決戦準備
--- 知能転移 研究所 ローラ・オフィス
キリヒが、少し遅れて出社する。
執務室に入るとローラさんが、心配そうに話しかけてくる。
「体。 大丈夫なの? 」
「ああ。鍛えているからな」
「ならいいけど……なんで反撃しないのよ! アンタならあの程度瞬殺でしょ」
「潜入中の会社員なんだぜ。問題を起こしてどうする」
「まぁ……確かに」
「一発耐えれば丸く治まるんだ。 ここで派手な大立ち回りはダメだろう? 」
キリヒがローラをなだめる。
「はー。私達って意外に弱い立場なのねー」
彼女が、改めて自分達の立場を認識する。
「仕方ないさ。さてとお仕事は? 」
「引き続きよ。私はこれから会議があるから離席するわ」
「了解。じゃよろしくなー」
「ケーキは、勝手に食べるんじゃないわよ! 」
釘を刺してローラさんは、執務室を出て行った。
『遅かったですね』
セレンからの質問がある。
「連絡はしたかったが、少し状況が変化してきた」
『ほぅ。聞きましょう』
「ブラウニー報告を」
『承知』
ブラウニーとセレンの間で近距離通信が行われる。
・
・
・
『なるほど。連絡がなかったと思ったら、そのためですか』
人が説明するより、よっぽど早い。
「そうゆうことだ。 実際に監視役もすでについている」
『それは厄介。 それで、ローラの扱いですね』
「ああ」
『餌として、創立記念パーティーに出席してもらいましょう』
「ふむ」
『キリヒ達は、事前に怪しい通信が、発生した体にして指定場所に向かえばよろしいかと』
「なるほど。 そうなると、準備が必要って訳か」
「ええ。 後日、関係各所にセンサーを設置しに行ってきてください。 理由は、怪しいトークンの炙り出しとの理由で問題ないでしょう。
加えて、信頼が上がっているローラ博士からの提案にすれば、大きな障害なく進ませることができるはずです』
「了解だ。 部材の準備は頼めるか? 」
『もちろん』
キリヒでは、センサーやネットワーク構築までの事は出来ないため、セレンに、機材の発注から設定を対応してもらうことになる。
加えて文章から想定される、敵に対しての武装を選択していく。
そんなことをしていると、たちまち夕方になる。
結局、ローラさんは、その日一日会議に追われていたらしい。
夕方にフラフラになって戻ってきている。
”言っていること内容もさっぱりで悪夢だー” などと言って叫んでいる。
「う……うう。もうダメ」
そういってローラがソファーに倒れ込む。
その様子をセレンが見て、提案をする。
『お疲れ様です。フォルナクスのチョコレートケーキを切りますので少しお時間を』
「おお! そうだ忘れていた」
キリヒは皿とフォークを準備する。
セレンが冷蔵庫から箱を取り出し。 その箱をローテーブルの上に置く。 勿体ぶりながら箱を開き中のトレーを引き出す。
引き出されたケーキは、まさに漆黒の真珠の命名通り、光沢のあるチョコレートを全身に纏ったドーム型をしている。
セレンが、おもむろにカットしていく。
切られたケーキの断面からカカオの豊潤な香りが際立ち、離れていてもその存在感が、否が応でも感じられる。
表面の濃いチョコレートに内部のスポンジ部分の淡いブラン色、カットされたケーキに近づくとほのかに洋酒の香りもしている。
スポンジの間に挟んである薄いブラウン色のチョコレートクリームは、味のバランスを考えての事だろうか。一体どんな味の景色を見せてくれるのか期待が高まる。
セレンが、皿に1カットずつしたケーキを供えていく。
『どうぞ』
ケーキが乗った皿を渡されローラさんが、さっそく一口。
「おおおぁぁぁ。 ベリー系かー。 そう来たか―いやーやられましたわー」
何にやられたかはさておき、クリームにはベリー系の程よい酸味が感じられ、チョコレートの濃厚さと絶妙にマッチしている。
「通常のチョコレートクリームであれば、くど過ぎるが、ここに酸味をもってくるこの采配。 いやー。ただただ完敗ですよー」
