交戦
--- 知能転移 研究所 第五事業所
第五事業所は、ティエンフーでも最郊外に属しており、周囲は、閑静な住宅街の雰囲気を漂わせている。
電車での通勤の利便性から典型的なベッドタウンになっている訳だが、道路事情は中々厳しいものがある。常に渋滞に晒されている。 そんな道路事情の中、カーゴで移動し、現地に到着する。
当初、数日のうちに例の殺人事件が起きると思われたが、作戦が始まって現在、既に10日ほど経過している。 第四、第五の両事業所に変化はなく、平穏な日常が過ぎている。
現場には、ローラさん、キリヒ、そして調整済みキャミャエル型戦闘トークンが加わる。 サナエさんからの支給品というより、アーサブカブ社からの支給品で名は、ブラウニーとなる。
以上の3名体制。 セレンは事務所で、回線により遠隔で繋がっている。 名前の由来はテラの使い魔の名前らしいが、よく分からない。
彼らは、事業所の一角の会議室を一室、専用で借りており、そこで過ごしている。
「私も事務所であるべきでしょう」
ローラが愚痴をこぼす。
『それはどうですかね。 この班のリーダはあなたです。 士気を上げるにも前線にいることは、よいことです』
なーんかお堅い感じのトークンに仕上がっている。
「今日で10日目か。何も起きてないな。もう一つの事業所にも動きはないようだが」
キリヒもコンバットスーツを着て待機しているが何も起きていない。 いい加減飽きてくる。
出張中でも、業務はセレンに任せてあるので、出先でも業務は進んでいる。
「諦めてこのままいなくなって欲しいんだけど! ずっと泊まり込みって、治安部の張り込みじゃないのよ! 簡易シャワールームばっかり! それに男性と寝食を共にするん何て……」
「憂さ晴らしに昼間から飲酒というのもどうかと思うが? 」
「うっさいわね! やってられないのよ! 」
ブラウニーは、彼の後ろに待機している。 前例から夜間での襲撃が多い為、睡眠時間は昼間にして、夜間業務についている。 昼夜逆転の生活が続いている。
しかし、トークンがいるため、両名が寝る時間を確保しても1日中の対応が可能なのが、連続夜勤のローラチームの唯一の救いになっている。
『荒れてますね』
「仕方ないさ。夜勤となれば肌も有れるし、生体バランスも崩れる。 実際むくんでいるし」
「そこー。言ってはいけないことを言ったわねー! 」
酔っぱらいながらも耳は、いいようだ。
「そしてヒステリックにもなる」
『なるほど』
長期間の何も起きない現状。 警備も全体的に緩慢になりつつある。 常に緊張を張り詰めていることは人間には出来ない。 そんなか本日も深夜の時間帯に突入した。
時計の針もてっぺんを回る。
「今日も何も起きずか……」
キリヒがため息をつきながら、言葉を洩らす。
おそらくその言葉と同時ぐらいにブラウニーから報告が上がる。
『キリヒ――環境データの乱れを検知しました。 これまでと少し異なっています。 何か起きる可能性があります』
「了解。 トークンにも感じるものがあるのかね。 守備隊は? 」
『まだ気づいていないようです』
「まずは、泳がす」
『承知』
ローラは、ソファでうたた寝をしている。
「起きろ! 」
キリヒが、ローラの体を揺らす。
「うみゃ? 」
「パーティーの幕開けかもしれない。セレンと準備をしてくれ」
「ふあぁい」
「……はぁ」
キリヒは、濃い目のコーヒーを用意しローテーブルに置く。
「飲んでスッキリさせておけ。行くぞ。ブラウニー」
ドアを開け、巡回の雰囲気で室外に出る。
“にっがーい。何これ馬鹿じゃないの!! ”
との悲鳴にも似た声が中から聞こえてくる。
≪スッキリしたようです≫
