状況把握
--- 翌日
いつものように彼女の個人オフィス内で端末に向かって作業中。 朝からの作業も一通り終わり、昼までには、かなりの時間があるためサナエさんは、一服して茶をしばいている。
そんな中、ドアがノックされる。
「開いているわよ~」
サナエさんからの返答がある。
「どうもー資料を集めてきました! 」
ローラが勢いよく、入ってくる。
「相変わらず、早いわね」
少し呆れながら声を掛ける。
「まー人事部でも目を付けていましたからね。情報は既にまとまっていたのです! 」
胸を張って発言するローラさん。 察するに内容にはそれなりの自信があるようだ。
「勘づかれていないの? 」
「相手さんは既に人事部の要注意人物に挙げられていることは気づいているはずです。 そして、その上で仕留めるのが今回のミッションです」
ローラが言い切る。
「ですよねー」
『ですよねー』
セレンとサナエさんの返事はピタリと一致する。
「それで急所は、どこになりそうなの?」
「収賄程度では、会社も帝国政府も動かないでしょう」
(それも凄いけどね)
「実際、人事部で追っていたのは人身売買ですね」
「ああ、先住民族の? 」
「帝国の法律では、人身売買は禁止になってはいるんですが――」
「まー。そよねー」
「……残念ですけど、マールス基準で考えているなら禁止の意味が違いますよ? 」
「ほーというと? 」
「恐らく100人程度では、ほぼ黙認ですね」
「……」
「法律で禁止している理由が、奴隷による私設兵団への利用禁止が、目的ですからね。 人身売買の問題も、先住民を奴隷として購入して部隊を作ったことが発端でした。
もっとも帝国の打倒というよりも、貴族同士の揉め事に利用した訳ですが、そのことで帝国が、その力を中枢に向けられた場合を考えて問題になっていた訳です」
「……」
「と言う訳で、有力者が、帝国に反乱を起こすために人身売買で多くの人を集め反乱することを禁止するための法律ですので、千人単位の取引の証拠が必要になります。ちなみに、個人的に奴隷にするのは黙認ですね」
それもそれで中々凄いが……ここで憤っても先に進まない。 話を進める。
「なるほど。 実際どうなの? 奴隷を1,000人単位の取引をしているの? 」
「それが分かれば、とっくにシャヤクを今の地位から引きずり降ろしていますよ。 現時点では。 わかりません」
「その情報を掴めと? 」
「ええ。 そのために、アーサ・ブカブの人事部を中心に動いていた訳です。 証拠は未だつかめずじまいですけどね」
「でも上級役員あるシャヤク メトワであれば、人事部の動きは、筒抜けじゃないの? 」
「人事部もそれほど無能でなないですよ。 シャヤクが知るのは精々活動後の結果程度や動きがある程度の情報です。 筒抜けではないです」
「わかった。 そこまでの情報があるので会えば、取っ掛かり程度はあるんでしょう? 」
「ええ。 関連会社を調査は完了してあり、ダミー会社の抽出は完了しています。 洗い出した会社で、人身売買への関与が考えられるのは、1社ですね」
「ほー」
「知能転移研究所 になりますね」
「研究所? 」
「そーなんですよ。 人事部内の内偵でもそこが引っ掛かっていたんですよね。 何故に研究所なのか? 」
「ダミーじゃないのよね? 」
「はい。 実際に事業は行っています」
「何の業務? 」
「生体AIの研究と言うことで――。おお! そうですね。サナエさんのキャミャエル型有機AIの研究に近いかもしれません」
「ふーん。潜入捜査になるのよね? 」
「ええ。 サナエさんの出番ですよ! 」
ローラは、サナエさんが出ると思い込んでいる。
「どうするか――」
チラリとローラさんを見る。 サナエさんにも業務があるため、以前のようにホイホイと出歩いている場合ではない。
「どうしました? 」
「貴方。潜入捜査しなさい」
サナエさんが決断する。
「はっ? いやいやいや。ちょっと、待ってくださいよー」
「研究所側は、ローラ。キリヒは助手で対応しましょう」
『なるほど、いいですね』
サナエさんの案にセレンが乗る。
「いや何が良いの? ちっとも良くないんですけど」
「006部隊の実働体は、二人でしょ? 」
「……ひどい」
「更なる情報を集めて。伝手を見つけて、正社員で入りなさい。おそらく臨時では触れる情報に限界があるはず」
「えー。因みに私に生体AIの研究なんてわかりませんよ」
「マールス随一の私がいるじゃない! 支援するわ」
「……ホントマールス人って顔が良い割に人使いが荒いんですから。前の人は、性格まで破綻していたし……」
ローラがぶつぶつ言っているが、それを押しのけてサナエさんが話を進める。
「さっさと準備よー」
「はーい。やりますよー」
ぶつぶつ言いながら、ローラさんは事務所から退出していく。
事務所には、サナエさんとセレンの2人だけになる。
『知能転移研究所ですか? 聞いたことがないのですが』
「疑問はあと。 事前情報をお願い。 アーサ・ブカブのデータベースもあるでしょう」
『了解です』
---そこから更に数日が過ぎる。
