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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第十一章 漂流者の迷宮
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四十五 帰国手段

 女性たちが風呂を優先している間に、虎丸は兵士用の酒保(雑貨屋と居酒屋を兼ねた軍施設)で飯を食わせてもらった。

 三人には城内の寝室(来客用)が二つ与えられ、そこでゆっくり休むこともできた。


 白虎帝の身体が空いたのは、副官のエディスが予想したとおり、夜になってからであった。


 ノエルへは、エイナが単独で報告することになった。姉弟は迷宮の緊張が解けたせいか、ベッドで泥のように眠り込んでいたので、白虎帝がそのように指示したのだ。

 報告内容は詳細なものではなく、階層ごとに何が起きたのかは、かなり省略して語られた。


 どうせ王都に戻れば、エイナは参謀本部の事情聴取を受け、正式な報告書を提出することになる。

 その写しが四帝にも送られてくるから、現時点では神符が盗まれて迷宮に隠された経緯が、ざっくり分かればいい。

 この事件を主導したのはアマテラス神で、漆黒がそこに巻き込まれ、黒蛇ウエマクまでが協力したという真相には、さすがにノエルも驚いた。


 彼らがグルなら、ウエマクへは漆黒からエイナと姉弟がどう行動し、何を決断したかの説明があるだろう。当然、ウエマクの分身であるヘビ(ラオフウの尻尾)にも、その内容が伝わるはずだ。

 白虎帝としては、エイナの報告書が届いてから、ヘビが知る情報と付け合わせ、じっくり分析・検討すればよい。


 王国を実質的に運営している彼らにとって、神符の行方など最初から他人ごとである。いざという時の王の逃げ道となる迷宮の存在と、それが確かに機能しているという事実の方が重要だった。