≪ああ≫
まずは最初の目撃証言が多い霊安室に向かう。
移動していると、守備隊に出会う。
「どうした? 」
「ああ。 胸騒ぎがしてな。 なんとなくだ」
「胸騒ぎかー。ここ10日間ずっと胸騒ぎだぜ」
「まったくだ」
多少の情報交換が起きる。
「様子は? 」
「以前同様、問題なし。 お前も気を付けろ。 相手は手練れだ」
「ああ。発見次第報告する」
巡回の守備隊と分かれる。
≪かなり緩んでいますね≫
≪それもあのトークンの狙いかもしれない≫
人が通らない場所では、照明も絞ってあるため、薄暗い。
≪聞いていいかい? ≫
≪何でしょうか? ≫
≪環境データってなんだ? ≫
≪セレンから渡されたデータになりす。 トークンが発生する電波や周囲の温度上昇ですね。 本日は、そのデータパターンに似た状況を受信したまでです。 といっても、かなり微弱で、60%程度しか一致していませんでした。 しかし、今まで周囲の機器からそのような変化は見られなかったため、今回提案しております≫
≪なるほど……セレンは、既に目標と会っているのか? ≫
≪似た事例を経験したとのことです。 今回の一件と同じか、別かは不明です≫
≪なるほど。 勘の類だな≫
≪はい≫
薄暗い中を進んでいく。霊安室の前にはやはり守備兵がいる。
「おう。 博士の護衛か? どうした」
「胸騒ぎってやつだ」
「なるほど。で、どうだった? 」
「いつも通りだな」
「だよなーこのまま出てこ……」
話し相手が言い終わる前に、キリヒの強烈な蹴りが相手を襲う。
相手はコンバットスーツごと弾き飛ばされる。
とその瞬間例の刃物を持ったトークンがその場に着地し、床が抉れる。
「よう。夜の散歩かい? 」
『ほぅ勘が鋭いですね。 よく見破りました』
周囲にの風景が透過している、何かが前に現れる。
「光学迷彩か。随分と最新鋭なことで」
その瞬間キリヒのアサルトライフルが発光することになる。 光学迷彩が解けるとトークンが現れる。緋色のモノアイレンズが見える。 光学迷彩が切れたとたん対象者は、直ちに逃げていく。
キリヒが、直ちにそのトークンの後を追う。
キリヒは、無線で蹴り倒した相手に連絡を入れる。
≪済まねえ。とっさだったんだ≫
相手を追いかけながらも、蹴り飛ばした相手を状態を確認するため、後ろを見るが守備隊員もかなりのダメージが入っているため、直ぐには動けなさそうである。
≪っか。キッツいなーお前。でも助かった。俺のことはいい。追ってくれ≫
≪了解。他者への連絡を頼む≫
≪了解だ。 注意しろ≫
どちらにしろ、奴を泳がせないとコールドスリープの先住民は発見できない。
捕まえる気もないので特に急ぐ気もないが、走らないと様にならないのでとりあえず走っている。
≪光学迷彩とは、実用化されたのですか? ≫
ブラウニーからの通信が入る。
≪わからん。 しかし、どおりで進入路が不明な訳だ。 光学迷彩とはな。 どっちに向かった? ≫
≪トークンらしきものが、左に曲がりました≫
≪了解≫
かなり早い。おおよその勘だけを頼りに進んでいる。
≪妙ですね≫
≪どうした≫
≪この先行きは、どれも守備隊が強固に守っている範囲に入ります。わざわざ捕まりに行きますかね≫
すでに多くの治安隊が一体のトークンを追い始めている。
(……いや。何かおかしい)
≪ブラウニー。どう考える? ≫
≪――ダミーの可能性があります。どこかで入れ替わっているのかもしれません≫
≪了解。 ここは守備隊に任せよう。 俺たちは別の方向から奴を追う。 お前に従う。指示をくれ≫
≪承知。先ずは反対側に向かいましょう≫
キリヒたちは、追い詰めていく状況を背に別な方向に向かい出す。
