思惑
--- ティエンフー中心部 それなりのマンション
ティエンフーの街並みが一望できる高層階のマンション――を借りられるわけもなく。
下町の少しごみごみした住宅街に彼らの住処はある。ワンルームを2部屋の借用。
治安はそれほど問題ないが、おしゃれスポットからは程遠い。 乱闘騒ぎや銃声が無いだけ、良い部類に入る。
今は、キリヒの部屋でミーティング中。セレン越しにサナエさんを交えての協議中
*** ☎ 通信中 ***
≪で? その謎のトークンを追っていくことにしたのね≫
殺人事件から、生きている人間を探しているトークンの噂まで報告。 最終的にトークンを追っていくとの報告をしている。
「武装は威力を落とした弾丸が欲しい。当てても被害が少ない奴だ。こちらが怪しまれても困るからな」
『それとバグドローンを頼みます』
≪りょうかーい≫
「サナエさん。はめましたね!」
ローラさんは、既に出来上がっている。
≪だましたつもりはないけど――≫
「完全な闇じゃないですか! 真っ暗闇。ちなみにどーするんですか!! 」
「おい。落ち着け」
≪どうする? ≫
「これが落ち着いていられますか? ああ! 住民をどうするかってことですよ! っく」
“飲み過ぎだ”
とキリヒの声が聞こえてくる。
≪確かに。確認しておくわ≫
「頼んだぜ」
≪注文は受け取ったけど、聞く限りかなり高性能なトークンっぽいけど大丈夫? ≫
「何とかするのが。俺の仕事だからな」
キリヒも何かしらの算段を考えているようだ。
≪わかったわ。他には? ≫
『私が送ったデータファイルは届いていますか?』
急にセレンが会話に入ってい来る。
≪……このデータファイルのこと? ≫
『はい。 微弱な電波、音声そして映像のデータが入っています。 念のためのデータ解析をお願いします』
≪解析ねー。 了解……確認しておく≫
サナエさんとの会話をしながら夜が更けていく。
出来上がったローラさんがキリヒの部屋で暴れ、つまみを散らして、ようやく寝たのはその日の真夜中になった。
--- 副帝都 チーヌー
副帝都チーヌー。 第二帝都や西方防衛拠点、そして全てを飲み込むことから魔都と呼ばれている。
帝都より繁栄は落ちるものが、イシュタル帝国最大の人口を抱える巨大都市になる。
ここにもラクシュミ捕囚の名残が酷く影響している。
その副帝都のある高級ホテルでこの国も貴族階級であるトカエフ卿とシャヤクの打ち合わせが、行われている。
豪華な部屋には、二人のみであり、護衛も全て室外で待たせてある。
話す内容は極秘のビジネスの話題であるため、他の人間は入ることが出来ない。
「全く先住民の扱い方も困ったものだ」
トカエフ卿が、高そうな酒を飲みながら愚痴る。
「そうですか? ヴェスパー社も我が社も大助かりです」
「モルモットとはよく言ったものだがな。数が多すぎる。それに管理も大変だよ」
ウンザリしながら、トカエフ卿がグラスの酒を見ている。
「しかし、宰相サハリ候の提案を我々に突き返せと言われましても、それはきつい要望ですよ」
「まぁな。 私が危険な橋を渡ってモルモットを供給しているのもそのためだ。 奴も次期皇帝の候補の一角だからな。 その器も能力も十二分にあるからな、掛けるに値する人物だよ」
「トカエフ卿は立候補しないのですか? 」
「勘弁しろ。あの地位は憧れるだろうが、近くで見れば、それこそ働きづめだ。わしには合わん。こうして高いホテルで酒を飲むぐらいの余裕は、欲しいものだ」
この男は、そう宣っているが、候補に挙がるための地位も人徳も成果も全く足りていない。 能力不足であり、ただの候補外なだけである。
「先般 例の研究所で乱入騒ぎ合ったと聞くが問題ないだろうな? 」
