潜入捜査
--- 数日後
現在は朝、ティエンフーのコンクリートジャングルを歩く2人の影
「マジで音が凄いわね」
眉間にしわを寄せるローラさん。
「あのねーちゃんのポスターをチラホラ見かけるな」
周囲をキョロキョロしながら、つぶやくキリヒ。
サナエさんは、ティエンフー中心部ではちょっとした流行になっている。
<脳が灼かれる未知のフェロモン。マールスからの美しき侵略者が、ウェヌスの精神を完全支配>
「……」
本人の耳に入ったら激怒しそうなキャッチコピーだが、人気があるのは確かだ。
「凄いでしょ! 私が火を付けたのよ。 彼女は売れる! 間違いないとね。歌は流石に断られたけど、行けるはず」
確信に満ちた顔をしている。 既に、別の仕事になっているが、彼女の熱意に誰も突っ込みがなかったようだ。
「へー」
しかし、キリヒは、ローラからの言葉を流しながら、まるで田舎から出てきた青年のように帝都ティエンフーの街並みを見回している。
そんな様子に気づきローラさんがキリヒに尋ねる。
「あんた。 ここ来たことなかったの? 」
「夜間の業務が多かったから、こうして昼間ティエンフー街並みをまじまじと見ることはなかったな」
ローラの方も人事部として、31系部隊の実態を知っているため、それ以上話題を広げない。 定年退職か寿退職を狙っている彼女は、アーサ・ブカブの闇を興味本位で覗く気もない。
バディになっているが、今のところ両者の間にはかなりの溝がある。
自動車の警告音、怒鳴り声、治安隊のサイレン、ストリートミュージシャンの音楽など多彩な音に彩られている。 ケンカが始まれば、警備トークンが出てきて直ぐに仲裁される。
「結構、平和なんだな」
「あんたのいる世界に比べればね」
駅ビルに入り、電車に乗る。
「どのくらいかかるんだ? 」
「十駅ほど先よ、ちょっと郊外ってところね」
電車に揺れる。 帝都の巨大な建造物の間を縫うように走る路線。 周囲にはかつての想像した、空飛ぶ車……はないが、空飛ぶ自動配達車がビル間を行きかっている。
といっても、ここでは見慣れた風景であり、周囲の者も特段気にしていない。 そしてこのような先進地域に蔓延る|アドレノミクス。
空飛ぶ宅配機に取り付けられているパネルに映る広告の数々。 刺激的なフレーズに消費を喚起させる映像に文言。 それもまたメガロポリスの醍醐味だろう。
彼らは、それを横目に進んでいく。 周辺の風景はそれらの普段の風景に特に感想はない。 空中から地下に鉄道車両は入っていく。 地下鉄に入ってから独特の香りに包まれること数駅。 目的の駅で両者は下車する。
ここは完全に地下になる。 地上に出ると、周囲の雰囲気は中心部に比べ落ち着いて、住宅街に近くなる
街路樹もそれなりに整っており、閑静感がある。
「こんなにも落ち着くもんだな」
キリヒが周囲を見ている間、主人であるローラさんは必死に地図を見ている。
「こっちね。 行くわよ」
周囲の音は落ち着き、時々の鳥の声が心を和ませる。
暫く歩くと、木々に囲まれた門と周囲には高い壁がそびえている。
ローラは守衛に駆け寄り、アポイントメントを伝えているようだ。
暫くすると、奥から一人の男性が現れる。
「ようこそお待ちしておりました。ローラ博士と秘書のキリヒさんですね。こちらです」
案内者の彼の後に着いていく。 ローラとキリヒが着いていく。
キリヒが小声で警告してくる。
「おい! ローラ博士って? 大丈夫なのか? 」
「大丈夫なわけないでしょう! 乗り切るのよ。あんたもフォローしなさい」
「勘弁――」
「弱音を吐くのが、あんたの仕事なの! 」
ローラが睨みつけてくる。
「了解。 全力を尽くす」
「よろしい! 」
ロビーに到着すると、数名の担当者がいるが、その中でも偉そうな人間が一歩前に出てくる。
「お待ちしておりました。ローラ博士ですね。 マールスのエリス自治科学大学とは、優秀でいらっしゃる。
我々もウェヌスばかりに閉じこもってばかりでして、どうしても惑星違には疎くて。 私ここの所長をしておりますアリシェル・サディコフと申します」
