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「あとはあれだな。………ハロルド、エドガー、彼らにもフェネストラの説明をしてくれ。ただ喋ってみたかったのも本当だが、その話をしときたくて呼んだんだよ。」
「ユウト君とファウスト君にかい?簡単な説明でいいのかな。」
「ああ。」
フェネ………何?
「私は王太子殿下とフレデリック殿下の二人と魔術契約を結んでいて………そうだね、ものすごく簡単に言えば、私は彼らに嘘の報告はできないんだよ。その分、私の証言は強い意味を持つ。これがフェネストラの紋章。」
ハロルドさんが差し出した右手の甲に、扉のような模様が浮かび上がる。普段は消えていて、使う時だけ出てくるものだそうだ。
「俺も王と契約してるぜ。一応、王の騎士だしな。
俺やハロルドみたいな、王族と契約している者は王家の窓と呼ばれる。存在は広く知られているが、誰がそうなのかは基本的に王族と本人達しか知らないって感じだな。」
「えと………じゃあ、そのことを話したってことは、俺とユウトもそれになるってことですか?本人達しか知らないんですよね?」
そういうこと?………敵対するつもりはないけど、どれくらいの縛りかあるのかにもよるな。契約は慎重に、だ。
「いやいや、さすがに自分の世界に帰る人間を国に縛ることはしないさ。
今回こんなにするする話が進んでるのは、ハロルドの証言があるからだと知っててほしくて今回は特別に話した。研究室長殿の証言もあるな。」
「ローレンさんも?」
「そうだ。彼女は国王の契約者。」
こんな信じられないような話をよくあっさり信じるなぁって思ってたけど、ハロルドさんとローレンさんのおかげだったのか。
「さすがにハロルドが異世界行ってくるとか言い出した時は信じられなかったけどな。頭おかしくなったかと思った。」
「帰ってきてから、記憶や知能の確認試験をしつこいくらいにされたよ。気持ちはわかるから大人しく全て受けたけどね。」
「そんなことしてたのかよ。」
「もし本当に頭おかしくなってたら、そのままにしておけないだろ?エドガーもボケたら契約一部解除だからな。」
「まだそんな年じゃねーよ。」
さらっと話されたけど、王家直属の情報員みたいなものじゃないの?ハロルドさん達、言ってないだけで結構重い契約を交わしてるんじゃないだろうか。
「そういうことだから、これからも急ぎの案件があれば彼らに伝えてくれ。王族直結の連絡係みたいなもんだと思えばいい。
この際だからハロルド、お前の弟にも話しておけ。彼にはできれば俺達と契約してほしい所だな。俺達の契約者には魔導に精通してるやつがまだいなくて………」
「私はあまりなってほしくないなぁ………一応聞いてみるけど、本人の意志を尊重するからね。」
「勿論だ、知り合ったばっかだしな。答えも急がない。」
王族からの命令として一方的に任命されるわけではなく、あくまでも双方の意志があって為される契約らしい。
「秘密保持の契約とかしなくていいんですか?」
「そういう考えにすぐ至る辺り、ユウトも真面目で優秀だな。さすがは異世界の魔導研究室長殿。
これに関しちゃ大丈夫なんだ、秘密ってわけではないから。王族と契約者当人が決めることで、公に発表しないだけ。」
契約している王族や契約者本人が言いふらすようなことではないし、誰が契約者なのかを知りたがる者は王国に何かしらの隠し事や、場合によっては叛意があると疑われかねない。
そんなわけで、結果的に王族と契約者本人しか知らないという状態に落ち着くのが常とのこと。家族にだけ伝える者が時々いるくらいだそうだ。
公然の秘密、というパターンもあって、例えばハロルドさんは公私共に双子王子と大変仲が良いため、大半の人に「王子の契約者だろうなぁ」と思われているそう。公言しなければOK、らしい。
「ああそうだハロルド、来てくれたついでに領の状況聞かせてくれよ。そろそろウィリアムズ伯爵から手紙が来てるだろ?国境の森に魔物以外の変化は?」
「ないそうだ。あちらも魔力異常の対応で手一杯のようだね。しばらくは何も仕掛けてこないと考えていいと思う。」
「そうか。海は?」
「魔物は増えているそうだが、うちの漁師最強だから。」
「頼もしいな。何かあればまた報告頼むぞ。」
「ああ、証に誓って。」
………今の、ついでの話か?そっちがメインでは?そんなパパッと終わらせていいの?
