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ローラ・オフィス の日常

--- 3日後  知能転移 研究所


引き続きセレンの後ろでデータ端末を見ているローラさん。

『……どうでした? スリリングな一件からしばらく経ちましたが』


セレンは、作業しながら話してくる。

「まだ終わっていないのが、しんどいところね。で、こっちの本職は順調? 」


『ええ。最初の子供らしき映像の延長もできましたよ。見てみますか? 』


「スプラッターは、御免なんだけど」

『大丈夫です。 長閑(のどか)な風景そのものです』


画像を再生していく。

子供らしき映像が映し出される。映像は例のごとく白黒である。 周囲の建物も再現されているが、どれもがバラックに近いのが分かる。 


(貧民街……)


映像主の目線の先には、ボールを加えたテラの子犬のような動物がこちらに向かってくる映像になっている。 ここで映像が途切れる。


「……」

『次行きます』


二番は愛玩動物らしき映像だが、ボールを加えて主の所に戻るところだろうか? 目線の先には小さい幼女が映っている。小さい手を広げ、笑顔で何が言っているように見える。


ここで映像が終了する。


「……マジかー。 別の意味でキッツいわー」

ローラが天井を見上げる。


『ノイズデータを除去してようやくここまでの延長ができてました。』

「この両名は、すでに世にはいないのよね」


『そうですね。 理由までは不明ですが』


彼女達がいなくなった理由まで探ると延々と(うつ)のスパイラルに囚われそうになる。 ローラは、自分の頬を叩き、気持ちを入れ直す。


「切り替えていこう。例の現場でのデータはどうなっているの? 」


『解析も順調ですね。あのトークンとアーサ・ブカブで上から落ちてきたトークンは、同じものですね。 推測からほぼ確定といったところです』


ローラが大きくため息をついたのち、口を開く。

「まったく。 最初に聞いたときは耳を疑ったけど、既に会っていたとはね。 ――逃げ出したトークンと連続強盗殺人犯人が同じね」


『それと、キリヒが言っていた光学迷彩は、まだ試作モデルのはず。トークンが容易に手にできるものではないです』


「あーもう! この件、下りたいんだけど! 裏にも何か巨大組織がいるの?」

『間違いありませんね』


「言い切った! 」

『ええ。言い切ります』


「その第三者は、我々の行動に気づいているの? 」

『わかりません。しかし、襲撃拠点もあと一つ。 第四事業所のみ。 絞れたも、同然でしょう』


「もうー何なのよ! この仕事。 キリヒは? 」


『ティエンフー中心部に用事とのことで外出中です。ブラウニー(戦闘用トークン)もつれていますので問題ないでしょう』


「あいつが護衛でしょう? 護衛が護衛つれてどうするの! 」

『データ解析や指示もできますから、問題ないと思いますよ』


「何なの! 私は日がな一日こんなところに缶詰なのにあいつらー! 私もティエンフーでショッピングしたーい」


『13:00より研究者会議。 15:00から施設運営会議があります。午後は会議詰めですので無理です。 準備をお願いします 』


「……」

ローラさんの顔が、しょぼくれる。 仕事からは逃れられない。




--- ティエンフー 旧市街地 


ここはティエンフーの中でも旧市街地になる。古くからのビルティングが建ち並び、空が小さく、日当たりが悪い場所が多い。全体的に湿度も高めに感じる。衛生面は良くない。


しかし、ここでも多くの人がごった返している。人種も言葉もまさに多様性の地域である。 人種のサラダボールであるものの、るつぼの様に決して混ざり合うことはないだろう。


路肩では、昼間であっても娼婦や物乞いや行き場のない浮浪者のたまり場になっている。


薬物の影響だろうか、上手く歩行ができていない者もいる。 聞こえてくる会話も呂律も回っていないものが多い。


都市の最先端の生活とは、かけ離れた生活を送っている様子が見られる。 外見からすると、先住民のような風貌が見て取れる。


(虐げられ、搾取されて、最後はここに落ち着く訳か。クソみたいな状況だな)

