかける。
彼女はその様子に気が付かない。
「彼らが、知らない人に貸し出したら、こんな姿よ。 まったく社長が関わっているらしいけど。 一言私に相談しなさいよ。 まったく」
(やはり彼女は、無関係か……例の“第五事業所”の地下のバトルは知らないのであれば、このままにしておこう)
事実、彼女のお陰で、キリヒは、アーサブカブ中心地区の居住を手配してもらっている。 これ以上彼女の手を煩わせる必要はない。
「そうか。 ああそうだ、この多腕アームの挙動なんだが――」
キリヒからの技術的質問に回答し、支援部のギークの珍妙な発明に右往左往し、ローラさんからの奇妙な服の試着をすすめられる。
そんないつもの日常に戻っていく。
一方で、謎のトークンの正体は、不明のまま。 目的こそは、“転移知能研究所の現地民の救出”であったが、それ以外は分からずじまい。
しかし、ローラもブラウニーもそしてセレンから、ミッション終了後にあの不明なトークンについての話題はない。 忘れたのか。それとも興味がないのか。
謎は残ったままであった。
--- アーサ・ブカブ街の一日
本日も一日が始まる。サナエさんの朝は――普通である。早くもなく、遅くもない。 朝のホットサンドのいい香りが室内に充満する。
セレンが、朝食の準備を行っているようだ。サナエさんはボチボチ起床して、朝食を取って先に出社する。セレンは、室内掃除をした後に出社がほとんどである。
サナエさんの一人暮らしの能力がないのも問題であるが、セレンはトークンであるため黙々と業務を進めていく。
ボサボサの髪でサナエさんが起きてくる。
「今日はー何~」
『本日は、ブレッドの時間が、少し経ってしまい硬かったので、クロックムッシュにしてみました。 それと青菜のセサミ和えに吸い物になります』
「良いじゃない」
ちょっと豪華な朝食に気分が多少上がる。
『たまには、御自身で作ってみたらどうです? 』
セレンが、提案してくる。
「えー。無理無理。 そういうの苦手だから。それに女性だからって料理ができなくちゃいけないなんて前近代的よ! 」
ビッシッとセレンに指を向けて、宣言する。
そんな態度を無視しながら、セレンが意図を伝えていく。
『因みにタツマは普通に料理できますよ。 料理以外にも掃除、洗濯も然りですが、自分の健康や衛生管理に男女云々は、関係ないと思いますが? 』
「……何よ」
『特に他意はありませんよ。 ただ、タツマと一緒にいるティルパさんも※1料理上手と聞いています。 まぁ漁港出身ですから当然でしょうか。 美味しい料理ができるのであればそれに越したことはないでしょう』
タツマと一緒にいる女性が料理ができる。 サナエさんは、その事実を聞くと少しソワソワし始める。
「……料理の映像教材ってある? 」
『ええ。準備しておきます』
意外にチョロイのか素直なのかは、別にして前進することは良い事だろう。
*
朝食を食べ終えると出勤となる。 朝の説教は、ともかく。 今日も良い朝である。 子供達の登校や大人の出勤風景が目に映る。そして自分もその中の一人である。
時間通りの生活――自分には向かないと感じていたが、実際に体験するとこれはこれで、それなりに気楽に感じるものがある。
朝から晩まで際限なくラボでの研究は、実はメリハリがなく、非効率的だったのではないかとすら最近感じている。
とは言え、カーゴの旅も色々なところが見られて楽しかったなーと思いつつ、研究所に向かう。
研究所の1F支援部を覗き込むと、テーブルを囲んでギーク達が打ち合わせをしている。 ついでに006の開発者も混じって真剣に聞いている。
対人関係スキルは絶望的であるが、特化スキルは最上級であるため開発力は問題ないだろう。それにしても朝早くから、仕事熱心である。
2Fに行き、開発室を覗くと、006案件の試作2号機の組み立てが始まっている。以前よりもスマートにして、狭所でも運用できるようにするらしい。
執務室の鍵を開け、中に入る。
特段変わった場所はなく、いつも通りの部屋になる。
朝のルーティンはまずはお茶を入れるところから。
紅茶のいい香りが充満する。
(いいわねー)
席に着き、固定の電子端末を起動させる。
(さてと、メッセージは? )
特になさそうだ。
(ふむ。順調ね)
さてと……予算の稟議書作成からね……。
キーボードを打つ音が室内響く。
朝の一人になる時間は、色々なことを思い更けるには丁度いい時間帯になる。
ローラの話では、あの研究施設は死体の記憶を引っ張り出して再現する研究だったらしいけど、コールドスリープ状態の人間を使って何をする気だったのかしら?
