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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第十一章 漂流者の迷宮
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四十四 提案

「許さないならどうする。

 お前が自害して、アマテラスの力を借りるか?」

「当然です。何度でも言いますが、それが藤野の娘としての務め、斎王の責任です」


「ずい分と軽い命だな。

 だが、お前が死ねば、次に藤野の娘が斎王になるまで、何年の空白ができると思っている?

 戦争が始まれば、大国のえいは簡単には引き下がらない。ひとつの戦いに敗れてたとしても、何度だって攻めてくるはずだ。そして神符が使えない状況では、弟は当り前に使い捨てられるだろう。早いか遅いかの違いしかない。

 そのくらい、お前にも理解できるはずだ」

「父上なら……きっと一度で叡が思い知るほどの、決定的な勝利を収めてくれます」


「私には、忠興がそれほどの器とは思えないがな。

 まぁ、いい。これは水掛け論だ。もっと現実的な問題を考えてみよう。

 お前の犠牲によって羅の国は救われ、虎丸は生き延びたとしよう。

 その弟の封印は、誰がする?」

「私の跡を継ぐ斎王でしょう」


「いま、お前の次席にいる巫女に、それだけの力はあるのか?

「それは……まだ若すぎて修行が足りないからです。あと一、二年もあれば、きっとできるようになります」


「それまで虎丸が耐えられると思うか?

 お前たちが迷宮に潜ってから、今日で五日目であろう? その間、虎丸は憑依状態を続けているが、いまだに自我を保っている。

 十五の少年にしては、見事な意志の強さだと褒めてやってよいだろう」


「だがな、何が虎丸をそこまで強くしていると思う?

 姉であるお前を守りたい、という思いが強烈だからだ。

 考えてもみろ、虎丸には母の記憶がなく、父や兄たちは冷たく厳しかった。

 そんな藤野家の中で、小夜だけが惜しみなく愛情を注いでくれた。弟にとってお前は、初めて手に入れた家族だ。

 虎丸は溺れかけた子どものように、必死でお前に縋りついている。小夜はそれを見捨てると言っているに等しいのだぞ。

 未熟な少年の心が、それに耐えられるはずがあるまい。たちまち獣に喰らい尽くされだろうさ」

「……」


 小夜はうつむいて黙り込んだが、やがて肩を震わせ、大粒の涙をぼろぼろと零しはじめた。

「……では、私はどうしたらよいのですか?」


「頭のよいお前なら、もう答えを出していると思ったのだが、はて、私の買い被りであったか。

 簡単な話だ。お前は何もしなくていいのだ」


      *       *


 意外な答えに、小夜は涙に濡れた顔を上げた。

「あなた様は、神符を諦めて国に帰れと申されるのですか?」


「そうは言っておらん。

 この神符は藤野家ではなく、大神殿の管理下にある。そうだな?」

「はい」


「であれば、持ち帰って神殿に飾っておけ。

 そして、父親に神符の使用を要請されても、何もしなければよい」

「それでは虎丸が――」


「虎丸はお前と一緒に神殿で暮らしているのだろう?」

「はい」


「ならば、虎丸も神符の隣に座らせておけ。父親のもとに遣らなければ、忠興だとて命令のしようがないだろう。

 稽古だったら、神殿を護衛する兵士にだってつけてもらえるはずだ。父も兄たちも、そろそろ虎丸を持て余してきたから、ちょうどよい頃合いだろう」

「それでは、私も虎丸も父上を裏切ることになります」


「別に父や兄たちと戦って、親の首を取れという話ではない。

 その代わりに、小夜が指揮を執って、叡と戦えばよいと言っておるのだ」

「無理です! できるはずがありません!!

 父上に逆らったら、大神殿はあっという間に藤野の軍勢に囲まれます。私も虎丸も捕らえられ、首を刎ねられるでしょう」


「本当にそう思うか? 忠興は神符が大神殿にあると知っているのだぞ。

 もし、囲まれたお前が自暴自棄となり、神の力を行使したらどうなる? いかに藤野が多勢でも、確実に、しかも徹底的に負けるぞ。

 いつ叡が仕掛けてくるか分からない状況で、あの男がそんな危険を侵すと思うか?」

「それは……」


「冷静になって考えてみろ。大神殿を守る神兵は何人いる?」

「およそ、百二十人ほどです」


「その者たちは、藤野ではなく斎王の命を聞くのであろう?」

「はい。でも藤野家の動員力は一万を超します。多勢に無勢とはこのことです」


「そのすべてが、藤野の直臣じきしんというわけではあるまい?」

「それはそうですが……」


「藤野家だけの郎党なら、多く見積もっても百人余りのはずだ。

 むしろ大神殿の兵力の方が優勢ではないか?」


      *       *


 小夜たちの故国、羅の国には名ばかりの君主がいるが、実際には十二の氏族による連合国家だ。

 藤野家はその中で最も有力な一族だが、その領地のすべてが彼のものではない。多くは土地に根差した半農半武の小豪族によって支配され、藤野家が直轄統治している領地は意外なほどに少ない。


