表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/105

51話 異形の翼:暴走

「神王閣下ぁぁ! もうお話ししてよろしいのだな!?」


 ジュードの咆哮に、ようやく確信する。

 この「ワチ」と名乗った中坊ルックの少年――彼こそが、このシビュラを統べる頂点、「神王」なのだ。


「うそ……だってこんな」


 子どもが、という言葉は何とか飲み込んだ。

 しかし何度見たって信じられない。


「控えおろう! なーんちゃって。楽にしていいよ、みんな。レヴィンもジュードも、こっちおいで」


 ワチ、もとい神王は、すり寄るレヴィンの頭を撫でている。ついでに、頬を染めてひざまずいたジュードのツノも。

 神王には聞きたいことが山ほどあったのに、声が出ない。

 私が転生者だと知っているのか――。

 レヴィンに私が「匡花」だと教えたのは、彼なのか――。


「エメルさん」

「……は、はい!」

 

 中坊ルックの神王が差し出してきたのは、輝く札束。100万ソロン。

 開いた口が塞がらないまま、お金の放つイケナイ魅力に見惚れていると。


()()()()にムチャ言って、1日付き添ってもらったから。これで足りる?」

「さっ、さすがに多すぎます!」


 そう言いつつも、引っ込められない手に、ワチは札束をねじ込んだ。

 こんなの、元の世界ですら持ったことがない。


「それは前金も兼ねてるから、遠慮なく受け取ってほしいなぁ」

「前金……?」


 なんの、と訊き返す間もなく、ワチは「資材が欲しい」と口角を上げた。

 資材――それもレヴィンが最初に盗み出した、クリスタル族の「新エネルギー結晶石」とゴーレム族の「魔性ツリー」だという。


「監査官くんから話は聞いてるよ。エメルさんが協力した実験で、すんごいエネルギーできたんでしょ?」

「ええ……ですが、彼らに卸していただけるか確認しませんと」


 やはり、神王がシオンの資材を欲しがっているというのは本当らしい。

 でも、何のために――。

 

「んじゃ頼んだよ! また後で、『扉ができる頃』には迎えに来るから」

「え……?」


 たくましいジュードの膝を足掛かりに、ワチは初代ドラグマン様の背中に登っていった。

「迎えに来る」、とはどういう意味なのか。


「エメルさんはオレにとって、必要な人だから……とりま領地経営がんばって!」

「ちょっと、ワチ様!」


 風と砂を巻き上げ、黒竜は飛び去ってしまった。

 何も聞けなかった――でも、間違いない。

 あの少年、ワチは「私の元の世界」について絶対に何かを知っている。彼が神王であると分かり、確信に変わった。


「でも、今は……」

 

 手に残された100万ソロンを見下ろし、静かに握りしめた。

 資材購入の頭金で余ったお金は、ぼったくりタクシー会社の解体に使わせてもらおう。


「あーあ……ワチ様行っちゃった」

「レヴィン! 身体を持て余しているのならば、我々の特訓に付き合え!」


 相変わらず熱気を纏っているジュードは、固まっているドラグを振り返った。「修行の時間だ」と。


「修行? 何のことですの?」

「ええと……」


 言い淀む夫の袖を引くと、ようやくドラグは白状した。

 日中と深夜、ジュードから「戦闘訓練」を受けているのだと。


「なっ! ドラグ様、そんな危険なことをなさっていたのですか!?」

「うぅ……言うと絶対止められると思って」


 それで、夜どこかに外出していたのか――「飛ぶ練習をしに行く」、はウソだったわけだ。


「実を言うと、領地経営に関して俺の出る幕はない。だがシオン領領主を鍛えることには一役買えるからな!」

「『修行』はオッサンの大好物だから」


「暑苦しい」、とどこかへ飛んでいくレヴィンを、ジュードが「待て!」と追いかけていく。その後ろ姿を見送り、隣のドラグを見上げた。


「ここ最近、いつも眠そうにしていたのは、そういうわけだったのですね? 無理をなさっているのでは?」

「別に大丈夫だよ……君の方が、徹夜とかしてるだろ」


 それに関しては、何も言い返せない。

 ただ。

 やはり彼には「そのままでいてほしい」、と思うのは、私のワガママなのだろうか。

 