妙な講釈を垂れながら、がっついているローラさん。
「おお」
キリヒも一口食べ、思わず声が漏れる。
『キリヒ。ローラは何に負けたのでしょうか? 』
ブラウニーが質問してくる。
「……いや分からん。でも良いんじゃないか。喜んでいるだし。それにしても美味いなこれ」
一通り満足したところで、キリヒが切り出す。
「ローラ。 例のトークンを捕まえるため、 明日からセンサーの購入や各事業所に設置を実施したいんだが、どうだろう? 」
「ああ。いいんじゃない。それが目的だし、頑張ってー」
言質が取れた。
「それとそのため、事業所に入ることを所長から各事業所に伝えておいて欲しい。 内容はセレンに作ってもらう」
「了解。 了解。 任しておいてー」
返答が軽いのが気になるが、ケーキを食し、機嫌がいいためと考える。
それにセレンもいるため問題はないだろう。
経費で購入した機器一式も彼女に手当てを任せることも了承させ、最終段階に向けて作戦が動き出す。
*
翌々日から作戦業務を開始する。 購入したセンサーを各事業所に設置していく。 流石にあれだけのことがあったためか、人は少なくなっている。
しかし、事業所としては動いている為、業務を行っている者も多い。
技術所長からのお墨付きがある、ローラ博士の免状は効果てき面で、疑いなく事業所内に入れ容易にセンサーを設置できる。
首都と言うだけあって広大であり、事業所は広域に点在しているため設置も一日掛である。
彼がセンサーを取り付けていても、誰かに声を掛けられる訳でもない。
第一から第五事業所まで、またここの本事業所も含めて7日間の作業になる。ブラウニーとともに各場所を廻っている。
そして、本日は、最後の目的に向けて出発中である。
現在は、地下鉄の中と言いつつ空を走行している地下鉄移動の最中である。
「今日でようやく終わりか」
電車からの眺めは壮観である。 特に高層を走行しているため、都会の景色を満喫できる。
ローラの秘書という立場上、拘束時間が存在しない為、多少朝の通勤時間をずらしての移動が可能になっている。
『本日は最後の第5事業所ですか』
ブラウニーからの返答がある。
「ああ」
『当初、何か気になったように図面を覗き込んでいたのですが、あれは? 』
「何だろう、建物の形がイメージし難い、というか歪でいるように思えたんだ」
電車から見える街並みや広告看板を見ながら思い出しながらキリヒが当時を回想する。
「そうなんだよ。 普通はさ。こう四角とか長方形が多いんだ。 襲われた事業所もそうだった。 複数棟あるところもあったけどさ。
ただ、あそこだけ建物の平面図の凹凸がおおくてさ――おそらく増築している」
『確かに増築はいていますが、資料を見る限り各事業所の人数はそう変わりません。 となると他の事業所より、不必要に大きい建物は妙だと? 』
「ああ。そして図面に記載されていないエレベータもあった。ほぼ平屋の事業所であれば地下に向かうものだろうな」
『そうなりますね』
「で、この渡されたあのメッセージだ」
『なるほど。辻褄が、あってきますね』
「ただ、一筋縄で目的地に通してくれるとは思っていないがね」
『……たしかに』
晴れた青空の中を進む高層を走行している電車も郊外になるほど、地面に近づく。 住居らしい戸建てやアパートメントが、主な建物になってくる完全なベットタウン地区になる。
特徴のない駅の改札を通り目的地の第五事業所に向かう。 街路樹も手入れがされており、閑静な住宅街と言った雰囲気だ。
前回はカーゴで来ているため街の散策までできなかったが、今回は徒歩のため、ゆっくりの地形を観察できる。
『研究所の事業所は、郊外が多いですね』
「まぁ、管理してあるものが、管理しているものだしな」
再びの訪問になる。
ローラ博士の書面を事業所の管理者に見せてセンサーを設置していく。
従業員も夜遅くまで、いないようにしているらしい。 加えて警備員も少なめになっている。 ここはもう襲われないとのことの想定だろうか?