「よーし、俺がしたかった話はこれで全て終わったな。雑談ならまだまだいくらでもしていたいが、もう夕方だからそろそろ帰さないと俺が叱られる。
今日は付き合ってくれてありがとな。楽しかった。」
「私からも御礼申し上げます。恐らくリックはまた街などで皆様の所に襲来すると思われますので、その時はよろしくお願いいたします。私には止められません。」
襲来て。リックさんは怪獣か何かか。
しかも「私には止められません」って、ニールさんもう諦めちゃってるじゃん。
「ユウト、疲れただろ。今日はゆっくり休んどけよ。明日から忙しくなるんだろ?」
「はい、お気遣いありがとうございます。」
「おう。………そうだ、城の外でリックになってる時はあんまり畏まらないでくれよな、一応平民って設定だから。変装だってバレるかもしれない。ファウストもだぞー。」
「わ、わ、何で撫でるんですか。」
さっきは堅苦しいのが嫌だからって言ってたけど、そういう理由もあるのか。
………がしがしとファウストの頭を撫で回している様子を見る限り、堅苦しいのが嫌という理由の方が大きい気がする。
「わかりました、えーと、ハロルドさんと話す時くらいの感じでいいですかね?」
「やだ。敬語禁止。この姿の俺は平民の兄ちゃんなの。ほら、普通に話してみろ。」
「え、あ、はい。わかり………わ、わかった。」
「ユウト君、私ともその口調で話してくれていいんだよ?」
「リックさんは平民設定でも、ハロルドさんは次期伯爵様じゃないですか。………しょんぼりしないでくださいよ。」
実の弟すら敬語で話してるのに、俺が普通に話してたらおかしいでしょ。俺ももうこれに慣れちゃってるし。
「あ、でもリックさん、ファウストは敬語しか話せま………話せないよ。」
「話せなくは、ないん、だ、けど………やっぱり、変な感じがします。」
うん、聞いてるこっちも違和感がすごい。
「そうなのか?逆ならわかるが、珍しいやつだな。何で?」
「えと、俺はほとんど姉さんに言葉を教わったんですけど、その姉さんがこういう話し方で。敬語じゃない話し方もわかりますけど、普通に話すとこうなります。」
そうだったのか。まぁ、子どもって大抵そばにいる人の口調を真似るものだもんな。
「知り合い全員が敬語ってことはないだろ?そっちの世界のニールとかどうなんだ?」
「リック、彼には本当に姉君しかいなかったんだよ。ヨシチカ君達と話すようになったのは極々最近の話、ヒューの暴発事故よりずっと後だ。それも、ユウト君の身体に入ったりヒューが作った翻訳ペンダントをつけたりしないと話せない。」
「結構前な気がしてましたけど、俺がヨシチカさん達と初めて話した日からまだ十日も経ってないですね。」
あれ、そんなもんか。俺ももっと前のような気がしてた。
「そっかそっか、お前にも色々あったんだな。それならファウストはそのままでいいよ。
よし、じゃあ行こうぜ。家まで送る。」
「そろそろ殿下に戻ってもらうからお前は駄目だ。
皆様、馬車をご用意いたしますので少々お待ちください。私がお送りさせていただきます。」
………さっきからニールさんがリックさんにタメ口なのに俺達に敬語なの、すごく変な感じだ。
最初に用意された馬車が豪華過ぎて俺がおののいてしまったので、ニールさんが目立たない普通の馬車に変えてくれた。お手数おかけしました、でもさすがに金の装飾だらけの馬車に乗る勇気はありません。
「全員乗った、出してくれ。………お疲れ、ハル。」
あれ、ニールさんがハロルドさんにも敬語じゃなくなった。ハルって多分あだ名だよな?
「お疲れ様。もう業務外なのかい?ニール。」
「そのまま帰れって言われたからもういいだろう。
トキ君、ファウスト君、さっきまでは城の客として接していたが、普段は僕も普通に話していいか。」
「フレッドと同じく、学生の頃から私の友人だよ。」
「友人というより悪友だな。」
仕事モードが終わったのか。お疲れ様です。
素の話し方でも、義親さんより少し柔らかい印象だ。
「ニール、らしくないね?知り合ってから一年は鉄面皮って言われてるのに。」
「余計なこと言うな、鉄面皮は従者の時だけだ………?