キリヒはその様子を横目でみながら目的地に進んでいく。


“世界に愛を、神の慈悲を”と嘆く怪しい宗教家の路上説法も空しく響き渡る。


廃退(はいたい)の局地ですね』

「ああ。いつでも攻撃できる体制を取っておけよ」


『承知』


現在キリヒとブラウニー(戦闘用トークン)の2名で旧市街地の中を進んでいる。 都市部の人間であっても近づきたくない場所である。


通る場合も車両での通行程度であり、徒歩で散策する人間は皆無である。 事実、治安機関もここは、野放しにするほどの危険区画になる。


そのため多くの犯罪者が逃げ込むのだが、ここの独自の法律により浄化されることも多い。


そんな場所を散策していれば、当然絡まれる。 2人組の大男が道を塞ぎ、裏手に2人が回りこみ逃げ道を塞ぐ。


「よう。兄ちゃん。昼間からお散歩かい? お仕事は? 」

「してねーだろうな」


4名の下卑た笑い声が響く。


「何のようだ? 」

キリヒがうんざりした態度で正面のイキッている2名に質問する。


「いやー俺達さー。ちょっと金を落としちゃって、金を貸してくれねーかな? 」


「そうそう。あんたの有り金と、後ろのトークンをこっちに渡してほしいんだ。 哀れな住民を助けると思ってさ」


ニヤ付いた顔で威圧してくる。


「金がないなら、働けよ。ママに習わなかったか? 」

キリヒがバッサリと切り返す。


ニヤ付いた顔は、相手を威圧する表情になっている。


「おう。てめーさ。こっちが下手に出ていれば、いい気になっているなよ? ここでは、お前をバラしても法律に触れねーんだよ! 」


「では、こちらがお前をバラしても良いということか? 」

(あお)りにはあおりで応じるキリヒ。


「あーあー。やだやだ。最近、こんな風に粋がっているヤツが多くて困っちゃうんだよ。 俺達は平和的に言っているのにさ。おい! 」


奥から十数名が出てくる。


「さて、あんちゃん。 多少、遊んでもらうぜ」

圧倒的な優位であり、揺るがない自信。それらはニヤ付いた表情から見て取れる。


ブラウニー(戦闘用トークン)どうする? 」

キリヒがブラウニーに視線を向ける。


『状況によっては、皆殺しでもよろしいかと』

「オー。そのトークンよくしゃべるじゃねーか」


ギャングの男は銃を抜き、トークンに発砲する。 一般的なハンドガン程度では、ブラウニーの装甲への損傷は軽微になる。


『皆殺し確定ですね』


その言葉と同時にブラウニー(戦闘用トークン)が、瞬きの間に正面の2人の首を捻り絶命させる。 


人工筋を駆動力として、キャミャエル型AI、そしてアルプの戦闘プログラムを埋め込んだサナエさん特注の一品である。 街のチンピラが勝てる要素は一つもない。


ブラウニー(戦闘用トークン)が、発砲しただろう銃を奪い、次々に射殺していく。


瞬発力、射撃精度、確殺力は、戦闘用に相応(ふさわ)しい能力を兼ね備えている。


狭所での白兵戦であるため、ギャングたちの反撃の間もなく倒れていく。 殴打や蹴りもあるようだが、トークン相手には風のそよぎ 程度にしかならない。


一方でキリヒは、何もせず立っているだけである。 


(流石だな。 近接戦闘用にチューニングされた次世代型トークンね。 あのねーちゃんの能力は本物だな) 


キリヒがそんなことを考えているとギャング一人と キリヒ達二人の構図になる。


「さてと、これで当分、鳥も犬も餌には困らなさそうだ。 俺は動物愛護の精神が豊富でね」


相手の男は、現在の状況を飲み込めていない様子である。

「あ……嘘だろ……たかがトークンごときに」

「どうした? どうする? 」


「お……お前こんな事してタ――タダで済むと思うなよ」


「自分達が殺すのは良くて、殺されるのはヤダ。それはないよなー。ああ? 」


『彼をどうしますか? 』

ブラウニーが、指示を求めてくる。


「処分だ」


「許してくれ。でき心な――」

言い終わる前に、銃口が火を噴き、相手はそのまま沈黙する。


「奴らの得物は? 」

『ナイフに9mm口径のハンドガンです』


「典型的な地元のチンピラか? 」

『はい』


「わかった。行くぞ」

『承知』


十数名の骸を造った二人は、何事もなかったかの様に歩き出す。

旧市街は都市計画など考えていない入り組んだ作りになっている。



『その角を右で、直ぐの脇道を入ります』

「結構入り組んでいるな」


『秘密の場所らしいですからね』

「追跡は? 」


『ありません』

「結構だ」


二人は、一人しか通れない脇道や路地を黙々と進んでいく。

脇道の先に開けたところに出る。円形の広場だろうが、真ん中に四阿(あずまや)がある。


「ここか」

『ええ、あっていますね』


中央の四阿(あずまや)は、白い石膏で作られているのだろうか、中々金が掛かっていそうだ。 ベンチと屋根はあるが、テーブルはない。


キリヒは、そこに腰を下ろし、ブラウニー(戦闘用トークン)は、立って周囲を警戒している。 取り囲んでいる建物の一つのドアが開き、ローブで顔が見ない人物がこちらにやってくる。


ブラウニーがキリヒの前に立ちはだかる。 徐々に近づいて来るが顔は見えない。

「ようこそ。 園庭の居心地は、いかがですか?」


「日当たりが良く最高だな。 昼寝にはもってこいだ。 旧市街地にもこんな場所があったんだな」


「ええ」


ローブの人物はキリヒの対面のベンチに腰を下ろす。両手を前に出していることから攻撃の意思はないとの表示だろうか?


