第12話 ラファエルとルチルと。二人だけの秘密
わたしが王子ラファエルのお誘いを躱しつつ、セラシアとエリオッツとの仲を深めようと奮闘を始めてふた月。お義姉さま達の関係は、未だに微妙だったりする。
もちろん、わたしは邪魔なんてしていないし、二人が顔を合わせる機会を増やすことに成功はしている。婚約者同士のお茶会は、お母様の横槍が入るものの、月に二度の定例として開催することが出来るようにもなったわけだし。
けれども、よ。
「あらあら、エリオッツ様。申し訳ありませんね、セラシアはお約束を忘れたのか観劇に出掛けておりましてよ。大切な婚約者を蔑ろにして、誰と会っているのやら。本当に困った義娘ですこと」
セラシアではなく、わたしにだけ知らされたエリオッツとの定例茶会、当日。
私室の扉を開け放って、エントランスホールの声に全神経を研ぎ澄ませていたわたしは、響いたお母様の声に素早く立ち上がる。
「キノちゃん、出番よ!」
室内を振り返って鋭く声を掛けた相手は、すっかり顔馴染みになった黄色い毒キノコのキノちゃんだ。わたしの何が気に入ったのか、あれからずっとわたしの側に居座っている。主に頭の上なのは解せないけど。
今まで通り、お母様と、その息の掛かった大多数の使用人たちは、わたしとエリオッツの交流を深めさせようと、セラシアの茶会参加を妨害している。
ある時は、「体調不良」として、部屋から出るのを禁じられて。
ある時は、物置部屋の整理を命じられ、運悪く崩れて来た荷物に外側から扉を押さえられて、自力では出られない状況で。
ある時は、茶会の開始間際に、街でいちばんの人気を誇り、長時間行列に並ばなければ買えない菓子を買いに出されて。
まぁ、呆れるほど色々と毎回やってくれるわけよ。勿論、ヒロインとの良好な関係を築いて、破滅回避をしたいわたしは、都度セラシアを助けてお茶会へ送り出しているけどね。
そんな経緯があって、至る今日!
観劇に出掛けたなんて言ってるけれど、わたしは毛の先ほども信じるつもりはない。セラシアは観劇の席を購うお金は与えられていないし、お小遣いだってそもそも無い。かと言って、憎き前妻の面影を強く残すセラシアを毛嫌いするお母様が、チケットを贈るなんてことはあり得ない。ならば、セラシアは何処へ⁉
「お義姉さまの行方を教えてっ!」
『精霊使いが荒いにゃ〜』
ムグムグと頰を膨らませて、スコーンを頬張るキノちゃんの口の周りは、野苺ジャムでベタベタだ。キノちゃんの協力を取り付けるため、わたしの日課に木苺ジャム作りが加わり、部屋にジャムたっぷりの菓子を置くのが常になっている。それを当然のごとく、キノちゃんが貪っている訳だけれど。
「キノちゃん? 今食べてるのはなに?」
『礼にゃ』
「けど、今日はまだなぁ〜んにもお願いしてないんだけどなぁ」
そう。今のキノちゃんは、お願いに関係なく勝手にこの部屋の菓子をモリモリと食べている。あればあるだけ食べ尽くしてしまう、食いしん坊精霊になってしまっている。
『んぐっ、だってここに置いてあったら食べちゃうにゃ! 美味なるもの、美しきものは、精霊の至宝にゃ!』
「ですよねー。至宝の礼を有耶無耶にしたり、蔑ろになんてしませんよねー。さぁっすがキノちゃん! 精霊の鑑!」
すかさず合いの手で協力を促せば『それほどでもあるにゃ』と、僅かに顔を赤らめつつ、柄を反らしてみせる。うん、扱いやすい。
「では、いつも通りセラシアお義姉さまを探してください!」
『お安い御用にゃ!』
弾む声を上げたキノちゃんは、ピョンピョンその場で跳ね回る。すると、キラキラ黄金色に輝く光の粒が舞い散り、そのひと粒ずつが小さな毒キノコに変化して空気に溶けてゆく。
「わぁ、本当に何度目にしても見事だねぇ」
パチパチと手を打ち合わせる音がして、聞き慣れ始めた声が響いた。声の主を確認しようと首を巡らせれば、開け放った扉に寄り掛かった天使が、晴れやかな笑顔を向けてくる。
「今日も婚約者同士のお茶会への付き添いですか? ちょっと世話焼きが過ぎませんかしら」
「だって、ルチルの家族たちったら、全然諦めないんだもん。懲りないよねー。だから大それた行動をとらない様に、尊そうな雰囲気を隠さない僕が目を光らせるのって有効だと思わない?」
「勿体ぶらずに王子様だって言っちゃった方が、言うことを聞くと思いますけど?」
「けどそしたら、欲深い君の家族は、ルチルに会いに来る僕を利用し始めようとしちゃうでしょ? そんなことをされたら、僕が面白がってるだけに留められなくなっちゃうよ。身分を秘密にしているからこそ罪に問わない。僕なりの思い遣りなんだけどなぁ」
言っちゃって良いのかなぁ、なんて鼻歌交じりに嘯く天使は、ここのところ随分と腹黒さを隠す気が失せてきたみたいだ。
とは言え、ラファエルの言うことはごもっともで。「欲深い家族」が何かやらかす見解は、わたしも大いに同意なのだ。
お父様は、血筋で選ばれたセラシアの母と婚姻を結んでおきながらも、学生時代からの恋人であるお母様との関係を続けていたわけで。だからわたしとセラシアの年齢は数ヶ月しか離れていない。そんなわたしとお母様を、セラシアの母が亡くなって、ひと月も経たずに本邸へ招き入れてしまった、なかなかの神経の持ち主。
お母様は、学生時代既に婚約者のいたお父様に狙いを定め、あらゆる手管を使ってお父様の歓心を手に入れたわけで。セラシアの母とお父様が冷めた関係しか築けない元凶をつくっていた。しかも、わたしが幼い頃から「奪い切り拓く」ことの重要性を解き続けて、公爵夫人である今を手に入れている。アグレッシブだわ。
そんなトンデモ価値観の二人に、わたしの元を訪れている油断ならない人物の正体が、王子だと明かしたとしよう。
なんとかわたしを彼とくっつけようと、考えるのは間違いない。そっちは良い。いや、イケメンはお断りだから、良くはないけど、まだ良い。
問題は、セラシアの婚約者との交流を邪魔したり、公爵令嬢らしい生活をさせず、使用人同然に虐げているのを王族に知られた――と気付いた両親が、どんな行動を取るかよ。
口封じを試みるか、わたしと離れられないよう既成事実を作らせようとするか。あるいはラファエルの行動により、わたしかセラシアが痕の残る傷を負う状況を作って婚姻を逃れられないようにするだとか……悪い方の想像が容易につくんだなぁ、これが。
「分かりました。うちの両親には絶対に身分を明かさないでください。何かやらかす自信だけは、滅茶苦茶ありますので」
言い切れてしまうのが、情けないけど。
「でしょ? だから僕のことはルチルと二人だけの秘密ね」
苦々しく眉間に皺を寄せたわたしに、ラファエルがとてもイイ笑顔を見せたのだった。




