引き続きの日常
--- ショッピング街
両名は高級ブランド街を抜けて比較的一般向けの商業地区に向けて歩いているローラ一行。 周囲の人の多さは、変わりなしといったところだ。
「……あのねーちゃんのポスターが凄いな」
キリヒが呟く。
「色々なところと契約したからね! 」
周囲の広告には、サナエさんの色々な表情が見られる。
立体映像を使った広告もある。 本人への確認は大丈夫なのだろうかとキリヒも一抹の不安を覚えるが、サナエさんに激怒され、雷が落ちるのはローラであるためそっとしておくことにする。
「食料品から衣類系まで幅広いな。 しかし、合成が多いな」
「まーね」
ローラの歯切れが悪い。
「いっそのこと、服を提供して写真を撮った方が、早いんじゃないか? 」
「考えているはいるんだけどね――色々あるのよ」
そんなことをしたら使用方法を詰められるのは目に見えているため、分からない程度の撮影にしてある。 中には盗撮じみた撮影もあるが、本人には、内緒である。
「これで、あんたに実入りとか入っているのか? 」
「うーん。 それなりかもね。 でもプロデューサー料だけだし、そもそも会社の資産に部類されるから微々たるものよ」
「それで、ここまでするのか? 」
「いーのよ! 面白いし。それにプロデュース業は、結構楽しいし」
不意に立ち止まって広告を見ている。 自分が起こした流行の大きさに満足感でもあるのだろうか?
ティエンフーのタレント以上の出来栄えに、彼女自身の能力を実感しているようだ。
「さっ行くわよー」
そう言って、誇らしげに歩きだす。 キリヒは彼女の後ろを付いていく。
『キリヒも大変ですねー』
ブラウニーが、耳打ちしてくる。
「上司だからな。 周囲は問題ないんだろう? 」
『ええ。 今のところ』
「既に4件の事件だ。 あそこの上層部も馬鹿じゃない。 謎トークンへの対策や社内のスパイを疑っているはずだ。 不運にも発生前後にあの会社に潜入している我々が、犯人と勘繰るやつもいる。 おそらく、こちらにも監視の目が付くはず」
『まったく。 ただのとばっちりですね。 難儀なことです』
「次の作戦までノーマークとなって欲しいが、おそらくそうは、いかないだろうな」
『我々の事をそこまで気に留めますかね? 』
「貴族が絡んでいる。あいつらは小心者だ。 小心者は慎重だ。 故に監視は、必ず付く」
『残念です。 それと緋色目のトークンは、コールドスリープの人員がいる場所は、絞れますかね? 』
「あいつらの能力は高い。そっちは問題ないだろう。 たぶん」
キリヒとブラウニーが、話していると先に進んだローラから呼び出しが掛かる。
「キリヒ―。 遅―い! 」
「さてと。上司の機嫌を損ねる前に向かうぞ」
『承知』
--- 夕方
あちらこちら突き合わされ、ランチまで奢らされてしまっている。
“女性に財布をださせるのかー”との理由らしい。
ローラの方が、主であり、上司のはずなのだが、性別での対応のようだ。
(理不尽だろう……)
キリヒも思う所があるが、この程度の金額で円滑に進むのであればと渋々払ってしまっている。
ショッピングに付き合い平穏な一が、キリヒを包む。 31部隊の日夜、血と硝煙まみれからすれば、まさに別世界かも知れない。
少し緩んだ雰囲気の中、帰路についている一行。 しかし、そんな時こそ悪い情報が耳に入る、
ブラウニーからキリヒに報告が上がって来る。
『監視役がつきました。 尾行者、一名を確認』
「……まったく。 休みでも仕事ばかりかよ」
キリヒから僅かな愚痴が漏れ、一旦足を止める。 先を進んでいるローラが、十数歩さきでキリヒが止まったことに気づき振り返る。
「どうしたのー」
ローラが、話しかけて来る。
「いや。 ちょっとな」