トカエフ卿が睨みながら、警告してくる。
「大丈夫ですよ。我々の管理は万端です。ヴェスパー社の方に釘を刺されれたほうがよろしかと思いますが?」
「確かに、少し厳重注意が必要だな――何せ数が数だからな。下手に証拠を握られると反逆者の汚名を着せられかねん」
貴族の息が掛かった研究所をヴェスパー社に管理を委託している状況である。 そこにシャヤクの会社も嚙んでおり、両社から利用料が懐に入って来る。
そして、貴族配下のため、治安隊も容易に捜査が出来ない状況になっている。 そのため、トークンにやられた警備員は、事故死扱いで片付けられている。
「生き馬の目さえ抜かれる宮廷政治ですか。恐ろしい」
シャヤクから感想が漏れる。
トカエフ卿が、グラスの酒を飲み干し、本題に入っていく。
「それで、私に接見しに来たのは、世間話をする為でもないのだろう? 」
「勿論です。 例の実験候補に我が社の技術と社員が抜擢されておりまして、テラに向かうことになっております。相当なプロジェクトになります」
「それで、私に何をしろと? 」
「つきましは、融資の方を皇太子様に御取次ぎを」
「ふーむ。しかし、向こうは皇太子様の計画だ。この国では両天秤は恥知らずとして、最も信用されんからな――」
「介在人を通せば良いだけのこと。両天秤は必要でしょう。他の貴族の方もやっておられます。 それにウェヌスの事を思ってのことだとあれば、覚えは悪くないと存じますが? 」
「まぁな。 でこれか」
テーブルの上には鍵とアタッシュケースがある。
「ええ。上階の部屋にそれなり数の遊女をご用意しております。それと御取次ぎの手間代でございます」
アタッシュケースには、相当額の現金が、そのまま入っている。
いつの時代であっても、地域であっても、やることは変わらないのだろうか。
「お前もよくやる」
「次期社長までもう一歩ですからね。 金で成果が買えれば、安いものです」
「会い分かった。必ずや成し遂げよう」
「ありがとうございます」
鍵とアタッシュケースを持って、そのまま部屋を出ていった。
スイートルームらしく、広い部屋に一人残されるシャヤク。
(ふー。貴族の世話役も楽じゃない)
そんなことを思いつつ、シャヤクは煙草に火を受け、煙を肺に満たし、吐き出す。
眼下には、イシュタル帝国の堅牢なインフラにより支えられ、夜でも明るく彩られている都市が広がる。多くの車両が行き交い、夜になっても街が眠らない。
一方で、遠方の境界の外であるアウターと呼ばれる郊外地域はかなり暗い。 夜になるとその差が顕著に表れている。
移民計画によって移住した民の居住地区であり、チーヌーが魔都と呼ばれる原因でもある。 あらゆるものを闇に飲み込んでいく都市。
アウターに存在する貧民窟は、犯罪者の巣窟として機能しており、多数の黒社会が存在している。チーヌーの経済の50%は、闇社会の経済ともいわれている。
とはいえ、インナー地区においては、ビッグフォール後の人間が見ればその、復興、繁栄ぶりには驚嘆するものがあるだろう。ここまで来るのに多くの歳月が経過してきた。
これからもこの国の繁栄は、約束されている。次は、あのチーヌーアウターから始まる新天地であるラクシュミ地域の開発が待っている。
シャヤクの脳裏には、開発計画が既に練られている。
アーサ・ブカブの社長になりさえすれば使える資本も人材も莫大である。
将来のあるべき地位に夢をはせる。
今の自分には小を殺して、大を救う。それ以外の手段が思いつかない。 あの男みたいに社長の下で理想に邁進することはできない。
そのためには、資金と地位を手に入れて、理想を、目標を達成するのみ。
睨みつけるは、遠方の漆黒の闇かそれともガラス面に映る己の姿か?