ファウスト君どうした、外に何かあるのか?」
ニールさんの視線を追って隣を見ると、ファウストが窓に貼りついて固まっていた。そこからゆっくりとこちらに振り返る。
「………あの………あそこ、姉さんが………青い服着てる人………」
「!」
あの青みがかった茶髪の人か。俺はお姉さんをカゲとして倒した後しか直接は見てないけど、確かにファウストの記憶で見た覚えがある。
ここは城の近く、貴族街と呼ばれる高級エリアだと聞いている。お姉さん、この世界では貴族なのかもしれない。
「馬車、止めようか?今なら追いつけるかもしれないよ。」
「いえ、いいです。追いついた所で何したらいいかわかんないので。………でも、さっきのユウトの気持ちはよくわかりました。」
表情はほとんど変わらないままだが、ファウストの両目から少しずつ涙が零れる。
「同じ顔なのに別の人だってすぐにわかるの、すごく嫌ですね。俺を育ててくれた姉さんはもういないんだって、改めて見せつけられてる気分です。」
「君の姉君も亡くなっているのか。………カーテンを閉めておこう。家につくまでに泣いてすっきりしてしまえ。涙はこれで拭けばいい。」
「………ありがと、ござます。」
ニールさん、泣いてる人への対応手慣れ過ぎてない?いや、俺も助かったんだけどさ。
「ファウスト君、元気出して。帰ったら美味しいものでも用意してもらおう?」
「それは良いが………ハル、お前しばらく喋るな。」
「? どうして。」
「どうしてもだ。黙ってろ。」
………元気出してって言われて元気になれる人はあんまりいないからね。ハロルドさんがファウストを気遣って言ってるのはわかるんだけど。
俺は………どうしようかな。
「ん………ユウト?なんで撫でるんですか?」
「俺が落ち着くから。………この世界のお姉さんも綺麗な人だったね。優しそう。」
「姉さんの髪はもっと濃い色でしたけどね。あんなスカート履いてる所なんか初めて見ました。………やっぱり、別の人なんですよね。」
「そうだね。俺の母さんもモノクルなんてしてないし、煙管も咥えてなかった。よくスルメかじってたけど。」
「するめ………祭壇にお供えしてた干物ですか?」
さ、祭壇?うちにそんなもの………あ。
「あれは仏壇ね。口が寂しいってよく言っててさ。俺が産まれるからって煙草やめて、代わりにスルメ噛んでたらしいから煙草と一緒にお供えしてるんだ。」
本当は殺生したものを供えちゃ駄目なんだけど。
「………姉さん、女はこうするものなんだっていつもベルトぎちぎちに締めてたんです。あの人も腰の辺り、ものすごく締めてましたね。」
「あれは多分コルセットってやつだと思うけど………別人なのはわかってるけど、顔以外の似てる所を探しちゃうよね。」
「そう、ですね………ぅ………っ!」
「おっと。」
ファウストが俺にしがみつく。顔を埋められた肩口がじわじわと温かく濡れてきた。
「本当に、悲しくても涙って出るんですね。目にゴミが、入ったわけでもないのに、っ止まりません。」
逆に、今まで悲しくて泣いたことなかったの?
………あの世界では、つらくても泣いてる余裕はなかったのかもしれないな。思い返せば、初めて会った頃は今よりずっと表情の変化が少なかった。
強く握りしめられた手は、お姉さんを刺した時と同じくらい真っ白になっている。ファウストはあの時、俺達には笑顔を見せていた。とてつもなくつらかったはずなのに。
「止めなくていいよ。俺もさっき泣いちゃっただろ?」
「っ………うぅぁ………ぁ………!」
よしよし。
リックさんとニールさんが、過去はゆっくり乗り越えればいいって言ってくれた。俺はともかく、ファウストがお姉さんを亡くしたのはついこの間だ。
………俺も、今日はもうちょっとだけ部屋で泣いてもいいかな。たまにはそんな日があってもいいのかもしれない。
「………ニール、私では自覚無く無神経なことを言ってしまうかもしれないから黙ってろって言ったのかい?」
「そこまでは言わないが、お前は身近な人間を亡くした経験はないだろう。そんなやつに何を言われても、気を使われてるんだ、とかお前に何がわかるんだ、とか思うだけだ。
こういう時は下手なこと言わずに、側にいるだけでいい。」
「それ、君の経験談だよね。」
「………まぁ、そういうことだな。
ロッドとフレッドがあまりにしつこいから、ムカついて殴った。後で王子だって知って血の気が引いたのは良い思い出だ。」
「ファウスト君には殴られたくないね。
………ありがとう、家でも気をつけるよ。」
「いや、もう大丈夫だろう。屋敷では二人を存分に甘やかしてやれ。
トキ君、ファウスト君、そろそろ着くぞ。」




