第11話 天使の素性は突然に。
一難去ってまた一難。
今後の破滅回避ライフのために、毒キノコの協力を得る『礼』問題は、前世の想い出が詰まった野苺ジャムで解決した。
けれど、今度は得体の知れないキラキラ天使からの礼のゴリ押しに、わたしは悩まされている。
イケメンはヒロインに与し、救うもの。
それは、おかあさんの書いた物語を具現化したこの世界をはじめ、一般的なラノベや乙女ゲームと言った、妄想力が創り出す世界での常識だ。すなわち、悪役ルチルにとっては敵なわけよ!
悪役であるわたしを破滅に導くイケメンなんて、ちょっとでも接触を減らしたいに決まっている。
「野苺ジャムのお礼に、ルチルをうちに招待したいんだ」
ジャム作りの翌日、キラキラ増々の笑顔な天使が、わたしを突撃した。客室でなく、直接乙女の私室に凸る暴挙を、父母や家令は止めなかったようだ。いや、身分を慮るからこそ口も手も出せなかったんだろう。尊き暴君天使め、こうなったら自分でなんとかするしかない。
「ジャムのお礼が、どうして名前も知らない方のテリトリーで、窮屈な時間を送る苦行になるんでしょうか?」
「ルチルのジャムにぴったりな、美味しい紅茶と、タルトケーキを用意するよ」
遠回しじゃない、どストレートな嫌味で訪問を固辞してみたんだけど駄目ね。この天使は、鋼の精神力の持ち主だったわ。
「そもそも、一緒にお茶をする理由なんて無いですから。素性を明かさないのは、あなたの勝手です。けどわたしの立場だと、見ず知らずの令息が、無許可で部屋に入り込んでる恐怖体験にしかならないんですよ」
「これは辛辣だな。けど、確かにルチルの言うことも納得だね」
冷静なわたしの指摘に、天使も思うところがあったのか、しばし顔を伏せて考える様子を見せる。
――それからわずか数秒。ぱっと顔を上げた天使は、とても良いアイディアを思いついたとばかりに輝く笑顔をわたしに向けた。
「じゃあ、お互いのことを知るために、僕のうちでお茶会をしようよ」
天然かよ。自己中かよ。エンドレスかよ!
けど顔が邪気の無い天使の笑顔だからっ、キュンとしちゃうのよ!
「けど無理です。無駄です。イケメンは観賞用で充分おなかいっぱいです。しかも素性が謎の尊きイケメンなんて地雷案件には、絶対に近付きません。キラキラ笑顔は堪能させていただきました。ご馳走様」
両手を合わせて深々と会釈する。
『美なるもの、美味なるものはすべからく好物の、われら精霊と同じにゃっ』
断腸の思いでイケメンからのお誘いを断ったのに、すかさず頭の上に顔を出した毒キノコが、余計な茶々を入れて来た。すっかりわたしの頭か部屋に居付いてしまったので、勝手に『キノちゃん』と可愛く命名してみたのは、せめてもの妥協策だ。
「いきなり吸い付いたキノちゃんとは違いますー! わたしは理性的に観察するんですー!」
「エルには随分と積極的だったと聞いているけど?」
頭上の毒キノコに反論すれば、すかさず目の前の天使がツッコミを入れる。何このコンビ!?
「くっ……悔い改めたんです」
としか、言いようがない。
前世の記憶が戻る前は、欲しがり属性の赴くままに、悪役ルチルの働きを遵守していた自覚はある。今、十歳ちょっとの年齢で記憶を取り戻し、運命を矯正出来ることに感謝してるくらいよ。断罪は断固拒否だからね。
決意に燃えて拳を握り締めれば、頭上で毒キノコがフフンと笑う気配がする。
『ちがうにゃ。中身が別もんにゃ』
尊き秘密の天使なんて厄介な人物の前で、あっけらかんと、特大の爆弾を投下した。
「んなぁーーぁあっ! 何言っちゃってるのかなぁあっ、キノちゃんっ!?」
『なんで隠すにゃ。身体に眠った記憶が蘇ってるにゃ。記憶は考えを変えるから、別もんになるのは同然にゃ』
「ああ、それならよかった。誰かを乗っ取ったわけじゃないのね……って! だから、天使の前で、厄介発言はやめてー!」
毒キノコの口を塞ごうと、頭上に手を伸ばしてパタパタ彷徨わせれば、天使から「フフッ」と堪えきれない笑いが漏れる。
「面と向かって天使なんて言われたのは初めてだよ。けど、11歳にもなって天使呼びはちょっと面映ゆいかなぁ」
口元をモニョモニョさせて小声で何事かを呟きつつ、視線を彷徨わせる恥じらい姿が愛らしい。やっぱ天使だわ、なんてしげしげと眺めていたら「ね?」と小首を傾げられた。
「はいはい、わかりました。認めますよ」
投げ槍に言ってしまうのは仕方がない。理性的に危険をどれだけ避けようと思っても、惹き付けられちゃう。毒キノコの言うとおりだ。すなわち、天使くんは可愛い!