 藤野家は小豪族に土地の支配を認め、その権利を保証する。領地境で所有権争いが起きれば、公平な立場で裁定する役目も持つ。

 この代償として、いざ戦争が勃発すれば、各豪族は領地(収獲)の規模に応じて決められた兵を連れて参戦する。


 その数は、少ない場合で三人(一騎に小者が二人)、多い者でも二十人(騎馬五人)程度なのだが、そのすべてが集まると、一万もの兵力に達するということだ。

 藤野以外の十一氏族でも、千人から五千人程度の兵力を保持するため、羅の国全体では五万人程度の動員力がある。


 したがって、各豪族は領主(例えば藤野家)から給与や手当を貰っているわけではなく、与力として参戦し、一時的に指揮下に入ることを受諾しているのに過ぎない。


 では、漆黒が想定したように、藤野家と大神殿が対立して争ったらどうなるか。

 これは、言ってみれば父娘おやこ喧嘩による内輪揉めであって、他国の侵略ではないから、豪族たちに兵を出す責務は生じない。


 それに羅の国の民のほとんどは、アマテラス神に帰依きえしているから、大神殿に矢を向けるなど考えもしないだろう(神罰が恐ろしいのだ)。

 一般民衆がどちらの側につくかは火を見るよりも明らかで、下手をしたら、豪族たちが大神殿に助勢しかねない。


 小夜が言うとおり、藤野家の私兵に当たる直臣は百人余りで、彼らは藤野から出る手当によって暮らしているから、相手が誰であろうと命令があれば戦わざるを得ない。


 一方、大神殿の神兵は、完全に独立した中立勢力で、神殿の警護は当然だが、普段は農作業を含めた力仕事に従事している(男性の神職の割合が極端に低いためだ)。

 例え羅の国が攻められたとしても、彼らには参戦義務がない。

 その代わり、国内外を問わず、神域を侵す者に対しては、死を恐れずに戦う勇猛な兵士揃いであった。


 藤野家の直臣にもそれなりの戦闘力があるが、日常的には事務官僚に近いので、もし両者がぶつかれば、大神殿の方が有利に戦いを進められるだろう。

 ――漆黒はそう主張しているのだ。


      *       *


「私が戦いの指揮を執れとおっしゃいいますが、父上がそのような屈辱を受け入れるでしょうか?」


 小夜は父親である忠興と、まともな会話を交わしたことがないが、何かと聞こえてくる噂話や弟の報告で、ある程度の人柄は窺える。

 威張り散らすだけの馬鹿ではないが、家柄を誇り、気位は相当に高い人物だ。


「そうだな、軍をまとめるという意味では、忠興の体面は考慮すべきだ。小夜が指揮を執ると知れば、豪族たちの中には混乱したり、反発する者が出る恐れがある。

 小夜はあくまで父を案じて随行する娘、という立場を取ればよかろう。

 その代わり、お前は作戦を立案し、状況に応じて決断を下す。忠興はそれを自分の考えとして命じればよいいのだから、かえって楽だと喜ぶかもしれんぞ」


「もちろん、虎丸の運用も小夜が決めるのだ。

 お前の弟は、大軍同士のぶつかり合いに投入するには不向きだ。むしろ遊撃軍の先鋒に据え、伏兵や奇襲に使ってこそ、大きな効果を発揮するはずだ。

 敵が崩れるまで引っかき回し、頃合いを見極めたらさっと退かせるのだ。上手く使えば、思わぬ隠し玉となるだろう」


「そして、小夜自身も大きな戦力となる。

 使える時間は限られるが、お前の式神は敵の度肝を抜き、戦意をくじくだろうし、いざとなれば神に祈って神罰を下してやればよい」


「アマテラスは神だから、人間同士の争いに干渉しない――というのは建前だ。

 大神殿がある羅の国は、あの女にとっては自分の縄張りで、そこに土足で踏み入ってくる叡には、さぞかし腹を立てるだろう。

 普段は神様だと澄ましているが、あれは血の気が多い女でな、お前が祈ればこれ幸いと、いかずちをばんばん落としてくれるはずだ。

 神が味方していると知れば、味方の戦意も上がるだろうから、これは是非やってみろ」


 小夜はいつの間にか、漆黒の話を食い入るように聞き入っていた。

 彼女は若くして斎王に推挙されただけあって、頭の回転が速く、理解力が異常に高い。その結果、この怪しげな不死者アンデッドの話が、現実的な提案だと認めたのだ。

 それでも、まだ懸念はあった。


「ただ、私は兵法というものを、何ひとつ知りません。

 もちろん帰国したら、可能な限り学ぶつもりですが、基本を覚えるだけで精一杯だと思います。

 作戦を立案せよと言われましても、正直に言ってどうしてよいかも分からないのです」

「なに、基本が分かっていれば、それで十分だ。お前ならどうとでも応用できるはずだ。