「で、聞きたいことがあるんだろ? ブラウニー(戦闘用トークン)にあの謎トークンからメッセージが来ていたのは驚きだ」


「なぜ? 低威力の弾丸を使っていたのですか? 害虫駆除程度にしか、効果がない代物でしょう? 」


「その質問に解答したら、こちらの質問にも解答してくれるのかね? 」

「出来る部分には、解答しましょう」


「了解だ。 我々はコールドスリープの先住民を探している。 あのトークンも同じと聞いてね。 あれを追っていけば、何れ探し出せるとの作戦だ。 故にあそこで謎のトークンを破壊してはこちらが困る。 それが理由だ」


「なるほど。となると、おおよその打算があって、この召喚にも応じてくれたのですか」


「自ら敵対する相手に出向こうとは思わない。目的は同じと考えてな。では、こちらからの質問だ。光学迷彩はまだ試作中の製品だ。トークンが盗んで持ち出したと考えるのは不可能。 第三の組織があるのだろう? 」


「……おっしゃる通りです。しかし、組織の規模や目的は控えさせてもらいます」


「別にいいさ。光学迷彩を用いている時点で、並みの組織ではないことは察しがつく」

「……」


「それで俺達をここに呼び出したのは、弾丸の威力を聞くためかい? 」

「いいえ。我々の作戦に付き合って頂けないかの相談です」


「ほう……聞こうか」


                ・

                ・

                ・


作戦内容を聞き、幾つかの質問があり協議が終わる。 キリヒは、目をつむり考え込んでいる。


「……」

そして、黙ったままである。


『なるほど。それに付き合えと』

ブラウニーが横から会話に加わる。


「ええ。恐らく貴方の目的に我々の捕縛は、入っていないのでしょう」

『はい。そもそも証拠集めですので』


ここでキリヒが口を開く。

「いいだろ。ローラにはどうする? 」


『内容はともかく。トークンの捕縛をしないと既に明言しています。 ()めは同じなので、報告の必要はないでしょう。』


「さすが、トークン。頭いいな」

『最新型ですから』


「こちらとしては、その案を了解した」

キリヒが、ローブの人物に向けて、彼らの盟約に応じる。


「結構です。よろしくお願いします」


「さてと交渉も終了した。 帰り道は、来た道しかないのか? 」


「私が来た扉から出るといい。安全に旧市街地から出られるはずです」

先方のローブの男は、来た扉を指さす。


「じゃあな」

『それでは』


両名はローブの人物に挨拶をしてその場を去る。


扉の中は言って普通のアパートの廊下のように思える。長い廊下の先にいくつかのドアがあり、一つだけ緑色の表札が付いている。


『他は鍵が掛かっていますね』

「了解。ここの扉を進むぞ」


進んだ先の扉を開けると、ティエンフー中心部の住宅地に出る。


「……どうなっている? 」

『不明ですね』


後ろの扉は外から開かないのか、オートロックでもう開けることが出来ない。


「何かの童話にでもありそうだな」

『ええ』


「取り敢えず、備品を見に行くとの体を取っている以上、何か購入した方がいいのか? 」


『私としては、“フォルナクス・パティスリー”のフルーツケーキの購入を提案します』


「なるほど。 やっぱりお前に相談するといい案がでるな。 それにしても“フォルナクス・パティスリー”か? 大人気店だろ。 あそこ」


『ええ。 ゆえに彼女の気も紛れるというもの。 必要ない物を購入するよりも、有意義だと』


下手に手ぶらで帰社すれば、遊んでいたのかと詰め寄られる。 旨い菓子をお土産で、気分を和らげてもらった方が得との判断か。


「了解だ。 時間は掛かるが並ぶか! 」

『承知』




---夕方


「遅い!! なにサボってティエンフー観光しているのよ! 」

ローラさんの八つ当たりが、発生している。 


彼女は、つまらない会議と質問への対応でいっぱいいっぱいの会議を終えてきたところである。


「すまねぇ。 まぁ手土産を持ってきたから、許してくれねーか」

キリヒが手持ちの袋を前に出す。そこに、店舗名が記載されている。


「はぁ? ちょっとやそっとの――」


キリヒが差し出す紙袋にローラの視線が誘導され、その名称を見たのだろう彼女の顔がほころんでいるのが分かる。


意外にモノに弱いのか?


「わかっているじゃない“フォルナクスパティスリー”とは……並んだのね? 」

「まぁ。 旨そうだったからな」


「許す!! 」

キリヒがローラに菓子の箱を渡すと、彼女はすぐさまローテーブルに箱を置き、開梱する。


中身は、真っ白でありながらもカラフルなカットフルーツが豪華に盛り付けられたフルーツケーキになる。


ただのクリームであってもミルキーな香りが、箱を空けた瞬間から鼻腔をくすぐる。 その甘い香りに食への衝動が疼く。


「おお! おおお!! これぞフルーツの宝石箱、白磁の王冠、数々の名声に相応しい出来栄えね――」


目をキラキラさせて見ている。


『カットしますか? 』

セレンが、申し出る。


「いいの! 」

『ええ。 遅めのアフタヌーンティーとしましょう』


あまりの喜びでキリヒの外出への対応は、忘れ去られることになった。


このところ、しんどい事柄ばかり起きている。 ローラには、僅かな幸せと甘味が身に染みる。


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