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ウィリアムズ邸の前で馬車を降りると、玄関近くで待っていてくれたらしいヒューとステラがこちらに駆け寄ってきた。
おいヒュー、そんなに走ったら転ぶんじゃ………やっぱり。期待を裏切らないやつだな。
「皆様、お帰りなさいませ!」
「ユウトはともかく何でファウストまで泣いてるんだ!?ど、どうした、何があった?」
俺はともかくって何だよ、今は泣いてないだろ。
「この世界の、彼の姉君を見かけてしまったようです。今日のお二人には特に温かく接してさしあげてください。」
「! それは………わかりました、ヨシ………違う、えー………」
「私はニール・プロキオンです。」
「………申し訳ありません、プロキオン殿。」
ヒューもニールさんの名前出て来なかったんだな。まぁ、義親さんの方が馴染みあるもんね。
「ニール、この際だからヒューとも仲良くしてやってくれないか。本当に知り合い少ないから。」
「あぁ、前にも言っていたな………。
副室長殿、私のことも名で呼んでいただけませんか。兄君から話を聞いて、あなたとも親しくなりたいと思っていたのです。」
「はい、それではニール殿、でよろしいでしょうか。兄がいつもお世話になっております。私のことも是非名前でお呼びください、よろしくお願いいたします。」
………え、何この沈黙。
「ハル、弟は人付き合いに尋常じゃなく奥手、とか言ってなかったか。普通に話せるじゃないか。」
「何を、言ったんですか、兄上。」
ニールさんの言葉を聞いて、ヒューがじとーっとした視線をハロルドさんに向けた。
………小学生の頃、カズ兄が周囲の人達に「結斗は虫が苦手だから、できるだけ近づけないでやってくれよ!特にうにょうにょ系!」と言って回っていたと知った時の俺もきっと同じ顔をしていたことだろう。棒があれば平気なんだよ。触りたくないだけで。
「それ言ったのは随分前のことだろう?ヒューが学園に入ったばかりで、級友全員から遠巻きにされていた頃の話だよ。」
「そう、なのか?」
「………その頃は、確かに、そうだったかも、しれません。」
「本人が言うならそうなんだろうな。
………いつまでもここにいては邪魔か、僕は帰る。ではヒューバート殿、またの機会にゆっくり話しましょう。」
「はい。」
人付き合いに奥手、とまでは言わないけど、確かにヒューって親しい人の前以外はちょっと無口になるよな。
この物静かに見えるヒューしか知らなかった人がいきなり魔導研究馬鹿モードを見てしまったら、その差にドン引きして離れていくのも正直納得ではある。
「今日は色々とありがとう、ニール。また明日、になりそうだね。ゆっくり休んで。」
「ああ、君達もな。」
ニールさんはそのまま馬車で帰って行った。別れ際の手の振り方が、まるっきり義親さんと同じだった。
「………。」
………馬車を降りてからも、ファウストが俺に抱きついたまま離れない。涙は止まったみたいだけど大丈夫か、これ。
「えっと………私は事情を存じませんが、悲しい時はとりあえず美味しいご飯、ですよぅ!もうすぐご夕食の準備が調いますので、今のうちに楽な服装に着替えてしまいましょう!」
「そうだな、用意を頼………っ!?おい、本当に大丈夫か?」
「………。」
ファウストが今度はヒューに抱きついた。最近は俺達に甘えてくることも増えたけど、ここまでべったりなのは珍しいな。
夕食とお風呂をいただいて、ヒューに午後の出来事も説明した。今日はもう寝るだけだ。
ヒューはハロルドさんに部屋へ連行されているのを見た。侯爵様との関係についての話だろう。うん、頑張れ。
いつも通りに寝る前の軽い筋トレとストレッチをして、と。あとは………もう今日は誰とも会わないよな。気を抜いても大丈夫だよな。
俺はまだ、昼間の出来事を引き摺っている。原因はわかってるんだ。ローレンさんとエドさんが並んでいるのを見た時に、はっきり思い出してしまった事故の時の光景。あれからずっと、瞼の裏に焼きついたように離れない。
少し思い出しただけでも身体が強ばり、頭が鉛のように重くなるのを感じる。
「………ちょっと、キツいな。」
泣きながら瞼を閉じると次の日に腫れるかもしれないから、涙が止まるまでは起きていないと。っていうか俺、最近人前で泣き過ぎだよな………子どもでもないのに情けない………
コンコンコン
コンコン
コンコンコンコンコン
「えっ」
コンコンコンコンコンコンコンコン
ちょ、何突然。多い多い、ノック多いって。誰だよ、さすがにちょっと怖いぞ。
「扉って何回叩くんでしたっけ………あの、えと、ユウト、まだ起きてますか?」
その声は、ファウスト?