「我々も同じようなものですよ。ヤール。ローラ・ヤールと申します」
ローラさんが、作り笑いを浮かべる。
「提出された論文も見せて頂きましたが、有機AIの研究とは、随分と博打を打ちましたな」
「ええ。キャミャエル博士と共同研究でしたので。流石に彼女にはかないませんでしたけど。有益な時間を過ごさせてもらいました」
引き続き笑顔での受け答えをする。 動揺せずに堂々としてるその姿。 彼女は何気に度胸がある。
「あの、キャミャエル型の開発者ですか――」
所長の周辺がザワザワしている。
「ええ」
「はー。それは優秀ですね。そうであればあの論文も納得ですね、早速ですがあの有機AIOSの――」
「すみません、契約や特許関連もありますので、論文以上のことは控えていただけると助かります」
キリヒが、すかさず合いの手を入れて来る。
「マールス人らしい契約まみれですか。 人事もよく制約まみれの人物を雇う気になりましたね。まったく」
所長の取り巻きから皮肉が聞こえて来るが、ローラさんはスルーする。
「お気持ちを害して申し訳ございません。 こちらも色々ありまして。 ところでオフィスは何処でしょうか? 」
ローラさんの視線が、引率の男性に向けられる。
「こちらです。 では所長、彼女をオフィスに案内しますので」
「ああ。頼んだ」
「それではまた」
ローラさんが品よく挨拶をして立ち去っていく。
彼女の姿を見送っている所長は、改めて履歴書と推薦状を確認する。
推薦状には、キャミャエル博士のサインが確かにある。
利用方法が分からない有機AIを使い物にして、マールス宙域会戦では寡兵であっても、タニア艦隊を苦しめ引き分けに持ち込んだ。 その報告は、ウェヌスにも届いている。
(一見すると、事務方にも見えなくはないが――彼女は本物か)
門からの案内人の男に着いていく。
「ここです。 ローラ博士」
彼女のオフィスはそれなりに大きい。サナエさん以上の広さがある。
「なにこれ。広すぎない」
驚きながら中に入る。 キリヒも入りドアにロックを掛ける。
「ふー。 危なかった。 あの所長がセキュリティ係りになります。 現場管理中心で、アカデミックな質問をして、研究者をふるいにかける第一人者です」
「まじかーって貴方が内偵者? 」
「ええ。ここは盗聴の類はないので安心してください。 キリヒさんもありがとうございます」
「いえ」
まずは対象者との早々に接触できた。 潜り込むところまでは、成功。
「で、私はここで何をすればいいの? 」
「その前に、私はここの総務担当です。ある程度の情報は提供できますが、あまり深いところまでは、案内出来ないことを先に述べておきます」
「総務が、人事みたいことを? 」
「ええ。出先機関みたいなところなので、業務部として兼業が多いんです」
「出先? 」
「ここのメインの取引先は、ヴェスパー社になります」
ローラさんの眉間に皺が寄る。
「……まったく。とんだ巡り合わせね! 」
「どうした」
キリヒからの質問。
「うちのライバル企業よ! ラクシュミ地区では酷い目にあったわ! 」
憤るローラさんを横目に総務の男性が、説明を続ける。
「ここでの研究は、素体の初期実験を中心に行っています。ローラさんの役割は、そのコードの解析だと思います」
「言っていることがさっぱりなんだけど」
「有機体の記録を取り出す実験の手伝いですね」
「なるほどー読み出した記録を正しくすればいいのね」
「簡単に言えば」
「できるのか? 」
キリヒが会話に加わる。
「出来るわけないでしょう! 家電製品ですら怪しいのよ! 私」
「……」
そう言って頭を抱えているローラさん。少し気の毒に思えてくる。
「トークンを同伴させたいのだけど。 できる? 」
不可能だと憤っていても先には進まない。 打開策を見出すため、ローラさんからの提案がある。
「可能ですが、先ほどの所長を納得させないと難しいです」
「エー厳しすぎない」
「あいつは、どんなやつだ」
キリヒから内偵者へ質問が飛ぶ。
「尊大で、出身で上下を決めたがるタイプですね。権威主義の典型でしょう。マールスの大学の設定は、正解かも知れません。 正直、身近でないため認識できませんから」