 迷宮が使われる事態とは、帝国の侵略と軍の壊滅を意味するから、あまり考えたくない話である。


 ただ、土壇場まで何も知らされない、間抜けにはならずに済む。マリウスと四帝の自尊心は、この一点において十分に慰められるだろう。

 もちろんこの秘密は、彼らの間だけで共有され、恐らくレテイシア女王にすら報告されないだろう。

 自分たちは間抜けになりたくないが、他の者は間抜けのままでいてほしい――そう考えるのは、人間の特徴である。


      *       *


 翌朝、エイナと姉弟は、軍の馬車で王都に戻った。

 彼女たちが迷宮から帰還したことは、白城からの伝書鳩で参謀本部も知っていたから、一行は王城に着くなり、マリウスへの出頭を命じられた。

 ここでの報告も、ごく簡単なものとなった。もう夕方だったし、本格的な聴取は明日ゆっくり行えばよいからだ。


 話をするのはエイナが主で、一時間余りで終わった。


「大体のところは分かった。君たちの帰還後、迷宮の入口は閉じられたのだな?」

「はい。床に這いつくばっても、絶対に見分けがつかないと思います。

 漆黒殿の話では、私たちが入れたのは特別に操作したからで、通常は王が近づかない限り、決して開かないそうです」


「エイナが記録したという階層の地図だが、その野帳は没収する」

「私たちが出た後で、各階層の構造は自動的に変えられるのだそうです。

 ですから、私の地図は何の役に立たないと思いますが……」


「駄目だ。そういう問題ではない。

 それと、当然ではあるが迷宮の存在とそれに付随する情報の一切は、第一級の軍機に指定する。

 他言は厳禁だ。これは小夜君と虎丸君にも守ってもらう」


 エイナは軽い溜め息をついて、胸ポケットから野帳を取り出し、マリウスに手渡した。

「そう不満そうな顔をするな。野帳は新しいものを支給してやる。

 取りあえず、姉弟はこれで下宿に帰ってよろしい。ご苦労だったな。

 ああ、エイナはまだ話があるから、ここに残れ」


「待ってください!」

 声を上げたのは小夜だった。


「エイナ様のご報告にもあったはずです。

 図々しいお願いだと分かっておりますが、私たちの帰国にご協力願えるのか、それだけでも教えていただけませんか?」


 彼女の声には悲痛な響きがあった。せっかく神符を取り戻しても、帰国が間に合わなければ、すべてが徒労となるのだから、その気持ちはよく分かる。

 だが、マリウスの回答はあっさりとしたものだった。


「君たちの身柄は、我々が責任を持って故国に送り届ける。

 それと、叡国が国境付近に戦力を移動させているのは事実だが、参謀たちの分析によれば、実際に侵攻が始まるのは、早くても一か月以上先の話になるそうだ。

 だから、焦る必要はない」

「信じられません! そんなことが、なぜあなた方に分かるのですか!?」

 小夜が驚くのは当然だったが、エイナも目を丸くしていた。


 王国には海軍というものがない。もちろん、ボルゾ川に面する第二軍と第四軍は、兵員や物資を輸送する川船くらい持っている。

 だが、海洋国家のケルトニアとは違い、海を渡れるような外航船は存在しなし、造船技術も設備もない。


 ケルトニアや東沿岸諸国から購入するにしても、契約から引き渡しまで何か月もかかるはずだ。

 ましてや、小夜と虎丸によっておよその航路は判明したが、王国にとっては、未知の大陸であることに変わりない。

 マリウスは安請け合いをしたが、簡単な話ではないはずだ。


 しかし、参謀副総長の表情には余裕があった。

「私は『責任を持つ』と言ったはずだよ。他の国の正確な位置や地形を、事前に下調べをするのが当然だろう。

 ついでに叡の国を偵察するくらいのことは、誰だって考えるさ」


「あっ! もしかして、アラン大佐ですか?」

「今ごろ気づいた、という顔をしているぞ? エイナにしてはかつだな」


 マリウスが笑い、エイナは納得したようだが、小夜にはさっぱり状況が分からない。

「あのっ、そのアラン大佐とは、どのようなお方なのですか?」

「国家召喚士よ。もう三十代後半のはずだけど、金髪碧眼のもの凄い美形なの。

 小夜さんも見たらびっくりするわよ」


「そうじゃなくて、どうしてその方が叡の情報を持っているのですか!?」

「ああ、そうだったわね。

 彼が召喚した幻獣は、ロック鳥という、とんでもなく巨大な鳥なのよ。

 人員輸送用の小屋をぶら下げて飛べるから、あなたたちを羅の国に送り届けることだってできるはずよ」


「わっ、私たちが空を飛ぶのですか?」

「乗り心地は酷いけどね。吐くのは覚悟した方がいいわよ。

 それにしてもマリウス様。いくらロック鳥でも、海を渡るのは簡単ではなかったでしょう?」


「あの鳥の主食はクジラでね。定期的に北海や東海で狩りをしているらしい。

 アランに訊いてもらったら、東大陸にも何度か行ったことがあるそうだ。もっとも、二日間ぶっ通しで飛び続けるらしいがね。

 それで、君たちが迷宮に潜っている間に、アラン大佐に偵察してもらったというわけだ。ロック鳥は平気らしいが、あの大佐が顔をしかめていたから、人間には相当きつい旅になるそうだ」


「うわぁ……。虎丸君はとにかく、小夜さんが気の毒だわ。気をしっかり持ってね。

 アラン大佐は酔い止めの薬を持っているから、分けてもらうといいわよ」

「わずか二日で海を渡れるなんて、夢のようなお話です。もちろん、覚悟はできています。

 でも、アマテラス様から加護がいただけるよう、祈ってみます。今回の件では、神意に添って行動したのですから、そのくらいのご褒美はくださるような気がします」


「ぐだぐだ言ったら、神にあるまじきアレ(・・)な趣味をばらすと脅かしてやればいいのよ」

「さすがにそれは……」

 小夜は苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻った。


「時間的な余裕があるとしても、一刻でも早く戻れば、それだけ準備を整えられます。さっそく出発のご手配をお願い申し上げます」

「そうはいっても、こちらにも都合があるのだよ。

 アラン大佐には伝書鳩を飛ばしたから、明後日には王都に戻ってくるだろう。

 それで、いったんは蒼城市に向かってもらう」


「なぜ蒼城市へ?」

「エイナには、後で理由を話す。

 明日の事情聴取は、小夜君と虎丸君の二人だけに行う。長時間になって大変かもしれないが、協力してほしい」


「もちろん、構いません」

 小夜はうなずいたが、エイナは首をかしげた。


「私は一緒でなくてもよろしいのですか?」

「話を聞いていなかったのか?

 明後日には王都を発つのだから、報告書を書く時間は明日しかないのだぞ。

 報告書は明後日の朝までに完成させ、提出しろ。これは命令だ」


「ええっ、たった一日でですか?」

「提出期限は明後日の朝だ。今日と明日、徹夜すれば丸二日の余裕がある。泊まり込みを許可してやるから、せいぜい頑張りたまえ」


「いえいえいえ、ちょっと待ってください。

 明後日出発するのは小夜さんたち姉弟の話であって、私は関係ないのですから、納得がいきません」

「何を寝惚けたことを言っているのだね?

