第10話 心強い味方!? 我儘義妹ルチルは、毒キノコの力をゲットする
『こっちがいいにょ!』
ワックワク飛び跳ねる毒キノコの姿を追って、ひたすら追って、辿り着いたのは光に満ちる花畑だった。
シロツメクサにたんぽぽ。丸みを帯びたギザギザの葉に、赤い実を付けた野苺の鮮やかな色彩までもが目に飛び込んでくる。光と薫香溢れる景色は、確かに先程のジメジメした林とは真逆だ。
「おぉ~! 野苺なんて見たの、いつ振りかしら! 美味しそうっ」
口いっぱいに、甘酸っぱい記憶が蘇って、溢れてきた唾をゴクリと飲み込む。もちろん、公爵令嬢ルチルになってから、野苺を摘みに出歩いたことなんて無い。前世の幼い頃に、おかあさんと摘み食いしながら、籠いっぱいの野苺を集めた記憶だ。
野苺ジャム、美味しかったなぁ。
『ジメジメしにゃくて、ピカピカぽかぽかぽん! キレイにゃ!』
毒キノコの黄色い傘が、白い花と、赤い実の間をピョンピョン跳ねて見え隠れしている。濃い緑の葉とのコントラストで、毒キノコのはしゃぎ振りが一層際立って、視線を釘付けられる。
「っと、そっか!」
眺めていたわたしが声を上げれば、ちゃっかり隣に陣取っていた天使が、何故か瞳を輝かせる。いや、期待されても困るんだけど。
ま、そんな事はいいわ。喜ぶ毒キノコを見て、重要なことを思い付いたのよ!
「キノコちゃん、これでお礼は達成よねっ!?」
いやー、一件落着。人間の生気を嬉々として吸い取る精霊に、何をお礼にしたらいいのって悩んでたのよ。けど、この花畑でこれだけ喜んでくれたってことは、よ!
『んにゃあぁん?』
けど、何でだろう。わたしの言葉を受けた毒キノコの顔は、滅茶苦茶不満げで。
「だっ……だって、嬉しそうなんだもの。問題ないわよね? ね?」
「ルチル、なんだか精霊さんは不機嫌そうだよ? 問題があるんじゃない?」
更に言い募れば、隣の天使が指摘するほど、毒キノコは苦虫を噛み潰した顔になる。んんん? 解せぬ……。
『礼とはにゃ、気持ちを尽くして差し出されるモノであるべきなのにゃ!』
「ならキラキラ天使の生気は? あれは強奪だったでしょ」
『そっ、それは……美しきものは美味なのにゃ。美なるもの、美味なるものはすべからく、われら精霊の好物なのにゃっ』
フンスと鼻息荒く胸を・いや、柄を反らして主張する毒キノコは、とっても偉そうだ。けどさ——
「ソレって美形と美食が好きって云う、単なるワガママよね」
ボソリと呟いた声に『なんにゃっ!?』と毒キノコが鋭く反応する。
『とにかく、美麗か美味をわっちに供するのにゃっ! 無ければ、その者でもいいにゃ』
ニヤリと片方の口角を上げた悪い笑みを浮かべる毒キノコの瞳は、天使をロックオンしている。マズイわ。キラキラ天使に何かあったら、精霊の見えない護衛たちには、わたしが何かしたようにしか見えないもの。身の破滅に繋がっちゃうから!