そういって歩き出すキリヒとブラウニー。 色々あるが今は帰路に着こう。 もうじき、最後の作戦が開始される。
それにしても、今日は色々な景色が見られた。
街の中に溢れる日常、帝都だけあって、ケンカの場面にも遭遇したが、直ぐにトークンが場を治め、ストリートミュージシャンの演奏に投げ銭する光景も見た。
親子の笑顔、恋人や友人同士の笑い声、楽しそうな会話、どれもこれも平穏な都会の日常風景―――
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反吐が出る。
その笑顔は、誰によって支えられているか、如何なる犠牲の上に成り立っているのか。 キリヒに黒い感情が渦巻く。
多くの少数部族を強制移住させ、彼らを安価な労働力とし搾取。 その結果が、今の繁栄へとつながる。 それを自覚しない奴らを見るほど、腹が立つことはない。
しかし、このような感情は発作的なものであり、彼にとって自身の感情は二の次になる。 今は同じ苦境の同胞を助けることに集中する。
(優先順位をはき違えるな)
言い聞かせるように深く呼吸をする。 ローラの後に着いて行きながら、自分を殺す。
「あんた。 何かあったの? 」
ローラが、キリヒを見ながら質問してくる。
「どうした」
いつもと変わらぬトーンで返答する。
「いや、変な表情しているなーと思ってー」
「もとからこういう顔だ。 ほらいくぞ! 」
「ちょっと。 そうだ! また、“フォルナクス・パティスリー”で何か買ってよー」
「自分の金で買えよ」
「女性に財布を出させるのー」
結局、チョコレートケーキを購入させられ家路に着くことになる。
--- キリヒの自室
『結局、集られただけでしたね』
「いいさ。ローラがいなければ、俺もここには、いられないからな。 それにあのケーキも美味そうだったからな」
ケーキは、食されないようにこちらで保管している。 部屋には何もない。床の上にシュラスコで寝ている。
『寝台は購入しないのですか』
「面倒だ」
『ふーむ』
「どうした? 」
『監視役が付いているとなると、相手からの連絡手段はどうなるのでしょう? 特に貴族が相手となると、回線へのハッキングの懸念があります。 下手な連絡手段は身を亡ぼす危険性があります』
「問題ないはずだ。 彼らは有能だ。 相手さん待ちで問題ないだろう」
『そうですか。 キリヒがそのように判断するのであれば従うまでです。 それと監視は、交代で付いていますね。 かなり警戒されています』
「作戦実行時に障害になるかもしれない、対策が必要なるかもしれないな。 案を頼む」
『承知』
休日のひと時は、一抹の不安が発生し過ぎていくことになる。
*
夜が明け、出勤になる。
ケーキを持って部屋を出るとローラさんが既に待ち構えている。
「いい心がけね。忘れずに持っていて結構! 」
フォルナクス狙いのようである。 確かに前のフルーツケーキは、本当に凄かった。 クリームのコクと甘さのバランスが絶妙で、クリームの後味もスッキリしている。
フルーツにも何かしらの下ごしらえをしているようで、酸味が抑えられ甘みが浮きあがりつつ、各種フルーツの味がぶつかり合わない。
食事をして声が出たのは初めてだった。 行列ができるのも分かる。 となると、ローラとしてもこのケーキも期待しているのだろう。
「持っていくか? 」
「もちろん! 今日のアフタヌーンティータイムは楽しみねー。 このくらいの楽しみは許されるはずよね」
ローラは、ウキウキしてケーキの入った紙袋を持って先に行く。
『ケーキに大喜びで何よりです』
「さて、行くぞ」
いつものスーツに着替えて部屋を出て、ローラと一緒に会社に向かう。
いつも通り、朝はごった返すティエンフー中心部。