一方でまだ襲われていない第4事業所に多くの警備員がいたのは、ブラフか相手の目的を知らないのかまでは分からない。
「それにしても、人が少ないな」
一緒に作業するブラウニーに疑問を飛ばす。
『ええ。あんなことがあればとは思うのですが、以前、襲撃を受けた場所であっても人員の変動はそれほどなかったのですが』
「……」
何気に視線を感じる。
予定箇所にセンサーを設置し終えたころには、既に日が傾いている。 通信チェックを行い、問題ないことを確認して、本日の業務は終了となる。
帰路に着く。どうやら帰宅時間にバッティングしたようで、駅には多くの人で混雑している。
混雑しているプラットフォームには、行きたくないが地下鉄しか使える手段もないため向かう。
「……時間を遅らせれば良かったか? 」
『その場合、キリヒは、どのように時間を消費するおつもりで? 』
「そう指摘されると、困るな 」
人をかき分け車両を目指す。 電車は夕焼けに照らされる街並みの中を進んでいく。
首都中心部に向かう方向であるため、プラットフォームは混雑していたが、車両内は意外に空いている。
『あなたを観察していると、趣味もなければ、飲酒・喫煙・博打・遊郭に行くわけもでもない。 休日は就寝か、トレーニングばかり。
他の人間と比較すると興味深い生態と判断します。 個人的に打ち込むようなものはなのでしょうか? 』
「……趣味は仕事さ。 それだけのつまらない人間だ」
『趣味は仕事。 承知』
電車は都心に近づくほど走行する高さが上がっていき、近代的な街並みのみ目に入ってくる。
一見すると煌びやかな先端都市の印象が残るが、旧市街や地を歩いている人間を覆い隠すハイパービルディングを筆頭とする超高層都市。
どこまでも、暴力的に拡張するティエンフーとイシュタル帝国。
藻掻く者をあざけ嗤うその態度にどこまで爪を立てられるだろうか?
*
通常業務に戻って数日が経過する。 丁度ランチも終えた、午後の一番緩む時間帯になる。
「あー今日の夜は、創立記念のイベントかー。 行きたくなーい」
回転するオフィスチェアの上でくるくる回っているローラさん。 セレンが、引き続き送られてきた映像データの処理を実施している。
「いいじゃねーか。美味いものが、無料で食べられるんだろう? 」
キリヒが、ローラを諭す。
「おっさん達の相手もしないといけないの! 絶対にヤダ! 楽しくない! 」
ローラの反論。 おそらくセクハラまがいのこともされているのだろうか?
侵入者であるため、大事にできないのが辛いところ。
『サナエからも出席の返事をもらっています。 どうせ向こうも暇をしているようですから』
「おお。セレン準備が良いわね! サナエさんならオッサン相手でも捌けそう! 待ち合わせ場所と時間はどんな感じ? 」
『了解です』
セレンも状況は知っているため、この提案にも意図があるはず。 おそらく餌をデカくする作戦だろうと、キリヒは読んだ。
ローラさんが、セレンとワイワイしている中、執務室を抜け出し、駐車場に停めたカーゴ内の武装をブラウニーと共に確認する。
突撃銃になる、マグナムライフル(8.58mm弾)と通常のアサルトライフル(7.62mm)。マグナムライフルは相変わらず重い。 それと高火力のロケットランチャーを確認する。
「ブラウニーは、こいつだ」
ロケットランチャーとマグナムライフルと手榴弾のセットが仕分けられる。
『戦場の前線装備ですね…… 一筋縄でいかない相手でしたか? 』
「ああ正体不明の……障害だがね。ただ、楽には通過させてくれないと言う勘だよ」
『戦士の勘は当てになると聞いています。従いましょう』
ブラウニーには、ロケットランチャーとマグナムライフルの手榴弾の高火力装備であり、キリヒもマグナムライフルとアサルトライフルと手榴弾の装備になる。
「かなり重量がかさむな。弾薬を持てるだけ持っていくぞ」
『なるほど。飽和攻撃で門番を撃破する気ですね』
「王道戦術だがな。 あとは、出会って見ないとわかならい」
準備をしつつ終業時間が、近づいて来る。
定時を過ぎると久々のサナエさんと食事ができることもあって、さっさと事務所を後にしていった。
「気楽なものだな」
『それでよろしいと思いますよ。 彼女が近くにいては存分に戦闘はできないでしょう? 』
セレンが知ってるような口調で指摘してくる。
「随分と人間に詳しいな」
『高性能ですから』
セレンとの会話にブラウニーが、割って入る。
『さてとこれで、餌はまかれました。 後は待機です。コンバットスーツを装備して、車両内でお休みになられてください。 運転はこちらで行います』
「助かる。では事務所は頼んだぞ」
『了解です』
セレンを残し、いつも通りに執務室を後にする。
しかし、本日の向かう先は、研究所の玄関ではなく、地下駐車場の武装カーゴの中。
取り付けたセンサーからの信号が上がる前に動けば、妙な勘繰りを入れられる恐れがある。 そのため後は、信号が上がるまで所定の位置での待機となる。
プラウニーは運転席に乗り込む。 キリヒは助手席に乗り込む。
(上手くいってくれよ)
そう思いながら目を閉じる。