「弱点は? 」
「権威主義者なので権威に弱いと思います」
「ふむ――。なぁこういうのはどうだ? 」
キリヒからアイデアが出てくる。
・
・
・
「本気ですか? 怪しまれません? 」
内偵者が動揺している。
「友人の設定であれば問題ないと思うが? 」
クドラが返答する。
「分かりました。やってみましょう! 」
まずはやってみる。今の状況を打開しなければ詰む寸前になっている。 ローラの息は荒い。
--- 数日後
机の上には、訳の分からない業務内容が放置されている。
「う……う。まじ、どーすんのこれ? お腹痛い」
「博士の業務ねー。 すげーな」
キリヒが業務デスクにある書類の束に目を通す。 何かの論文だと思うが、小難しいことが記載されている。
そんな中、ローラの固定式端末に着信が届く。
(う……う、ようやく援軍の登場)
≪はいはい! ≫
≪ローラ博士、お客様がお見えですが? ≫
≪もう、問題なく入ってもらって! ≫
「ようやく来たようだな」
「本当よ! 愛想笑いも限界よ! 」
ローラとキリヒが入口に向かいうと案の定、所長が客人をせき止めている。
「すまないが、ローラ博士に御用とのことだが? 君は誰なんだい」
「あら。 推薦状を作成したのだけど読んでくれたんでしょう? 」
「……キャミャエル博士? いやしかし、論文の写真は、そもそも顔が半分しか映っていないほど髪で陰キ……。 それにその……謎のマールス人? 」
「なによ。謎のマールス人って? 」
「キャミャエル博士―お久しぶりですー」
ローラが所長とのサナエさんの会話に強制的に割って入る。
「ローラ。 久しぶりね。連絡貰ってきてみたわ」
(一週間ぶりだけど)
「……」
サディコフ所長は声が、かなりのフレンドリーさに声が出ないでいる。
「あんた。 推薦文へのサインが欲しいっていっていたけど、ここにいたのね。 どうここは? 」
「まだ、入ったばかりですよー」
彼女達、二人が、仲良さげに話している風景は、疑う余地はない。 仕上がってこない仕事に多少の疑念を抱いていたが、マールスの天才と知り合いというのは、嘘では、ないようだ。
彼女達が一頻り話したとことで、サナエさんがサディコフ所長の方に体を向ける。
「ごめんなさいねー 改めてキャミャエル・サナエよ。 貴方が彼女の上司? 」
「ええ。そうですが」
「まさか、こっちにいるとは思って無くて。 あなたさえよければ、引き抜きたいのだけど」
あえて、重要人物っぽい説明を付ける。
「あ……いや、それは人事を介して貰いたいですな」
「そうなの? まぁいいわ。 ああ! そうそうあんたが返せって言ったトークンだけど、どうするの? ここで使えるの」
「あー所長の意見を聞かないと」
チラッ……チラッチラッ
ローラさんが、ザワとらしく所長に視線を向ける。
「もちろんトークン程度問題ありませんよ。 ところで、あの謎のマールス人ですか? 」
「その謎のマールス人ってなに? 」
キリヒが、広告を渡す。
「これだ。帝都中心ではかなり有名だぞ。 “脳が灼かれる未知のフェロモン。マールスからの美しき侵略者が、ウェヌスの精神を完全支配” とのキャッチフレーズだ」
「……」
笑顔が引きつる。 ここは帝都郊外の住宅街。 大ぴらな映像広告もなければ、ポスターたもない。 そしてここまでは車での送迎のため、帝都中心部は見ていない。
「まず、これは私ね。 遺憾ながら」
かなりの怒りを抑え込んでいる。
「おお、なんと。キャミャエル博士とは」
「あとでここまで広めた奴を後で取っちめてやる。ほらセレン」
『了解しました』
「これもキャミャエル型ですか? 」
所長がその姿に興味あり気に眺めている。商用化されたばかりであり、まだまだ数が少ないのが、現状である。
「もちろんよ。性能を更に上げているわ。彼女がやったんだけど。私が借りていたの。因みに10億ヴィールは下らない、超高性能トークンだからおいたしちゃだめよ」
そのため、値段も相当高額なものになる。
「天才が調整したトークン。 気になりますなー」