≪どっちだ≫
≪こちらです≫
ブラウニーに言われるがまま、進んでいく。
右に左に曲がっていく。 ただの事業所にしては入り組み過ぎている。
≪ここはやけに複雑だな? こんなルート図面にあったか? ≫
≪ここはデータに無いエリアになります。 隔壁が操作されています≫
僅かな時間を置き二の句が継がれる。
≪システムに入り込まれた可能性があります≫
≪隔壁ね。見られたくないのものでもあるのか? ≫
それでも彼らは進んでいく。突如エレベータの入口が目の前に見える。
≪降りる? ≫
キリヒの言葉にブラウニーが切り返す。
≪敵! 気配が消えました≫
≪逃げたのか? ≫
≪いえ……来ます!! ≫
刹那、急に実態をあらわにしたトークンからの突きがコンバットスーツを襲う。
腕でガードするが、後ろに弾き飛ばされる。突きを受けた部位は、損傷が発生する。
装備していたカービン銃が弾き飛ばされ、バイザーメットには、右腕部損傷10%の表示が見える。
(嘘だろ。最新型の新品だぞ! 殴られただけでか! )
トークンは、先ほどの大型のナイフを取り出し戦闘態勢に入る。
狭い通路での格闘戦の様相を呈している。おそらく、1対1にしてこちらの数的有利を消すつもりなのだろう。
戦闘スタイルの構えになる。
(どの道、カービンは使い物にならない。ハンドガンはあるが、取り出して、構えて、トリガーを引く時間なんてくれなさそうだな)
無言のトークンであっても言い知れぬ威圧感がある。
いや何も感情がないトークンゆえの恐怖だろうか。
意識をトークンから離した隙に、相手トークンが一瞬に距離を詰め、左から右にナイフを滑らせてくる。
コンバットスーツの危機回避プログラムにより、身体が半歩後ろに下がる
(機械風情がなめるな! )
振り抜いた腕を絡めとり、振り抜く力を使って床に叩きつけるとナイフを落すがが、ほとんどダメージが入っていない様だ。
トークンも直ちに飛び起きざまの上段蹴りを放つ。 これをキリヒが腕でガードする。
<左腕部 ダメージ10%>
そもそも今のコンバットスーツの性能が、相手に追いついていない。
(こいつ確実にダメージを入れてくる! )
蹴りからの動作硬直を狙ってモノアイ目掛けて突きを放つ。
カメラを割れば撤退するとの考えになる。
トークンのモノアイにヒットするが、顔を回転させ力を逃す。結果、レンズにひびは入っていないようだ。
(どれだけ流ちょうに体が動かせるんだこいつ! )
次の瞬間、トークンが顔とともに体を捻らせて、一時後ろ姿となった後、裏拳が飛んでくる。 勢いを得るため自ら回り、拳に力を乗せる。
強烈な打撃がキリヒを襲う。
<頭部 ダメージ70%、センサーの異常発生>
バイザーメットに映るのは、最悪の警告表示だ。
この相手クラスで、光学センサー系がイカレると、回避プログラムが間に合わなくなる。
しかし、そんなことを気遣ってくれる相手ではない。
続く攻撃に回転回し蹴りが入って来る。
回避プログラムの動作の遅延が発生している。
蹴りのダメージは受け流せたが、後方に吹き飛ばされる。
<腹部 ダメージ50%、可動部異常発生>
両者は、先ほどの攻撃で距離がひらく。
<右腕部損傷10%>
<左腕部損傷10%>
<頭部 ダメージ70%: センサーの異常発生>
<腹部 ダメージ50%>
(冗談じゃない。脚部にダメージが入ったら機動力低下。 ただの的になる。それだけは回避しないと)
気を抜けない。
トークンが床を蹴る。
(飛び込んでくるか! )
次の瞬間視界から消える。
(壁面に飛んだ?! 三角飛びかよ! )
バイザーによるトークンの軌道計算が間に合わない、頭部か! 腕か!