………やば、俺今めっちゃ泣いてるんだけど。さすがにもうこんな顔は見られたくない。
鎮まり給え、我が涙腺………一応鏡、鏡………よし、まだ目は赤くないな。
「起きてるよ、どうしたの?」
枕を抱えたファウストがそうっと部屋に入ってきた。
「すみません、なんか眠れなくて。ここで一緒に寝てもいいですか?」
一緒に?………やっぱり、ファウストもお姉さん見たのが堪えてるのかな。でもこの後はシキの所に集合だから、それまでに頑張って寝ようとしてるって所だろうか。
「いいよ、じゃあ俺は椅子で寝るから、ファウストがベッド使って。」
「え?」
ん?
「あの、ちょっとお話しながら引っ付いてたら寝られるかと思ったんですけど、駄目ですか?
小さい時、眠れなくて姉さんの布団に入れてもらってたの思い出して。なんか、ほわってするんです。」
安心するってことだろうか。
一緒の部屋で、とかじゃなくて本当に同じベッドで引っ付いて寝たいって意味かぁ。俺だったら恥ずかしいし言えないけど、ファウストはそういう感覚なさそうだもんな。
………別に恥ずかしくないか。異世界のとはいえ、俺だし。ある意味家族より近い存在だ。
「わかった、一緒に寝ようか。………俺は別にいいけど他の人には、特に女性にはこんなこと絶対頼んじゃ駄目だからな?」
「はい、わかってます。姉さんにもそろそろ大人だからやめなさいって言われて、もう何年もしてなかったんですけど………思い出しちゃって。
大人の男女が一緒に寝るのは子ども欲しい相手とだけって言われましたけど、俺達は男同士だからいいってことですよね?」
………少々返事に困るけど、そこは最低限教育してくれたんだな、ファウストのお姉さん。
ベッドの端に寄ってファウストに場所を空けると、いそいそと俺の隣に潜り込んできた。何かこう、五歳くらいの子を相手にしてる気分だな。これが父性………いや、母性か?
「ユウト、お父さんとお母さんが死んでからどれくらい経つんですか?………その間、ずっとこんな気持ちなんですか。」
「大体四年半だね。ずっと、ではないかな。」
やらなきゃいけないことも色々あったし、事故直後は俺も大怪我をしていた。進学とかこれからの生活のこととか、考えることもたくさんあった。
ある意味それが良かったのかもしれない。
「ファウストもさ、お姉さんがカゲになった時すごく悲しかったと思うんだけど、俺達と入れ替わってそれどころじゃなかったんじゃない?そんな感じ。」
「そう、ですね。何もわからなくて、全然知らない人達がたくさん話しかけてきて、だんだん怖くなってきて、でもカズマさんみたいな優しい人もいて………。あの時は姉さんのことを考える余裕がなかったです。」
ファウストがお姉さん以外と話したのはその時が初めてだったはずだ。お姉さん以外の人間は基本敵だと思ってたんだから、それは怖かったことだろう。
でもその恐怖や戸惑いによって、お姉さんを失ったファウストの心が一時的に守られていた側面もあると思うんだ。俺も最初はヒューと入れ替わったことより全身の激痛に耐えることに必死だったし。
時間が経って、俺達の身体も元に戻って、それぞれの世界に知り合いや協力者も増えてきて。心に少し余裕が出来てきた時に、偶然この世界で生きているお姉さんを見かけてしまった。そのことが、後回しにしていた感情が溢れ出す引き金になっただけ。
俺達三人が入れ替わったあの日から、ファウストは自分が感じている悲しさや寂しさを、できるだけ見ないようにしてずっと抱え続けていたんだと思う。
「………大切な人や物をなくした時、心に穴が空いたようだって日本ではよく言うんだけど、その穴はちょっとずつ別の思い出で覆われていくんだと思うんだよね。時間が経てば穴も塞がってきて、本当の意味で平気になってくる。」
「最初は覆われるだけ、なんですか?」
「隠れて見えにくくなるだけじゃないかなぁ。」
心の穴は、傷口だから。
ガーゼ当てようが包帯巻こうが、傷は治るまで傷のままなのである。
「覆ってくれる思い出が増える程平気になるけど、今日みたいにきっかけがあるとたまにその塞がってない穴が出てきちゃう、みたいな?俺の持論だけど。
………俺、あんなにしっかり泣いたの久しぶりだったよ。」
ローレンさんに会った時はぽろっと涙が出た程度だったのに。二人揃ってたのがまずかったのかなぁ。
「俺は初めてでした。家にあった小説に書いてあった涙は、目が痛いんじゃなくて悲しいってことを表してたんですね。
言葉の勉強のためだけに読んでましたけど、今読んだらもっとちゃんと意味がわかるかもしれません。」
………心理描写がよくわからないまま小説を読んでいたようだ。面白くなかっただろ、それじゃ。
「涙は目を守るためのものって図鑑には書いてあったのに、どうして悲しい時にも出るんでしょうか。」
「さぁ、俺もわかんないな。笑いすぎでも出るし。」
「そうなんですか?同じ涙なら、そっちが良いですね。」
ファウストは目を擦って、少しうとうとし始めたようだ。そろそろ眠れそうかな?
