再びの引っ越し
現在は社宅の前で新しい職場までの道のりを確認したサナエさんが、日常の通勤方法を思案している最中である。
社宅を引っ越すまでの距離ではないが、通勤距離が前よりも長くなるようである。 新しい職場は、車両通勤でも良さそうな距離になる。
「遠いわね」
『送迎用の車両を準備しますか? 役員クラスになるので、可能だそうですよ』
セレンがマップを確認して答える。
「うーん」
『それとも、健康維持のため徒歩にしますか? 』
「うーん……歩こう! 毎日8000歩よ」
サナエさんが、決意したような勢いで宣言する。
『歩きますか』
「健康的な生活をするには運動よ」
『了解です』
「じゃぁ。 さっそく行ってみますか! 」
『早速ですか? 』
「そうよ! 天気もいいし。 散歩がてらに新しい職場に行ってみましょう! 」
今までは社宅から出て真っすぐであったが、新しい職場は、社宅から出て正面の道を左に曲がる。新しい順路にワクワクするサナエさん。
といっても街路樹、オフィスらしき建物、車道がある程度である。 店舗はそれなりにあるが、どちらかと言えば、住宅街が主流になっている。
住宅街の商店といった感じで、商業地区まではいかない感じである。
インナー地区には、アーサ・ブカブ社の資本以外の会社も入っているため、取引先企業までこの地に取り込んでいるようだ。
そう考えると、この街一つの規模も納得できる。
会社規模が大きくなるほど、IDの管理が緩慢になってくる。 以前、守衛がそんなことを言っていたことを思い出す。
整備された土地であり、格子上の区画のため迷子にはなり難い。
「いつもの通勤路とあまり変わり映えしない風景ね」
サナエさんは歩きながら、周囲を見回している。
『住宅と会社ですからね。テーマパークのような奇天烈な建築物はないでしょう』
「えー、アフロディア大陸のタツマ達がいるエリアは、特徴的な建物があったのに」
サナエさんが、アルプから送られてきたであろう知識で反応する。
『あの石灰の漆喰建築物ですか? そういえば、アルプから追加で“映える”画像が送られてきましたよ』
副社長の室内でハーブティーが置いてある静止画である。
白の漆喰の空間に木目のテーブル、エメラルドグリーンのハーブティーがガラスの器に入れられ湯気が昇っている。
「……何このお洒落空間? 」
『バルティスの家での撮影らしいです』
「いーなー」
『ただ、向こうは電気もほとんどない生活になりますからね』
「うーん。 利便性が悪そうね――確か紛争状態なんだっけ? 」
『ええ。それでも不安定地域を平定し、領土を拡張しているようです』
「また危ない事ばかり――」
サナエさんの顔が曇る。やはりタツマの事が気になるらしい。
『バルティスの地域のタミナは、地域最強のようですし、最新のコンバットスーツも装備しています。 まず大丈夫でしょう』
撮影された画像を写す。
屈強な男たちと共に、周囲に似つかわしくない美人が、タツマに腕を廻して映っている。
「この女はだれ? 」
目ざといサナエさんは、直ぐにタツマを見つけ、近くの女性を指摘する。
『バルティスの娘さんですね。タミナの防衛隊の隊長 兼 保母さんとのことです』
「へー、ふーん。最初の頃、アルプから連絡があったやつね」
(容貌魁偉とあったけど、確かに面は良いし、女性にしては体格もしっかりしている。防衛隊のリーダーとの報告も間違いではなさそうだけど)
「それにしても、タツマも随分と楽しそうに映っているのね。」
サナエさんに黒い影が見え、目が鋭くなっている。
『彼女を動かさないと、タミナの部隊が動きませんから。 彼女をタツマから離すのは、それこそ彼が危険に晒されてしまいます』
「……」
『タツマは誠実な人物ですから、大丈夫ですよ』
「親父の方は、随分と女性を口説いていた伊達男だったようだけど」
『……アルプも付いていますから問題ないはずです』
「まぁいいわ。 信じましょう」
*
そんな話しをしながら、新しい仕事に到着する。
「結構歩いたわねー。ここかー」
目の前には、かなり大きな建物になる。
前回の5階での開発棟と同じ高さになるが、どう見ても3フロアしかない。
「入ってもいいのかしら? 」
『守衛もおります。 まずは、声を掛け様子を見てもよろしいかと』
「確かに、行ってみましょう! 」
道を渡り、建物に近寄っていく。
ゲートの守衛にIDを見せると、どこかに連絡を取った後、問題ないとことなので入っていく。 しかし、ゲートを通り2,3歩進むと先ほどの守衛さんが声を掛けてくる。
「すみません。 やはり、秘書の方が来るので、それまでお待ちいただけますか? 」
(別にそこまでの事ではないんだけど……)
どんなところか、散歩ついでに外観だけ見たいと思っただけなのだが。 今更“じゃあいいです”とも言い出せず、入口でしばらく待つ。
「別にダメならダメでいいんだけど。 ただの散策ついでの寄り道程度だし。 実際、建物内を見たいって訳じゃないのに」
『確かに。当初の目的は物見遊山でしたからね』
「守衛さんも連絡しているようだし、少し待つわ。 何もしない時間もいいでしょう」
『丸くなりましたね』
「もう、小娘じゃないからね」
少し得意げに返答するサナエさん。
『体系的にも? 』
「ぶっ飛ばすわよ!! 」
いつもに戻るサナエさん。
運悪く、ローラさんが到着する。
「おお!! すみません!! 遅すぎましたか」
「……」
咳払いをする。
「貴方じゃないのよ。そこのポンコツに行っているだけだから気にしないで」