単純に考えれば、寝ている人間から記憶を引っ張り出すことになるが、死体で実現ができているのであれば、技術的に難易度が低い。
生きている人間から情報を引っ張り出す必要なんてあるのだろうか? 研究意義が少ない気がする。
何か引っかかっているサナエさんである。
そんなことを考えていると、ドアがノックされる音が、静かな室内に響く。
「どーぞー」
セレンが入ってくる。
『到着いたしました』
「早速で悪いんだけど、備品の請求が増えているけど、何買ったの? 」
『試作2号機の組み立て用の工具と例の蘇生装甲の製造に関して――』
掛かった費用を基に正当性を示さないと自腹になりかねない。
お金の問題は常に悩みの種であり、頭の痛い問題である。 そのため頭を過った疑問もどこかに飛んで行ってしまう。
組織を維持するのはいつでも大変のようだ。 セレンが提示する請求書を確認する。
(あのギーク共! こんな高級な素材が本当に必要なの! )
その後、追加でドアがノックされる。
「どーぞー」
サナエさんが呼びかける。
「どーもー」
ローラさんが、返答しながら入って来る。 やたら機嫌がいい。
「おめでとう。※2:6等級だって? 」
ローラさんは、先の件で昇進することになった。 それも一気に4段飛びである。
「ようやくこの会社も私の才能に気づいたのです」
ピースサインをして来る。
「一気に4つも飛ばした昇進とは、たいしたものね」
サナエさんも感心している。
「とーぜんですよ。命がけの潜入工作でしたし、どれだけ胃を削ったと思っているんですか! 」
(最後はアルコールを飲んで、自分に絡んでいるだけだったとは言わないのが、レディよね)
サナエさんが、話題を変える。
「キリヒは、どうなの? 」
「あっちは、治安隊ですから報酬制ですよ。それなりの金額が出たらしいですね」
「あの研究所も引き続き運営しているらしいけど、何をしているんだか」
「そうなんですよねー。 コールドスリープの先住民をどうする気だったんですかね」
「さぁね。 これ以上、この案件への追及へは御法度。 作戦内容は、かん口令が出ているわ」
「そうなると、調査したくなりますよねー」
ローラが悪い顔をする。
「私は手伝わないわよ。 かん口令と引き換えにあの住民を社長判断でアスカ郊外のディルバト地区に入植させるだから。 住民の安寧を取らしもらうわよ」
「冗談ですよ。 私だって先住民の命が助かれば、万々歳です」
「ええ」
他者の命を救ったとの達成感。
「それでここに来たのは? 」
「ああ。そうでした! 追加予算の稟議書を貰いに来ました。 今回の件で結構、大きな金額が動いていたようなので」
しかし、発生する別の問題。
「その通りよ。今、作成中よ。手伝いなさい」
「……来なければよかった」
「報酬は、“フォルナクス”のパイケーキよ? 」
「……なぜここに“フォルナクス”? 」
「3番区マーケットの目玉フェア“フォルナクスのスイーツアヴェニュー”のイベントで手に入れたのよ。 想像しなさい! ※3パイ生地による多層状態で形成されたケーキ。 サクサクの生地にとコクのあるカスタークリームとミルククリームさらにベリーのコントラスト――どうよ? 」
「手伝います。やりましょう! 」
そして、食べ物で釣るいつもの光景。 ローラは、移動データ端末を開きデスクの反対側に座る。
(見た目通りの現金さ。 意外に扱いやすいかも)
サナエさんの中の黒いものが見え隠れする。
「さぁ! ペアエディションです。さっさと進めましょ!」
そんなことも知らず、ローラの士気も上がり作業が進んでいく。
いつものような、そうでもないような、一日が過ぎていく。
午前中で業務の大半を片付いていく。順調そのものである。