「………ユウトが前に、時々姉さんとの事を思い出して、楽しかったなって思えたらいい、みたいなこと言ってくれたじゃないですか。」
「あー、それね。俺ができてないことを人に言うなって感じだよなぁ。」
「できてないんですか?」
「今日思いっ切り泣いちゃったし、俺も立ち直れてはいなかったっぽい。でも、たまに思い出して笑っちゃうことはあるよ。父さんが時々すごく天然でさ。」
「てんねん」
普段はしっかり者なのに、たまに天然とは思えない程の天然ボケをやらかす人だった。
小学生だった俺の上着を間違えて着ようとしたりとか、午後から雨だと傘を持って家を出たつもりなのに職場に着いてから靴べらだったことに気づいたとか。
「俺も、馬車であの人見た時は泣いちゃいましたけど、最近は思い出しただけでつらくなることはなくなってたんです。姉さんこれ好きそうだな、とか、姉さんならこの魔物も捌けそうだな、とかは思いますけど、その時は悲しくないんです。」
………例えに捌けそうって出てくる辺り、お姉さんもワイルドだったんだろうなぁ。
「ユウトが言ってたのはこういうことかって思いました。もう少し経ったら、またあの人見ても悲しくならないようになりますか?」
「そうだと良いね。………俺はあの二人にこれからよく会うことになるだろうけど、もう大丈夫だと思う。似てるのはほとんど顔立ちだけだし。」
「俺達も、性格はあんまり似てませんよね。カズマさんとハロルドさんは、すごく似てる気がします。」
「あー、人の面倒見るの好きだよね、あの二人。」
「撫でるのも好きですよね。俺、撫でられるの好きです。」
「そうなんだ。じゃあ俺も撫でよ………うわ柔らかっ、ファウストの髪ってこんなふわふわしてたっけ?風呂上がりだから?」
「ありがとう、ございます………もう、眠れそうです。」
ガチャッ
?
「………何だか羨ましい光景だね?私も混ざっていいかい?」
「何言い出すんですか、兄上。
ファウストが部屋にいないようだったから、様子を見に来たんだが………その、何をしているんだ?」
ハロルドさんとヒューが扉の隙間から頭だけ覗かせている。
………人に見られると途端に恥ずかしくなってきたな。何だこの状況。
「えと、眠れなかったので、一緒に寝てもらいにきたんです。」
「だからって同じベッドに入るか………?」
「眠れないのなら、ホットミルクでも用意しようか?」
兄弟揃っていまいちピンとこない様子だ。
ヨーロッパとかアメリカの人って赤ん坊の頃から一人で寝るらしいから、ヒュー達もこういう添い寝の概念はないのかもしれない。
「パジャマパーティーのようなものか。」
「今日は二人とも、色々あったものね。
では改めて、私とヒューも混ざっていいかな。」
「俺もですか。というか、男四人がダブルベッドで寝るのは無理があるでしょう。今でも少し狭そうなのに。」
「あまり使わないけど、ここを引っ張ってごらん。お客様が多い時やお子さん連れの時なんかに時々使うんだよ。」
おお、ベッドの下から折り畳み式のベッドが出てきた。
「いや、これでも厳しいのでは………聞いてますか?兄上?」
「昔から使ってみたかったんだよね、これ。今日は皆で寝ようか!」
「ほんとですか!嬉しいです!」
こらファウスト、ベッドで跳ねちゃ駄目。
「ヒューも一緒に寝てくれるんですよね?」
「う、何だその無垢な眼差しは………いいだろう、だが俺は寝相が悪いぞ。寝ている間に蹴ってしまっても知らんからな。」
「ありがとうございます!ここに来てください、ここ!」
「ん?俺とユウトの間がいいのか。」
まぁ、ファウストが元気になったみたいで良かった。
もうすぐ眠れそうだったのに、というのは脇に置いておく。今のファウストならすぐに眠れるだろう。………俺もきっと。