けれど、他にお礼になるものも思い付かない。
キノコにはコレだろうと、確信していた腐葉土も空振り。天使を与えるのは以ての外。
けれど、懲罰室の一件で思い知った。幼いわたしが破滅の未来を回避するため、母を筆頭にヒロインを虐げる大人の手から彼女を護るには、きっと毒キノコの力が必要なのよ。
これからも力を借りるためには、良好な友好関係を築いておきたいところ。
そのためにも、交流の第一歩としての『礼』は返しておきたいのだけれど、適切なものが思い付かないわ。
ほっぺたを両手でムニムニ引っ張りながら考えを巡らせていると、手の中で何かがプチリと潰れた感触がした。
「ルチルっ! 大丈夫!? ケガしてるんじゃないか!?」
切羽詰まった声に、何事かと驚いて声の主を見れば、表情を強張らせた天使と視線がぶつかる。どうやらわたしがケガをしたと思われたらしい。そんなわけないと笑って見せて手を広げて見せれば、ソコには潰れた野苺が赤い汁を滴らせて転がっている。
「ね? 潰れちゃったのはもったいないけど、素朴な甘酸っぱさが美味しいのよ」
言いながらペロリと舐め取れば、懐かしい味が口いっぱいに広がった。
『にゃっ、すっぱいにゃ!』
手近な野苺を齧って抗議の声を上げる毒キノコに、わかってないなぁとの思いが込み上げて、苦笑が漏れる。
けれど、嘗ての幼い日。おかあさんと一緒に野苺を初めて摘んだ自分も同じ反応をした気がする。懐かしすぎる想い出に触発されて、ふと思い付いた。
「じゃあ、これでジャムを作ってあげる! 小さい頃のわたしも、それで野苺が大好きになったのよ!」
『そこまで言うなら、食べてやってもいいにゃ。作ってみせるにゃ』
「なら、たくさん野苺を集めなきゃね!」
腐葉土を入れる予定だった木箱に、わたしと毒キノコは次々に野苺を入れ始める。
「ちゃんと熟した赤いものだけを摘むのよ。緑のはまだ熟していないからね」
『そんなこと、言われなくともわかってるにゃっ』
細くて小さな腕をパッと引っ込めて、毒キノコが偉ぶって答える。けれど、その背後に隠した手には、黄緑色の小さな実を握っているのはちゃんと分かっている。どうやら、毒キノコは木苺を食べたことは無いみたい。
「へぇ」
何故か感心の声を上げて、興味深げな視線を向けて来る天使には、得体の知れない嫌な予感がする。けど、「何か?」と尋ねても「別に」なんて答えと、キラキラ笑顔が返るだけだった。何とも胡散臭い反応だ。
けれど、要警戒イケメンに謎要素が加わっただけなら、出来るだけ避ける選択に変わりはない。ならば今は、毒キノコを懐柔することに全力を注ぐのみ!
「ジャムにするには、いーっぱい果実がいるんだから、箱いっぱいになるまで集めるわよ!」
『精霊使いが荒いにゃー!』
文句を言いつつ、採取の手を止めない毒キノコだ。口は悪いけれど、素直な子みたい。
「やっぱりルチルは面白いね」
採取光景を興味津々で見ているだけだった天使も、わたしたちに触発されたのか、一緒に摘み始める。
毒キノコの見つけ出した野原は、他人が足を踏み入れたことがなかったのか、とにかく沢山の熟れた実が採れたわ。
これはジャムの出来上がりが楽しみ!
「当然、僕にもジャムを振る舞ってくれるんだよね」
両手を赤く染めて、キラキラ笑顔を浮かべる天使を拒否することは出来なかったけど……。
まあ、仕方ないよね。
屋敷の厨房で、使用人らの手を借りつつ野苺ジャム作りに挑戦したわ。毒キノコは勿論わたしの頭の上に付いてきていたけれど、天使も一緒に作り始めて、護衛たちを物凄く慌てさせていた。
そんなこんなで出来上がった野苺ジャムは、想い出通りの味で、大満足で——
『うむ! この礼には満足にゃ!』
毒キノコにも大好評の上、礼として認められたみたい。
『この礼が振る舞われるなら、わっちもパワパワ乙女に力を貸すのは吝かではないにゃ』
しかも、今後の協力への力強い言葉をゲットしたわ! 心の中で、そっとガッツポーズを取ったのは内緒よ。けど、想定外もあって——
「このお返しに、是非とも僕からもルチルへのお礼をさせて欲しいな」
ジャム大盛りのスコーンを、物凄く綺麗な所作で口にしたキラキラ天使から、返礼の申し出をされちゃったわ。
もちろん得体の知れない天使なんて、進んで関わる気なんてない。だから何とかお断りしようとしたけれど……何故か血相を変えた両親から、礼の受け取りを厳命されてしまったわ。
何でよ⁉ 破滅に結びつくイケメンは回避したいのにぃぃ!