笑顔でローラ嬢に話しかける。
『ポンコツとはひどい』
「ポンコツでしょうが! 」
サナエさんとセレンの漫才で締めくくられる。
しかし、ローラは、その様子をよそに、主に尋ねる。
「あのーサナエさん。どうしてここに? 」
「ああ、散策ついでに新しい職場を見てみたいって理由だけ。 入れるのなら外観ぐらい見たいなー程度よ。 無理なら別にいいけど? どうせこれからの職場だし」
「……そうでしたかー。 ここに決まったんですね」
「何よ」
「何も知らないんですよね? 」
「知るわけがないでしょう? 始めての場所なんだから」
「いやーここはですね。 色々訳アリの研究・開発施設でしてー」
「訳アリって。 なにホラー映画のような、まだ見ぬ何かでも出てくるの? 逆に興味が湧くんだけど」
「端的に言えば近いですね。 詳細は勘弁してください。 “ナンバー案件”は極秘事項ですので」
そういわれると余計に興味が湧いてくる。
ローラ嬢を連れて敷地内へ入っていく。
建物の中庭は明るく、緑も多い。昼休みだろうか、それなりの職員が休憩や通話をしている。
「1フロアが、随分高いのね」
「ええ。室内は天井が高くて、以前の研究開発棟に比べて圧迫感はないですよ」
「それでお化けねー。 建物も結構、新しそうだよねー」
チラチラ、ローサさんを見る。
「……」
(うーん口を割りそうにないな)
「まー良いわ。 素敵な場所であることも分かった。 新しい職場も分かった。 もどるわ! 何か美味しいランチのお店知らない? 」
「ランチ程度は、口は割りませんよ。 査定に関わるので! 」
機密漏洩は、会社への背任行為。
「大丈夫よ。 自分で調べるのも悪くないし」
「もー“ナンバー案件”への詮索は、社則違反になる可能性があるので、止めてくださいよ! 」
「へーそうなの? 」
『ローラの言う通りです。 社則の大幅な逸脱は止めてください。 地位はありますが、招待研究員なんですから』
3名がそんな話をしながら、中庭に到着する。
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突如として、ミラービルの3Fの窓ガラスが割れ、トークンが落ちてくる。
トークンはそのまま地上に激突するかと思われたが、空中で体勢を整えて着地はしっかりしている。
一瞬、中庭には静寂が訪れる。突然の出来ことで、周囲は状況を理解できずにいるが、徐々に混乱が広がっていき、パニックが発生することになる。
一方で落ちてきたトークンの様子もおかしい。
『あがヶヶヶヶが……』
頭を抱え込んでいてうずくまり何か様子が奇妙である。
サナエさんも狼狽している。
何故にトークンが落ちてくるの? 暴走?
しかし、トークンの制御機能として遮断機能が付いていたはず。
その場から動けないでいる。
ゆっくりとトークンが立ち上がり、こちらに一つ目のカメラを向けてくる。
一番近い為だろうか?
『あ……あ』
なんだろう?
『わた……し……』
なんだ?
「捉えろ!!」
後方から、守衛と警備トークンの一団がなだれ込んでくる。
「サナエさんこっちです! 」
ローラに袖を引っ張られ、中庭の端の方に引っ張り込まれる。
50体程度の警備トークンが取り囲んでいる。
(トークン一体に50体? 大袈裟じゃないの)
『きゃぁあぁぁっぁあぁぁー』
耳を劈く音を出す。人間は耳を塞ぎ、警備トークンの動きが鈍くなる。
(うるさっ)
その隙に脱走したトークンが逃げていく。
守衛もあまりに音響効果により、立ちすくんだため、反応が遅れる。
「追えー!! 」
守衛の号令と伴に、50体のトークンが一斉に敷地外に出ていった。
「……何事よ」
たかがトークン一体に……最新型? にしては、セレンと大して変わり無い姿なんだけど。
「危なかったですね」
「何? ここはあんな危険な研究でもしているの? 上から降ってきたのは驚いたけど。なにトークンの研究でもしているの? 」
「まー最新型ってやつですね」
「ふーん」
何かあるのだろうが、教えてはくれないだろう。
一時の騒乱も沈静化し、中庭の社員も徐々に散らばっていく。
まるで何事もなかったように状況が進んでいく。
「ランチどうします? 」
とはいえ、徒歩だといえ運動したため、空腹にはなっている。
「じゃぁ。どこに行く? 」
「奢りですか! 」
「人事部持ちの経費で落としなさい! 」
「嘘でしょうー」
「バックヤードの懐は厳しいのよ」
「もー、適正給与をもらってくださいよー。まぁ筆頭の御命令とあれば仕方ないですか。近くに高級ランチの隠れ家があるんですよ! 」
「いいわね。いくわよ! 」
「おー」
『まったく』
セレンも後から付いていく。
先ほどのトークンに関して、セレンは少なからず違和感が覚えていた。
(あのトークンは、何か変でした。 制御上のノイズが、相当見受けられるものの、我々のAIに近い、有機知意識生命体の存在を一時的に認識しました。
この地で有機AIを用いたトークンが完成したといったところでしょうか。
それに先ほどの悲鳴にも似た音ですが、トークン全体の機能が著しく低下が確認できました。 音への障害はトークンに発生しないはずですが、後で調査ですね )
新しき仕事場を確認しちょっとしたハプニングが発生しつつ、日々は過ぎていく。
申し訳ありません。 2つエピソードが抜けておりました。 新しい仲間が加わり、サナエさんの周りも徐々に賑やかになっていきます。 イシュタル大陸編はまだまだ続きますので楽しんで頂けたらと思います。




