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天涯孤独の微妙なアーティストの物語  作者: あまゆり


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14/20

第14話 親父の死①

数多くの作品の中からのアクセスありがとうございます

素人ながら書いておりますので表現などわかりにくい部分もあるかと思いますが、宜しくお願いします

朝、目が覚めた私は学校に行く準備を始めた。


 土曜日だったが当時は完全週休二日制じゃないので隔週で昼まで学校があった。(今の子はいいなぁ)



 親父を起こしたが起きてくれない…。



 唇から血を流していたが、また何処かで喧嘩でもしたのかなぁ~とあまり気にもとめなかった。


 いつも机の引き出しに置いてあった小銭を手に、私は近くの敷島パンにむかった。


 パンを頬張りながら私は学校に向かった…が、途中で何を思ったか、家が下宿を営んでいる花内君のトコへ寄った。

 花内君のお母さんに



「お父ちゃんが唇から血ぃ流して寝てたよぉ」



 と話をした。



「あらぁ~!?ほんまにぃ~。大丈夫なん?」



 と花内君のお母さんは驚いた様子で答えた。



「うん。大丈夫やと思うで。いっつも昼まで寝てるし、起きても酒飲んでるからなぁ。」



 と私は言った。





 学校が終わり、友達と遊ぶ約束をした私は、すぐに家に帰った。



 親父は朝と同じ状態で寝ていた…。


 また、いつもと同じように昼まで寝ているのかな?と思い、親父には気にもとめないで遊びに出掛けた。





 少ししてから、私が遊んでいた公園に、親父のお兄さんである春徳伯父さんが車でやってきた。



「優里!おまえの父ちゃん大変なことになってるんやで!病院におるから早よ行こう。」



 と、いきなり声をかけられてビックリしながらも伯父さんの車に乗った。


 大阪は東淀川区に住んでいた伯父さんがなんで浪速区におるんやろう…。

 私の頭の中は不思議ちゃんだった。(いつもそう思われてます笑)



 そんなことを考えている間に病院に着いた。



 病室に入ると、親父は頭をミイラみたいに包帯でグルグル巻きにされてベッドで寝ていた。



 病室には、親父のお兄さん夫婦、弟夫婦、道子おばちゃんがいた。


「意識不明らしい…。」



「救急車の中では、1回心臓も停止したらしい。」



 そんな大人たちの会話が私の耳に飛び込んできた。





 親父が入院してから1週間くらいが経った時だった。

 春徳伯父さんが私に言った。



「父ちゃんがおらんようになったら、おっちゃんとこ来るか?転校せなあかんようになるけどな。」



「うん。行きたい。転校してみたい。」



 と私は答えた。



 私がこの時、こう答えた理由は単純明快だ。

 親父が聞いてたらあきれていただろう。


 その理由とは…

 春徳伯父さんのトコには、私より8つ上の従兄弟、政徳兄ちゃんがいて、遊んでもらえるから嬉しかった。

 それと、転校生はちやほやされて人気者になれるから、という理由だった。




 そして…11月12日親父は病院のベッドで息を引き取った。


 30歳だった。



 私は初めて、この時後悔した。


 遊びに行かないで病院に連れて行ってあげれば助かったかもしれないのに…。


 私が原因で手遅れになったんだ…

 夜中に目が覚めた時に親父を起こしてベッドに連れていけば死ななかったかもしれない…


 雨夜優里。7歳…小学2年生の秋だった…。


 これが天涯孤独の微妙なアーティストの始まりになる。



 親父が死んだ時7歳だった。


 もっと、親父のことを思い出して泣いておけば良かったと大人になってから思います。


 親父はTHE!昭和って感じの男でした。


 悪さすると焼いとといって煙草の火を足や手に押しつけられたり。

 怒られる時は殴る蹴るが当たり前。

 咥えタバコで私を抱っこしたり。

 原チャリにも保育園児の私を乗せたり。

 昼間っから酒を浴びるほど飲んでいたり。

 怒る時は言葉よりも早く手や足が飛んできたり。

 友達の誕生日プレゼントを渡す手紙に「お誕生日おめでとう」と書いただけで「誕生日やろ!お、なんかいらんねん!」と怒られたり笑


 今では全く考えられないような、虐待などと言われかねないことをしていました。


 そんな親父でしたが、大人になって振り返ると親父は不器用で 、ただ、ただ、強い男に育てたかったのかな?

 自分でもどうしていいのか解らなかったのかもしれない。


 もちろん間違ったとこも沢山ありましたが、親父と過ごした日々はいい思い出です。


 親父のために作った曲もあります。(YouTubeに親父の唄でアップしてます)


 30歳前後で働きながら本当に大変だったと思います。


 親父の両親。私で言うおじいちゃんやおばあちゃん。

 も、早死にしていて私は見たことがありません。

 怒る時は怖くて、厳しかったと聞きます。



 逆算して、25歳で離婚して男手ひとりで2〜3歳の私を引き取って、ロクに家事すらしたことない親父が5年間も私を見てきたのである。

言うことを聞かず泣く子をどうして泣き止ませるのか?なんで泣いてるのか?

 18歳くらいに聞いた話だけど、離婚する時に母親が連れて行きたかったのを親父は聞かなかったらしい。テコでも動かない気持ちで私を引き取ったらしい。

 そんな親父に愛情がなく叱りつけてたとは考えられない!

 本当に手探りで育児をしたんだと思う。

 本当に不器用な人だったんだなと自分が父親になってから余計に感じた。


ありがとう。お父さん…

最後までお読みいただきましてありがとうございます。

続きは不定期に更新していきますが、今後ともよろしくお願い致します


※この物語に出てくる登場人物は本人を除いて一部の人は仮名で表現しております。

一部、暴力的、性的描写、犯罪などの描写がありますので閲覧にはお気をつけ下さい

尚、作品については犯罪を助長するものではありません

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