50話 超絶VIPなお客様
理不尽な労働環境から抜け出したいと思うのは、人間もドラゴンも一緒のはず――。
朝一番にリゾートホテルを訪問し、すでにエントランスの掃除を始めていたカナメロを会議室へ呼び出した。
「なんだべ、こんな朝っぱらから……」
「ドラゴンタクシーを解体させる方法、思いついたのです!」
なんとか興奮を抑えつつ、徹夜で作った資料を差し出すと。手にしていた箒を落し、カナメロは黙って椅子に腰かけた。
ドラグはまだ寝ていて、ナノも出勤していない。しかし今は2人を待っている余裕もない。
最高に現実的なアイデア――「引き抜き作戦」について、まずは経営チームのリーダーに伝えなければ。
「こちらが『エメル流リクルート』の企画書でございます」
「『ドラゴン運送会社からの引き抜き』……って、そんなことできんのか!?」
何よりまずは、労働環境を整えること。
北海道から沖縄間を徹夜で2往復させるブラック環境を逆手に、ホワイト指数90%以上の「エメル村」が彼らを引き抜けばいい。
「さらに『エメル村』で採用されれば、温泉無料・1日3食付・快適な休憩所完備――こちらはすでに、カナメロもご存知の福利厚生ですね?」
「なるほどな……これを宣伝して、ドラゴンたちをウチで雇うってことだべか」
まだまだ、これだけではない。飛翔距離を記録保存し、業績に応じてインセンティブ制をとるなど、整えられることはいくらでもある。
払える給与はまだ少ないが、ぼったくりタクシーを解体し、「エメル村」の収入が安定すれば賃上げできるはずだ。
「……エメル、やっぱりすげぇな……!」
「ふふふっ、それほどでもありますわ!」
前の世界では、自分の力を「同僚への謙遜」と「仕事だからという言葉」で押し込めていた。
何をしても当然とみなされ、褒められることなどなかった――でも、今は違う。
こうして、私を真っ直ぐに見てくれる仲間がいる。
「カナメロ。この作戦、一緒にやってくださいますか?」
「当然だべ……任せとけ」
「ありがとうございます! では、さっそくプレゼン用の資料を――」
カナメロの隣に腰かけようと、椅子を引いた瞬間。
「きゃあっ!」
エントランスの方から、誰かの悲鳴と轟音がほぼ同時に響いた。
「なっ、何事ですの!?」
次々と起きてきた客やスタッフたちが、エントランスに集合している。野次馬をかき分け、騒ぎの中心へ近寄って行くと――。
ホテルの正面に堂々と降り立っていたのは、巨大な黒竜だった。
「ドラグ……様?」
いや違う。まず、彼よりひと回りも大きい。それに瞳の色が白く濁っていて、ツノの形は螺旋を描いている。
ドラグ様ではない――でも。
「まさか……」
気高く美しいツノと翼に、目を奪われていると。背後から「なんだべこりゃ!」、とオークの咆哮が上がった。
「ディズロム……いえ、支配人」
「領主代理さま、こりゃ何事だべか!」
私だって、まだ理解が追いつかない。
「はーっ、神域からここまで1時間半ってとこか。お疲れお疲れ~」
よく見ると、ドラゴンの背に小さな影が乗っている。
黒い鱗を労わるように撫でているのは、まだ中学生ほどに見える人間の少年だった。
「あれ……?」
どうして今、元の世界の言葉がすんなり出てきたのか――。
それはきっと、彼の姿が本当に中学生っぽいからだろう。現代的なパーカーにジーパン、首にはヘッドホン。世界観を丸ごと破壊する電子機器。
そもそも、この世界に電子機器が存在したのか。
「あっれー? ここが受付エントランスだよねぇ? 旅館と違って、さすがにスタッフの出迎えとかはないかー」
透き通った声の少年は、ノートパソコンの入りそうな形のビジネスバッグを抱えている。
「お客様なの……?」
「おっ、優雅なお嬢さま系スタッフが出迎えにきてくれたよ! 早く下ろしてドラグマン」
「はっ……」
ドラグマン――今、確かに少年は、この推しに限りなく近いドラゴンをそう呼んだ。
「……なにごと?」
「ひゃっ!」
背後から音もなく現れたのは、黒い鱗とツノが光る竜人――相変わらず薄暗いオーラを纏っている。
こちらは本物のドラグだ。
「ドラグ様!? どうしてこちらに」
「そりゃ、すごい音がしたから……」