知能転移 研究所への潜入捜査は、人事部の伝手で何とか目途を付けた。
上級役員も現在チーヌーへの出張中らしい。潜り込むには絶好の機会になる。
「で俺もか? 」
「ええ。 あなたは彼女の相棒ね」
「俺は、学問的なことは分からないぞ? 」
「構わないわ。 彼女の秘書兼ボディガードね。 ローラには、マールスのエリス自治科学大学卒業していることになっているから」
「どこですそこ?……サナエさんの出身じゃないですか! 短大出の私に何をさせる気ですか! 」
「さてと、私の研究の一部を渡しておくわ。未発表の論文よ。特許がらみといえば、詳しく説明する必要もないでしょう」
「私の発言は無視……もー。人事部の仕事ですか? 」
「006部隊の仕事ね。トークンが入れるようであれば、同伴できるから。話を付けてきなさい」
「わかった。やってみる」
キリヒが、指示に従う。
「何であんたが言うのよ。矢面に立つのは、私なのよ! 」
ローラさんの愚痴が飛ぶ。
「さっ。行ってきなさい。拠点となるマンションも借りておいたわよー」
ローラが、キリヒを連れて渋々出ていき準備のため出ていった。
出て言った直後に端末の着信音が鳴る。
*** ☎ 通信中 ***
≪潜入捜査の体制は、出来そうかい? ≫
≪メッセージじゃなくて、直接言いに来なさいよ≫
≪残念ながら、あのメッセージは、私からじゃない。 送信元も幾重にもサーバーを変えてダミーアドレスの送信を繰り返している為、解析不能だな。
人事部から潜入捜査実施の報告があって、ようやく実施内容が理解できた程度だ≫
≪誰からよ? ≫
≪何人か候補はいるが、要望者を聞くことは勘弁して欲しいものだ。 それを悟られないための通信でもあるし。 加えて、私も対象者を絞れている訳じゃない。
といっても安心してくれ。 この回線は、社内外の限定者による秘匿通信だ。
信頼性はある。陥れるようなことはないだろう。このような極秘の指令を出すのに使われているんだ≫
≪まぁいいわ。あんたは力を貸してくれるのかしら? ≫
≪大々的には無理だな。裏方程度が限界だ。あまりに政治色が強いからね≫
≪なるほどねー。わかった。でも相談は受けてもらうわよ≫
≪ああ、良いだろう≫
≪それにしても、研究所に追加のスパイを送り込むことぐらい、あんたならできたんじゃないの? ≫
≪場所が場所だけにね。素人を送り込んでも深部までにたどり着けないんだ。 事実、事務方の間者は送り込んでいるが、それだけだ。
研究所の中心部へは、知識があり、研究所の信頼を勝ち取れる人間が必要だ。それに、想定される事案としても恐らく荒事になるとも考えれる。
知識が一般以上あって、荒事もまでできる人間はいないからね≫
≪押し入り強盗でもしようっていうの?≫
≪強盗との言い方はどうだろ? ウェヌス人からすると正しいかもしれないが、マールス人の感覚だと恐らく違うと思うよ。
あーマールス人でも色々だろうね。でも、君の感覚なら間違いなく正しい行いだと思う≫
≪ふーん ≫
≪研究会社に間者がいるので、その人物の指示に従って欲しい。現在の戦力と頭脳があれば達成できるはずだ≫
≪ローラへの偽装身分は、人事部より出てきたのもだけど、彼女に任せるところまで織り込み済みなの? ≫
≪結果、彼女になっただけだな≫
≪失敗したら? ≫
≪命までは、恐らく取られないだろうが、証拠は隠滅するだろうね≫
≪証拠ねー。 そうよね、ちなみに証拠ってなんなの? ≫
≪人身売買によるコールドスリープ状態の先住民だ≫
≪……≫
(えーちょっと待ってよー)
≪では、成功を祈るよ≫
*** ☎ 通信終了 ****
随分と難儀な案件を引き受けたものだ。
『奴隷を商品と言えば強盗ですが、人の命を助けるとなれば正義です。たいした例えですね』
「処分するって」
『焼却でしょうね。 簡単に考えれば』
「私に1000名の命を預かれと? 」
『正義の執行。カッコイイと思いますが? それに人数は不明です。1,000名らしいというだけです。 まずは、どうしますか? 』
「どうもこうも、やるしかないでしょう――内偵者から内部情報を確保か……というか、問題は仕舞い方ね」
『仕舞い方? 』
「帝国貴族が関わっているんだから、治安隊に突き出したって、流されるんでしょう? 」
『確かに……証拠を人事部預かりではどうでしょうか? 例えば、証拠画像を人事部と社長室あたりに送信しては如何でしょうか? 』
「なるほど。いいわね! 採用! これで仕舞い方も問題なし! 準備お願い」
『了解です……ミッションの目的設定完了です』
「あとは、1Fに行って、何を作っているか見てみましょう! 面白い物があるかなー」
足早にオフィスを出ていくサナエさん。
オフィスに残されるセレン。
『奴隷と言えば人体実験を連想しますが、ここは人工知能の研究所。それほど大量の奴隷を抱え何をする気でいるのか……引っ掛かります』
「セレーン。行くわよー」
ドア向こうから声が聞こえていく。
まずは、ミッションを成功させること。
何ができるか手の内を確認することは重要でありセレンもオフィスから出ていく。