目の間に着地しそのまま視界から更に消える。
(脚部! )
足払いに似た攻撃で完全にキリヒが転倒させる。トークンが仁王立ちになり、完全にマウントを取った状況になる。 圧倒的にキリヒが不利な状況。
しかし、ここで割って入る1体。 キリヒがターゲットから前から消えることで、ブラウニーが持っていた、カービン銃でトークンに攻撃を加える。
もちろん、ダメージが入るはずもない。 銃声が施設内に響く。
トークンは、攻撃を止め、刹那ブラウニーを見つめる。
その後、ブラウニーの脇を駆け抜け逃走することになった。
≪追いますか? ≫
≪勘弁してくれ。 無理だ。 あいつの破壊率は? ≫
≪見た目上ほぼ無傷ですよ。特殊装甲ですね≫
≪強い上に強固ときたかー≫
そのまま倒れ込むキリヒ。
銃声を聞いて、応援が到着する。
彼らが見たのは、最新鋭のコンバットスーツのいたるところに亀裂が、入って倒れているキリヒの姿である。
「おい大丈夫か! 何があった」
守備隊が、そなりにキリヒ近寄って、声を掛ける。
キリヒが、手を上げると守備隊の一人が、彼の手を掴んで引き上げ起こしてくれる。
「本物がこっちにいた。それだけだ」
「最新のコンバットスーツがこんなに」
「ああ。戦っていた奴が、本物だな。 攻撃力がけた違いだ」
「ケガは? 」
「無いな。最新のコンバットスーツで助かった。なければミンチだったよ」
「……」
「あんた達が、追っていたトークンは? 」
「あっけないぐらい容易に捕まったのでおかしいと思ったよ。いまは、輸送車の中だ」
「ありゃ身代わりだ」
「そのようだ。先ずはログ解析にかけるが、いつも通り何も残っていないだろうさ」
騒然としている事業所内である。
囮のトークンを載せた輸送車は、そのまま、どこかに消えていった。
残った部隊は、そこで解散となった。
今回は珍しく死人が出ず任務が終わっており、作戦は成功ではなかったが、各員の顔は明るい。 キリヒの咄嗟の判断とその後の足止めの功績が大きかったようだ。
事実、“お前のおかげでだ” “助かった” “ぜひ我が隊に来てくれ”など多くの労いの言葉が、キリヒに掛けられる。
それらを受け流し、ローラさんを迎えに行く。
「終わったぞ。コンバットスーツがボロボロだ。代わりを頼む」
コーヒーのカップは空いており、移動式データ端末を見ながら、セレンと何か話している。
“ちょっとどうゆうことなのそれ! ”
かなり根を詰めているようだ。
「ローラ博士。終わってぜ! 」
「おお! 急に驚かせないでよ。じゃぁセレン後で報告お願いね」
端末から顔上げ、端末を畳み、こちらを見る。
キリヒのコンバットスーツの破損はかなりのものだ。
「また、随分やられたわね」
「強敵だった」
『強敵でしたね』
一方、ブラウニーの装甲は新品同様である。
「ブラウニー。あんた何もしてないの? 」
ブラウニーに怪訝な視線を送るローラさん。
『狭所での支援はフレンドリーファイアを考えれば控えるべきと考えました。また私の装甲では一撃で破壊されるだけで、足でまといでした』
トークンが判断したのであれば追及しても意味がない。 それにいきなり会社の備品をスクラップにするのも査定に関わるかもしれない。
「まったく……あんたも戦闘用。 最新のコンバットスーツが2基必要のようね。 手配しますよ」
ローラさんもしょうがないといった雰囲気である。
「それとあの、|新造品《多腕式コンバットスーツ》も配送してくれ。 手数が多い方がいい」
「はいはい。 分かったわよ」
そんな会話をしながら、三名は10日間の住居の事務所を後にする。
「おい。生活ごみはそのままなのか? 」
「こんなところに10日間も閉じ込めたのよ! 清掃ぐらい会社もちよ。当たり前でしょう! 」
「いいやダメだね。“立つ鳥跡を濁さず”だ。俺が片付ける」
『承知。私も手伝います。キリヒ』
「ハァ。分かりました。手伝いますよ」
渋々清掃を始める3名。
途中、最終確認に来た作戦指揮官も訝しげにその行動を見ていたが、清掃という行為のため業務担当に任せて撤収してしまっている。
清掃が終わり、屋外に出ると外が明るくなっている。既に通勤時間帯に差し掛かっているようだ。
「もう無理。 眠い! 」
ローラさんが叫ぶ
「俺もだー」
ボロボロのコンバットスーツとすっぴんでむくれているローラさん、それにトークン。
全員がカーゴに乗り込むとそのまま睡魔により眠りに落ちる事になる。
謎のトークンとの初戦は、まずの引き分けとして幕を閉じることになる。
しかし、目的であるコールドスリープ状態の先住民の発見には至っていない。