様々な思いの中、帝国の夜は更けていく。
--- 1ヵ月が経過する
業務内容は、上がってきたデータの判定が主である。使えるデータや使えないデータの整理になる。その上で使えないデータに補正を掛けて確認できる業務だ。
うわべ上、死者の生前の記憶を呼び覚ますことで“犯罪捜査”や“葬儀”への応用と銘打っているが、気持ち良いものではない。
そもそも子供やペットの映像が混じっているのが非常に気になる。 気になるが気にしない。
「セレンさんが、いてくれて助かります」
ローラからのここからの謝意である。
『そう言っていただけると、手伝いに来た甲斐もあります』
「発生するだろう戦闘への参加はどうなる? 」
キリヒから今後の心配が告げられる。 いくらキリヒが強いからと言って、一人では作戦の幅が限られている。
戦闘が可能な人間が出来ればもう一人欲しい所ではある。
『サナエからは、私の戦闘参加は控えて欲しいと言われております。本業への対応もありますからね。いま支援室で戦闘用トークンを開発中ですので暫しお待ちを』
「まーそうだよな。 高価なトークンだしな。 少なくとも戦線に出すには、今の装甲では心もとないしな。 そうなると、セレンはデスクワークか? 」
『現状は、その様に指示されています』
「私も良いんですよね? ねっ。ねっ」
ローラが、後方勤務を要望する。
「ローラは、どうだろう? 多分、後方かもしれない」
「何よ。 多分って」
「トークンの情報を集めたいとなれば、必然的に専門家が必要になるだろう」
「私、専門家じゃないわよ! 」
「いや。 専門家の立場だろ? 少なくても表向きは」
キリヒが釘をさす。
「嘘……私も戦場にいくんですか! あー嘘でしょうー 」
狼狽するローラ。
「といっても最前線にはならない。気にするな」
軽い言い争いの中、固定の通話端末が鳴る。
「あー。嫌な予感しかしない」
「恐らく所長だな」
ローラが、いやいや通話端末に出る。
*** ☎ 通信中 ***
≪サディコフだが、少しいいかい≫
ああ。どーしていい予感が当たらず、悪い予感しか当たらないの私。
≪なんでしょうか? ≫
とはいえ、感情は外に出さず、神妙なトーンで応じる。
≪早速だが、例のトークンの打ち合わせを行いたいのだが≫
挨拶の後の開口一番、要望から入って来る。
くっそーどうして! どうして!
やっぱりか。ここは落ち着け私。気丈に
≪わかったわ。 場所は? それと打ち合わせ人数を知りたいところね≫
≪私のみだ。内密で話したい。不安であれば君のオフィスでもいいが≫
あー。もー。
≪いいわ。午後に来なさい≫
≪助かる≫
*** ☎ 通話終了 ***
通話端末が切れる
「所長が来るのか? 」
「2人だけで内密に話したいって」
『秘密が隠しきれなくなってきているようですね。こちらとしては良い兆候だと思います』
「なにを言われるんだか」
憂鬱に午前中を過ごすことになる。ランチもそこそこに心の準備をする。
「なんでこんな目に」
「006部隊だからだろ? 」
「ただの人事部の社員よ。それも2等級の! 」
「これが終われば上がるんじゃないか? 」
「当たり前よ。バックヤードの給料じゃ割に合わなすぎよ! 」
ドアがノックされる。
『どーぞー』
セレンが回答する。
ドアが開けられ所長が現れる。
(博士モードで対応よ! 頑張れ! 私!)
気合を入れるローラさん。
「済まないね。君のような優秀な研究者に、こんな荒事の相談になって」
「ホントですよ。まぁここの社員である以上、手伝いはさせていただきます。 それで相談とは? 」
「ああ。その周囲の者を外して頂きたいのが」
サディコフが、キリヒに視線を送る。
「そうですね。因みに私の秘書ですが、軍人あがりなんですよ」
「そうなのか! 」
「ええ。例のトークンを捉えるとの作戦でしたよね。映像を見る限り向こうの戦闘力も相当でしょう。彼の戦闘力は申し分ありません。
こんな研究をしていると成果を奪う輩も多くて、秘書兼ボディーガードと言ったところです」
「……」
所長は黙って聞いている。
「私なりに考えてみたんですが、会社への貢献としては、彼が手伝うのも悪くないかと思いますがいかがですか? 」
「ああ。そうであれば助かる」
「では、彼もこの席にご一緒してもよろしいでしょうか? 」
「勿論お願いしたい」
キリヒもローテーブル脇のソファに座る。
「それでは、あのトークンへの対抗策だと思いますが、お聞かせ願いないでしょうか」
「ああ」
所長が話し出す前にセレンがお茶を持ってやってくる。