 もし不安であれば、神兵長を連れていけばよい。少し歳を喰っているが、それなりの経験がある面構えであったぞ」


『漆黒はどこまで大神殿の内情を調べたのだろう?』

 小夜は内心で驚かざるを得なかった。


「ガブリエル殿のことですか? 確かに側にいてくれたら心強いですね。

 彼は若いころ傭兵をしていて、戦場を渡り歩いていたと聞いたことがあります」


「ふむ……その様子だと、どうやら私の提案に乗る気になったようだな?」

 漆黒の確認に、小夜は黙ってうなずいた。


「そうでなくては私も困るのだ。アマテラスとの約束を果たさねば、私への褒美もなくなるからな。

 よいか、帰国しても藤野の館には近づくな。まずは大神殿に入って身の安全を確保するのだ。

 神符探索の結果報告と、今後の方針の伝達については、忠興を大神殿に呼びつければよい。最初のうちは激怒してみせるだろうが、毅然としているのだ。

 忠興は食えない男だが、馬鹿ではない。最終的には小夜の提案を受け入れるだろう」


「分かりました。

 ところで、私と虎丸はどうやって帰国すればよいのでしょう?

 乗ってきた船は沈んでしまいましたし、私の手持ちの金銭では、外海を渡れるだけの船や乗組員を賄えるとは思えません」

「私がアマテラスに約束したのは、小夜の説得までだ。そこまで面倒を見る義理はない。

 頼るのなら王国ということになるが、今度は小夜が彼らを説得する番だ。それくらいは自分の頭で考えろ。

 エイナもそう思うであろう?」


「あと、あの。……そうですね。取りあえずは迷宮を出て、白虎帝閣下に報告しましょう。

 帰国の手立てについては、王都に戻ってマリウス様に相談するしかないと思います」


      *       *


 迷宮から白城に戻るには、十の階層をもう一度上がるのだろうと思ったが、そうではなかった。

 この部屋には転送陣が備えられており、エイナたちはその上に乗ることで、迷宮の入口まで強制的に戻されるらしい。


 もともとこの迷宮は、王国が滅亡の危機にひんした際、せめてセントレア(初代国王)に連なる血筋の者を、安全なところに逃がす目的で築かれたものだ。

 したがって、最後の部屋は一時的な滞在場所に過ぎず、王はここから安全な場所に転送されるらしい(もちろん、その行先は秘密だった)。


 漆黒の説明によれば、エイナたちが王の避難所ではなく、迷宮の入口に戻されるのは、体内に入った異物を排出する生体反応(くしゃみや咳)のようなものだそうだ。


 召喚の間では、白虎ラオフウが床に寝そべって、昼寝を楽しんでいるところだった。

 エイナたちが出てくると、迷宮へ続く階段の入口は自動的に閉じ、継ぎ目も分からなくなった。


 ラオフウは面倒くさそうに目を開け、大きな欠伸あくびをした。

 すぐにヘビの頭がついた尻尾が近づいてくる。


『あらあら、思ったより早かったじゃない?

 その様子だと、首尾よく目的を果たしたみたいね。

 いまノエル(白虎帝)を呼びましたから、すぐに来るでしょう』


 ヘビの言葉どおり、二十分もすると、白虎帝が副官のエディスを伴って、召喚の間に入ってきた。

 ノエルは三人に駆け寄ると、迷宮探索の労をねぎらってくれた。


「よく無事に戻ってきたな。

 実を言うと、来客中のところを抜けてきたのだ。申し訳ないが私はすぐに戻らなければならない。用事が終われば改めて話を聞くが、後のことはエディスに任せる。

 何か必要なことがあれば、彼女に申し出るがよい」


 それだけ伝えると、白虎帝はそそくさと戻っていった。

 副官のエディスは苦笑いを浮かべて振り返った。


「――と、いうわけよ。ノエル様の身体が空くのは、多分夜遅くになるはずだわ。

 三人とも疲れているでしょうから、それまで部屋で休んでいいけど、何か希望はある?」


 即座に虎丸が答えた。

「腹が減った! 何か食わせてくれ。できれば肉がいいな」


 その頭を強引に押し除け、小夜は弟の上から身を乗り出した。

「いいえ、それよりお風呂を使わせてください!」


 エイナがうんうんとうなずき、小夜に向かって親指を立ててみせた。

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― 新着の感想 ―
早く帰れるの? 王様が「一片の悔い無し」腕上げて煤けて無いといいね   エイナに このダンジョン攻略の褒美は?
この世界の信長さんはうかつに比叡山焼けねぇなあ いや比叡山みたいに大神殿が腐りきってなきゃ焼く必要もないのか……?
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