轟音に驚いて、ここまで急いで駆けつけたという彼だが。自分と似たドラゴンの姿を見つけると、「もしかして……」と呟いた。
知っているのだろうか、このドラゴンについて――。
「でも、ちょっと引っかかる……図書館に行ってくるね」
「何が引っかかるかだけでも教えてくださらない……あっ、ちょっと!」
ドラグの背に手を伸ばしたが、遅かった。
「おねーさん」
「……はい?」
すぐ傍からの声に、ゆっくり振り返ると。深い海色の髪を揺らしながら、中学生ルックの彼はにっこり微笑んだ。
「シオンに『農業体験型リゾート』ができたって聞いてね。しばらく滞在したいんだけど、これで足りる?」
やけに落ち着いた口調でそう言った後。彼がビジネスバッグから取り出したのは――100万ソロンの札束。
「なっ、何年おられるつもりですか!?」
こんな大金をポンと出すなんて、本当に何者なのだろうか――。
ダメだと分かっているのに、輝いて見える札束から目を逸らせない。
これだけあれば、ブラック・タクシー会社からドラゴンたちを引く抜くための頭金にできそうだ。
ダメ、お金、ダメ、でも――。
「あ、あなた様は!」
鼓膜が破れそうなほどの声に、ふと我に帰ったところ。
砂煙を上げて駆け寄ってきたのは、オーク族の神官ジュード。その後ろを飛んできたのは、レヴナント族の神官レヴィンだった。
「なっ、何事ですの!? 別に私、お金につられたりなんか……」
慌てて100万ソロンを押し返したものの。
彼らは私を通り過ぎ、謎の少年の前に集合した。
「え……?」
神官たちが、どうして彼の前で片膝をついているのか。
そんな彼らに向け、少年は「しーっ」と口元に指を立てている。
「他領から来た貴族の男の子」――最初はそんな風に考えていたのだが。いよいよ、彼がただものではない気がしてくる。
というか、神官が頭を垂れる相手は1人だけでは――。
「もしかして……」
ある予感を口にしようとした、その時。
「渋いオークのおじさんも良いけど、そっちの麗しいおねーさんに案内されたいなぁ、オレ」
まだ幼さの残る少年のマセガキ発言に、「まさか」と口が動いた。
これが、シビュラで一番偉い立場の者のはずがない。
そう、神王なんてはずが――。
「それで。案内してくれるの? それとも、これじゃ足りないかな?」
少年は笑みを深め、札束の上に同じ札束を重ねた。
まずい。お金の引力が強すぎて、身体が勝手に傾く。
「け、結構ですわ! もうそれ、しまってくださいませ!」
危ないところだった。
ひとまず10万だけ懐にしまい、小柄な少年――もとい超絶VIP客をホテルの中へ案内する。
「さぁ、こちらが受付ですわ。と……そういえば、お客様のことはなんとお呼びすれば?」
「『ワチ』って呼んで。おねーさんのことは、きょう――っと、エメルさんって呼んでいい?」
なぜ私の名前を知っているのか。
尋ねるより先に、ギルド創設の時のことを思いだした。
あの時点で初対面のイオに知られていたのだから、きっと私の名前が領内外に轟いているだけ――そんな前向き思考で、妙に落ち着いた佇まいの少年、ワチを振り返る。
「ではワチ様。これからご体験いただくプランについて、ご説明いたします」
「身体も鍛えたい人」は『ギルド:オーク』。
「リラックスしたい人」は『ギルド:エルフ』。
「バランス重視の人」は『ギルド:領主』。
考え抜いた、ギルド制。そして対ギルド戦やイベントについて説明すると。
「ゲーム要素を活かした感じ、めっちゃいいじゃん! よく考えたなぁ」
ワチくんは、大袈裟に拍手までしている。
外見からして、同じゲームオタクの気質がにじみ出ていた彼。きっと喜んでくれると思っていた。
「でもオレ、滅多に来られないと思うから。とりあえずエメルさんのオススメを体験したいなぁ」
「でしたら、こちらはいかがでしょうか?」
「農業」と「リゾート満喫」のバランスをとった、『ギルド:領主』プランをご案内すると。ワチくんは楽しげに、持参したジャージへと着替えはじめた。
あのパソコンが入っていそうな鞄、着替えが入っていたのか――どうやらガッツリ農業体験に来てくれたらしい。
「まず座学でインプットさせて、これから畑でアウトプットってわけね。りょりょ」
「え、ええ……」