所長の機嫌もよくなり始めている。
『おや、気に留まったなら感激です。これからよろしくお願いします 』
流暢かつ小洒落た振る舞いをするトークンに所長も興味をさらに刺激されているようだ。
「いやはや。 君と仕事できるのが楽しみになってきた。ああ、キャミャエル博士。いつでも来てくれて構わない。それに良ければ公演も頼みたいぐらいだ」
「あら嬉しいお誘いね。まぁ彼女がいるのでまた来る機会はあるわ。 今日はトークンの件だったからね。 じゃーねー」
サナエさんは、ロビーで引き返していく。ローラの執務室には入らず出ていく。
(あのねーちゃん。あくまで部外者を演じる気か)
キリヒは、そんな感情を持ちながら去っていくサナエさんの後ろ姿に視線を送る。
「ローラさん凄いね。 君。 凄い人と一緒にいたんだね」
所長が、改めて彼女に感心しているようで話しかけてくる。
「ええ。まぁ」
「とはいってもここは、下済み業務しかないけど、今後もよろしく頼むよ」
その言葉を残して所長は奥に引っ込んでいった。
「セレンさんこっちです」
セレンを連れて、オフィスに向かう。
室内に入ると、ソファーにそのまま体を預けるように横になる。
「あー。もー。キッツいわー」
端末にメッセージが着信する。 ローラさんが徐に着信画面を見る。
<後で覚えておきなさい>
「あーもー」
『さてと、無事に潜入できました。とりあえず、業務内容を見せてもらえますか? 』
セレンが、彼女のデスクに大型端末前に座り、資料とメッセージを閲覧する。
『なるほど。 報告にあったやつですか――』
セレンが端末を操作し始める。
コマンド画面に何やらカラフルな文字が浮かび上がっていく。
しばらくして、“完了です”の言葉と共に、メッセージのデータを流し込むと何やら映像が、出てくる。
どこかの屋外か? 画面は白黒でよく分からないが、村だろうか。 建物は質素であるが、それなりの数がある。
誰かの目線のようにも思える。この目線は、背が低い者になる。恐らく子供か?
直ぐに画像は消えた
『ここまで、ですね』
彼女の与えられた資料を解析し構築したのが、この映像である。
「何これ? 」
次データの映像は、ボールを追いかけている映像になる。 小動物のようである。テラのところの小型犬のようなペットのような感じもする。
「……なんなの」
ローラさんは、意味が分からずじまいで多少困惑している。
「因みに何をしたんだ? 」
キリヒはその制御に興味があるようだ。
『キャミャエル型のAIOSの応用です。有機物と無機物の間の情報変換技術を行ってみました。結果がこの映像です』
「正直言って、気味の良い事をしてなさそうだな」
『恐らく、脳内記録データ変換でしょうね』
「へー」
「この記憶保持者はどうなっている? 」
『わかりませんね。脳の動きから情報を引っ張り出したのか。はたまた――』
「開頭して直接か? 」
『ええ』
「あまり趣味のいいとは言えないな」
キリヒの眉間に皺が寄っている。
「ちなみに、これあげちゃっていいんですか? 」
『問題ないと思いますが、このプログラムがあなたの地位を安定させるので、無暗に譲渡するのはよろしくないと思います。 こちらの変換したデータを所長に送ればよろしいでしょう』
「わかったわ。ようやく胃痛から解放される」
ローラさんが、“子供”と“愛玩動物”の映像ですかとの言葉と共に添付資料をメッセージとして送付する。
「はー終わったー。 もう帰ろう。 セレンさんは、どうします? 」
『私は備品扱いですので、しばらくここで作業を続行します』
「働き過ぎて壊れないでくださいよ」
「定時後には、特定の情報に接続できない仕様になっている。 気を付けてくれ」
クドラが、セレンに釘をさす。
『了解です。 怪しまれず対応しますのでご安心を』
そう言って、彼らは部屋を出て行く。 年俸制によるフレックスタイムより、定時前に帰れるようだ。
『サナエより、こちらの扱いが良くて助かります。 さてと状況把握をおこないますか』
誰もいない執務室にキーを叩く音が響く。