「はー。ランチ時間にちょっとずれ込んだ気けど、8割がた終わりましたねー」
ローラさんが背筋を伸ばし、リラックスをする。
「ええ。 ありがとう」
「ティータイムは――わかっていますね? 」
彼女が真剣な目で、サナエさんを見つめて来る。
「大丈夫よ。 そもそも1人では、食べきれないわよ」
遅めのランチの後、残り作業も順調に進み、ティータイムより少し早めに終了する。
保冷庫から箱を取り出し、ローテーブルに置き、中敷きをスライドさせる。
赤色が鮮やかなベリーのパイケーキが、その姿を現す。
「おお! これですよ。 いやー“フォルナクス”に間違いはない。 見た目だけで大正解ですよ」
興奮するローラ。 たしかに、箱を開けた際の果実の香りが凄い。 チョコレートケーキの時もそうであったが、香りからして食欲をそそるように工夫。
下ごしらえが、素晴らしいのだろう。 故に大人気なのも納得の一品になる。
「さてと切りますか? 」
サナエさんが、提案する。
「ちょっと待ってください! ここで食しますか? 」
「……外で食べる気? まーこの時間であれば、中庭には人も少ないでしょうし、四阿があったわね。 あそこにしましょ」
「おおー。 いいですねー」
「じゃぁ。それ先に持って行って、私は紅茶を用意するわ」
「了解でーす」
ローラさんは、ウキウキでケーキを持ちながら執務室を退出する。
後ろではサナエさんの声が聞こえる。
“セレン。お皿とナイフ準備してー”
“紅茶。入れられるのですか? ”
“できるに決まっているでしょう! ”
いつもの平穏な会話が続く。
ウキウキで渡り廊下を通る。 ここの吹き抜けはいつ見ても巨大な空間である。 エレベータエリアから1Fへ進む。
1Fに着くとキリヒが、丁度、支援部の部屋から出てきたところだった。
「おう。 ローラ。 調子はどうだ? 」
「そこそこよ? あんたは? 」
「まぁそれなりだ」
キリヒも彼女が持っている箱から中身を直ぐに推察する。
「お前、またそれか? 確かに美味いが。 安くない逸品だろう? 」
彼自身も購入したことがあるため、金額もそれなりに張るはずだ。
「ざんねーん。 これはサナエさんのでーす。 ティータイム用に購入したようなので、私もお呼ばれしたのです」
小悪魔チックにキリヒを煽るローラさん。
「なるほどな。 食い過ぎるなよ。 太るぞ」
「あのねー、レディに向かって非常識じゃないの? 」
他愛もない会話が続く中、突如して上からガラスが割れる音がする。
間違いなくローラの上部であるため、キリヒが咄嗟に彼女を突き飛ばすように、その場から退避させる。
ケーキの箱は、空中を舞い地面に落ちる。箱から出ていない。 ローラが、セーフと思ったその瞬間、トークンがケーキの上に着地する。
着地した瞬間、ローラの顔が絶望に変る。
「……何者だ!! 」
ローラをかばうようにキリヒが前に出る。
何かを背負っているトークンは、じっとこちらを見ているが、直ぐに立ち上がり正面ホールから逃走していく。
「くっそ。 またトークンかよ。 大丈夫か! 」
勢いで倒してしまったローラを抱きかかえるようにキリヒが、話しかける。
キリヒも追跡しようにも、装備がない。 装備なくトークンと対峙するのは自殺行為以外の何物でもないため追跡はできない。
そして肝心な警報もトークンが逃走し終えた後に、鳴り始めていた。
「あ……あー。フォルナクス」
何が起こったのか分からず、混乱しているローラ。
ただ潰れた箱だけは目に映っている。 平穏の後にまた事件が、発生する。
※1:ティルパさんは、火を使わない料理しかできません。 冷たい料理ばかりで、タツマよりクレームがあり、結局タツマが調理しています。
※2:課長級
※3:ケーキのナポレオンのようなものとも思って下さい