車の通行音やクラクションの音、時折のいざこざの罵声、何故が響き渡るコミュニティーラジオ放送。 いつも通りの雑踏・騒音という状況である。。
そんな中、先日のブラウニーからの報告もありキリヒを周囲を警戒しながら、人込みを進む。 後ろにブラウニーがいるため、多少の安心感があるのが救いである。
(いきなり監視役からの攻撃もあるのか? )
そんな、思いが過った瞬間、突如すれ違いに厳つい男と肩がぶつかる。
そのまま過ぎ去ろうとしたところ、相手から肩を掴まれる。
「おう。兄ちゃん。ぶつかったんだから謝るのが筋だろう? ああ! 」
絡まれる。 キリヒが、ブラウニーに視線を送ると横にモノアイを動かす。
(監視役ではないということか。 つまりは、無関係者。 どうするか……倒すのは簡単だが、しかし監視が付いている中で揉め事を起こすのは凶だ)
、キリヒの判断により、まずは下手にでる。
「申し訳ない。つい考え事をしていて」
「ああ? 謝って済めば、治安隊は必要ねーんだよ! 」
厳つい男は、キリヒの腹部に一発重い衝撃を入れる。
その場で蹲るキリヒ。
「ケッ。次は気を付けろよ」
そう言い残して男は歩いて行ってしまった。
周囲の歩行者は、いつものこのように無関係と言わんばかりに蹲った彼を避けていく。 ティエンフー中心部では、見慣れた光景になる。
(まったく。こんなやり方かよ――まっこれで安全に情報交換できるなら安い物か)
無理矢理、せき込む演技が入る。
「ちょっとあんた。大丈夫! 」
ローラが、駆け寄ってくる。
「ああ。少し絡まれただけだ。 先に行っていてくれ」
「大丈夫なの? 」
ローラは、心配そうにキリヒの顔を覗き込む。
『私も付き添います。 少し休んでから向かいますので、多少遅れるかもしれません』
ブラウニーが、合いの手を入れて来る。
「わかったわ。気を付けなさいよ」
心配そうにしながらもローラは、先に会社に向かっていった。
「監視役は? 」
『ローラさんを追っていきました』
「まったく。手荒い渡し方だよ」
『なるほど。 どこかのコーヒースタンドに寄りますか? 』
「ああ。内容を確認したい」
近隣のコーヒースタンドに入る。
コーヒーを挽く芳香が、多少なりとも発生した闘争心を落ち着かせてくれる。 朝の出勤時も相まって、テイクアウトコーナーには人が多くいたが、食事がとれる座席コーナーはそれほど、人がいない。
店内は、ブレッドをトーストする、いい香りが立ち込めている。 出勤時間に余裕がある人は、ここで朝食を済ますのだろう。
奥の席に座り、受け取った紙切れを確認する。
『それにしても拳に紙を仕込み、殴りながら渡すとは随分と乱暴ですね』
「どんな方法でも構わんさ――なるほど」
その紙を横からブラウニーがのぞき込む。
『意外でしたね。その様に動いていたわけですか――納得しました』
「決行日は――この日……何かイベントがなかったっけ? 」
『……考えていますね。 創立記念日であり、貴族列席のパーティーが催しされています』
「なるほど。護衛は貴族周辺や社内の重要人物に着き、多くの人間が外部に出払う算段か。つくづく隙が無い連中だな」
『ええ。狡猾ですね』
アイスティーに口を付ける。 眠気を取る以外にあれを飲む気になれない。
「ローラは、どうする? 連れていくのも気が引ける。 それに最後の戦いになるはずだ。 特に役割が、無ければ残していきたい」
『セレンに相談します』
「了解。 頼んだ」
暫くコーヒースタンドで時間を潰し、会社に出社する。
(情報からするとかなりの重武装が必要になりそうだが……それよりも、戦場に向かう口実が必要なる。 いきなり行って、例のトークンが出てきますでは、犯人ですと言っているようなもの。 どうするか……)
そんなことを考えながら出社することになる。