 君も同行するからだよ。決まっているじゃないか」


「えとえと、あのっ、前回同様にシド様に報告書を届けるつおつもりなら、アラン大佐にお願いすれば済む話です。

 それに、報告書の写しまで用意するのは、いくら何でも無理ですよ」

「蒼城市に寄るのは、アラン大佐の都合であって、報告書は関係ない。

 今日の君は察しが悪いな。まぁ、疲れているから無理はないか……君は姉弟とともに、羅の国に行くのだ」


「はい?」

「羅の国へ行ってこい」


「本気ですか?」

「当り前だ。すでに陛下にお願いして、羅の国王と藤野家の当主に宛てた親書も用意してある。

 君は外交使節として両者に面会し、同国とよしみを通じてこい。

 東大陸と継続的な貿易が実現すれば、我が国に莫大な利益をもたらすことになるのだから、責任は重大だぞ」


 エイナは開いた口が塞がらなかった。

 マリウスは最初からそのつもりだったのだ。


「もしかして、姉弟に協力したのも、それが目的だったのですか?」

「当り前だ。軍が人助けで動くはずがあるまい。

 小夜君には明日、改めて説明するつもりだったが、こうなったらついでだ。

 聞いたとおり、リスト王国は貴国との交易を望んでいる。

 その前提として、まずは友好関係を結びたい。君の父上や羅の国王陛下をはじめ、必要と思われる人物にエイナを引き合わせてほしいのだが、頼めるだろうね?」


「これだけお世話になったのですから、喜んでご協力いたします。

 ただ、いくさが迫っている今の状況では、それどころではないと思います」

「当然だろうな。だから、外交使節兼任の観戦武官という触れ込みで、エイナを戦場に連れていけばよい。

 観戦武官が自衛のため、戦いに参加することは、慣例として認められる話だ。

 東大陸では、魔法の存在が一般に知られていないのだ。エイナは戦場で役に立つと思わないかね?」


「えとあのっ! どうして私が戦争に参加する話になっているのですか!?」

「そのくらい、考えたら分かるだろう。羅の国が叡に負けたら、交易どころの話ではないのだぞ。

 我々は羅に勝ってもらわねばならん。少しぐらい手を貸してやってもいいだろう?

 それに、羅に恩を売っておけば、その後の交渉もうまく進む。一石二鳥ではないか」


「マリウス様は先ほど、戦争が始まるのは一か月以上先の話だ、と言われましたよね?」

「それがどうかしたか?」


「私はいつになったら帰れるのでしょう。

 アラン大佐がずっと待っていてくださる……はずはないですよね?」

「当り前だ。お前たちを羅の国に運んだら、アランにはすぐに帰国する。

 二か月もあれば、戦争も片が付くだろうから、そうだな、二か月後に迎えに行かせることにしよう。それで問題ないだろう?」


      *       *


 結局、エイナは参謀本部の一室に缶詰となり、小夜と虎丸だけがファン・パッセル家に帰ることになった。

 エイナは走り書きのメモを小夜に渡し、家主のロゼッタに言伝を頼むのが精一杯であった。


 そこには、軍務で二か月くらい帰れなくなること、明日の朝、小夜にエイナの着替えと軍礼服を持たせてほしいと記されていた。

 ロゼッタは首席参謀副総長の優秀な秘書として、豊富な経験がある。詳しく説明をしなくても、それだけで察するはずだし、その気になれば自らの人脈で、およその事情を調べることもできるだろう。


 そして、最後に『シルヴィアとキャミイによろしく』と添えるのも、エイナは忘れていなかった。


      *       *


 その夜、エイナは一晩がかりで報告書の下書きを作成し、朝から清書にかかった。

 マリウスに没収された野帳は、執筆の資料としていったん返してもらった。

 そこには、階層のマップとともに、出現した魔物の種類や地点も書き込まれていたし、かなりの覚書が記入してあったから、あるとないとでは大違いなのだ。


 執筆中には、何度かエイミー(マリウスの秘書)が、熱いコーヒーとお菓子を差し入れにきてくれた。上司の命令で偵察に来たのが見え見えである。

 エイナはぼさぼさの黒髪を振り乱し、目の下にくまをつくっていたが、その手もとでは真新しい羊皮紙に、几帳面で美しい字が結構な速度で書き込まれていた。


 羊皮紙は紙に比べてインクの乾きが遅く、油断すると軍服やシャツの袖を汚すことになる。

 もちろん、羊皮紙にもそんな染みは作れないし、手の汗や脂は虫に喰われる原因となるので、腕抜きと指なし手袋が必要となる。

 誤字脱字は論外だから、集中を切らさずに黙々と執筆を続けるのは、まさに苦行である。


 結局のところ、報告書はその日夜遅くに完成し、二日目の徹夜は免れた。

 エイナは自分の小さな机に突っ伏し、『お家に帰りたい……』とひと言つぶやくと、そのまま眠りに落ちた。


 翌朝、彼女が目を覚ますと、誰がやったのかは分からないが、その肩に毛布がかけられていた。

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― 新着の感想 ―
ロック鳥って巡航速度何キロぐらいなんだろう 普通の猛禽類だと50kmぐらいだからまる2日飛んでおよそ2500km 幻獣だから100kmぐらい出るとするなら5000km 日本↔ヨーロッパよりは近いか……
形見の刀持ってない あるある探検隊
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