「そうじゃなくて、名前で呼んでくれるんだよね」
「は?」
間の抜けた顔を向けたら、にっこりイイ笑顔で圧を掛けてくる。
『言ってたにゃ。ぱわぱわ乙女は、恥ずかしがるキンキラに見惚れて耳に入ってなさそうだったけど、わかりましたってちゃんと返事したにゃ』
「なんっ……あのブツブツ言ってたとこに、そんな地雷を潜ませてるなんて! 悪役ルチルよりも腹黒なんじゃぁ」
「ルチルは嘘を吐くような悪人じゃないもんね」
ガクブルするわたしに、さらに向けられたのは、純粋無垢なキラキラ天使の微笑だ。おかあさん、ルチルは本当に悪役でしょうか⁉ 腹黒さで天使に負けちゃってる気がします……。
けど、考えてみれば、これは天使の身元を知るチャンス!
「ならば、名乗ってください!」
勢い込んで言えば、天使のサクランボ色の形の良い唇がゆっくりと音を紡ぎ出す。
「僕の名前は、ラファエル。ラフィーって、呼ばれたいな」
――どっち!?
「ずるい! 今の言い方だとラファエルが本名なのか、ラファエルとかラフィーって呼ばれたいだけの、別の名前の人物なのか分からないわ! それに家名は⁉」
「けど、ルチルの希望通り名乗ったよ。ラファエルは本当の名前で間違いないよ。素性を知りたければ、僕の誘いに乗ってお茶に招待されてくれると良いだけなんだけど?」
「それは断固拒否しますっ!」
天使の素性は、相変わらず謎のままだ。
彼の機嫌を損ねないよう、突如として口を揃え始めた両親や、家令を問い質したけれど、皆どうにもハッキリしない。
ただ、彼の瞳の色と、護衛たちの剣や馬車に刻まれた紋に、非常に厄介な相手を想起するらしい。
天使本人が「僕の身元は明らかにしない方が、君たちのためだと思うよ」などと宣うから、表立って尋ねることも出来ないみたいだけど……。もぉ、そこまで条件が揃ったら、子供のわたしでも推測はつく。
王族。
傍流、嫡流の別は在るとしても、尊き血を引く身には違いない。
「それにっ、いくら子供でも、二人きりでお茶なんてしたら、面倒な誤解がいっぱい生まれるでしょ!」
天使の婚約者や、縁を結びたいと欲する貴族らに恨まれても困る。ヒロイン絡みでないところにまで、破滅フラグを増やさないで欲しいわ。
「んーん? 僕を気に掛ける貴族なんて居ないと思うよ。僕には優秀な兄が居るからね。気ままなものさ」
「お兄様ですか」
王子に兄弟って居たっけと、頰をムニムニ引っ張りながら、ウムムと目を瞑る。うん、分からない。物語のあらすじでは、セラシアの真価に気付いた王子様の庇護と溺愛を受けて、地位と愛情を得る『ざまぁ』ストーリーと謳われていた。
けど、おかあさんが書き遺した原稿は、王子様の登場シーンはあったものの、セラシアとの関わりは乏しい状態で。美形だったのは間違いないけれど、具体的な救済エピソードはまだまだ。断罪前で物語はエタってしまった訳だし。
そんなわけで、物語としては、虐げられヒロインが王子様と結ばれ、悪役を断罪するのが最高の結末だろう。
ならば!
その結末をセラシアに進呈するかと言えば——無理!
だって、断罪されるのはわたし! そこだけは我儘義妹ルチルの属性を存分に発揮させてもらおう。国家の最高権力を敵には回したくないなら、最初からヒロインに近付けさせなければ良い。王子様とセラシアは、絶対にくっつけない!
すなわち、わたしの望む最高の結末は、ヒロイン・セラシアの平穏な人生。彼女が最初の婚約者エリオッツとの婚約を恙無く履行し、幸せな結婚をして公爵家を継ぐ。
目指すゴールは、そこよ!
「そんなわけでっ! 王子様であろうラファエル様とは、距離をとらせていただきます!」
「なんだ、分かってるんじゃない」
あっさりと天使の口から発せられた肯定の言葉に、ポカンと口を開ける間抜け面を曝したのは仕方がないよね?