この懐かしさを感じる口調は、いったい何なのだろうか――。
ジャージも、元の世界の中学生が体育とかで着ていそうなものだ。
しかし、ワチにはどこか大人びた雰囲気がある。
「あー、肉体労働とか何年ぶりだろ!」
エルフやオークたちと楽しそうにカブを植える彼を見ている間は、ほっこりできたのだが。感想が妙に子どもらしくない。
「オークはともかく、よくエルフを懐柔できたねぇ。不幸イベント安定の『ナノ』とか、絶対手を焼くと思ったのにさ」
「え……?」
ナノを知っているのか。
そう尋ねる前に、より大きな違和感に喉を塞がれた。
彼の発言の根っこには、薄っすら感じるメタファーがある。
でも、彼は紛れもなくこの世界の住人のはずで――。
「エメルさん、次はもしかして!」
「ええ……当施設自慢の温泉ですわ」
「待っていました!」と跳ねる彼を、そのまま温泉棟へ案内すると。特に説明する手間もなく、彼は勝手に温泉へと入っていく。
そのまま「ごゆっくり」と外に出ようとしたのだが、「話し相手になって」と誘われてしまった。
「あー染みるなぁ。温泉とか、別府以来かなぁ」
「え……?」
今、馴染みのある地名が聞こえたような――。
仕切り越しにチラッとワチの方を見ると、彼は肩まで湯に浸かっていた。
「あの……『ベップ』とは、まさか『別府』のことを申し上げているのですか?」
「あははっ、別府は別府しかないでしょ! エメルさんは不思議な人だなぁ」
ワチは濡れた髪をかき上げ、愉快そうにこちらを振り返った。
「まさか」、という感情が、胸の中で大きく育っていく。
「貴方、いったい……」
何者、というレベルではない。
この世界とは妙にずれている言動を繰り返す彼を見ていると、違和感が抑えきれないほどに溢れてくる。
相変わらず笑うだけのワチを、じっと見つめていると――。
「もう、言い逃れはできません……!」
温泉の外から、何やら言い合う声が聞こえてきた。
「あら……?」
揉め事の仲裁は、領主代理の最優先業務だ。
ワチに声をかけ、温泉棟の外に出ると。
畑の前では、テントの下であくびをする黒竜。そして夫のドラグが向かい合っていた。
「いったい何事ですの!?」
「あ……エメル、実は彼」
ドラグが手にしているのは、革製の黒い表紙に、グロウサリア家の紋章入りの錠が掛けられている古本。あれは確か、グロウサリア家の家系図だ。
「これは、グロウサリア家の血筋を継ぐものにしか開けない……それを彼は開いたんだ」
「え……? それって……」
ワチに「ドラグマン」と呼ばれた、この巨大な黒竜は――。
「グロウサリア家の初代当主……僕が名前をもらった、『ドラグマン』なんだよ」
人の姿にならない本物の竜。
ドラグの言葉に、頭が真っ白になった。
「エメルさんにとっては、元祖ドラグマンこそが紛れもない『推し』ってことかなぁ」
湯上がりのワチが何か言っているが、今もっとも優先すべき行動はひとつ。
ガチものの推しと、せめて半径3メートル以上の距離をとらなければ。
推しと同じ空気を吸っていると思うだけで、このままでは――。
『小娘、俺に見惚れているのか?』
「……っ!?」
今、私に声をおかけになったのだろうか――。
まずい。
鼓動が早すぎて、息ができない。
「エメル……!?」
「尊い……」
エメルレッテ・グロウサリア、最後の言葉がこれなんて――。
背中を支えてくれているドラグの顔が怖い。
「エメル、起きて……! ひいひいひいお祖父様にも驚いたけど、そうするとこの子……ううん、彼は……」
いつになく真剣な夫竜の声色に、落ちかけた意識が引き戻された。
「初代当主は、神官になったんだ。てことは……」
「あっ」
ようやく、ドラグの言いたいことが分かった。
「その神官であるドラグマン様が、仕えていらっしゃるということは……」
「信じられない」という気持ちがまだ強くて、それ以上言葉が出ない。
ドラグも、彼の正体を言えずに固まっている。
静寂を笑いで破る少年、もとい彼は――。
「あーあ、もう分かっちゃった? ネタバレはもうちょっと後で良かったのに。ドラグJr.は賢いなぁ」
次回:元の世界の「既視感」を存分に感じる、少年ワチの正体とは。
また、思いつめた様子の夫竜にまさかの異変が――!