「言ったでしょ……『領主代理の夫』じゃなくて、『領主』としてエメルの隣に立ちたいって」

「それは……大変嬉しいことですが」


 薄っすら影を帯びた黄金眼に、これ以上何も言えなくなった。

 ここは、成長したいと願う彼の意思を尊重するべきなのだろう。

「人生の推し」の成長を、「後方腕組みスタイル」で見守ることこそが、今の私にできること――過剰な心配はかえって迷惑になるかもしれない。


「分かりましたわ」

「……ありがとう」


 ドラグの広く冷たい手が、するりと手に絡む。

 小さく跳ねる鼓動を置き去りにして、夫はすぐに手を離した。


「行ってきます」


 ジュードの後を追いかけるドラグを見送った後。

 空いた手に残る感触を確かめながら、もう片方に握ったままの札束を見下ろした。

 私もやるべきことをやらねば――。

 まずは、ドラゴンたちのリクルート計画を詰める作業をしなければならない。


「キノコーヒー、飲みに行っちゃいますか!」


 むき出しの現金を封筒にしまい、資料とともに丘を降りていくと。


「「あ」」


 キノコ型ロッジの前でウロウロしていた青い竜と、声が重なった。

 

「ボロネロ? どうしてまたここに……いえ、それより」

 

 会議に参加してくれたこの間も気になっていたが、さらに目の下のクマが酷い色になっている。

 そう指摘すると、「後家も」、と指をさされた。


「私のこれは、いつものことですから!」


 そう。多少の不調は「気のせい」で済ませられる。

 元の世界で企画のリーダーに抜擢された頃は、オフィス寝なんてザラだったが――今は毎夜自室のベッドで寝られているのだから、まだマシだろう。


「今は、立ち止まっている場合ではないのです」


『エメル村』のグランドオープンから、もう3日。

 1週間後の領地査定で30点を越えなければ、シオン領はグロウサリア家から没収されてしまう――首を傾げるボロネロに、「貴方には分かりませんわよね」と、つい悪態をついてしまった。


「……一杯奢る。付き合って」

「え?」


 あのボロネロが、まともに会話をしてくれている――。

 不思議な気分で、揺れる青い尻尾を追いかけていくと。ボロネロはテラス席にあぐらをかいて腰かけた。


「ここ、かわいいキノコの家がよく見える。後家も、見える?」

「あぁ、ええと……そうですわね」


 このイケメン竜、やはり変人だ。

 そうは思いつつも、この機会を逃す手はない。実際にブラック・タクシー会社で働いているボロネロに、リクルート計画の出来を判断してもらおう。


「――というわけで、労働環境を大幅改善した我が『エメル村』へ、皆さまをお迎えしたいのですが。いかがでしょうか?」


 一通りの説明を終えると。

 資料をテーブルにそっと置いたボロネロは、キノコーヒーを一息で飲み干した。

 長い沈黙に、胸がソワソワと騒ぐ。


「今すぐ、そっち行きたい気分」

「では……!」

「でも」


 どんなに酷い仕打ちを受けても、ドラゴンたちはゲルダを裏切らない――ボロネロは、普段からは想像もつかないような、滑らかな口調でそう言った。

 力あるものに従うのが、ドラゴンの(さが)だと。


「そんな……」

「キノコ、かわいい」


 キノコ型のテーブルやイスに夢中のボロネロを置いて、丘をゆっくり登ることにした。

 力あるものに従う――ボロネロの言葉が、重い頭から離れない。

 もし彼が竜人でなかったならば、きっと「エメル流リクルート」の好条件を吞んでくれたはず。最初は喜んでくれていたし、決して計画が悪かったわけではない。


「はぁ……どうすればいいの」


 重い足取りで丘を登っていると。暗い森の中から放たれる、紫色の光が視界の端に映った。

 ここは、封じられた太古の遺跡への入り口。

 アレスターが魔法で道を封じているのだったか。


「ここでドラグは……」


 20年ほど前に、翼を負傷した――。

 まだこの世界で目覚めたばかりの頃、アレスターがそう教えてくれた。


『思えばそれからじゃろうか、あやつが妙に暗くなったのも』


 きっとドラグは、そんな自分を変えたいと願っているのだろう。そのために修業をして、私の隣に立とうと必死になっている。


「でも……」


 別にそんなことをしなくても、優しく気弱な彼のままでいいと思うのに――それが彼の良さなのだから。

 ドラグと初めて出会った時のことだって、今でもはっきり覚えている。

「推しモドキ」などと失礼なことを内心思っていたが、彼は戸惑う私を気遣って、ホットミルクを作ってくれた。新婚初日から契約婚を提案した非道な女に対して、諦めずに寄り添ってくれた。