『緊張されているようですので、お茶をお持ちいたしました。昼食後ですので、焼き菓子になります。やわらかいので口当たりもよろしいかと』
ただのクッキーを一枚提供する。
「ああ済まない。実は昼食もあまり喉を通らなくてね」
「それは。 それは。 セレン。 例のチョコレートケーキを」
「別にそこまで――」
「糖が無くては頭は、回りませんよ。 丁度、美味なチョコレートケーキが手に入りましたので食してからお話ください」
余程、空腹であったのだろう。 追加で出されたチョコレートケーキもあっという間に平らげていく。 お茶で一服したのち彼の口が開いていく。
「ありがとう。ローラ博士。早速だが、例のトークンに関して捕縛を考えている」
「捕縛ですか……映像からでもかなりの戦闘力と思われますが、どのように? 」
「今のところ出現場所が、我々が保管している死体安置所に現れているようだ。 先日も一か所襲撃にあっている」
「また、あったのですか? 」
ローラが、少し驚いている。
『1か所では、ないのですね? 』
すかさず、セレンが指摘を入れる。
「……博士が調整しているだけあって聡明なトークンだな。 そうだな。 ここを含めれば3件だ」
「なるほど。しかし、どこもそのような情報が、流れていないところを見ると全てもみ消している訳ですか? 」
ローラは、堂々とそして落ち着いて返していく。
「貴族がらみ……ですね? 」
サディコフもローラの指摘にそれほど驚いていない。 むしろ納得している感がある。
「ああ。君ほどの人間に隠すことはできないな。その通りだ。名前は勘弁してほしい」
「それで。関係場所に先回りして対応すると言ったところですか? 」
「これ以上の死人ができると隠蔽も難しくなる」
「わかりました。それで私達にやって欲しい事とは」
「そのトークンが現れると警備トークンが軒並みダウンしている。しかし、立ち去ると元に戻るが、その際のログが消去されているんだ。 現地で直に状況に対応して欲しい」
「……」
(マジかー。一番恐れていた奴じゃん)
「頼む」
「その拠点のデータを送っておいてください。それと守備隊の人数やセキュリティ状況のデータをお願いします。こちらでも捕縛作戦を立てます。
もちろん、そちらはそちらの都合やプライドもあるでしょう。 あくまでも支援との形を取りますので、安心してください」
「助かる」
その言葉を残して、所長は退出していった。
退出の後、室内は沈黙が訪れる。
最初に沈黙を破ったのはローラさんであった。
「あー。やっぱりこうなるかー」
半分諦め声で天井を見つめる。
『全部で3件もおきているとは、死人も出ているとなると、隠蔽も限界が来る可能性がありますね』
セレンも補足する。
「だろうな」
ここでキリヒが初めて口を開く。
『まずは情報を待つといたしましょうか』
その日の夕方に各拠点のデータ・守備隊の人数・セキュリティのデータが届く。
拠点は全てで5拠点。その内3拠点が今のところ襲われている。
拠点と言いつつも、名称は事業所になっているが、実質、倉庫のような見取り図である。
『それなりの守りになっていますね。ここが霊安室ですか? それも着実に目星をつけて襲っています。データは漏れていると考えた方がよろしいですね』
「情報漏洩とか、そんな簡単にハッキング何てできるの? 」
『外部からではなく、内部からでしょうね』
「内部って、スパイか仲間がいるのか? 」
キリヒ氏が確認してくる
『おそらく――外部からのアクセスは難しいですし、まぁ透明にでもなれれば別ですが』
セレンの応答も流し、ローラは、画面に出ている残りのリストを見いる。
「次は、このうちの第四事業所か第五事業所、どちらかになる訳ね。見た目の規模は、同じそうね」
『おそらくですが。こればかりは、さっぱりですね。両方とも同規模の部隊を展開していますね』
「……」
キリヒは黙って情報端末の画面を見ている。
「うーん。じゃぁこっち第五事業所で! 」
『理由を聞きたいところですが』
「女性の勘よ」
言い切るローラさん。
『……キリヒさんは、如何でしょうか? 』
「ああ。構わない」
「じゃぁ本日の業務は終了! 帰るわよー」
ローラさんは一足先に支度をしている。
セレンの脇にキリヒが、じっと画面を見ている
『どうかしましたか? 』
「いや。勘見たいなものだ。気にするな。どちらにしろ、一度はあのトークンを交戦が必要だ」
そう言って端末前から立ち上がり帰りの支度をする。
「セレンはどうするんだ? 」
「本日もここに居残りしています。 少し調べたいこともありますので」
「分かった」
キリヒは退出する。人が出ていった執務室は物悲しい。




