第9話 危機! 毒キノコに狙われた天使
結論から言おう。
天使が早々に音を上げると見たわたしの判断は、完全な誤りだった。
「君ってやっぱり面白いね。公爵家のご令嬢が、光の差さない林の散策で、躊躇なく進んでいけるって」
『ジメジメで暗いにょ、いやぁーー!』
想像と真逆の反応が返ってきている。
キラキラ天使は、輝く笑顔をわたしに向けたまま、上機嫌にどこまでも付いてくるし、毒キノコは倒木や湿気を嫌がって、わたしの頭にへばり付いてプルプルしてる。
「おかしいわね……キノコなのにお気に召さないのかしら」
『にょっ!? もしかして、わっちのことをホンモノの毒キノコだと思ってるにょか!?』
「え!? 違うの!?」
『違うにょ、とはなんにゃ! 失礼にゃ!』
頭上から聞こえる怒声に首を傾げていると、キラキラ天使からの好奇心に満ちた視線が絡みつく。
どうやら、わたし以外誰にも認識できないと思っていた毒キノコは、キラキラ天使には見えてるらしいのよね。
「そんなに話してたら、周りのみんなに不審がられるよ? 僕が付いてきて正解だったでしょ」
微笑んだ天使につられて、周囲に視線を走らせれば、確かに同行する護衛達の視線がこちらに集中している。今のところ天使の言う通り、彼が居るから二人で会話していると思われているのか、温かな目を向けられている気がするわ。不本意だけど。
ちなみに侍女は、林の浅い場所に残して来た馬車に待機中だ。侍女とは言え貴族令嬢だから、普通に鬱蒼とした林に入ろうとは思わないものだし仕方ない。
けど、隣に纏わり付く天使だって尊い何らかの持ち主でしょうに、何で物怖じしてくれないのかなぁ!?
「それで、ルチルたちは何の言い争いをしてるの?」
「些細な認識の違いですから、お気になさらず」
『ちっとも些細じゃないにょね! ぱわぱわ乙女は、わっちら精霊に向ける目が普通と違うにょね!』
さらっと流そうと思ったのに、毒キノコは益々プンスコして頭上で騒ぎ回る。何か自分のことを精霊なんて発言してた気がするけど、そんなことより煩い!
そしてさらに、キラキラ天使の好奇心に満ちた視線までもが煩いから!!
「ねぇ、精霊さん。そんなに険しい顔をしてたら、せっかくの愛らしい君が勿体ないよ」
甘い言葉とともに、天使が視界に割り込んできた。極上の顔の蕩ける微笑がロックオンしているのは、わたしの頭上。けど、真正面から被弾してしまったわたしの心臓は、無傷じゃ居られない。
「なぁっ!? あざと笑顔禁止ぃっ」
イケメン危険の自戒をやすやすと突き崩されて、心臓が大きく跳ねる。——だけじゃなく、頭上の毒キノコまで大きく飛び跳ねてるし!
『これよこれっ! わっちの欲しい礼にょ!』
一際大きくて甲高い、歓喜の声が響くと同時に、毒キノコが天使の胸に突っ込んで行く。そして、そのままべったりと張り付いてしまった。
見た目としては、麗しくも煌めかしい貴族服の王子様が、極彩色の毒キノコブローチを付けた様相で。とにかく似合わない。
「毒キノコは恩人とは言え……。このビジュはちょっと、ううん、かなりのイケメンへの冒涜ね」
一瞬でドキドキが消失する破壊力に、呆れるのと同時にホッとして見守っていると、天使が大きく目を見開いて、足元をふらつかせる。と同時に、天使の胸に張り付いた毒キノコが、鮮やかなきらめきを帯びた気がして――
「なっ、何してるの! だめっ!!」
考えを纏める前に素早く手を伸ばし、毒キノコの柄を無造作に掴んだ。
天使の胸にしっかりと張り付いて、引き剝がすのに抵抗している感覚があったけれど、どこか活き活きと精気を増したキノコの様子に嫌な予感しかしない。強引に毟り取れば、キノコが纏っていた光彩は霧散して、天使はたたらを踏んで転倒を堪える。
礼って、もしかすると生命力みたいなものを渡すこと⁉ って云うか、キラキラ天使からそれを強引に奪おうとするなんて……。ここで今、天使の身に何かあったら、キノコが見えてない護衛たちには、わたしが犯人に映るってことでしょ⁉ それは困るんだからーーー!
「コレは、わたしの持ち物じゃないから礼にしないの!」
『なんにゃ、ちがうのか』
両手でしっかりと握りしめた毒キノコに向かって怒鳴れば、キノコに見えたソレにはちゃんと小さな顔が付いている。しかも傘に見えていた部分は、丸く象られた髪型で、柄の部分はストンとしたワンピースを纏ったものだった。
「へ? え? 顔が付いてる!?」
呆然と呟けば、キノコの顔は不満げに唇を尖らせる。
『精霊だって顔はあるにょっ』
「ルチル……ぼくのこと、助けてくれたね」
不満げな毒キノコが、まだ文句をつけようとしているのを遮って、天使が瞳を輝かせて声を掛けてくる。
結果としては助けたけど、そうじゃないのよ!
イケメンは穏便にやり過ごしたいから、目の前の厄介事を払い除けただけなの。だから、そんな恩人に向ける目をしないで!
「この精霊さんに飛びつかれた瞬間、僕は抵抗も出来ないまま色んな力を吸い取られて……。正直、もうダメかと思った。けど、ルチルが助けてくれたんだね!」
薔薇色に染まった頬と、華やいだ笑顔のキラキラ天使からは好意が滲み出ている。対して、わたしの背中からは、冷たい汗がじっとりと噴き出している。
「ぜんっぜん気にしなくていいからっ! 普通に誰だってやっちゃうことをやっただけなんだから、絶対に気になんてしなくて問題ないから! ね⁉」
イケメンとの関わりを避けたい一心で、特別でも何でもないことを、幾つも言葉を連ねて否定するのに、言えば言うほど「奥ゆかしい」「僕が気にしない様、気遣ってくれてる」なんて、好意を積み重ねる言葉の合いの手が入るのは何故っ⁉
「とにかくっ、今日は腐葉土や枯れ木を手に入れに来ただけだから! 貴方も体調が優れないみたいだし、さっさと採取して帰りましょう」
慌てて言えば、一人と一体がキョトンと目を丸くする。
「それは興味深いね、何に使うの?」
『いにゃー! ジメジメもばっちいのも嫌だからぁ。早く林を出るにょ!』
予想外の答えが二つ返ってきて、わたしは「んん?」と首を傾げる。前のめりになった天使も意外ではあるけれど、それよりも毒キノコの方よ。
さっきの天使への反応を見れば、予測がつかないでもなかったわよ? けど、やっぱりキノコな訳だし。
「あなたへのプレゼントなんだけど」
『しっつれいにゃー! わっちはキレイなものが大好物なんにゃ!!』
断言してみたら、秒で否定が返ってきたわ。さて、困った。
セラシアを懲罰室から救い出してくれた毒キノコへの『礼』とやらは、どうしたら良いんだろう。まさか天使の生気を吸わせるわけにはいかないし。
ううーん、困ったことになったわ。