『君のことを表面上の妻じゃなくて、ふつうに愛したい』


 始祖の洞窟で言ってくれた、あの言葉。今でも胸に残っている。

 彼は本当に、私にはもったいないくらい、恋人にするなら最高の相手だ。

 よく考えれば、「推し」はあくまで画面の向こうにいるから輝いて見えるだけだ。実際の恋人にするなら、話は全然違ってくる。


「ドラグ……」


 じわじわと押しが強くなってきたものの、やはりネクラなところは変わらない夫を恋しく思っていると。

 身体が吹き飛ばされたのか、と錯覚するほどの爆音が轟いた。


「何の音!?」


 初代ドラグがエントランスに降り立った時の、比ではない音だ。

 全力で丘を駆け上がるも、胸が重い。

 予想以上に疲労が溜まっているのだろうか。

 目の前が青く歪み、身体の平衡感覚が一瞬なくなった。


「っ……!」

 

 今は身体に構っている場合ではない。

 重い足を駆る間にも、ガラスの割れる音や何かが崩れる音が響いている。

 そして、ようやくお屋敷にたどり着いた直後――。


「……なに、これ」


  丘の頂上から見えたのは、崩れかけの施設だった。木造の居住棟が、えぐられたように、半分ほど吹き飛ばされている。

 飛び交う悲鳴に、身体が動かなくなった。


「どうして……」

 

 鼓動が大きくなり、身体の重みが消えていく。

 いつの間にか足が動き出していた。


「火を吹かれたら畑が焼かれる! いいか、防御魔法を一斉展開するぞ!」


 臨時スタッフのエルフたちを統率する、ナノの姿がある。

 そして、彼らの前で巨体を暴れさせているのは――。


「そんな……」


 頭が理解を拒んでいる。

 が、禍々しい闇を纏った黒竜は見間違えようがない。


「ドラグ……?」


 しかし、何かがおかしい。

 竜の鱗から漆黒の泥のようなものが跳ね、異形の怪物のようにうねりを上げている。

 愛しい夫のはず、なのに――。

 足が震える。

 身体の芯が冷えていく。

 そんな中、右目だけが溶けるように熱くなった。


「つっ……!」


 痛みを伴い、勝手に発動した右目。

能力(スキル)鑑定】が見つけたのは、以前スルーしたドラグのスキルダイアログ――。


【異形の翼EX】


「もしかして、アレが……?」


 今は考えている場合ではない。

 ジュード率いるオークたちが鎮めようと動いているが、農具で応戦していては危険だ。それほどまでに、あの闇のドロドロを纏った夫の力は絶大だった。


「ドラグ……」

 

「領主代理」として――いや、彼の妻として、私が止めなければ。


「領主代理! 来るな!」


 ジュードの制止をすり抜け、黒い炎を口から吐き出す夫へ向かっていった。

 彼の炎は青緑色だったのに――やはり何かおかしなことが起きている。彼自身の意思で暴れているのではないのかもしれない。


「ドラグ様!」


 竜化した彼の側に立つと。

 長く鋭い鱗に覆われた首が、こちらを振り返った。


『あ……ぁ……エメル、僕……は……っ』


 私のことが分かっている――自分がしたことへのショックで、感情が昂っているのだろう。


「とりあえずストップですわ! 貴方が動くと、そのドロドロが――」


 言い終わらないうちに、闇の泥を纏った尻尾がこちらに向かってきた。


「わっ……!」


 とっさに目を瞑った途端。

 身体がふわりと宙に浮く感覚がした。


「まーったく無茶しおって!」

「アレスター……」


 コウモリたちの背につま先をついたショタ執事が、空中を駆けている。その安定感のある腕の中に、身体がしっかりと抱えられていた。

 助かった――が、ドラグは自分自身を制御できていないのか。


「あやつ、ワシの知らないところで無理しておったな。いわば『闇堕ち寸前』といったところか」

「闇堕ち……!?」


 それは2次元で通用するオタク用語ではなく、この惨状を表した本気の言葉――それを証明するように、アレスターの赤い瞳が鋭く光った。


「どうしよう……」


 神官のジュードですら手を焼くほどの力。そして正体・効果不明の闇ドロ――正直私の手に負える案件ではない。

 でも――。


「ドラグを止められるのは、きっと私だけ……」


 暴れながら苦しむ夫竜の瞳を目にした途端、そう直感した。

次回:夫竜とエメル村の危機に、初代ドラグマンが降臨…!


そして神官たちが、エメルを“元の世界の名”で呼ぶ理由とは?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